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パン泥棒を捕まえろ

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「きゃーーー! ドロボーーーー!」

 私はロベールと一緒に孤児院に来ていたのだが、食堂の方から悲鳴が聞こえた。
 悲鳴が聞こえた方へ走っていくと、女性職員からパンを奪い取って逃げようとする痩せた男の子が見えた。

「止まりなさい!」
 私は男の子に向かって言った。

 男の子はパンを抱えたままドアの方へかけていく。
 私が「ロベール!」と言ったら、「分かったよ」とロベールは男の子を取り押さえた。

 捕まった男の子は逃げようとしてジタバタしている。私は男の子の前に立った。

「そのパンはあげるわ。だから、大人しくしなさい」
「本当に?」
「本当よ。お腹が空いてるんだったら、ご飯も食べていっていいわよ」

“ぐぅぅぅぅう”

 男の子のお腹が鳴った。まるで私への返答のように。

「さあ、ここに座って食べなさい」
「うん」
「ロベール、他にも何か食べるものはないかしら?」

 ロベールは「ちょっと待ってて」と言いながら食堂へ入っていった。

 しばらくすると、ロベールはお皿に食べ物を載せて戻ってきた。

「はいどうぞ、ゆっくり食べるんだよ」
 そういうとロベールは男の子にお皿を差し出した。

 男の子はロベールの忠告を無視して、食べ物を次々と口に入れていく。
「ゴホッ、ゴホッ」
「ほら、ゆっくり食べないと咽(むせ)るでしょ。誰も取らないから、ゆっくりでいいのよ。ゆっくり」
「うん・・・」

 男の子はそう言いながら出された食事を口に入れ続ける。私たちの忠告は完全に無視されたまま。

 私はロベールと雑談しながら男の子を見ていた。きっと、お腹が空いていたのだろう。
 それにしても、

――育ち盛りの男の子にしては瘦せすぎじゃないかな?

「ねえ、きみ名前は?」と私は男の子に尋ねた。

「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗らないといけないんだよ」

 男の子は食べ終わってリラックスしたのだろう。本来の生意気な部分が前面に出てきた。

――なんて生意気な・・・

 と思ったものの、ここは年長者としての余裕を見せないといけない。
 それに私は公爵令嬢、国民の手本になる振舞いをしないといけない。

「そうね。私はマーガレット。そして、隣に座っているのがロベールよ。きみの名前は?」
「僕はジャック」

 私はなるべく優しくジャックに話しかけた。

「どうして、パンを盗んだのかな?」
「お腹が空いたから・・・」
「きみは孤児なの?」
「違うよ。お父さん、お母さん、妹と住んでる」
「家に食べ物があるんじゃないの?」
「ないんだ。もう何日も食べてない」
「何日も?」
「うん。パンを盗んだのは悪いと思うけど・・・」
「そうね。これからは、パンを盗むんじゃなくて「お腹が空いたから食べ物を下さい」って言うのよ。そうすれば、いくらでも食べさせてあげるから」

 ジャックは反省しているようだ。

「それにしても、家に食べ物がないって、両親は仕事してないの?」
「うん。家で寝てるよ。どこにも行ってない」
「病気なの?」
「違うと思う。でも、何もしなくなった」
「どういうこと?」

 私は尋ねるのだが、気まずそうな素振りをするだけでジャックは何も答えない。

「ジャック、今から私を家に連れて行きなさい!」
「今から?」
「そうよ。食べ物を持っていく。それならいいでしょ?」
「分かったよ・・・」

 ジャックはしぶしぶ承諾した。

***

 私とロベールはジャックの案内で家に向かっている。平民街を出て、スラム街にきた。ジャックの家はこの辺りにあるようだ。私たちが歩いていたら、スラム街の住民数名が私たちに金を要求した。ロベールは慣れているようで、小銭を渡しながら適当にあしらっている。

 私がスラム街にきたのは今日が初めて。私が不安そうにしていたら、ロベールは私の手を握ってくれた。まるで私の不安を感じ取ったかのように。
 これだけでも、スラム街にきた甲斐がある。私はせっかくだから腕を組んでみようと思い、ロベールの腕を取った。

――付き合ってるんだし、いいわよね?

