タンブルウィード

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Black Widowers8

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アップタウンの高級住宅街、住人が寝静まった夜。豪邸の柵に無骨なジープを横付けし、武装した二人組が下りてくる。
日本刀の頭に手を添えた方が、あくびを噛み殺した表情で呟く。
「久しぶりのお仕事じゃ。腕慣らしにはちょうどええの」
「金目のもんは適当に持ってってかまへんのやな」
「先方はそういうとった」
「よっしゃ、やる気でた」
「現金なやっちゃ」
メリケンサックを嵌めた拳でガッツポーズする弟に苦笑い、俊敏に柵を乗り越える。
芝生に着地した刹那、軽やかな口笛が響いた。
ジープの運転席に男がいる。年の頃三十代半ば、凄味を含んだ美形だ。
「事が終わるまでどん位?」
「一時間かからん」
「あんまり待たせると帰っちまうぜ。お楽しみはそこそこにな」
「言われんでも」
ダークが鼻白む。
トピアリーが配された庭を駆け抜け、ジャケットを開いて道具を取り出し、窓の一部をくり抜く。警備員がいないのは確認済み。もとよりこの界隈は治安が良く、金持ちどもは高鼾で熟睡している。
ガラスを滑らかに切断後、穴に手を通して錠を外す。傍らに跪くダークに顎をしゃくり、素早く忍び込む。

今を遡ること数か月前、レオンブラザーズの潜伏先にPPの使いを名乗る男が現れた。
その男―フェニクスは、持参したトランクから出した大枚を積み上げ、双子にロバーツ一家殺しを依頼した。
『何やらかしたんこのおっさん』
札を弾いて疑問を呈すゴーストに対し、フェニクスは皮肉っぽく口角を釣り上げる。
『平たく言やァ、俺様に楯突いた』
『それが万死に値する罪かい』
『売られた喧嘩は倍返しがモットーでね』
『他の家族は』
念のため確認した所、肩を竦める動作付きで当然のように返された。
『皆殺し』
願ってもないことに、フェニクスはたんまり報酬を弾んでくれた。しかも前払いときて断る理由はない。とんとん拍子に段取りを纏めた後、ソファーの背凭れに肘を掛けたダークが待ちかねて口を開く。
『質問ええか』
『何』
不死鳥フェニクスて本名?だっさ、遅れてきたロックスターみたいやんジブン』
『おい』
鞘でテーブルを突き、弟の無礼を窘める。本人に反省の色は全くない。ダークの挑発と揶揄を、男は鷹揚に構えて受け流す。
『何度だって炎の中から甦る鳥の王の名前さ。ぴったりだろ』
不思議な男だ。底が見えない。一際印象的なのは赤錆色の瞳……因縁の狙撃手を思い出す眼差し。

苦い回想を断ち切ったのは、ガラス片を踏み砕く音に続く舌打ち。
「なあビッグブラザー、俺ら信用されてへんの。見張りか知らんけどうざいわ」
「我慢せえ、上客の機嫌損ねるんは得策ちゃうぞ」
「わかっとる、先方の意向やろ」
フェニクスの同行が決まってこちら、ダークは不機嫌だ。狩りの時は二人で組むのが彼等の流儀。邪魔者はいらない。
一階の廊下を歩いていた時、壁に飾られた巨大な絵画が目にとまる。
「見ろ。家族の肖像や」
「でっか」
「なんで絵?写真で足りるやろ、金持ちの考える事はわからへん」
「無駄な事に無駄な金かけんのが金持ちの醍醐味やもん。両方とも別嬪やな」
「熟女は興味ないか」
「ビッグブラザーにくれたる」
「俺かていらんわ、おかんより年イッとる女に勃たん」
「逆に興奮せえへん?こないだのシスターは上玉やった」
「アレはまだ若い」
「かもしれんけど、尼さんの年齢はようわからん」
ゴースト&ダークネスの母もまた賞金稼ぎだった。その気性の激しさと戦闘力からメスライオンレディ・レオの異名でまかり通り、多くの賞金首を恐れさせた。

