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第6回活動報告:ハゲタカファンドと戦え
持ち込み企画(その2)
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(1)持ち込み企画 <続き>
「それでは、私から始めます。」そう言って、ミゲルが持ち込み企画について話し始めた。
「私の持ち込み案件は『おじさんへの意識改善プロジェクト』です。」とミゲルが言うと、ルイーズが×のプレートを挙げた。
ミゲルはルイーズの×を一瞥(いちべつ)したものの、平静を保って話しを続ける。
どうやら、全員が×プレートを出すか、本人の心が折れるまでプレゼンし続けるルールのようだ。
「近年、ダイバーシティ(diversity :多様性)を重視する傾向が世の中に広がり、人種による差別撤廃、女性の地位向上、LGBTQ(Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender, Questioning)の社会的地位も改善しています。会社に提出する履歴書には人種、年齢、性別を書かなくなりましたし、同性婚も認められるようになりました。」
「知ってる!」と誰かが言った。
「その一方、おじさんはどうでしょうか?」そう言ってミゲルはメンバーを見渡した。
ロイが×のプレートを挙げたが、ミゲルは見なかったフリをしてプレゼンを続ける。
「世の中には様々なハラスメントが氾濫しています。パワーハラスメント、セクシャルハラスメント、モラルハラスメント、マタニティハラスメント。弱者を守るためにハラスメントへの対応は必要だからです。」
「そうだ!」と誰かが言った。
「一方、おじさんは、怒られることはあっても、守られることはありません。例えば、誰かがおじさん嫌がらせをした場合、何ハラスメントなのでしょうか?」
ミゲルはメンバーを見渡した。今度は×のプレートの数は増えなかった。
他のメンバーは、とりあえず様子見のようだ。
「この世の中には『おじさんには何を言ってもいい!差別してもいい!』という暗黙の認識があると思うのです。娘が年頃になってくると、おじさんの洗濯物は別に洗われるでしょう?」
「臭いからだよ!」どこからか野次(やじ)が飛ぶ。
ミゲルは野次に負けずに、話を続ける。
「おじさんは匂いが臭い。おじさんはいびきがうるさい。昔は親子揃って川の字で寝ていたのに、今は寝る場所も別です。」
「臭いからだよ!」どこからか野次が飛ぶ。
「極め付けは、熟年離婚です。今まで家族のために一生懸命に働いてきたのに、定年したら離婚届を突きつけられるのです。諺で『お金の切れ目が縁の切れ目』と言いますが、酷いと思いませんか?」
「ずっと離婚したかったんだよ!」どこからか野次が飛ぶ。
またミゲルはメンバーを見渡した。
悲しい目をしたミゲルを、スミスとポールは見つめている。この2人はミゲルの味方かもしれない。
「女性ばっかり優遇されていませんか?LGBTQばっかり優遇されていませんか?」とミゲルは言った後、少し間をおいてプレゼンを続けた。
「おじさんだって、チヤホヤされたいんです!」
※ミゲルの個人的な意見です。
「金払ってキャバクラ行けよ」どこかから野次が入った。
ミゲルは野次に負けずに、話を続ける。
「若い時は人間としての尊厳はあったはずなのに、おじさんになると人間として扱われません。部長、今はいいですよ。でも10年したら、立派なおじさんです。」
ついに俺はミゲルの話に巻き込まれた。いい迷惑だ。
「部長は、今は『おおじ(王子)さん』と言われていても、10年したら『おじさん』と呼ばれます。『お』が一つ無くなっただけでも、意味合いが違いますよね?」
既に陰では「おじさん」と言われている。
それにしても、ミゲルは何を言いたいのか分からない。そろそろ、軌道修正した方がいいのだろう。
「ミゲルの気持ちは分かるよ。大変だったよね。それで、ミゲルは何を調査したいの?」と俺は優しくミゲルに聞いた。
「おじさんを人間として認めてもらうための調査です。おじさんの尊厳を取り戻すための方策を実施すべきではないでしょうか?」
俺はついに×のプレートを挙げた。ガブリエルも釣られて×のプレートを挙げる。
「却下!」と俺は宣言した。
この時点で過半数の反対となったため、ミゲルの持ち込み企画は却下となった。
「どうしてですか?」必死に食い下がるミゲル。
「だから、金払ってキャバクラ行けよ!」また、どこかから野次が入った。
ミゲルは目に涙を溜めている。ついに心が折れたようだ。
「今の野次は俺じゃない。でもさ、おじさんの待遇を改善するのは、内部調査部の仕事じゃない。ミゲルが頑張っていれば、みんなも認めてくれるはずだよ。」
俺はミゲルに優しく言った。これ以上ミゲルに酷いことを言うと、泣いてしまうからだ。
それにしても、この持ち込み企画のプレゼンは人の心を破壊する。
俺は、この会議を有意義なものにするため、メンバーに言った。
「みんな、さすがに今の野次は言い過ぎだと思う。ミゲルも頑張って考えたんだから。これから提案する人のためにも、野次を飛ばすのはやめないか?」
