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二話
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Ωには巣作りの習性がある。
これは番となったαや好意を持った人物の私物をかき集める行為をさす。
ピジョンもまたΩであり、発情期が訪れるたび半ば無意識に巣作りに駆り立てられた。
「大丈夫ですかピジョン君」
ピジョンはダウンタウンの教会に下宿している。神父は失踪した母の古い知人であり、ピジョンとも子供の頃からの顔見知りだった。
「ご心配かけました、先生。今は薬飲んだのでなんとか……」
二階の自室、ベッドに上体を起こしたピジョンが恐縮する。大学から帰る途中に突如として発情期がはじまったピジョンは、スワローに肩を貸され、どうにか無事教会に辿り着くことができた。
認めるのは悔しいがもしあの場にスワローが通りがからなかったらどうなっていたか、想像するのも恐ろしい。
Ωのフェロモンはαのみならずβをも引き寄せる、あの手のトラブルはピジョンにしてみれば日常茶飯事だ。
どんなにこの体質を呪ってもΩに生まれ付いてしまった以上運命だと諦めるしかない。
ピジョンの看病に付き添った神父は、サイドテーブルの盆で冷やしたタオルを絞る。
「スワロー君に担ぎ込まれた時はびっくりしましたよ」
「すいません、アイツときたら言葉足らずで」
「着信拒否されておりますので久しぶりに顔を見れて安心しました。君を届けたあとは用もないとさっさと出ていってしまいましたが、また街で知り合ったお友達の家を泊まり歩いているのでしょうか」
「八十二分署の留置所にほうりこまれてないだけマシです、昔母さんが検挙されたし」
「あそこは賄賂で動く警官が多いですからね。嘆かわしいことです」
赤毛を後ろに撫で付けた年齢不詳の神父は、世の腐敗を憂いてなめらかに十字を切る。
漆黒のカソックを着こんだ見るからに真面目そうな好人物で、母の失踪後はピジョンとスワローの後見人を務めている。
ピジョンは親代わりともいえる彼に厚い信頼を置いていたが、スワローは偽善者と毛嫌いし教会に寄り付きもしない。
数十分前、スワローはピジョンを引きずって教会に殴り込み、ぐったりした兄を床に投げだした。
『一体どうしたんですか!?』
『例のだよ』
『まさかヒートですか……予定より早いですね』
ピジョンを抱き止めた神父を忌々しげに一瞥、スワローが説明する。
『帰りがけに落ちてたから拾った。ちんたら歩いてっからめんどくせェのに絡まれんだよ、駄バトは学習しねえな』
『送ってくれたのですね、ありがとうございます。ええと……学校は?』
『行ってる場合か』
スワローの返答はにべもない。堂々サボりを公言したようなものだ。
ピジョンとスワローは特別な絆で繋がれている。
彼の一大事にはことさら勘が働くスワローは、ヒートの周期を兄より正確に読んで先回りしたのだ。
スワローは辛そうに肩で息するピジョンと当惑顔の神父を見比べ、未練を断ち切るように背を向ける。
『預けたぜ。じゃあな』
『お待ちなさいスワロー君、どこへ行くのですか。帰りがけにということは帰ってきたのですよね、失礼ながら些か行動が矛盾してますよ。もう遅いですし今日は一緒に夕食を……スワロー君!』
肩越しに片手を振って去っていくスワロー。ピジョンを抱き起こした神父にはもはや目もくれず、正面扉の石段を駆けおりてダウンタウンの猥雑な喧騒に飲み込まれていく。
『仕方ありませんね……』
神父は夕方の説教の準備を中断し、ピジョンを部屋に運んで介抱にあたった。
分厚い眼鏡の奥の糸目を伏せ、神父が寂しげに呟く。
「あそこまで露骨に避けられると落ち込みます」
「すいません」
「謝る必要はありませんよ」
