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第2回活動報告:カルテルを潰せ
カルテルを疑え(その3)
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※本話では、経営学的な説明をしています。本話を飛ばしても、本章の内容にはそこまで影響しないため、興味の無い人は本話を読み飛ばして、次話に進んでください。
(5)カルテルを疑え<続き>
まず、俺はカルテルの仕組みを説明するために、ホワイトボードに経済学でよく使う簡単な図(図表2-2)を描いた。
【図表2-2:1年前と現在の需要曲線・供給曲線】
「まず、商品販売における需要と供給の数量と価格は、需要曲線(赤の実線)と供給曲線(青の点線)で表せる。例えば、商品を売る人(供給者)は売れない商品は安く売るし、よく売れる商品は高く売る。だから、供給曲線は右上がりになる。」と俺は図を指して言った。
「仕事帰りにナイキのショップに行ったら、売れ残ったスニーカーが値引きして売られているのと同じですね。」とミゲルが言った。
例えが独特だ。普通は『スーパーマーケットで売れ残った弁当が値引き販売されている』というような例えになるのだろうが。
今まで知らなかったが、どうやらミゲルはスニーカーが好きらしい。
「そういうこと。次に、商品を買う人(需要者)は、市場に溢れている商品は高い価格を出して買いたくないけど、希少な商品は高い価格を出しても買いたいと思う。だから、需要曲線は右下がりになる。」
「ナイキの限定スニーカーがオークションで高額で出品されていても、コレクターが買うのと同じですね。」
「そう。さすが、ミゲルは想像力が豊かだね。」
ミゲルは褒められて嬉しそうだ。
「商品の価格と数量は、需要と供給が均衡する(マッチする)ところで決定されるから、図の需要曲線と供給曲線が交差している部分が、均衡価格と均衡需給量となる。」
ミゲルは頷いている。
「1年前の均衡価格は800JD/kgだ。これは、1年前の需要曲線と供給曲線で決定されている。今年に入って銅の需要が増加したわけだけど、需要が増えたら需要曲線はどうなると思う?」と俺はミゲルに聞いた。
※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。
「オークションの参加人数が増えるから、競争倍率が高くなります。だから、1年前より価格が高くてもナイキの限定スニーカーを買う。」
「正解!需要が増加したことによって需要曲線は右にシフトするのだけど、上にシフトしていると言った方が分かり易いかもしれない。買いたい人が増えたから、価格が高くても買う需要曲線に変化する。」
「コレクターだったら、買いますよね。」
「そうだね。一方、銅の輸入量は1年前と同じだから、供給量は同じだ。つまり、供給曲線は変化しない。」
「分かります。ナイキが『限定』と言っているのだから、後で生産数は増えません。逆に増やしたら、詐欺ですよ。詐欺!」とミゲルは感情的に言った。
ネットオークションで詐欺にでも引っ掛かったのだろうか?
