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take care
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ここはアンデッドエンド、ろくでもねえ連中が年がら年中馬鹿をしでかすろくでもねえ街。
その日は上司に押し付けられた段ボールを持て余し、ボロアパートのエレベーターに揺られていた。箱ん中に詰まってんのはバンビーナの店名入りティッシュ。コイツを全部配るのが今日のノルマだ。
嵩張る箱を抱え直し、目的のドアを足でノック。
「劉?」
チェーンを解錠する音に続き、消耗しきった声が聞こえてきた。十秒後にドアが開き、顔が腫れた青年が応対する。
「いらっしゃい……どうしたの今日は」
「差し入れ」
段ボールを玄関先に置けば、慈善と詐欺の区別が付かず偽善を親切と信じて疑わねえピジョンが微笑む。
「ちょうどよかった、トイレットペーパー切らしてたんだ。買い出し行くのだるくてさ」
「調子悪いの」
「熱あるんだ」
「スワローは?また出歩いてんの」
ピジョンの視線を追って奥を覗き込めば、ご機嫌悪そうな呻き声が漏れてきた。
「喉渇いた。ビールもってこい」
「寝込んでる時に飲まさないよ」
ほとほとあきれ果てるピジョンと並んでリビングに向かい、ソファーに寝転んだスワローとご対面。
黒いタンクトップから剥き出しの左腕に、雑に包帯が巻かれていた。ピジョンが心配顔でしゃがむ。
「そろそろ替えよっか」
「うぜえ。さわんな」
「破傷風になるぞ」
「自分でやる」
「救急箱どこやったっけ、戸棚にもどしたはず……」
「こんなかすり傷酒かっくらって寝てりゃ治る」
「傷が塞がるまでアルコール禁止」
「なんでだよ!」
「怪我人だから」
即座に跳ね起きたスワローに頑として言い返す。リビングの床には血染めの包帯や湿布、絆創膏の箱や消毒液の瓶が散らばっていた。
「何があった?」
スワローが床に直置きした瓶をひったくり、ぬるいコーラをがぶ飲みする。
「頭からケツまでこのお人好しが悪い」
「女の子が絡まれてるの見過ごせない」
「のこのこ止めに入った挙句ボコられるとかお笑いぐさ」
「だって嫌がってたじゃないか」
話が見えてきた。
「チンピラにウザ絡みされてる女を助けに入って、案の定袋叩きにされて、キレたスワローがボコり返したんだな」
「巻き込んでごめんよスワロー」
ピジョンの顔は腫れていた。右目には青痣。相当酷くやられたらしい。
殴られたあとは大抵熱を出すもんだ。ピジョンを庇って腕を切られたらしいスワローもぐったりしてる。
「医者に診せたのか」
「連れてこうとしたんだけど」
「めんどくせえ」
そういや医者嫌いだっけ、コイツ。
スワローが腕枕を敷いて寝返り打ち、ピジョンが希望的観測を唱える。
「破傷風の予防注射はしてるから大丈夫と思いたい」
「お前は?顔赤いぞ」
「俺がダウンしたらスワローの面倒見る人いなくなるし」
「共倒れはまずいな」
しかたねえ。
リビングの惨状を目撃しちまった以上回れ右もできず、ティッシュを箱ごと押し付けた負い目も手伝い、やけっぱちで質問する。
「何が欲しい」
「え?」
「言え。買ってくる」
「でも……悪いよ」
「精力剤の在庫処理させた借りあるし、そこまでパシる位なんでもねえ」
「劉」
感動に目を潤ませるピジョン。ちょろい。
その後震える字で書き付けたお買い物リストを受け取り、ポケットにしまいこむ。
「スワローは?」
「ビール」
「アルコールは駄目って言ってんだろ」
「煙草」
「怪我人の自覚持て」
「ごちゃごちゃうるせえぞ、とっとと行ってこい」
「やっぱ俺が」
「寝てろ」
這って付いてこようとするピジョンを追い返し、ソファーに伸びたスワローに釘をさす。
「てめえでできることはてめえでやれ」
舌打ちをよこされた。可愛げねえ。
メモを持って雑貨屋へ行き、頼まれた物を仕入れたのち、紙袋で塞がった手の代わりにドアを蹴飛ばし解錠を促す。
「帰ったぜ」
「遅え。煙草」
横柄に突き出された手に恭しく小箱を渡す。
「ざけんな、モルネスじゃねえか!」
「わりィ間違えた」
「絶対わざとだろ回りくどい嫌がらせしやがって」
文句が多いガキだ。顔をかすめて壁に叩き付けられたモルネスを開封、有難く一服する。
「大人しく禁煙しとけ、毒素が回ったら治りが遅れる」
「ありがと劉、買って来てくれたんだね」
「おー」
ピジョンが俺を労い、紙袋をかき回して新品の包帯を取り出す。その手をやんわり制し、包帯を没収する。