「反抗期なんですよアイツ、心の底では先生に感謝してますきっと本当に。俺たちが屋根の下で寝起きできるのも食べさせてもらえるのも先生のおかげだし、そのへんよく言って聞かせたんですけど」
「スワロー君の事は今はいいですから、私におまかせなさい。君は何も考えずゆっくりお休みなさい、じき薬が効いてきます」
上体を乗り出して続けようとする謝罪を打ち切り、ピジョンの肩を掴んでベッドに戻す。
「先生はそう言いますけど、あの時間にふらついてたってことは性懲りなくサボったんですよね。学費まで払ってもらってるのに許せませんだめですよそんな、兄としてほっとけません一度ガツンと言ってやらないと」
「君の気持はよーくわかりました、ですが今は落ち着いて」
「先生は甘いんですよ、アイツは自分の立場ってものがわかってないんだ、俺たちがここまで大きくなれたのはみんな先生のおかげなのに恩知らずに迷惑かけまくって……どれだけ恵まれてるか自覚もしないで好き放題やらかして、まわりを困らせて」
抑圧された感情が堰を切ってあふれだす。微熱を帯びた気だるさとやるせなさがピジョンを饒舌にする。拗れた劣等感と醜い嫉妬に羨望が入り混ざり、胸の内をかき回す。
神父がピジョンの前髪をかきあげ、てのひらで額の熱をはかる。
「スワロー君は君を送り届けてくれたのですよ」
「それはそうですけど……」
「彼は君のことを案じています。心から」
「だけど……」
「私も感謝しています、彼がいなければ君は大変な目に遭っていましたから」
唇を噛んで俯くピジョンを至近距離で覗き込み、生え際からしっとり汗ばんだ額をなでる。
「君はいい子です」
噛んで含めるように言い聞かせ、残る手で胸元のロザリオを包む。
「スワロー君もいい子です」
君たちはいい子だと、導眠作用のある低く心地よい声で祝福を紡ぐ。
自分がほめられたのにも増して、スワローの見過ごされがちな長所を認めてもらった事が誇らしい。
「ちゃんとわかってますよ私は。だから大丈夫、大丈夫です。何も心配いりません」
ひんやりしたてのひらが熱を吸い取ってくれる。気持ちがいい。
ピジョンが幼い頃熱を出すと母がよくこうしてくれた、母がいなくなってから母の代わりにピジョンがこうしていた。
骨ばった大きな手は長さと関節のバランスが絶妙で、安堵をもたらす父性が滲みだすかのようだ。
子供返りした安心感にまどろみ、ベッドに横たわって目を瞑る。
「子守歌を唄ってさしあげましょうか」
「さすがにそこまでは」
「恥ずかしがらなくてもいいですのに」
「気持ちだけで十分です。信徒さんが待ってますよ、早く行ってあげてください」
「ではお言葉に甘えて。何かあればすぐ呼んでくださいね」
「わかってますって」
名残惜しそうに部屋を出て行く神父を見送り、毛布をかぶって丸くなる。
「んッ……ふ」
薬が利きはじめるまで誤差がある。
神父を心配させまいと強がりはしたものの内心は人寂しい。スワローはどこ行ったんだ、また友達の家を泊まり歩いてるのか。一緒に夕飯を食べればいいじゃないか、何を突っ張ってるんだ。俺を荷物みたいに投げ出して、自分はとっとと遊びにでかけて
「スワロー……」
声が聞きたい。
さわりたい。
物足りない。
路地であれだけ抱かれたくせに、身体はまだ芯から疼いてスワローを求めている。
スワローは教会を徹底して避けている。十代前半から夜遊びが始まって、今では帰って来る方がまれだ。週に1・2度顔を見せればマシな方で、心配性なピジョンをやきもきさせる。
「はぁっ……んッく」
お預けは切ない。
切なくて苦しい。
シーツを掻き毟り息を荒げ、滾る情欲をまぎらわせようとする。なんで一緒にいてくれないんだ、なんですぐ行ってしまうんだ。
母さんがいない今俺の家族はお前だけなのに。
先生はすごよくしてくれるけど、なにもかも甘えるわけにはいかない。神父は教会を取り仕切り、信者の相談にこたえる立場だ。
