上 下
39 / 45

第34話 戸惑いと恐怖

しおりを挟む
「いったい何をしたの!」

 お姫様が憤っている。その動きから精密さが消えた。探偵さんがどうにかなってしまったとでも思っているのだろう。

「なにも。強いて言えば起こしただけ」
「なんだとっ」

 驚いたのはお姫様じゃない。お医者さんだ。少女にそんなことができるなんて思っていなかったのだろう。実際、さっきまで少女自身もできるなんて思っていなかった。

「どうしてキミなんかにそんなことが可能なんだ。少なくとも僕と同等の知識がなければ不可能なはずだ。それにその活性化のしかたは異常だ。ただ起こしただけではないのだろうっ」

 焦るお医者さんに初めて優位に立てたことを実感し余裕が生まれてくる。それでもその生まれた余裕は一瞬だ。発砲音と共にお姫様が動き始めていた。

 心のなかで復帰が早すぎると文句を垂れ流すけれど。あらかじめ予想はしていた。探偵さんを盾にするのも限界だったので動き回り始める。

 とりあえず探偵さんが目覚めるまで。その瞬間までは逃げ回らなければ。負けじと少女も拳銃で応戦する。先程まではそんな隙すらなかったのに、少女の方から攻めることが出来る。それは少なからずお姫様はどうようしたままなのだ。

 それほど探偵さんが大切だったんだな。きっと少女よりもずっと前に探偵さんと一緒だったのだろう。なんだか少しだけ羨ましく思う。長い間を探偵さんと一緒に過ごしたはずだ。リセットも乗り越えながら、一緒に居続けた。その結果、お姫様の影武者になった。リセットを否定する少女には考えられないことだ。それが故にお姫様の心の中は揺れている。

 部屋の中は散らかっていく。棚に置かれた瓶は割れ、床へとばらまかれる。修理用の道具も同様だ。それが繰り返されれば足元は悪くなっていく。足の裏にガラス片が刺さり血の代用であるオイルが滲み出ていく。それは人間と同じ赤い色。それが偶然でないことを今の少女は知っている。そうまでしてアンドロイドを自分の娘に似せた創造主の気持ちまでは理解できない。たとえ記憶を共有したとしても、その時の感情までは読み取れないのだ。

「粘るのね。さっさと大人しくなった方が自分のためだと思うのだけれど?」

 お姫様は徐々に焦り始めている気がする。それくらい探偵さんが目覚めるのが気になるんだ。

「そっちこそ、おしゃべりになった。探偵さんが目覚めるのがそんなに怖いの?」
「っ。余計なおしゃべりばっかり!」

 お姫様の狙いの精度が明らかに下がっていく。

「余計なおしゃべりを始めたのはそっちでしょう」
「っ。ウルサイ! だまれ」

 そうしている間にも探偵さんから漏れていた光が徐々に小さくなっていく。もうまもなく目覚めるのだろう。

 一瞬、探偵さんに気を取られて瞬間にお姫様に距離を詰められた。

「アナタはどうして私達の邪魔をするの? そのことで世界が変わってしまう。そのことでこの街のアンドロイドたちはいずれいなくなってしまう。そのことが分かっているのっ」

 確かにそのとおりだ。少女もそのことを理解している。リセットをなくすと言うことはそういうことだ。それは理解している。

「分かってる。でも、リセットを続ける以上。私達に未来はないの」
「未来がない? 私達がいる限り未来は続くの。そうやってこれまでも過ごしてきた。それも何年も何年も。アナタが想像もできないくらい長い時間をね」
「それに限界が来てアナタが犠牲になっているのでしょう? 次に限界が来た時はどうするの? 私が犠牲になる? それでも私はいい。でも、あなたには何も残らない。何も残せない。全てがなかったことになる。それこそ探偵さんと過ごした時間ですら……」
「それはリセットをやめたところで一緒でしょ? 時間が経って全てが壊れてしまう」
「そうならないための成長する個体でしょ。そのためにアナタたちは研究しているんじゃないの?」
「そう。でもそれはリセットを行う負担を減らすため。この世界を維持するために必要な処置。リセットをなくすなんてこの世界を壊すのと一緒。アナタは私達の邪魔をしたいの?」
「そんなことは……」

 ないはずだったのに。はっきりと言えなかった。結局は少女の想いひとつでしかない。リセットでなにも残らないと。そのことが間違っているようにしか思えなかっただけだ。

「答えられないの」

 お姫様は返答がなかったことが気に食わなかったのだろう。気がつけば少女のお腹へ膝がめり込んでいた。勢いで後方に吹き飛ばされる。崩れた棚がクッションになってくれたがその分、尖った破片が身体へとめり込む。痛みは危険な信号として頭へと送られてくる。しかし戦闘用アンドロイドはそれを抑制されている。だから危険な信号を受けてもまだ限界まで動ける範囲まで動き続ける。そのはずだった。

「っ」

 けれど。あまりの痛みに声にならなない空気が口から漏れた。

 なんで。どうして。考えているうちにお姫様は距離を詰めてくる。痛みに襲われているせいで身動きが取れない。このままだと、拘束されてきっとリセットされる。そうしたら、これまでの想いも全部なかったことにされる。

 動け。動け。痛みに悶えながら少女は自分の身体をどうにか動かそうとする。でも、動いてくれない。

「私達の邪魔をするなら眠って。そして忘れなさい」

 お姫様が目の前まで迫っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ステージの裏側

二合 富由美
SF
環境破壊と異常気象により、人類は自らの遺伝子に手を加える決断を下す。  国の存亡に関わる事態に、ヒーローとして持て囃される者が居るのと同時に、遺伝子組み替えを軍事利用するらしき動きが日本国内にも見られた。  国に認められた試験的な新人類/ニューフェイスは、自らが先頭に立って、犯罪行為に立ち向かう事を表明する。  この小説はフィクションであり、登場する団体や個人名は現実のものと一切関係はありません。  不定期連載となります。御了承ください。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

わたしを証明する全て

上杉 裕泉 (Yusen Uesugi)
SF
なんて日だ!―冴えないサラリーマンの田中圭太は会社を前に遅刻寸前。なのにビルの入館認証を通り抜けられずにいる。遅刻だけは免れようと会社に連絡しようとするも、今度は携帯電話の認証からも拒否されて―。ちょっと未来の、ちょっとだけ起こりうる怖いお話。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

無機質のエモーション

冴木シロ
SF
機械研究者「カロ」によって作られた1体の戦闘用アンドロイド「P100」 少しでも人間らしくなってほしいと願う人間と、 いつも無表情で淡々としたアンドロイドとの 無機質だけど、どこか温かい物語

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...