「おねえちゃん、何を笑ってるの?」

――ジャックに気付かれた・・・

 私は平静を装って歩いた。ロベールと腕を組みながら。

 ヘイズ王国にスラム街があることは知っていた。だが、想像していたよりも良くない場所のようだ。
 ジャックの家に向かって歩いていると、数人が家の壁にもたれかかって座っていた。笑っているようだが、楽しいことがあって笑っているわけではなさそうだ。
 その数人の目は焦点が合っていない。どこを見ているのか分からない。

「あっ、あの人死んでる・・・」ロベールが小声で言った。

「どの人?」
「あの壁際の一番右の人」
「笑っている男の人の隣?」
「そうだよ」

 道端で人が死んでいても、スラム街では誰も気にしない。衝撃的な光景だった。
 不安に思った私はジャックに聞いた。

「この辺りは、いつもあんな感じなの?」
「そうだよ。毎日のように誰かが死んでる。死体を放っておくと疫病が流行るからって、警察が回収しにくるんだ」
「食べるものがないから?」
「それもあるけど、この辺りで死んでいるのは薬物中毒者だよ」

 ジャックは日常茶飯事のようにサラッと言った。だが、私はその事実に衝撃を受ける。
 ヘイズ王国では薬物中毒者を減らすために麻薬取引を厳しく取り締まっている。だから、薬物中毒者は減っていると思っていた。
 でも、それは貴族街や平民街の話であって、スラム街の話ではないのかもしれない。

 しばらく歩いていくと「ここだよ」とジャックが言った。
 ジャックの家についた。古くて小さい家だ。ロベールの家のダイニングルームくらいの大きさかな? この狭いスペースで4人が暮らしているのだ。

 私がジャックについて中に入ると、両親が壁際でニヤニヤしながら座っていた。
 その表情はさっき見た薬物中毒者と同じだった。


 私は持ってきた食料をテーブルの上においてから「妹は?」とジャックに聞いた。
 すると、ジャックは隣の部屋から女の子を連れてきた。
 私は目線を合わせるためにしゃがんで女の子に話しかけた。

「私はマーガレット。あなたの名前は?」
「パオラ」
「パオラ、お腹空いてない?」
「すいたー」
「じゃあ、おねえちゃんと一緒に何か食べに行こうか?」
「うん!」

***

 私はジャックとパオラを孤児院に連れて帰った。
 両親と離れるのは寂しいかもしれない。が、薬物中毒者の両親とスラム街で暮らすのは良くない。

 ロベールは勝手にジャックとパオラを孤児院に連れてきた私を責めるわけではなく、「牧師に言っておくから大丈夫だよ」と言ってくれた。相変わらずいい人だ。

 スラム街にはジャックのような子供がたくさんいる。子供たちを孤児院で保護した方がいいのだが、数が多いから限界がある。
 つまり、スラム街の子供の生活環境を改善するためには、元凶を断つ必要がある。


「フィリップ、来なさい!」

 私の声に応じて、音もなく一人の男が私の前に跪いた。
 彼は偵察・暗殺を専門としている私の部下フィリップ。私の護衛も一応務めている。

「うわっ、びっくりしたー」

 ロベール、ジャックとパラオは急に出現したフィリップに驚いている。
 ロベールは何度もフィリップに会ってるのだから、そろそろ慣れてもらいたいのだが・・・

「フィリップ、スラム街で薬物中毒者が増加しているのは知っている?」
「承知しております」
「誰がヘイズ王国で違法薬物をばら撒いているかを調べてきなさい」
「末端にばら撒いているのはマフィアでしょう。それはすぐに把握できると思います」
「それと、ヘイズ王国では違法薬物の取り締まりが厳しいと思うのだけど、国内で生産しているのかしら?」
「スラム街に出回っている量を国内生産するのは難しいでしょう。栽培時に匂いがするものもありますし。私の予想では輸入したものかと・・・」
「じゃあ、違法薬物を輸入しているヤツがいるのね。それも調べなさい」
「承知しました。あれだけの量を輸入するには貴族が関わっていると思います」
「いきなさい!」
「は!」

 フィリップは音もなく消えた。

「へー、貴族が違法薬物を輸入してるんだ・・・。ふふっ、面白そうじゃない」

 そんな私を見たジャック。
「おねえちゃん、悪い顔してるよー」

――この子、なかなか鋭いな・・・

 私、そんなに悪い顔していたかな?
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