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第一章「戦力外の男」

第七話 「猪鹿狩り」

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 山と森の奥から太鼓を打ち鳴らす音や、人の気勢が響いて来る。

 しばし待つと追い込まれた獣の群れが木々の間から飛び出した。

「さーて……と」

 ベルナールは力を抜いてスピード優先で剣を振るった。次々とその剣技から発した閃光が直進し、あるいは弧の軌道を描き猪に穿うがたれる。

 続いて現れた鹿の群れは、脅威を察知したのか方向を変えた。その先頭の鹿たちに光を放つ矢が次々に突き刺さる。

 セシールが後方から援護しているのだ。正確で無駄がないとベルナールは感心した。

 混乱する獣たちに追いすがりながら、ベルナールは更なる攻撃を加える。

 ひるんだ群れに肉薄しつつ剣を振るい、暴れる鹿を確実に一頭ずつ仕留める。脱出を試みる獲物には魔法のきらめきをまとった矢が突き刺さった。

「セシール! 右翼は牽制程度にしろっ! 打ち漏らした左翼はレイラスの手前で仕留めろっ!」
「了解!」

 ベルナールはより右に移動する。獲物をもう少し左に誘導する為だ。

 続けて森から飛び出してきたのも鹿の群れだった。

 ベルナールたちを見とがめ方向を変えるが、先頭の鹿が打ち倒され慌てて逆に走り出す。そしてまた先頭に矢が命中した。

 混乱する群に剣を振り下ろすと、無数の光が飛び鹿の首筋に命中する。

 右翼側に遁走をはかる大鹿の胴体に、大きな穴が穿たれもんどりうって倒れた。

「やりすぎだ……」

 魔物を一撃で仕留める力だ。セシールはセーブしていたが、ついつい本気を出してしまったようだ。

 散発的に現われる獣の群を、ベルナールたちは微妙に位置を変えながら次々に屠っていった。


 森は静けさを取り戻し狩りの終りを告げる。勢子せいこ役の男たちが次々に木々の間から現われた。

 倒れた獲物にトドメを刺して血抜きを始める。輸送の為の荷馬車が何台もやって来た。

「さすが現役は違いますなあー。いつも二、三割は打漏らしがあるが、今日はほぼ完璧だった! さすがです。今日はこれで終わりですね」

 レイラスが剣を納めながらベルナールに歩み寄る。

「この程度の戦いなら、今の俺の魔力でもなんとか間に合ったな」

 昔は無限に湧くと思っていた魔力も、歳と共に弱くなった。

 その代わり状況に応じて制御する技術は向上している。弱い敵ならば弱い攻撃を繰り出して戦えば良いのだ。

 セシールも終りを察してこちらに来る。

「ベルさん、私はどうだった?」
「十分だろ。ただし食肉用の獲物だからなあ……。もっと弱い攻撃の方が良かったな」
「そうよねえ。魔物相手とは勝手が違うわね。難しいわ……」

 常に強力な獲物を狙う若いパーティーは力不足に悩む場合が普通で、逆を考えることなどあまりないのだ。

「いやあ、さすがですよ。搬出もずいぶんと楽になった」
「ああ、獣の狩りなんて初めてだったが上手くいったな」
「次は西の森でやるんですが、また手伝ってもらえると助かるんですがね……」
「俺は暇な失業者だ。ありがたい話さ」

   ◆

 仕事も終わりベルナールはお礼がてら、セシリアの店を訪ねる。

 セシールとは途中で分かれた。新たなパーティーに加入する為の情報収集で、エルネストの店に行くと言っていた。

 あいつは昔から若い者の面倒見が良かったと、ベルナールは思い出す。ロートルに付き合う必要もない。


「で、どうだったの?」
「けっこうな稼ぎになったよ。ただ今の時期だけの仕事だからなあ……」
「それはよかったわ……」

 セシリアはほっとした表情を見せる。ベルナールは仕事の後の一杯目を飲み干し、二杯目のビールを注文した。

「今月の家賃も払えるよ。ところで、どうしてこんなつて・・があったんだ?」
「ウチもこのハムやベーコンを仕入れているのよ。その関係。食べる?」
「そうだな、ちゃんと食事するか」
「そうよ、ここは食堂で酒場じゃないのよ」

 セシリアはそう言って厨房に引っ込み、食事が載ったトレーを運んで来た。

 堅いパンにたっぷりの野菜と、香ばしく焼かれた分厚い猪のベーコンが挟まれている。鹿肉のシチューも野菜たっぷりだ。

「次はワインにするか」

 ベルナールはパンにかぶり付いてシチューをスプーンですくう。

「うん、こいつは旨いよ! なかなかだ」
「これからはお酒ばかりじゃなくて、食事もちゃんと取りなさい」

 その通りだった。今日は息切れしながら鹿を追いかけていたのだ。気が付けばもうおっさんなのだ。

「まったくだ。これからは気を付けるよ」

 そう言ってからベルナールは赤ワインをガブリと飲んだ。


「ところで子供が使う弓矢のお古はあるかい?」
「う~ん……、セシールが使っていた私のお下がりは彼女が持って行ったし――、ただ成長に合わせて安物の中古を色々と試したから……」
「譲ってもらえるか?」
「もちろんよ。だけどボロよ」
「構わない。俺が修理して調整するよ」
「どっちのお嬢さん?」
「ロシェルだ。弓使いアーチャーの才能があるよ」
「もう一人の方は?」
「アレットだ。あの剣士フェンサーだな、純粋な剣士だよ。楽しみだ」
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