上 下
11 / 48

11【運命の二人?】

しおりを挟む
 マティアスがアレクシスの手を取り二人は入場した。思い思いに踊る客たちは自然と場所を空ける。楽団の演奏者たちは楽器を弾きながら互いに目配せをし、演奏している曲を自然に終わらせた。
「ズルなのですよ。私が練習していた曲が始まります」
「まあ、なんという策士なのでしょうか!」
「殿下のご助言ですよ。よろしかったですか?」
「たぶん大丈夫ですわ」
「では……」
 このような場所で踊られるのは、スローテンポのワルツが主流だが曲はタンゴであった。イェムトランド地域でよく踊られている曲がかかる。
「よくぞこの曲を……」
「幼い頃の記憶ですよ」
「感謝いたしますわ」
 アレクシスは懐かしさを噛みしめながら踊る。チャレンジした客たちもこの珍しい曲をあきらめ、会場で踊るのは二人だけとなった。
 視界の片隅ではいたたまれなくなり、部屋を飛びだして行くフレドリカ嬢の姿が見える。
 戦いはアレクシスの完勝で終わった。

 宴が終わり招待客たちは三々五々帰り始め、アレクシスたちはまるで主賓のごとくエントランスで客たちを見送った。
 皆、名残惜しそうに二人に声を掛ける。
「王室の馬車を用意しております。我らも帰りましょうか」
「はい」
 二人はいつものハデ馬車に乗った。会場で楽しんだそのままの姿である。
「これからは私が護衛に付くことになりました」
「はい、今夜はもうその必用もないのではないですか?」
「万が一のためです。それに今は……」
 マティアスは続きを言いよどむ。
「その胸の……」
「えっ?」
「国宝なのですよ」
「ああ、そうですね。そのとおりです」
 アレクシス自身の胸の話ではなかった。気持ちは複雑である。
「バーバラ侍女長の馬車が追って来ています。本日は今のこの姿をご両親にご覧いただき、その後衣装と国宝を回収、迎賓館に戻り管理者たちと引き渡しの儀を終えますので」
「お気遣い感謝いたします」
「殿下のご指示です……」
 全て殿下、殿下と言うマティアスに、アレクシスは少々不満である。でも仕方のない話でもあった。ただの護衛とかりそめの婚約者候補。二人は何かに操られて今ここにいるだけなのだ。

  ◆

 馬車がリンドブロムに到着し、マティアスとアレクシスは庭に入る。木の前に立ち二人で見上げた。
「もっと大きかったと記憶していましたが……」
「これでもずいぶんと成長したのです。昔は私でも登れるほど低かったのですよ」
「そうでしたね……」
「なぜ私の護衛など?」
「殿下の御命令ですから」
「そればかり――」
(ヴィクトル殿下は護衛を一生飼殺しにすると脅してきた。私たち二人の関係を知っている……)
「王室の繁栄はこの国の繁栄でもあります」
「――それだけですか?」
 うつむいていたアレクシスは顔を振り上げた。しかし――。
「はい……」
 マティアスの反応は素っ気ない。
 初めて出会ったこの場に二人で立っても、時間は巻き戻らなかった。忘れたのに思い出して、そしてまた再び忘れなければならないのか。
 その残酷さにアレクシスは涙がこぼれそうになった。しかし相手の立場を気遣いし、それすらもまた我慢する。
「なんだか寂しいですね。せっかくこのように話せるのに」
「あなたは王太子様の婚約者なのですから。私はただの護衛です」
「そうですね……」
 バーバラを乗せた馬車が到着した。

 アレクシスの姿を見た両親は歓喜に沸いた。喜ぶ両親を前に気丈にふるまい共に笑った。でも早く部屋に戻ってベッドに潜り込みたかった。涙を堪えて笑うのは辛すぎる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

婚約者とその幼なじみの距離感の近さに慣れてしまっていましたが、婚約解消することになって本当に良かったです

珠宮さくら
恋愛
アナスターシャは婚約者とその幼なじみの距離感に何か言う気も失せてしまっていた。そんな二人によってアナスターシャの婚約が解消されることになったのだが……。 ※全4話。

王侯貴族、結婚相手の条件知ってますか?

時見 靜
恋愛
病弱な妹を虐げる悪女プリシア・セノン・リューゲルト、リューゲルト公爵家の至宝マリーアン・セノン・リューゲルト姉妹の評価は真っ二つに別れていたけど、王太子の婚約者に選ばれたのは姉だった。 どうして悪評に塗れた姉が選ばれたのか、、、 その理由は今夜の夜会にて

かわりに王妃になってくれる優しい妹を育てた戦略家の姉

菜っぱ
恋愛
貴族学校卒業の日に第一王子から婚約破棄を言い渡されたエンブレンは、何も言わずに会場を去った。 気品高い貴族の娘であるエンブレンが、なんの文句も言わずに去っていく姿はあまりにも清々しく、その姿に違和感を覚える第一王子だが、早く愛する人と婚姻を結ぼうと急いで王が婚姻時に使う契約の間へ向かう。 姉から婚約者の座を奪った妹のアンジュッテは、嫌な予感を覚えるが……。 全てが計画通り。賢い姉による、生贄仕立て上げ逃亡劇。

お母様と婚姻したければどうぞご自由に!

haru.
恋愛
私の婚約者は何かある度に、君のお母様だったら...という。 「君のお母様だったらもっと優雅にカーテシーをきめられる。」 「君のお母様だったらもっと私を立てて会話をする事が出来る。」 「君のお母様だったらそんな引きつった笑顔はしない。...見苦しい。」 会う度に何度も何度も繰り返し言われる言葉。 それも家族や友人の前でさえも... 家族からは申し訳なさそうに憐れまれ、友人からは自分の婚約者の方がマシだと同情された。 「何故私の婚約者は君なのだろう。君のお母様だったらどれ程良かっただろうか!」 吐き捨てるように言われた言葉。 そして平気な振りをして我慢していた私の心が崩壊した。 そこまで言うのなら婚約止めてあげるわよ。 そんなにお母様が良かったらお母様を口説いて婚姻でもなんでも好きにしたら!

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

処理中です...