居候の看病に時間を割かせるなんてそんな申し訳ないことできるわけがない、だから無理でも平気なふりをしなきゃ、平気なふりをし続けなきゃ……
「ふあっあ、だめだ」
スワローが欲しい。
アイツがいないなら抜け殻でもいい、かき集めてくるまりたい。
名伏しがたい衝動に突き動かされ毛布を取り払いベッドを抜け出す、ドアを開けて隣の部屋へ転がり込み床に投げ捨てられた服を回収する、スワローは自堕落な性分でそこらじゅうにシャツや下着を脱ぎ散らかしている、何日前に脱いだのかわからない汗臭いシャツに顔を夢中で顔を擦り付けて匂いを嗅ぐ、自分のベッドに戻るのが惜しくてダイブする。
「スワローっ、っあんっはあ、スワロー」
スワローがいない部屋はからっぽだ。不在が強調されて寂しい。
シャツに顔を埋め、残り香を胸いっぱい吸い込んで狂おしいまでの切なさをまぎらわす。
よろめく足取りでベッドへ這い上がり、スワローの脱ぎ捨てた服に巣篭る。弟の服の匂いを嗅いでさかるなんて、俺は立派に変態だ。もう手遅れだ。
『股開いて喘げピジョン』
『テメェは俺の番だ、誰にも渡さねえ。奥まで注いで孕ませやる』
路地で囁かれた言葉が内耳に甦り、身体の芯から疼きだす。
「あっ、ふあ」
スワローの匂い。安心できる匂い。たまらなく興奮する匂い。
「はぁ……っあ」
股間に手が伸びる。噛んで閊える性急さでジッパーをずらし、蒸れた下着の中へもぐらせる。
「おいてけぼりにするなよ」
今頃火遊びしてるのか。俺の知らない友達と呑気にピザでも食べて飲んで笑ってるのか。スワローのベッドの真ん中で丸まり、スワローの匂いを嗅いで股間をしごく。
「あっあっぁぁ」
ぬる付いた陰茎を擦って喘ぐ、腰を上擦らせて涎をたらす、弟のベッドでマスターベーションに耽る背徳感が倒錯した快楽に繋がって堕ちていく、せり上がる射精欲によがり狂うほど膝下に敷いたシャツがよじれ汚い染みが付く、駄目だ足りない全然足りない、スワローはもっとすごいもっと太くてもっとでかいもっともっともっと……
天性の娼婦である母から受け継いだ淫蕩な血が沸騰する。
「欲しい、欲しいよ」
アイツの前で素直になれば、いっそ楽になれるのだろうか。
俺にタブーを踏み越える勇気があれば、弟に催す自分を肯定できるのだろうか。
枕元にスニーカーの片割れが転がっている。スワローのお気に入りのブランドのバスケットシューズだ。
「ふっゥう、ふ」
両手はマスターベーションで塞がっている。代わりに上体で這いずり、口を使って器用に紐をほどいていく。
汗で湿った髪が邪魔くさい、邪険に顔を振って唾液の染みた紐を咥える。
先走りに塗れて小刻みに震える手に紐を掴み、中指の根元にぐるぐる巻き付けていく。
スワローはいない。
アイツを感じたい。
ピジョンはスワロー愛用のスニーカーの紐を指に巻き、その手でペニスをかわいがる。
「あっあっあ、あっあ」
紐のしこりが敏感な粘膜にあたって刺激を生む、それがたまらなく痛痒く気持ちいい。
鈴口にツぷりと透明な雫が膨らみ、わななきに合わせて滑り落ちる。
『知ってんだぜ、これが好きだろピジョン』
『靴紐で手ェ縛られて、ガツガツ犯されるのが大好きだもんな。それとも根元塞き止めてお仕置きされんのがお気に入りか』
「んッ、ぅうっふッ、んッふ」
耳の裏側にサディスティックな幻聴が響き渡る。今のピジョンは弟の残像を宿す靴紐にさえ欲情する。
以前スワローの逆鱗に触れ靴紐で手を縛られた事を思い出す、あの時の興奮を夢中で反芻し快楽の熾火を貪る、わけもわからずスワローのシャツを噛んで喘ぎを押さえこむ。
「んっ、ぁぁっイくっすわろー」
アナルから溢れる大量の分泌液が、会陰の膨らみを通ってぼたぼたシーツに滴る。
最低に卑猥で浅ましい痴態。
