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32【統率の聖女】
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「女性の力か……」
ヴィクトルは自身の言葉を反芻するように言った。
「女性特有のスキル。それは男たちには望んでも手に入らない力だ」
魔獣と戦う基本スキルは男女共に持っている。その差異はないとは言えないだろうが誤差の範疇だ。一方性別により偏るスキルも存在する。
例えば広範囲に破壊をもたらすスキルや、物理的な力を発揮するスキルは男性が得意としている。
逆に広範囲の防御や精神の安楽をもたらす、グレースなどは女性が得意とするところだ。
冒険者パーティーは性別の偏りがないが、騎士団はほとんどが男性である。それは対人戦闘が主なる仕事だからと推察できる。女性の暗殺者は多いがそれは対象者への接近が容易だからだ。仮面令嬢にしても、いかつい男性の仮面であれば、あれほど人気にはならないだろう。
「たとえばそう、子を産む力などは女性特有のスキルであるな。男は望んでも不可能である」
「まあっ。それはスキルではございません。人が持つ生命の神秘でございます」
「ふむ。確かに戦う力ではないな。男も手伝うのだからこれは男女の――、人間の神秘としておくか」
(命を創造する、その人間が殺し合いもする。この世界はなんと虚しいのでしょうか……)
「女性が素晴らしい力を自由に発揮する国でありたいものだ。我が王国は。いや。男女共に手を取り合ってか……。女ばかりが強くては男たちの立場がないしな」
「まあ……」
言った後、ヴィクトルはおどけたような表情を一変させる。
「ホーエンリンデンは、女性の力なくしては勝てない戦いであった」
「そうなのですか?」
「我が王国七千の兵力に対して、敵の連合軍は十万。奇跡など起きようもない。しかし我らは勝った」
(そんなに……)
アレクシスは驚いた。兵力差はあったと言われているが、具体的な数は一般には知られていないからだ。これは王室書庫でしか閲覧できない情報である。
「それはいったい……」
「戦場を支配し統率するスキル。ヘイデンスタムⅢ世のそばで軍勢を動かした女性がいたのだよ」
「わたくしは先史には詳しくありませんが、常識の範囲でしたら知っております。そのような話は聞いたことがございません」
「当然だ。Ⅲ世王は全ての記録を抹消した。代わりに食事のことなどを吹聴したのだ。マレンゴ村は廃棄されその場所は森に飲み込まれた」
その国家機密情報を、今ヴィクトルは説明している。そして疑念を持たずにいられなかった。ただの女性活躍の懇談話は飛躍を始めているからだ。
「なぜその話をわたくしに?」
「その女性は聖女と呼ばれいた」
「!」
「そして、のちにヴェルムランド王、ヘイデンスタムⅢ世王妃となったのだ。そのような力を野に放ったままにはできんからな」
「そのようなスキルは聞いたこともございません」
「あるいはその料理を作ったのが聖女なのかもな……」
ヴィクトルはアレクシスの質問をはぐらかす。質問は許されないと察した。
「これは王室図書の記録だ。他言無用だぞっ!」
「は、はい……」
ヴィクトルの眼光が、射貫くようにアレクシスを見定めた。その瞳の奥にどのような真実が映されているかとアレクシスも見つめ返す。
「ふふふっ――ふふ。さて。どうしたものかな……」
一転して穏やかな表情に戻るが、その瞳は間近でアレクシスを見つめたままだった。
ヴィクトルは自身の言葉を反芻するように言った。
「女性特有のスキル。それは男たちには望んでも手に入らない力だ」
魔獣と戦う基本スキルは男女共に持っている。その差異はないとは言えないだろうが誤差の範疇だ。一方性別により偏るスキルも存在する。
例えば広範囲に破壊をもたらすスキルや、物理的な力を発揮するスキルは男性が得意としている。
逆に広範囲の防御や精神の安楽をもたらす、グレースなどは女性が得意とするところだ。
冒険者パーティーは性別の偏りがないが、騎士団はほとんどが男性である。それは対人戦闘が主なる仕事だからと推察できる。女性の暗殺者は多いがそれは対象者への接近が容易だからだ。仮面令嬢にしても、いかつい男性の仮面であれば、あれほど人気にはならないだろう。
「たとえばそう、子を産む力などは女性特有のスキルであるな。男は望んでも不可能である」
「まあっ。それはスキルではございません。人が持つ生命の神秘でございます」
「ふむ。確かに戦う力ではないな。男も手伝うのだからこれは男女の――、人間の神秘としておくか」
(命を創造する、その人間が殺し合いもする。この世界はなんと虚しいのでしょうか……)
「女性が素晴らしい力を自由に発揮する国でありたいものだ。我が王国は。いや。男女共に手を取り合ってか……。女ばかりが強くては男たちの立場がないしな」
「まあ……」
言った後、ヴィクトルはおどけたような表情を一変させる。
「ホーエンリンデンは、女性の力なくしては勝てない戦いであった」
「そうなのですか?」
「我が王国七千の兵力に対して、敵の連合軍は十万。奇跡など起きようもない。しかし我らは勝った」
(そんなに……)
アレクシスは驚いた。兵力差はあったと言われているが、具体的な数は一般には知られていないからだ。これは王室書庫でしか閲覧できない情報である。
「それはいったい……」
「戦場を支配し統率するスキル。ヘイデンスタムⅢ世のそばで軍勢を動かした女性がいたのだよ」
「わたくしは先史には詳しくありませんが、常識の範囲でしたら知っております。そのような話は聞いたことがございません」
「当然だ。Ⅲ世王は全ての記録を抹消した。代わりに食事のことなどを吹聴したのだ。マレンゴ村は廃棄されその場所は森に飲み込まれた」
その国家機密情報を、今ヴィクトルは説明している。そして疑念を持たずにいられなかった。ただの女性活躍の懇談話は飛躍を始めているからだ。
「なぜその話をわたくしに?」
「その女性は聖女と呼ばれいた」
「!」
「そして、のちにヴェルムランド王、ヘイデンスタムⅢ世王妃となったのだ。そのような力を野に放ったままにはできんからな」
「そのようなスキルは聞いたこともございません」
「あるいはその料理を作ったのが聖女なのかもな……」
ヴィクトルはアレクシスの質問をはぐらかす。質問は許されないと察した。
「これは王室図書の記録だ。他言無用だぞっ!」
「は、はい……」
ヴィクトルの眼光が、射貫くようにアレクシスを見定めた。その瞳の奥にどのような真実が映されているかとアレクシスも見つめ返す。
「ふふふっ――ふふ。さて。どうしたものかな……」
一転して穏やかな表情に戻るが、その瞳は間近でアレクシスを見つめたままだった。
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