それにしても、ミゲルは独特の解釈をしているようだ。この考え方が経済学を理解する際に正しいかどうかは、俺には分からない。
「シフトした需要曲線と1年前と同じ供給曲線は、均衡価格1,500JD/kgで交差する。つまり、今年に入って銅の需要が増えているから、供給量が変わらなければ価格は上がるわけだ。」
「ここまではいいかな?」とホワイトボードを指しながら俺が言うと、ミゲルは頷いている。
「ナイキの限定スニーカーのオークションと同じですね。」とミゲルは言った。
スニーカーの例えにそろそろ飽きてきたが、俺は話を続ける。
「ただし、需要が増えて需要曲線が右(上)にシフトしたとしても、供給量が増えると価格が下がってしまう。」
「もちろんです。ナイキの限定スニーカーが、もし追加生産されたらプレミア価値は下がります。本当にがっかりですよ・・・。」ミゲルは悲しそうに言った。
こういう時のおじさんは、少し面倒くさい。
ミゲルがここまで落ち込んでいるのだから、何があったか聞いた方がいいのだろう。もし聞かなかったら、『誰も私の事には興味がないんですね』と言って、すねるかもしれない。
「ミゲル、何があったんだい?」と俺はミゲルに聞いた。
「実は、ナイキが1カ月前にあるブランドとコラボ商品を発売したんです。発売時に買えなかったので、オークションで購入しました。定価は1万5,000JDですが、オークションではプレミアが付いていて、20万JDでした。」
「20万JDか。プレミアが付いているスニーカーは多いと聞くけど、それにしても高いね。」
「高いには高いのですが、100万JDを超えるプレミアが付いているスニーカーも多いので、このスニーカーも直ぐに価格が上がるだろうと思っていたんです。」
「上がったの?」
「オークションで購入して1週間後に25万JDまで上がりました。その時は、もう少し上がるだろうと思って売らなかったんです。でも、先週、ナイキがそのブランドとのコラボ商品をもう一度出すのではないかという噂がネットで広まったんです。そうすると、価格が一気に値崩れして昨日時点で3万JDまで下がってしまいました。」
「じゃあ、17万JD損したってこと?」
「そうです。85%の損失率ですから、かなりショックでした。でも、スニーカー転売していると、損することもあります。トータルで勝てばいいだけです。どちらかというと、17万JD損したことよりも、25万JDで売らなかったことを今は後悔しています。」
「残念だったね。でも、スニーカー転売のおかげで、需要と供給の関係が良く分かったんじゃないかな?」と俺は言った。
「もちろんです。何事も経験です。」とミゲルは言った。
ミゲルのせいで時間を使ってしまったから、俺は本題の銅の説明を進める。
「さて、話を銅に戻そう。銅の輸入量(供給量)が増えると銅価格が下がる。物量が増えるから、物がマーケットに飽和化して供給曲線が右(下)にシフトするんだ。
結果として、シフト後の供給曲線が需要曲線と交差する均衡価格は800JD/kgになる。こんな感じだ(図表2-3)。」と俺が輸入量の増加による影響を説明した。
【図表2-3:輸入量増加による需要曲線・供給曲線】
ミゲルは頷いているから、理解しているようだ。
ミゲルが理解していれば、他のメンバーも理解しているだろう。
<続く>
(5)カルテルを疑え<続き>
まず、俺はカルテルの仕組みを説明するために、ホワイトボードに経済学でよく使う簡単な図(図表2-2)を描いた。
【図表2-2:1年前と現在の需要曲線・供給曲線】
「まず、商品販売における需要と供給の数量と価格は、需要曲線(赤の実線)と供給曲線(青の点線)で表せる。例えば、商品を売る人(供給者)は売れない商品は安く売るし、よく売れる商品は高く売る。だから、供給曲線は右上がりになる。」と俺は図を指して言った。
「仕事帰りにナイキのショップに行ったら、売れ残ったスニーカーが値引きして売られているのと同じですね。」とミゲルが言った。
例えが独特だ。普通は『スーパーマーケットで売れ残った弁当が値引き販売されている』というような例えになるのだろうが。
今まで知らなかったが、どうやらミゲルはスニーカーが好きらしい。
「そういうこと。次に、商品を買う人(需要者)は、市場に溢れている商品は高い価格を出して買いたくないけど、希少な商品は高い価格を出しても買いたいと思う。だから、需要曲線は右下がりになる。」
「ナイキの限定スニーカーがオークションで高額で出品されていても、コレクターが買うのと同じですね。」
「そう。さすが、ミゲルは想像力が豊かだね。」
ミゲルは褒められて嬉しそうだ。
「商品の価格と数量は、需要と供給が均衡する(マッチする)ところで決定されるから、図の需要曲線と供給曲線が交差している部分が、均衡価格と均衡需給量となる。」
ミゲルは頷いている。
「1年前の均衡価格は800JD/kgだ。これは、1年前の需要曲線と供給曲線で決定されている。今年に入って銅の需要が増加したわけだけど、需要が増えたら需要曲線はどうなると思う?」と俺はミゲルに聞いた。
※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。
「オークションの参加人数が増えるから、競争倍率が高くなります。だから、1年前より価格が高くてもナイキの限定スニーカーを買う。」
「正解!需要が増加したことによって需要曲線は右にシフトするのだけど、上にシフトしていると言った方が分かり易いかもしれない。買いたい人が増えたから、価格が高くても買う需要曲線に変化する。」
「コレクターだったら、買いますよね。」
「そうだね。一方、銅の輸入量は1年前と同じだから、供給量は同じだ。つまり、供給曲線は変化しない。」
「分かります。ナイキが『限定』と言っているのだから、後で生産数は増えません。逆に増やしたら、詐欺ですよ。詐欺!」とミゲルは感情的に言った。
ネットオークションで詐欺にでも引っ掛かったのだろうか?