股間は痛いほどいきりたち手の摩擦で反り返る、瞼の裏にチラ付く憎たらしい残像も耳の裏に響く憎たらしい幻聴も焚き付けにしかならなくて、収縮するアナルからより粘度を増した愛液が分泌される。
「------------------------------ッ!!」
弟不在のベッドを汚す罪悪感と弟のシャツにさかる背徳感。
靴紐を結んだ指がペニスを一際強くしごきたて、遂にピジョンは果てる。
尿道をゼリー状の熱感が駆け抜け、乱雑に散りばめたシャツの上に濃縮されたピジョンミルクがぱたぱた滴り落ちる。
「はあっはあっはあっ……」
ピジョンミルクを最後の一滴まで搾り尽くしたペニスが萎み、後始末をする余力も尽き、下半身を剥きだしたままベッドに突っ伏す。
髪の先から大粒の汗を滴らせ、緩慢に瞬きをする。
「アイツがいない間にベッドでオナニー狂いなんて、ばれたら殺されるな……」
今やスワローのベッドにはピジョンの汗と体液がたっぷり染み付いている。
自分が作り上げた巣にマーキングを施し、ピジョンは小声で嘆く。
「どこいったんだよ……」
体中が穴になりスワローを欲しがっている。
どこもかしこも狂おしく火照り疼いてさわってもらえるのを待っている、プツプツと繊維がちぎれる靴紐さながら限界ギリギリまで伸びきってめちゃくちゃにされたがっている。
恋しさと寂しさは紙一重だ。どれだけ抱かれてもまだ足りなくて、どれだけしごいてもまだ苦しくて、ピジョンの腹の奥にある器官が厄介な熱を帯びる。
スワローをもっと近くに感じたくて、叶うものなら俺に縛り付けておきたくて、できない代わりに靴紐で指を括って自分を慰める。
ダウタウンの雑踏に消えた薄情な弟を思い浮かべ、漸く抑制剤が効き始めたピジョンは眠りに落ちた。
これは番となったαや好意を持った人物の私物をかき集める行為をさす。
ピジョンもまたΩであり、発情期が訪れるたび半ば無意識に巣作りに駆り立てられた。
「大丈夫ですかピジョン君」
ピジョンはダウンタウンの教会に下宿している。神父は失踪した母の古い知人であり、ピジョンとも子供の頃からの顔見知りだった。
「ご心配かけました、先生。今は薬飲んだのでなんとか……」
二階の自室、ベッドに上体を起こしたピジョンが恐縮する。大学から帰る途中に突如として発情期がはじまったピジョンは、スワローに肩を貸され、どうにか無事教会に辿り着くことができた。
認めるのは悔しいがもしあの場にスワローが通りがからなかったらどうなっていたか、想像するのも恐ろしい。
Ωのフェロモンはαのみならずβをも引き寄せる、あの手のトラブルはピジョンにしてみれば日常茶飯事だ。
どんなにこの体質を呪ってもΩに生まれ付いてしまった以上運命だと諦めるしかない。
ピジョンの看病に付き添った神父は、サイドテーブルの盆で冷やしたタオルを絞る。
「スワロー君に担ぎ込まれた時はびっくりしましたよ」
「すいません、アイツときたら言葉足らずで」
「着信拒否されておりますので久しぶりに顔を見れて安心しました。君を届けたあとは用もないとさっさと出ていってしまいましたが、また街で知り合ったお友達の家を泊まり歩いているのでしょうか」
「八十二分署の留置所にほうりこまれてないだけマシです、昔母さんが検挙されたし」
「あそこは賄賂で動く警官が多いですからね。嘆かわしいことです」
赤毛を後ろに撫で付けた年齢不詳の神父は、世の腐敗を憂いてなめらかに十字を切る。
漆黒のカソックを着こんだ見るからに真面目そうな好人物で、母の失踪後はピジョンとスワローの後見人を務めている。
ピジョンは親代わりともいえる彼に厚い信頼を置いていたが、スワローは偽善者と毛嫌いし教会に寄り付きもしない。
数十分前、スワローはピジョンを引きずって教会に殴り込み、ぐったりした兄を床に投げだした。
『一体どうしたんですか!?』
『例のだよ』
『まさかヒートですか……予定より早いですね』
