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第三章「街を守る男」

第百一話「闖入の御拝謁」

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 ブランシャール家当主の執務室。その重厚な机の前に難しい顔をして座っているのが、御館様と呼ばれるブランシャール・スチュアートその人であった。

 正面に立つフィデールはいらついていた。どれほど説明を尽くしても、目の前の当主が理解を示さないからだ。父親とは頑なものだ。

 領地の為、領民の為といくら説明を尽くしても、その顔は不機嫌なままだった。


 一方、ブランシャール卿は偏狭な息子にほとほと参っていた。

 国よりも街、街よりも領地。そして領民を愛する姿勢は正しいが、だからと言って国の危機は領民の危機なのだ。その矛盾を息子はまだ頭の中で整理出来ていなかった。

 それはまだいい。問題はそんな若さゆえの過ちを実力行使していることだ。それを理解させる為にもう一度問いただす。

「いいかっ! いますぐに領民の冒険者たちを新ダンジョン攻略に向かわせろ。これは当主としての命令だ」
「ならば父が率いて下さい。しかし賛同する者など、あの中にはおりませんよ」

 フィデールはそう言って大きな窓を指差す。その先にいるのは配下の冒険者、下僕たちだ。フィデールは相手が理解していると思いニヤリと笑う。幼少から父への反抗は数あれど、初めて優位に立ったと相手の出方を想像してほくそ笑む。

 しかしブランシャール卿は少々しらける。外に集まっている面々はフィデールにとっては圧力をかける要員なのだろうが、卿は彼らの父や母、祖母、祖父たちをよく知っている。彼らは今、家で身が縮む思いに違いない。

 息子は状況が見えていないこの平行線を、優位と思いずっと続けているのだ。

「まったく……」
「さあ、父上!」

 そう言って愚息はバルコニーに出ろと指図する。当主が一声かければ配下は大いに盛り上がる。そして父のお墨付きを得たと、フィデールは宣伝する。ブランシャール卿は姑息な策略をお見通しであった。


 突然、その窓が光り輝き、ガラスが割れる音と共に吹き飛んだ。

「なっ、なんだ?」

 驚いたフィデールが振り返り、ブランシャール卿が立ち上がる。そこには王宮騎士団ロイヤルナイツの正装に身を包んだ少女と、冒険者の男が立っていた。

 ブランシャール卿はその男の顔に見覚えがあった。

「バスティアンじゃないか! そうか、この街に来ていたのか……」

 盟友オッフェンバック・ダヴィッドの息子で面識がある。一年間、冒険者家業に打ち込むと家を飛び出した変わり種だ。

「御無沙汰しております」
「貴様!! いったいどういうつもりだ!」

 突然の闖入ちんにゅう者にフィデールはにじり寄った。

「よさんかっ!」

 バスティにつかみかかろうとするフィデールを制したブランシャール卿は、もう一人の少女をまじまじと見た。

 オッフェンバック家の男子が付き従う、王宮騎士ロイヤルナイトの少女こそがこの闖入ちんにゅう劇の首謀者である。

「しかし、この御仁はいったい……」

 ブランシャール卿はバスティに説明を求めるように呟く。しかし先に口を開いたのは少女であった。

「久しいのお……、スチュアート」

 それはブランシャール卿の名前で、その名を口にする者は少数だ。スチュアートはそれが誰かと記憶を探る。

「ドーヴェルニュ・アルマリーヌ……様?」

 確かにその人である。いつも拝謁する時の長い巻髪は、付け毛であるとの噂は証明された。

 王国の為、騎士働きをと象徴でもある長い髪を切り、たおやかな微笑を浮かべているが、その瞳は笑っていなかった。

 その姿と、王宮での姿を重ね合わせる。違いはあれど、どちらも凜々しくあると思った。

 アルマリーヌは無言で頷く。

「は、ははっ!」

 ブランシャール卿はその前に進み入り跪いた。

「父上! この女は確かに王宮騎士ロイヤルナイトです。しかし何もそこまで! こいつらは我らが屋敷に土足で入り込んだ不定の輩どもで――」
「控えろ、フィデール! 王女様の御前であるぞ!!」

 バスティは声を張り上げ、下僕としての仕事に励む。ただこれだけの出番の為に引っ張り出されて来たのだ。

「おっ、王女??」
「第三令嬢のドーヴェルニュ・アルマリーヌ様であらせられる。頭が高いわっ!」

 その名はこの国、ドーヴェルニュ王国の国王、その三女の名前であった。

 しかしフィデールは呆けたように一歩二歩と後ずさるだけである。未だ現実が飲み込めない。

「王女様におきましては御機嫌麗しゅう――」
「王都から近衛の者たちが来ておる……。ギスランとやらの小物は既に拘束されておるぞ?」
「なんと、あのギスランが?」
「ゴーストと結託していたのだ。老いたる元冒険者も今やただの裏切者である。いやはや、ベルナールとかいう元勇者が、今も命がけで国の為に戦っておるというのに嘆かわしい。ブランシャール家は、ゴーストの助言で日和見を決め込んでおるのかな?」
「ゴーストですと!? とんでもございません」
「聞いていないのか、はて? 息子はなぜここにおるのかのう……?」
「フィデール!!」

 烈火のごとき表情でブランシャール卿は息子に詰め寄る。

「しっ、知らない。ゴーストは確かに来ました。しかしそれは――」
「このっ、れ者がっ!」

 言葉を待たずに父親の鉄拳が愚か者の息子に飛ぶ。その一撃をくらいフィデールは壁まで吹き飛んで床に崩れ落ちた。

 フィデールは瞬時に障壁を張り攻撃を防ごうとしたが、ブランシャール卿は衰えた魔力を一点に凝縮し一瞬だけ爆発させたのだ。見事な制御である。


「どうかこの制裁をもって我が愚息をお許し頂きたく――」

 たとえ些細な内容であってもゴーストと内通したなど、この国の貴族としては重罪なのだ。

「ふむ、このただ・・の親子喧嘩には、王都のいかなる者も口を挟まない。このアルマ……ドーヴェルニュ・アルマリーヌが約束しよう」
「ははっ、温情に感謝いたします」

 アルマは王女らしく鷹揚に頷いた。本来はこちらの姿が本物なのである。

「ふふ、王都に反旗を翻すなど、甘やかされて育ったバスティと違って、なかなか骨のある愚息ではないか! のう?」
「いえ……」

 ブランシャール卿は言葉を濁す。どう反応して良いか難しい問い掛けだ。

「なんだよ、それ……。反旗を翻すなんて大袈裟な。アルマなんて毎日王様に逆らってばかりだし……」
「うっ、うるさい! 不敬罪で地下牢にぶち込むぞ!」
「はいはい……」
「王国に、いやこの街に力を貸してはくれんか?」
「はっ、グレアムはいるか?」

 名前を呼ばれると、執事が扉を開けて静かに入室する。

「我らが兵力は、いかほどそろえられるか?」
「騎兵二十騎に輜重隊が数十。それとお坊ちゃまが集めました冒険者が五十でございます」
「うむ、我らの全てはギルドのクエストに参加する。出来るか?」
「全て家族を通して言い含めております。御館様の御命令あらば、全員が一丸となり邁進するでありましょう」
「うむ、私も出るぞ。どうか我らを、アルマリーヌ様の一翼にお加え下さりませ」
「騎士団とて今回はギルドの配下である。共に肩を並べようぞ!」
「ははっ」

 バスティは床に崩れ落ち、微動だにしないフィデールを見た。とんだピエロである。
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