「俺がやる」
「あ゛?」
「兄貴以外にさわられんのは願い下げ?」
「当たり前だろ!」
盛大に怒鳴ったあと、こっぱずかしい失言に気付いて口を濁す。
「イカ臭え手は借りねえ。自分でやっから引っ込んでな」
「ハイハイ」
無視して傍らに跪く。
「聞こえなかったのか」
凄むスワローを不敵な笑顔で脅す。
「破傷風の初期症状知ってっか?最初は口が開かなくなるんだ。次に首筋が突っ張って物を飲み込めなくなる。そのあとは後ろに反って全身痙攣、最後は呼吸困難で窒息死」
「ッ……」
「次号のバンチの見出しはヤング・スワロー・バード破傷風で死すにきまりだな」
スワローが怯む。隙あり。
上腕に巻かれた包帯をほどく際、裏面と傷口が剥がれる痛みに顔が歪んだ。
「痛ッぐ、」
「我慢しろ」
消毒液を浸した綿で傷を浄め、清潔な包帯を巻いていく。手元を覗き込んだピジョンが感心する。
「慣れてるね」
「生傷絶えねえ毎日送ってっから、いやでも得意になっちまった」
新しい包帯を巻き直し、使用済みの包帯を回収する。スワローは口を尖らせていた。
「ありがとうは?」
「……」
「スワロー!」
ピジョンが声を荒げて注意すりゃ、いよいよへそを曲げそっぽをむく。
「本当に素直じゃないな。ごめん劉」
俺が出した手を見下ろし、ピジョンが困惑する。
「お前の番」
「俺はいいよ」
「遠慮すんな」
ピジョンが面映ゆげに身動ぎし、赤く擦りむけた右手の甲をさしだす。
綿棒を消毒液に浸し、傷口をちょんちょん突付く。
「いてっ、いてて」
「痛くねえ痛くねえ」
涙目で痛がる兄貴をなだめ、仕上げに息を吹きかける。手当てしてる間、横顔に鋭い視線が突き刺さっていた。
「貸せ」
案の定伸びてきた手を躱し、絆創膏を張り替える。ピジョンがくすぐったげに微笑む。
「ありがと」
ソファーに当たり散らすスワローを尻目に立ち上がり、腕まくりして台所へ行く。
「腹減ってんだろ。簡単なものでよけりゃ作るぜ」
「そこまで甘えられない」
「へろへろで強がんな、火加減間違えて火事んなったらみんな揃って家なき子だ」
缶切りを縁に噛ませて開封し、缶詰の中身を鍋にあける。ピジョンは毛布をかき集め仮の寝床を作っていた。
「雑な巣。自分の部屋で寝ろ」
「すぐに飛んでこれないだろ」
自分がしんどい時でも一番に弟のことを考え、そばにいたいと願い、実際そうする。
「俺はここでいい。ここがいいんだ」
寝床に巣篭ったピジョンと少し離れたソファーで、スワローは息を荒げていた。
体調が悪化してる。雑菌入ったのか?
コンロの火を消し澄んだスープを取り分ける。俺がトレイに乗せて持ってったスープを、ピジョンは大袈裟なほど喜んだ。
「誰かに食事作ってもらうなんて久しぶり」
「スワローは?」
「サボるから」
「あ~……」
納得した。
「ほら、劉の手作りスープだぞ」とピジョンが呼ぶもスワローはふて寝したまま反応せず。
「寝かせとけ」
「ん……」
匙と椀を持たせて勧めりゃ、一口嚥下した途端にむせた。
「けふっかはっ」
「急いで食いすぎ」
「口ん中切れててうまく呑み込めないんだ」
情けない様子でぼやくピジョンに同情し、匙と椀を奪って吐息で冷ます。
俺が寝込んだ時、まともだった頃のあの人がこうしてくれたっけ。
ピジョンがおずおず開けた口に匙の先端を押し込む。尖った喉仏が上下するのを見届け、やや緊張気味に聞く。
「どうだ?」
よく味わって飲み干し、子供っぽくふやけた笑顔を浮かべる。
「……コンソメスープ?」
「あたり」
「おいしい」
「缶詰の中身開けただけ」
「からっぽの胃に染み渡るよ」
次は弟の番。寝ぼけた顔と向き合い、匙ですくったスープを近付ける。
「ごっくんしろ」
言われたとおり嚥下。
「よくできました」
スワローの口に匙を運びながら真顔でピジョンに囁く。
「マジで弱ってるな」
「そうだね」
熱と怠さで脱力しきったスワローが餌付けされる様子を、ちょっと留守にしてる間にたまごを寝取られた親鳥さながら所在なげに見守るピジョン。
空の食器をシンクに片したあとはバーズの中間に陣取り、台所とリビングを往復し、湿布や氷枕を交換する。スワローが水を欲しがりゃ背中を支えて飲ませ、ピジョンにも分け与える。
「時間だいじょぶ?」
「どうせ一人だし」
「ごめん」
「そこで謝られっともっと惨めになる」
謝り癖が付いたピジョンに苦笑し、タオルで汗を拭ってやる。顔の腫れが引いてきた。問題はスワローの方だ。
時を刻む秒針の音が気忙しく響く中、毛布を蹴ったスワローが手を泳がす。
心細いのか?