ピジョンを抱き止めた神父を忌々しげに一瞥、スワローが説明する。
『帰りがけに落ちてたから拾った。ちんたら歩いてっからめんどくせェのに絡まれんだよ、駄バトは学習しねえな』
『送ってくれたのですね、ありがとうございます。ええと……学校は?』
『行ってる場合か』
スワローの返答はにべもない。堂々サボりを公言したようなものだ。
ピジョンとスワローは特別な絆で繋がれている。
彼の一大事にはことさら勘が働くスワローは、ヒートの周期を兄より正確に読んで先回りしたのだ。
スワローは辛そうに肩で息するピジョンと当惑顔の神父を見比べ、未練を断ち切るように背を向ける。
『預けたぜ。じゃあな』
『お待ちなさいスワロー君、どこへ行くのですか。帰りがけにということは帰ってきたのですよね、失礼ながら些か行動が矛盾してますよ。もう遅いですし今日は一緒に夕食を……スワロー君!』
肩越しに片手を振って去っていくスワロー。ピジョンを抱き起こした神父にはもはや目もくれず、正面扉の石段を駆けおりてダウンタウンの猥雑な喧騒に飲み込まれていく。
『仕方ありませんね……』
神父は夕方の説教の準備を中断し、ピジョンを部屋に運んで介抱にあたった。
分厚い眼鏡の奥の糸目を伏せ、神父が寂しげに呟く。
「あそこまで露骨に避けられると落ち込みます」
「すいません」
「謝る必要はありませんよ」
「反抗期なんですよアイツ、心の底では先生に感謝してますきっと本当に。俺たちが屋根の下で寝起きできるのも食べさせてもらえるのも先生のおかげだし、そのへんよく言って聞かせたんですけど」
「スワロー君の事は今はいいですから、私におまかせなさい。君は何も考えずゆっくりお休みなさい、じき薬が効いてきます」
上体を乗り出して続けようとする謝罪を打ち切り、ピジョンの肩を掴んでベッドに戻す。
「先生はそう言いますけど、あの時間にふらついてたってことは性懲りなくサボったんですよね。学費まで払ってもらってるのに許せませんだめですよそんな、兄としてほっとけません一度ガツンと言ってやらないと」
「君の気持はよーくわかりました、ですが今は落ち着いて」
「先生は甘いんですよ、アイツは自分の立場ってものがわかってないんだ、俺たちがここまで大きくなれたのはみんな先生のおかげなのに恩知らずに迷惑かけまくって……どれだけ恵まれてるか自覚もしないで好き放題やらかして、まわりを困らせて」
抑圧された感情が堰を切ってあふれだす。微熱を帯びた気だるさとやるせなさがピジョンを饒舌にする。拗れた劣等感と醜い嫉妬に羨望が入り混ざり、胸の内をかき回す。
神父がピジョンの前髪をかきあげ、てのひらで額の熱をはかる。
「スワロー君は君を送り届けてくれたのですよ」
「それはそうですけど……」
「彼は君のことを案じています。心から」
「だけど……」
「私も感謝しています、彼がいなければ君は大変な目に遭っていましたから」
唇を噛んで俯くピジョンを至近距離で覗き込み、生え際からしっとり汗ばんだ額をなでる。
「君はいい子です」
噛んで含めるように言い聞かせ、残る手で胸元のロザリオを包む。
「スワロー君もいい子です」
君たちはいい子だと、導眠作用のある低く心地よい声で祝福を紡ぐ。
自分がほめられたのにも増して、スワローの見過ごされがちな長所を認めてもらった事が誇らしい。
「ちゃんとわかってますよ私は。だから大丈夫、大丈夫です。何も心配いりません」
ひんやりしたてのひらが熱を吸い取ってくれる。気持ちがいい。
ピジョンが幼い頃熱を出すと母がよくこうしてくれた、母がいなくなってから母の代わりにピジョンがこうしていた。
骨ばった大きな手は長さと関節のバランスが絶妙で、安堵をもたらす父性が滲みだすかのようだ。
子供返りした安心感にまどろみ、ベッドに横たわって目を瞑る。
