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31「さよならのアングレット」

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 楽団員が入りました。演奏が始まり、いよいよダンスの時間となります。
 今夜はここにいる全員がカップルになのですが、あちらこちらで申し込みの儀式が始まりました。わざわざ可笑しな話です。こんな習慣も、アジャクシオにはありません。
「さて。私と一曲踊ってはくれませんか? アングレットを訪ねし、美しい令嬢様」
「お受けさせて頂きますわ。勇敢な騎士様」
 私は手を取られシルヴと共に前に出ます。互いに両手を取り合い、自然に曲に入りました。流れるように群舞の輪に滑り込みます。
 驚きました――。
上手じょうずですね」
「さんざん姉上の練習に付き合わされましたからね」
 何がとは申せませんが、全てが上手うまいのです。これは剣技の天才と同じ才能が、ダンスにも発揮されているのですね。
 この人は一人で戦うのではない人。常に誰かと共に何もかも歩む人。冒険者ならばパーティー。騎士ならば騎士団。そして二人で共に踊る人。
 そんな人がたった一人でアジャクシオにいた。いったい何を求めて、たった一人で戦っていたのですか?

 曲が終り、私は手を引かれて踊り手たちの輪から外れました。
「感激ですね。ダンスがこんなに楽しいとは、初めての経験ですよ」
 シルヴはちょっと興奮ぎみです。
「大袈裟ですね。もう一曲いかがですか?」
 他の人たちは、そのまま二曲目に挑戦するようです。
「少し余韻を楽しみたい。ちょっと間を置きましょう」
「?」
 天才の感性はよく分かりませんね。二人でバルコニーに出ました。
「アングレットでの成果はありましたか?」
「はい、たくさんの話をうかがえました。それに皆に、とても優しくしていただきました。感謝いたします」
 私はお世話になったこの騎士様にお辞儀いたします。アジャクシオへの帰還が迫っていました。
「転領の話は聞きましたか?」
「はい……」
「考えてみてはどうでしょうか? 悪い話ではないと思いますよ」
「この街も皆様も素晴らしいと思います。でも、私一人では……」
「そうですね。申し訳ない。もう一曲いかがですか?」
「喜んで。シルヴァン様!」

  ◆

 楽しい日々もいつかは終りを迎えます。アングレットを去る日が訪れました。
「お嬢様、くれぐれもジェルマンの兄貴に、よろしくお伝え下さい」
「お気を付けて、お嬢様」
「はい。皆様、大変お世話になりました」
 ジラルデ家の皆様が、家族総出で見送りして下さいます。その中に冒険者姿のシルヴもおりました。
「街壁まで護衛させていただきますよ。そこまでの報酬を頂いておりますから」
「さすが一流の冒険者だな。戦っていればまた会うこともあるだろう」
 操者席からジョルジュが顔を出しました。
「はい。お世話になりました」
 ラシェルが乗り込み馬車はゆっくりと動きだしました。私は皆様に手を振ってから、シルヴと共にその後ろを無言で歩きます。短いけれど、長く楽しい旅でした。

「ここまででよいですわ」
「うん」
 馬車が貴族門を抜けて止まります。私も立ち止まり右手を差し出しました。シルヴはその手を強く握ります。
「アジャクシオに何かあれば駆けつけるよ」
「たぶんなにもないですわ」
「政争になるよ……」
「大丈夫ですわ」
 アングレットの皆様を巻き込むわけにはいきません。この街の尊い平和もまた守らねばなりませんから。
「それでは……、とても楽しかったですわ」
 乗り込むと馬車が動き始めました。窓を開けて顔を出すと、千切れるように手を振るシルヴが見えました。街壁が遠くに離れていきます。そして手を振る私の護衛……。

 女王様抱っこされた時も、一緒に食事をした時も、舞踏会で踊っていた時も――。
 私はあなたに、アルフォンス様の姿を重ね合わせておりました。

 さようなら、アングレットの街……。
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