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19「教会の令嬢」
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二人は西へ向かう車上にいた。二頭立てで操車が一人の馬車が二人乗りのベンチと荷台を引く。メルクリオ家のプリシッラ嬢と、セルモンティ家のフランチェスカ嬢が景色を眺めながら揺られていた。
レイ・カチェル教会と近所の孤児院が目的地だ。本日のミサと礼拝。そして子供たちへの慰問が主な予定である。
「フランチェスカは忙しいわね。絵画に冒険者、そして信徒としての活動なんて。教養課の勉強がおろそかにならない?」
「広く世界を知るのが勉強です」
「本当にそうね。あんな小さな教会に、とっても素敵な神父様が来られるなんて。あそこも知るべき世界?」
プリシッラは笑いながらフランチェスカをからかう。
「話が強引ねえ。プリシッラがそれほど美形好みとはちょっと意外かな?」
「小説世界の主役ね。広く受け入れられている真理よ。じっくりと拝見させていただくわ。シスターの皆さんといっしょにね」
「あはは……」
プリシッラは神も含め、なぜ美形が信仰の対象にすらなるのか、などに興味があった。文学の根源であり、人の感情が全てそこから発生していると考えている。その反対もまた、全ての根源でもあると。こちらはこちらで文学科の勉強である。
「我が学院のプリンスとどちらが上かしらねえ」
「そこに行く?」
「文学科としては図書館の常連には好感を持ちますので。最近は来なくなったみたい。時々かな?」
「ふーん……」
「そっけないわね。子供の頃の知り合いでしょ?」
「絵画教室で一緒だっただけよ。あの人は神童、私は普通」
「ダンジョンにも来たんでしょ? 多彩ねえ」
「何でも屋さんね。飽きたら他に手を出して天才になるのよ」
「ふーん……」
今度はプリシッラが言った。
妬み、ひがみ、嫉妬とはまた違う不思議な感情。フランチェスカは遠くを見ているような目をする。
レイ・カチェル地区は、プリシッラ嬢のメルクリオ家が孤児院を含む農業地区の領地を持つ。メインは教会と信徒たちの農家が教会領となり、他にいくつかの貴族が土地を持つ共同開拓地であった。二人はもう何度目かの訪問である。
馬車が孤児院へ到着した。わっと子供たちが飛び出して来る。シスターたちは街とここを一週間単位で交代しながら、寝泊まりし面倒を見ていた。
「うわーっ、すげえ。肉の塊だぜっ!」
「たくさんあるから、いっぱい食べてね」
子供たちは、荷台からめざとくそれ見つける。今日はハムとベーコンをたっぷり用意したのだ。それに小麦粉と他の穀物類。街で焼かれた珍しいパン。地域では収穫されない野菜などだ。総出で運び込む。
「お収めさせて頂きます。我がメルクリオ家とセルモンティ家からとなります」
「両家に神のご加護を」
プリシッラが差し出した封筒をシスターはうやうやしく受け取る。子供たちは貴族にとっても宝物だ。
「?」
馬車の日よけに小鳥が停まる。首を振ってから教会の方へと飛び立った。
フランチェスカはその行く先を見る。
運び込んだ食料を仕分けして、食事の用意に取り掛かる。腕を捲り上げシスターたちと野菜の皮を剥いた。
あらかた作業が終わり、二人は子供たちのいる大部屋に戻る。
「おっ、新しい絵ね」
壁には児童たちの絵が多数貼られている。フランチェスカは目ざとくモノクロの新作を見つけた。端には作者名が書かれている。
「俺たちの冒険者パーティーさ」
肉を見つけたルキーノが誇らしげに言う。そこには五人の未来の冒険者たちが並んでいた。中央に剣士ルキーノ。右隣は女子剣士のノエミ。左は賢者サンドロと魔法少女ルフィナだ。
「あら、一人大人がいるわ」
「ああ、そいつは冒険者になりたてのド新人Fクラスさ。なかなか見どころがあるんで、面倒見ることにしたんだ」
「ウソはやめなさい。このあいだ助けてもらったんです」
剣士ルキーノは胸をそらせてから、剣士ノエミに怒られる。
「薬草泥棒さ。それぐらい当然だよ。舎弟にしてくれって言われた」
ノエミが詳しく事情を説明する。ルキーノはかなり話を盛ったとフランチェスカにも分かっていた。
「カッコイイお兄さんでした~」
とは魔法少女ルフィナの感想だ。こんな所にもまたイケメンの登場である。
ルキーノの描いた子供の絵だから仕方ないが、ボーっと立っているだけの人間のような魔獣にも見える。この人がカッコイイ? フランチェスカはそのフェイクイケメンに首をかしげる。
「すごい剣を持っていました。なかなかの実力者と見ましたね」
賢者サンドロはトレードマークの眼鏡を押し上げる。確かに剣は装飾ありのように描かれている。
「あんなの偽物さ。俺には分かるんだ」
「ウソばっかり」
「ホントだよ」
「偽物の高そうな剣ってあるのですか?」
「うーん、あるわね。本物は大事にしまっておいて、そっくりに作ったコピーを飾っておくのよ。それを作る工房もあるわ」
「ほーら」
「でも魔獣を倒していましたよ」
「本物~」
サンドロとルフィナが追随し、ルキーノ立場が悪くなってしまった。