深く考えずその手を掴むも、うざったげに振りほどかれた。
「てめえじゃねえ」
……ああ、そういうことか。
「う~~ん」
先に寝オチしたピジョンの背中を押し、ソファーに近付けていく。スワローの腕をとり、ピジョンの腕をとり、互いの手をしっかり組ませる。
『祝你早日康复』
翌日、スワローとピジョンは全快した。
「るっせえな、今行くよ」
けたたましいベルが鳴り響く。寝ぼけまなこを瞬いて玄関ドアを開けりゃ、段ボールを抱えたスワローが仏頂面で立っていた。
「もういいのか」
「おかげさんで。忘れもん返しに来たぜ」
「ピジョンは知ってんの?トイレットペーパー失踪したら困んだろ」
スワローが不愉快げに鼻を鳴らし、ティッシュの包装に印刷された宣伝文句を読む。
「うちは猥褻物の貸し倉庫じゃねえ、こんな悪趣味なティッシュでケツ拭けっか。ンだよローションカーリングって」
「指人形動かしてローションぬるぬるの女体でカーリングすんの、乳首がゴール」
「何が楽しいんだよ……」
「わかんねえよ……」
ドン引きされた。消えてえ。
「箱が邪魔くせえ、爪先ガツンてやっちまった。とりあえず返すかんな」
「待てよ」
結果、ノルマを果たせず呉哥哥のお仕置きをうけた。
その日は上司に押し付けられた段ボールを持て余し、ボロアパートのエレベーターに揺られていた。箱ん中に詰まってんのはバンビーナの店名入りティッシュ。コイツを全部配るのが今日のノルマだ。
嵩張る箱を抱え直し、目的のドアを足でノック。
「劉?」
チェーンを解錠する音に続き、消耗しきった声が聞こえてきた。十秒後にドアが開き、顔が腫れた青年が応対する。
「いらっしゃい……どうしたの今日は」
「差し入れ」
段ボールを玄関先に置けば、慈善と詐欺の区別が付かず偽善を親切と信じて疑わねえピジョンが微笑む。
「ちょうどよかった、トイレットペーパー切らしてたんだ。買い出し行くのだるくてさ」
「調子悪いの」
「熱あるんだ」
「スワローは?また出歩いてんの」
ピジョンの視線を追って奥を覗き込めば、ご機嫌悪そうな呻き声が漏れてきた。
「喉渇いた。ビールもってこい」
「寝込んでる時に飲まさないよ」
ほとほとあきれ果てるピジョンと並んでリビングに向かい、ソファーに寝転んだスワローとご対面。
黒いタンクトップから剥き出しの左腕に、雑に包帯が巻かれていた。ピジョンが心配顔でしゃがむ。
「そろそろ替えよっか」
「うぜえ。さわんな」
「破傷風になるぞ」
「自分でやる」
「救急箱どこやったっけ、戸棚にもどしたはず……」
「こんなかすり傷酒かっくらって寝てりゃ治る」
「傷が塞がるまでアルコール禁止」
「なんでだよ!」
「怪我人だから」
即座に跳ね起きたスワローに頑として言い返す。リビングの床には血染めの包帯や湿布、絆創膏の箱や消毒液の瓶が散らばっていた。
「何があった?」
スワローが床に直置きした瓶をひったくり、ぬるいコーラをがぶ飲みする。
「頭からケツまでこのお人好しが悪い」
「女の子が絡まれてるの見過ごせない」
「のこのこ止めに入った挙句ボコられるとかお笑いぐさ」
「だって嫌がってたじゃないか」
話が見えてきた。
「チンピラにウザ絡みされてる女を助けに入って、案の定袋叩きにされて、キレたスワローがボコり返したんだな」
「巻き込んでごめんよスワロー」
ピジョンの顔は腫れていた。右目には青痣。相当酷くやられたらしい。
殴られたあとは大抵熱を出すもんだ。ピジョンを庇って腕を切られたらしいスワローもぐったりしてる。
「医者に診せたのか」
「連れてこうとしたんだけど」
「めんどくせえ」
そういや医者嫌いだっけ、コイツ。
スワローが腕枕を敷いて寝返り打ち、ピジョンが希望的観測を唱える。
「破傷風の予防注射はしてるから大丈夫と思いたい」
「お前は?顔赤いぞ」
「俺がダウンしたらスワローの面倒見る人いなくなるし」
「共倒れはまずいな」
しかたねえ。
リビングの惨状を目撃しちまった以上回れ右もできず、ティッシュを箱ごと押し付けた負い目も手伝い、やけっぱちで質問する。
