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33【誘惑への変化】

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「近々王宮内に部屋を用意させる。そこに移ってもらおうか。ここならば夢の中にも引きずり込まれない」
「わたくしが王宮に住むのですか?」
「今までの護衛では役に立たない。厳重な警備が必要だ。状況が一息つくまでの辛抱だよ。敵は本気だ」
「……」
「全力で守るよ……」
 ヴィクトルはいつものように耳元に顔を寄せ、甘い声で囁くように言った。断れないとは思っていたが、アレクシスは躊躇する。しかし駆け引きするつもりはなかった。
「なに、外出許可は出す。今までどおりに夜は街に出ても構わないし、学院もここから通いなさい」
「……分かりました」
「うむ。そなたの屋敷に使者を送る。早いほうが良い」
 父親ならば二つ返事で了解する。アレクシスは心配するであろう、母親の顔を思い浮かべた。
「そうそう舞踏会だがな。それ用の衣装を用意させる」
「王宮の財政は逼迫しているのではないですか?」
 そう言ってアレクシスは笑った。ヴィクトルはちょっと不満げな表情を作った。わざとである。
「個人的な贈り物だよ。苦労をかけているからな」
 このような心遣いは、やはり嬉しい。どこかの無骨者にはとうてい真似できない芸当だ。
 ヴィクトルはアレクシスの肩を抱いて引き寄せる。大きな胸が高鳴った。
「そなたの胸なのだがな。とやかく言う者がいたとしても、それは嫉妬であろう。気にするものではない」
「そうもいきません……」
「用意したドレスは胸を強調する形となるが、いかがかな?」
 正直にそれは困ったと思ったが、やはり拒否の選択肢はない。もう、いつまでも子供の頃の思いを引きずる歳でもないであろう。アレクシスは素直に話せば良いと思った。
「恥ずかしいです」
「バーバラに担当させる。相談のうえだ。了解してほしい」
「強調とはどのような?」
「これぐらい大きく空いているのだよ」
 ヴィクトルの指が滑り、アレクシスの胸元に弧を描く。
「ふふ……、客たちの目が釘付けだぞ」
 闇の静けさか、揺らめく魔導ランプの光がそうそせるのか、ヴィクトルは大胆だ。
 窓の奥にマティアスの姿が見えた。
「おやめ下さい。お戯れを……」
 顔が間近に迫り、アレクシスは思わず顔をそむける。これではまるで強制婚約宣言の、あの夜の再現だ。
「そんな嫌な顔するな」
 マティアスは時間を気にしているようだ。
「ちっ、相変わらず無粋なヤツめ――」
 ヴィクトルはアレクシスの体を引き離し、窓に向かってあごをしゃくる。静かにバルコニーの扉を開け、無表情のマティアスがやって来た。
「時間厳守と仰せつかっております」
「うむ、それで良い」
 こだわるでもなくヴィクトルは立ち上がる。
「ではアレクシス。名残惜しいがな――。先に演武会だ」
「はい」
 そう言ってヴィクトルは去って行った。
「さあ、お帰りの時間です」
 マティアスはまだ引きずっているようだ。アレクシスの心に、わだかまりがうずく。
「……」
 アレクシスは自分が何者かに狙われていることより、変化するであろう生活を想像し戸惑う。
 目の前に答はなかった。
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