上 下
42 / 53

41「逆襲の草」

しおりを挟む
「いっ、いったい……」
 まったく想定外の展開。イラーリアに叱責されると思いきや泣きつかれてしまった。
「何があったというのですか?」
「こっ、婚約はなしだと言われた……」
「はい?」
くさの話をするような女とは婚約できないと。お前のせいだっ!」
 話は別件だとシルヴェリオはやっと気が付く。
「よくある婚約破棄ですな」
「これからの婚約がなくなったんだあ~」
 シルヴェリオはブンブンと振られてしまう。間違いは正さねばならない。
「それならば婚約辞退でしたね」
 イラーリアは床に崩れ落ち再び手で顔を覆った。悪魔の草が幸せな二人を破局へといざなう。
「うっうっ、ううう……」
 シルヴェリオとて身につまされる話だ。婚約辞退された側の気持ちはよく分かる。
「初めてしかられた。それでベッドに押し倒されて……」
(良かったではないですか?)
「ひっ……、ひっく、ひっく……」
 泣き虫イラーリアはしゃくり上げプルプルと震える。責任の一端は、確かにシルヴェリオにもありそうだ。
(なんとかせねばいかんか)
「父に相談してみましょう。貴族同士の婚姻など、政治力を発揮すればなんとかなるものです」
「たっ、頼む! 我が家にあるのは武力ばかりで、父も兄たちもそちらは役にたたんのだ」
「それもまた王国に必要な力。互いに手を携えて国の安寧に尽力いたしましをう」
「うん……」
「なあに。そのバカ者が土下座して婚約を申し込むようにでも、追い込みましょうか」
「そこまでしなくてよい」
 イラーリアは顔を上げる。なんとか涙は止まったようだ。

  ◆

 やれやれ、と思いつつシルヴェリオは帰宅する。
 屋敷の門が少し開いていた。異変を感じたが、屋敷はいつもどおりに見える。
 エントランスに人の気配はなかった。いつもと同じように魔法の明かりが室内を照らすが、夕刻の慌ただしさもなく静まり返る。
 厨房の火は落ちているが、鍋から湯気が上がっていた。テーブルには夕食の食器が並べられている。
(誰もいないだと? 消えた?)
 他の部屋も全て同じだった。人間消失。シルヴェリオの記憶に類似の事件はなかった。
「ヴァレンテ! イデア! 誰かいないのか?」
 叫びながら無人の廊下を歩く。自室に入り、暗闇の中、フランチェスカたちを見た。
「いったい何があったんだい?」
「やってはいけないことを、やってしまった。その報いを受けたのかしら?」
「何もかも自分の思いどおりになるなんて、思い上がりよね」
「私はなにも……」
 シルヴェリオはそのままソファーにへたり込む。なぜこうなったのかと頭を抱えて下を向く。
「?」
 外に人の気配を感じた。複数の話し声が聞こえる。立ち上がり窓を覗くと使用人たちの姿があった。ヴァレンテとイデアもいた。
「良かったじゃない」
「運がいいわね」
 フランチェスカとの会話を中断し、シルヴェリオは廊下に飛び出す。階段を駆け下りた。
「いったいどうしたことか?」
「なに、避難訓練だとかで外に出ろ、などと言われましてね」
「訓練だと?」
「失礼いたしました。すぐに夕食の用意をいたします」
 よく事情は飲み込めないが、使用人たちは屋敷に戻って行く。シルヴェリオはその場で問いただすのを控えた。

 夕食が終り二人を自室に呼び出す。
「私にも分かるように説明してくれんか?」
「はてさて。先ほどの説明が全てでございますが……」
「何の訓練だ? 誰が言ったのか?」
「おそらくは魔獣の被害における訓練かと。名乗りませんが王政の関係者ではないでしょうか?」
「相手は王国か……。草の関係ではないのだな?」
「草?」
「お前が私に教えた草についてだ」
「? 私は何も言っておりませんが……」
「何かの勘違いでございましょう……」
「……」
 二人は表情を崩さずに答える。シルヴェリオは、これ以上は踏み込む領域ではないと感じた。
「ところで――。話は変わるが学院のファルネティ・イラーリア教授だ。婚約の件で悩んでおる。父に上手く取り計らうよう書状を出してるか。必要とあらば説明に伺うと……」
「かしこまりました。あの……、時々はお顔を出してくださいませ」
「そうだな。近々行くとしようか。もうよい。下がれ」
「はっ……」
「はい……」
 一人になったシルヴェリオは部屋の中を点検する。なくなったり移動されたりした物はない。スキルを発揮して侵入者の痕跡を探した。明かりを消して庭を見る。来訪者は複数であり、門から少々敷地に入り込んだだけのようだ。
 シルヴェリオは壁に掛けられる聖剣を抜いた。剣肌に映り込む女性が微笑む。振り向くとそこは、薄暗い暗闇があるだけだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...