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「さすがにそこまでは」
「恥ずかしがらなくてもいいですのに」
「気持ちだけで十分です。信徒さんが待ってますよ、早く行ってあげてください」
「ではお言葉に甘えて。何かあればすぐ呼んでくださいね」
「わかってますって」
名残惜しそうに部屋を出て行く神父を見送り、毛布をかぶって丸くなる。
「んッ……ふ」
薬が利きはじめるまで誤差がある。
神父を心配させまいと強がりはしたものの内心は人寂しい。スワローはどこ行ったんだ、また友達の家を泊まり歩いてるのか。一緒に夕飯を食べればいいじゃないか、何を突っ張ってるんだ。俺を荷物みたいに投げ出して、自分はとっとと遊びにでかけて
「スワロー……」
声が聞きたい。
さわりたい。
物足りない。
路地であれだけ抱かれたくせに、身体はまだ芯から疼いてスワローを求めている。
スワローは教会を徹底して避けている。十代前半から夜遊びが始まって、今では帰って来る方がまれだ。週に1・2度顔を見せればマシな方で、心配性なピジョンをやきもきさせる。
「はぁっ……んッく」
お預けは切ない。
切なくて苦しい。
シーツを掻き毟り息を荒げ、滾る情欲をまぎらわせようとする。なんで一緒にいてくれないんだ、なんですぐ行ってしまうんだ。
母さんがいない今俺の家族はお前だけなのに。
先生はすごよくしてくれるけど、なにもかも甘えるわけにはいかない。神父は教会を取り仕切り、信者の相談にこたえる立場だ。
居候の看病に時間を割かせるなんてそんな申し訳ないことできるわけがない、だから無理でも平気なふりをしなきゃ、平気なふりをし続けなきゃ……
「ふあっあ、だめだ」
スワローが欲しい。
アイツがいないなら抜け殻でもいい、かき集めてくるまりたい。
名伏しがたい衝動に突き動かされ毛布を取り払いベッドを抜け出す、ドアを開けて隣の部屋へ転がり込み床に投げ捨てられた服を回収する、スワローは自堕落な性分でそこらじゅうにシャツや下着を脱ぎ散らかしている、何日前に脱いだのかわからない汗臭いシャツに顔を夢中で顔を擦り付けて匂いを嗅ぐ、自分のベッドに戻るのが惜しくてダイブする。
「スワローっ、っあんっはあ、スワロー」
スワローがいない部屋はからっぽだ。不在が強調されて寂しい。
シャツに顔を埋め、残り香を胸いっぱい吸い込んで狂おしいまでの切なさをまぎらわす。
よろめく足取りでベッドへ這い上がり、スワローの脱ぎ捨てた服に巣篭る。弟の服の匂いを嗅いでさかるなんて、俺は立派に変態だ。もう手遅れだ。
『股開いて喘げピジョン』
『テメェは俺の番だ、誰にも渡さねえ。奥まで注いで孕ませやる』
路地で囁かれた言葉が内耳に甦り、身体の芯から疼きだす。
「あっ、ふあ」
スワローの匂い。安心できる匂い。たまらなく興奮する匂い。
「はぁ……っあ」
股間に手が伸びる。噛んで閊える性急さでジッパーをずらし、蒸れた下着の中へもぐらせる。
「おいてけぼりにするなよ」
今頃火遊びしてるのか。俺の知らない友達と呑気にピザでも食べて飲んで笑ってるのか。スワローのベッドの真ん中で丸まり、スワローの匂いを嗅いで股間をしごく。
「あっあっぁぁ」
ぬる付いた陰茎を擦って喘ぐ、腰を上擦らせて涎をたらす、弟のベッドでマスターベーションに耽る背徳感が倒錯した快楽に繋がって堕ちていく、せり上がる射精欲によがり狂うほど膝下に敷いたシャツがよじれ汚い染みが付く、駄目だ足りない全然足りない、スワローはもっとすごいもっと太くてもっとでかいもっともっともっと……
天性の娼婦である母から受け継いだ淫蕩な血が沸騰する。
「欲しい、欲しいよ」
アイツの前で素直になれば、いっそ楽になれるのだろうか。
俺にタブーを踏み越える勇気があれば、弟に催す自分を肯定できるのだろうか。