それにしても、ミゲルは独特の解釈をしているようだ。この考え方が経済学を理解する際に正しいかどうかは、俺には分からない。
「シフトした需要曲線と1年前と同じ供給曲線は、均衡価格1,500JD/kgで交差する。つまり、今年に入って銅の需要が増えているから、供給量が変わらなければ価格は上がるわけだ。」
「ここまではいいかな?」とホワイトボードを指しながら俺が言うと、ミゲルは頷いている。
「ナイキの限定スニーカーのオークションと同じですね。」とミゲルは言った。
スニーカーの例えにそろそろ飽きてきたが、俺は話を続ける。
「ただし、需要が増えて需要曲線が右(上)にシフトしたとしても、供給量が増えると価格が下がってしまう。」
「もちろんです。ナイキの限定スニーカーが、もし追加生産されたらプレミア価値は下がります。本当にがっかりですよ・・・。」ミゲルは悲しそうに言った。
こういう時のおじさんは、少し面倒くさい。
ミゲルがここまで落ち込んでいるのだから、何があったか聞いた方がいいのだろう。もし聞かなかったら、『誰も私の事には興味がないんですね』と言って、すねるかもしれない。
「ミゲル、何があったんだい?」と俺はミゲルに聞いた。
「実は、ナイキが1カ月前にあるブランドとコラボ商品を発売したんです。発売時に買えなかったので、オークションで購入しました。定価は1万5,000JDですが、オークションではプレミアが付いていて、20万JDでした。」
「20万JDか。プレミアが付いているスニーカーは多いと聞くけど、それにしても高いね。」
「高いには高いのですが、100万JDを超えるプレミアが付いているスニーカーも多いので、このスニーカーも直ぐに価格が上がるだろうと思っていたんです。」
「上がったの?」
「オークションで購入して1週間後に25万JDまで上がりました。その時は、もう少し上がるだろうと思って売らなかったんです。でも、先週、ナイキがそのブランドとのコラボ商品をもう一度出すのではないかという噂がネットで広まったんです。そうすると、価格が一気に値崩れして昨日時点で3万JDまで下がってしまいました。」
「じゃあ、17万JD損したってこと?」
「そうです。85%の損失率ですから、かなりショックでした。でも、スニーカー転売していると、損することもあります。トータルで勝てばいいだけです。どちらかというと、17万JD損したことよりも、25万JDで売らなかったことを今は後悔しています。」
「残念だったね。でも、スニーカー転売のおかげで、需要と供給の関係が良く分かったんじゃないかな?」と俺は言った。
「もちろんです。何事も経験です。」とミゲルは言った。
ミゲルのせいで時間を使ってしまったから、俺は本題の銅の説明を進める。
「さて、話を銅に戻そう。銅の輸入量(供給量)が増えると銅価格が下がる。物量が増えるから、物がマーケットに飽和化して供給曲線が右(下)にシフトするんだ。
結果として、シフト後の供給曲線が需要曲線と交差する均衡価格は800JD/kgになる。こんな感じだ(図表2-3)。」と俺が輸入量の増加による影響を説明した。
【図表2-3:輸入量増加による需要曲線・供給曲線】
ミゲルは頷いているから、理解しているようだ。
ミゲルが理解していれば、他のメンバーも理解しているだろう。
<続く>
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