「何が欲しい」
「え?」
「言え。買ってくる」
「でも……悪いよ」
「精力剤の在庫処理させた借りあるし、そこまでパシる位なんでもねえ」
「劉」
感動に目を潤ませるピジョン。ちょろい。
その後震える字で書き付けたお買い物リストを受け取り、ポケットにしまいこむ。
「スワローは?」
「ビール」
「アルコールは駄目って言ってんだろ」
「煙草」
「怪我人の自覚持て」
「ごちゃごちゃうるせえぞ、とっとと行ってこい」
「やっぱ俺が」
「寝てろ」
這って付いてこようとするピジョンを追い返し、ソファーに伸びたスワローに釘をさす。
「てめえでできることはてめえでやれ」
舌打ちをよこされた。可愛げねえ。
メモを持って雑貨屋へ行き、頼まれた物を仕入れたのち、紙袋で塞がった手の代わりにドアを蹴飛ばし解錠を促す。
「帰ったぜ」
「遅え。煙草」
横柄に突き出された手に恭しく小箱を渡す。
「ざけんな、モルネスじゃねえか!」
「わりィ間違えた」
「絶対わざとだろ回りくどい嫌がらせしやがって」
文句が多いガキだ。顔をかすめて壁に叩き付けられたモルネスを開封、有難く一服する。
「大人しく禁煙しとけ、毒素が回ったら治りが遅れる」
「ありがと劉、買って来てくれたんだね」
「おー」
ピジョンが俺を労い、紙袋をかき回して新品の包帯を取り出す。その手をやんわり制し、包帯を没収する。
「俺がやる」
「あ゛?」
「兄貴以外にさわられんのは願い下げ?」
「当たり前だろ!」
盛大に怒鳴ったあと、こっぱずかしい失言に気付いて口を濁す。
「イカ臭え手は借りねえ。自分でやっから引っ込んでな」
「ハイハイ」
無視して傍らに跪く。
「聞こえなかったのか」
凄むスワローを不敵な笑顔で脅す。
「破傷風の初期症状知ってっか?最初は口が開かなくなるんだ。次に首筋が突っ張って物を飲み込めなくなる。そのあとは後ろに反って全身痙攣、最後は呼吸困難で窒息死」
「ッ……」
「次号のバンチの見出しはヤング・スワロー・バード破傷風で死すにきまりだな」
スワローが怯む。隙あり。
上腕に巻かれた包帯をほどく際、裏面と傷口が剥がれる痛みに顔が歪んだ。
「痛ッぐ、」
「我慢しろ」
消毒液を浸した綿で傷を浄め、清潔な包帯を巻いていく。手元を覗き込んだピジョンが感心する。
「慣れてるね」
「生傷絶えねえ毎日送ってっから、いやでも得意になっちまった」
新しい包帯を巻き直し、使用済みの包帯を回収する。スワローは口を尖らせていた。
「ありがとうは?」
「……」
「スワロー!」
ピジョンが声を荒げて注意すりゃ、いよいよへそを曲げそっぽをむく。
「本当に素直じゃないな。ごめん劉」
俺が出した手を見下ろし、ピジョンが困惑する。
「お前の番」
「俺はいいよ」
「遠慮すんな」
ピジョンが面映ゆげに身動ぎし、赤く擦りむけた右手の甲をさしだす。
綿棒を消毒液に浸し、傷口をちょんちょん突付く。
「いてっ、いてて」
「痛くねえ痛くねえ」
涙目で痛がる兄貴をなだめ、仕上げに息を吹きかける。手当てしてる間、横顔に鋭い視線が突き刺さっていた。
「貸せ」
案の定伸びてきた手を躱し、絆創膏を張り替える。ピジョンがくすぐったげに微笑む。
「ありがと」
ソファーに当たり散らすスワローを尻目に立ち上がり、腕まくりして台所へ行く。
「腹減ってんだろ。簡単なものでよけりゃ作るぜ」
「そこまで甘えられない」
「へろへろで強がんな、火加減間違えて火事んなったらみんな揃って家なき子だ」
缶切りを縁に噛ませて開封し、缶詰の中身を鍋にあける。ピジョンは毛布をかき集め仮の寝床を作っていた。
「雑な巣。自分の部屋で寝ろ」
「すぐに飛んでこれないだろ」
自分がしんどい時でも一番に弟のことを考え、そばにいたいと願い、実際そうする。
「俺はここでいい。ここがいいんだ」
寝床に巣篭ったピジョンと少し離れたソファーで、スワローは息を荒げていた。
体調が悪化してる。雑菌入ったのか?