枕元にスニーカーの片割れが転がっている。スワローのお気に入りのブランドのバスケットシューズだ。
「ふっゥう、ふ」
両手はマスターベーションで塞がっている。代わりに上体で這いずり、口を使って器用に紐をほどいていく。
汗で湿った髪が邪魔くさい、邪険に顔を振って唾液の染みた紐を咥える。
先走りに塗れて小刻みに震える手に紐を掴み、中指の根元にぐるぐる巻き付けていく。
スワローはいない。
アイツを感じたい。
ピジョンはスワロー愛用のスニーカーの紐を指に巻き、その手でペニスをかわいがる。
「あっあっあ、あっあ」
紐のしこりが敏感な粘膜にあたって刺激を生む、それがたまらなく痛痒く気持ちいい。
鈴口にツぷりと透明な雫が膨らみ、わななきに合わせて滑り落ちる。
『知ってんだぜ、これが好きだろピジョン』
『靴紐で手ェ縛られて、ガツガツ犯されるのが大好きだもんな。それとも根元塞き止めてお仕置きされんのがお気に入りか』
「んッ、ぅうっふッ、んッふ」
耳の裏側にサディスティックな幻聴が響き渡る。今のピジョンは弟の残像を宿す靴紐にさえ欲情する。
以前スワローの逆鱗に触れ靴紐で手を縛られた事を思い出す、あの時の興奮を夢中で反芻し快楽の熾火を貪る、わけもわからずスワローのシャツを噛んで喘ぎを押さえこむ。
「んっ、ぁぁっイくっすわろー」
アナルから溢れる大量の分泌液が、会陰の膨らみを通ってぼたぼたシーツに滴る。
最低に卑猥で浅ましい痴態。
股間は痛いほどいきりたち手の摩擦で反り返る、瞼の裏にチラ付く憎たらしい残像も耳の裏に響く憎たらしい幻聴も焚き付けにしかならなくて、収縮するアナルからより粘度を増した愛液が分泌される。
「------------------------------ッ!!」
弟不在のベッドを汚す罪悪感と弟のシャツにさかる背徳感。
靴紐を結んだ指がペニスを一際強くしごきたて、遂にピジョンは果てる。
尿道をゼリー状の熱感が駆け抜け、乱雑に散りばめたシャツの上に濃縮されたピジョンミルクがぱたぱた滴り落ちる。
「はあっはあっはあっ……」
ピジョンミルクを最後の一滴まで搾り尽くしたペニスが萎み、後始末をする余力も尽き、下半身を剥きだしたままベッドに突っ伏す。
髪の先から大粒の汗を滴らせ、緩慢に瞬きをする。
「アイツがいない間にベッドでオナニー狂いなんて、ばれたら殺されるな……」
今やスワローのベッドにはピジョンの汗と体液がたっぷり染み付いている。
自分が作り上げた巣にマーキングを施し、ピジョンは小声で嘆く。
「どこいったんだよ……」
体中が穴になりスワローを欲しがっている。
どこもかしこも狂おしく火照り疼いてさわってもらえるのを待っている、プツプツと繊維がちぎれる靴紐さながら限界ギリギリまで伸びきってめちゃくちゃにされたがっている。
恋しさと寂しさは紙一重だ。どれだけ抱かれてもまだ足りなくて、どれだけしごいてもまだ苦しくて、ピジョンの腹の奥にある器官が厄介な熱を帯びる。
スワローをもっと近くに感じたくて、叶うものなら俺に縛り付けておきたくて、できない代わりに靴紐で指を括って自分を慰める。
ダウタウンの雑踏に消えた薄情な弟を思い浮かべ、漸く抑制剤が効き始めたピジョンは眠りに落ちた。
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親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
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※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
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