メンバーは黙っている。ただ、俺は願いが通じたように感じた。
<続く>
「それでは、私から始めます。」そう言って、ミゲルが持ち込み企画について話し始めた。
「私の持ち込み案件は『おじさんへの意識改善プロジェクト』です。」とミゲルが言うと、ルイーズが×のプレートを挙げた。
ミゲルはルイーズの×を一瞥(いちべつ)したものの、平静を保って話しを続ける。
どうやら、全員が×プレートを出すか、本人の心が折れるまでプレゼンし続けるルールのようだ。
「近年、ダイバーシティ(diversity :多様性)を重視する傾向が世の中に広がり、人種による差別撤廃、女性の地位向上、LGBTQ(Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender, Questioning)の社会的地位も改善しています。会社に提出する履歴書には人種、年齢、性別を書かなくなりましたし、同性婚も認められるようになりました。」
「知ってる!」と誰かが言った。
「その一方、おじさんはどうでしょうか?」そう言ってミゲルはメンバーを見渡した。
ロイが×のプレートを挙げたが、ミゲルは見なかったフリをしてプレゼンを続ける。
「世の中には様々なハラスメントが氾濫しています。パワーハラスメント、セクシャルハラスメント、モラルハラスメント、マタニティハラスメント。弱者を守るためにハラスメントへの対応は必要だからです。」
「そうだ!」と誰かが言った。
「一方、おじさんは、怒られることはあっても、守られることはありません。例えば、誰かがおじさん嫌がらせをした場合、何ハラスメントなのでしょうか?」
ミゲルはメンバーを見渡した。今度は×のプレートの数は増えなかった。
他のメンバーは、とりあえず様子見のようだ。
「この世の中には『おじさんには何を言ってもいい!差別してもいい!』という暗黙の認識があると思うのです。娘が年頃になってくると、おじさんの洗濯物は別に洗われるでしょう?」
「臭いからだよ!」どこからか野次(やじ)が飛ぶ。
ミゲルは野次に負けずに、話を続ける。
「おじさんは匂いが臭い。おじさんはいびきがうるさい。昔は親子揃って川の字で寝ていたのに、今は寝る場所も別です。」
「臭いからだよ!」どこからか野次が飛ぶ。
「極め付けは、熟年離婚です。今まで家族のために一生懸命に働いてきたのに、定年したら離婚届を突きつけられるのです。諺で『お金の切れ目が縁の切れ目』と言いますが、酷いと思いませんか?」
「ずっと離婚したかったんだよ!」どこからか野次が飛ぶ。
またミゲルはメンバーを見渡した。
悲しい目をしたミゲルを、スミスとポールは見つめている。この2人はミゲルの味方かもしれない。
「女性ばっかり優遇されていませんか?LGBTQばっかり優遇されていませんか?」とミゲルは言った後、少し間をおいてプレゼンを続けた。
「おじさんだって、チヤホヤされたいんです!」
※ミゲルの個人的な意見です。
「金払ってキャバクラ行けよ」どこかから野次が入った。
ミゲルは野次に負けずに、話を続ける。
「若い時は人間としての尊厳はあったはずなのに、おじさんになると人間として扱われません。部長、今はいいですよ。でも10年したら、立派なおじさんです。」
ついに俺はミゲルの話に巻き込まれた。いい迷惑だ。
「部長は、今は『おおじ(王子)さん』と言われていても、10年したら『おじさん』と呼ばれます。『お』が一つ無くなっただけでも、意味合いが違いますよね?」
既に陰では「おじさん」と言われている。
それにしても、ミゲルは何を言いたいのか分からない。そろそろ、軌道修正した方がいいのだろう。
「ミゲルの気持ちは分かるよ。大変だったよね。それで、ミゲルは何を調査したいの?」と俺は優しくミゲルに聞いた。
「おじさんを人間として認めてもらうための調査です。おじさんの尊厳を取り戻すための方策を実施すべきではないでしょうか?」
俺はついに×のプレートを挙げた。ガブリエルも釣られて×のプレートを挙げる。
「却下!」と俺は宣言した。
この時点で過半数の反対となったため、ミゲルの持ち込み企画は却下となった。
「どうしてですか?」必死に食い下がるミゲル。
「だから、金払ってキャバクラ行けよ!」また、どこかから野次が入った。
ミゲルは目に涙を溜めている。ついに心が折れたようだ。
「今の野次は俺じゃない。でもさ、おじさんの待遇を改善するのは、内部調査部の仕事じゃない。ミゲルが頑張っていれば、みんなも認めてくれるはずだよ。」
俺はミゲルに優しく言った。これ以上ミゲルに酷いことを言うと、泣いてしまうからだ。
それにしても、この持ち込み企画のプレゼンは人の心を破壊する。
俺は、この会議を有意義なものにするため、メンバーに言った。
「みんな、さすがに今の野次は言い過ぎだと思う。ミゲルも頑張って考えたんだから。これから提案する人のためにも、野次を飛ばすのはやめないか?」
メンバーは黙っている。ただ、俺は願いが通じたように感じた。
<続く>
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