子供たちの世界は偽物など、夢のない話は信じたくないのだ。つい大人の回答をしてしまったと、フランチェスカは言ってから反省する。
食事の用意ができたので、謎のウソFクラスについての噂話は終わりとなった。
レイ・カチェル教会と近所の孤児院が目的地だ。本日のミサと礼拝。そして子供たちへの慰問が主な予定である。
「フランチェスカは忙しいわね。絵画に冒険者、そして信徒としての活動なんて。教養課の勉強がおろそかにならない?」
「広く世界を知るのが勉強です」
「本当にそうね。あんな小さな教会に、とっても素敵な神父様が来られるなんて。あそこも知るべき世界?」
プリシッラは笑いながらフランチェスカをからかう。
「話が強引ねえ。プリシッラがそれほど美形好みとはちょっと意外かな?」
「小説世界の主役ね。広く受け入れられている真理よ。じっくりと拝見させていただくわ。シスターの皆さんといっしょにね」
「あはは……」
プリシッラは神も含め、なぜ美形が信仰の対象にすらなるのか、などに興味があった。文学の根源であり、人の感情が全てそこから発生していると考えている。その反対もまた、全ての根源でもあると。こちらはこちらで文学科の勉強である。
「我が学院のプリンスとどちらが上かしらねえ」
「そこに行く?」
「文学科としては図書館の常連には好感を持ちますので。最近は来なくなったみたい。時々かな?」
「ふーん……」
「そっけないわね。子供の頃の知り合いでしょ?」
「絵画教室で一緒だっただけよ。あの人は神童、私は普通」
「ダンジョンにも来たんでしょ? 多彩ねえ」
「何でも屋さんね。飽きたら他に手を出して天才になるのよ」
「ふーん……」
今度はプリシッラが言った。
妬み、ひがみ、嫉妬とはまた違う不思議な感情。フランチェスカは遠くを見ているような目をする。
レイ・カチェル地区は、プリシッラ嬢のメルクリオ家が孤児院を含む農業地区の領地を持つ。メインは教会と信徒たちの農家が教会領となり、他にいくつかの貴族が土地を持つ共同開拓地であった。二人はもう何度目かの訪問である。
馬車が孤児院へ到着した。わっと子供たちが飛び出して来る。シスターたちは街とここを一週間単位で交代しながら、寝泊まりし面倒を見ていた。
「うわーっ、すげえ。肉の塊だぜっ!」
「たくさんあるから、いっぱい食べてね」
子供たちは、荷台からめざとくそれ見つける。今日はハムとベーコンをたっぷり用意したのだ。それに小麦粉と他の穀物類。街で焼かれた珍しいパン。地域では収穫されない野菜などだ。総出で運び込む。
「お収めさせて頂きます。我がメルクリオ家とセルモンティ家からとなります」
「両家に神のご加護を」
プリシッラが差し出した封筒をシスターはうやうやしく受け取る。子供たちは貴族にとっても宝物だ。
「?」
馬車の日よけに小鳥が停まる。首を振ってから教会の方へと飛び立った。
フランチェスカはその行く先を見る。
運び込んだ食料を仕分けして、食事の用意に取り掛かる。腕を捲り上げシスターたちと野菜の皮を剥いた。
あらかた作業が終わり、二人は子供たちのいる大部屋に戻る。
「おっ、新しい絵ね」
壁には児童たちの絵が多数貼られている。フランチェスカは目ざとくモノクロの新作を見つけた。端には作者名が書かれている。
「俺たちの冒険者パーティーさ」
肉を見つけたルキーノが誇らしげに言う。そこには五人の未来の冒険者たちが並んでいた。中央に剣士ルキーノ。右隣は女子剣士のノエミ。左は賢者サンドロと魔法少女ルフィナだ。
「あら、一人大人がいるわ」
「ああ、そいつは冒険者になりたてのド新人Fクラスさ。なかなか見どころがあるんで、面倒見ることにしたんだ」
「ウソはやめなさい。このあいだ助けてもらったんです」
剣士ルキーノは胸をそらせてから、剣士ノエミに怒られる。
「薬草泥棒さ。それぐらい当然だよ。舎弟にしてくれって言われた」
ノエミが詳しく事情を説明する。ルキーノはかなり話を盛ったとフランチェスカにも分かっていた。
「カッコイイお兄さんでした~」
とは魔法少女ルフィナの感想だ。こんな所にもまたイケメンの登場である。
ルキーノの描いた子供の絵だから仕方ないが、ボーっと立っているだけの人間のような魔獣にも見える。この人がカッコイイ? フランチェスカはそのフェイクイケメンに首をかしげる。
「すごい剣を持っていました。なかなかの実力者と見ましたね」
賢者サンドロはトレードマークの眼鏡を押し上げる。確かに剣は装飾ありのように描かれている。
「あんなの偽物さ。俺には分かるんだ」
「ウソばっかり」
「ホントだよ」
「偽物の高そうな剣ってあるのですか?」
「うーん、あるわね。本物は大事にしまっておいて、そっくりに作ったコピーを飾っておくのよ。それを作る工房もあるわ」
「ほーら」
「でも魔獣を倒していましたよ」
「本物~」
サンドロとルフィナが追随し、ルキーノ立場が悪くなってしまった。
子供たちの世界は偽物など、夢のない話は信じたくないのだ。つい大人の回答をしてしまったと、フランチェスカは言ってから反省する。
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