コンロの火を消し澄んだスープを取り分ける。俺がトレイに乗せて持ってったスープを、ピジョンは大袈裟なほど喜んだ。
「誰かに食事作ってもらうなんて久しぶり」
「スワローは?」
「サボるから」
「あ~……」
納得した。
「ほら、劉の手作りスープだぞ」とピジョンが呼ぶもスワローはふて寝したまま反応せず。
「寝かせとけ」
「ん……」
匙と椀を持たせて勧めりゃ、一口嚥下した途端にむせた。
「けふっかはっ」
「急いで食いすぎ」
「口ん中切れててうまく呑み込めないんだ」
情けない様子でぼやくピジョンに同情し、匙と椀を奪って吐息で冷ます。
俺が寝込んだ時、まともだった頃のあの人がこうしてくれたっけ。
ピジョンがおずおず開けた口に匙の先端を押し込む。尖った喉仏が上下するのを見届け、やや緊張気味に聞く。
「どうだ?」
よく味わって飲み干し、子供っぽくふやけた笑顔を浮かべる。
「……コンソメスープ?」
「あたり」
「おいしい」
「缶詰の中身開けただけ」
「からっぽの胃に染み渡るよ」
次は弟の番。寝ぼけた顔と向き合い、匙ですくったスープを近付ける。
「ごっくんしろ」
言われたとおり嚥下。
「よくできました」
スワローの口に匙を運びながら真顔でピジョンに囁く。
「マジで弱ってるな」
「そうだね」
熱と怠さで脱力しきったスワローが餌付けされる様子を、ちょっと留守にしてる間にたまごを寝取られた親鳥さながら所在なげに見守るピジョン。
空の食器をシンクに片したあとはバーズの中間に陣取り、台所とリビングを往復し、湿布や氷枕を交換する。スワローが水を欲しがりゃ背中を支えて飲ませ、ピジョンにも分け与える。
「時間だいじょぶ?」
「どうせ一人だし」
「ごめん」
「そこで謝られっともっと惨めになる」
謝り癖が付いたピジョンに苦笑し、タオルで汗を拭ってやる。顔の腫れが引いてきた。問題はスワローの方だ。
時を刻む秒針の音が気忙しく響く中、毛布を蹴ったスワローが手を泳がす。
心細いのか?
深く考えずその手を掴むも、うざったげに振りほどかれた。
「てめえじゃねえ」
……ああ、そういうことか。
「う~~ん」
先に寝オチしたピジョンの背中を押し、ソファーに近付けていく。スワローの腕をとり、ピジョンの腕をとり、互いの手をしっかり組ませる。
『祝你早日康复』
翌日、スワローとピジョンは全快した。
「るっせえな、今行くよ」
けたたましいベルが鳴り響く。寝ぼけまなこを瞬いて玄関ドアを開けりゃ、段ボールを抱えたスワローが仏頂面で立っていた。
「もういいのか」
「おかげさんで。忘れもん返しに来たぜ」
「ピジョンは知ってんの?トイレットペーパー失踪したら困んだろ」
スワローが不愉快げに鼻を鳴らし、ティッシュの包装に印刷された宣伝文句を読む。
「うちは猥褻物の貸し倉庫じゃねえ、こんな悪趣味なティッシュでケツ拭けっか。ンだよローションカーリングって」
「指人形動かしてローションぬるぬるの女体でカーリングすんの、乳首がゴール」
「何が楽しいんだよ……」
「わかんねえよ……」
ドン引きされた。消えてえ。
「箱が邪魔くせえ、爪先ガツンてやっちまった。とりあえず返すかんな」
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