『あんたは母ちゃんが出会った中で、一番強いオスの種なんやで』
『あんたらは父ちゃんそっくりや、大人になったらドえらい男前になる』

大昔に吹っ切ったはずの過去の亡霊が纏わり付き、顎が力む。
廊下の先にドアが見えてきた。夫婦の寝室だ。
「ここや」
「行くで」
ダークと視線を交わして蹴破る。
「なんだ!?」
「泥棒!?」
ランプシェードに伸ばした父親の腕が宙を舞い、母親が悲鳴を上げる。
「あなた、あなた!」
「何者だお前たち、ミリアムとグウェンに早くしらせ」
「PPにスパイ差し向けたってホンマ?命知らずやね」
父親の言葉を遮りダークが跳躍、メリケンサックを振り抜く。再び悲鳴。母親の後ろ髪を掴んで引き戻し、背中から心臓をひと突き。
「ぐっ、ァ」
「オードリー!!貴様ああああああああああああっ」
母親が大量に血を吐いて頽れるのを待たず、怒り狂った父親が暴れだす。ダークがブーツの靴底で踏み付け、蹴飛ばし、ガウンの襟首を掴んで吊るす。
「なんぞうまいネタ掴んだか?PP買収乗り出すはらか?残念、相手のが一枚も二枚も上手や」
「知らん、勘違いだ、誤解してる。スパイなんて身に覚えが」
「証拠は上がっとる」
「ファントムペインのレシピ盗もうとしたて、依頼主えらいキレとったで」
父親が脂汗に塗れ震えだし、切断面が間欠的に血をしぶく。心臓を刺し貫かれた夫人は既に虫の息で、不規則な痙攣を起こしてる。
「欲をかくから早死にする」
「ぐッ……」
「スパイにもろた情報、洗いざらい吐けや」
「だから知らんと言ってる、金目のものならくれてやる、とっとと出ていけ!」
手の甲を刀で抉る。悶絶。続けざまメリケンサックが鼻をへし折る。夫人は拷問にもたず息絶えた。
「本棚の裏の隠し金庫、だ」
血痰を吐いた男が告げる。
「番号は?」
「7……1……2」
「何の日?」
「結婚記念日だ……すまん、オードリー……」
くぐもった嗚咽をもらし突っ伏す男を跨いで、蔵書の詰まった本棚をどかす。あった。ハンドルを回して解錠、中に保管されていた資料を回収する。
「なるほど。さっぱりわからん」
書類に印刷された複雑な計算式を一瞥、ゴーストがぼやく。背後で断末魔が上がった。
「にしても、PPもワヤやね。ファントムペインの作り方を商売敵に盗まれるとか、どんだけセキュリティがばいねん」
メリケンサックを血に染めたダークがあっけらかんと笑い、ゴーストの苦笑を引き出す。ロバーツ夫妻は事切れて、床に並んで転がっている。
「ひらめいたでビッグブラザー、この資料ネコババして脅すのはどないや。今回の報酬なんぞアホらしゅうなる位ふんだくれるで」
「表で待っとるっちゅーねん」
「一枚位スッてもわからんて」
「危ない橋渡るんは願い下げ。まだ本調子やない」
「アイツは好かん。目の色おなじで気味悪い」

ダークとゴーストは同じ男を思い出していた。まんまとしてやられたあの男を。

固い物音が沈黙を破る。
即座に振り返った視線の先を、ネグリジェの女が逃げて行く。
「狩りのはじまりや」
ダークが闘志を滾らせ舌なめずりし、ゴーストが刀をひっさげて追いかける。女が階段を上り、二階の部屋に駆け込み、ヒステリックに叫ぶ。
「逃げてミリアム!」
「どうしたのグウェン、こんな真夜中に……」

女は選択を誤った。
一人なら逃げられたのに、姉を助けに戻ったせいで巻き込まれた。

ダークが疾風と化し寝室に乱入、ベッドに起きた姉にとびかかる。それを目の当たりにした妹が凄まじい形相で挑みかかり、ゴーストの手によって隣のベッドに投げ出された。
「どういうことグウェン、パパとママはどこ、無事でいるの!?」
「お願いミリアムから離れて酷いことしないで、指一本でもさわったら承知しないわよ汚いブツ噛みちぎってやる!」
「やかまし」
ダークが姉の頬を打ち、ゴーストが妹の頬を張り飛ばす。天井にはクリスタルと黄金で出来た、豪華なシャンデリアが吊られていた。
「やだグウェン、助けてパパママ」
「パパとママはもうおらん。可哀想にな」
「や、うそ、そんな」
ダークがネグリジェを引き裂き、白い素肌と乳房を暴く。ゴーストは妹を組み敷き、仰け反る首筋にキスをする。
「やだやだあっちいってなんでうちなの、私たちがなにしたっていうのよけだもの!ああそんなパパママ、誰か助けて、痛ッぐ、ぁっあッ」
「オーダーは一家皆殺し」
弟が姉を犯す。
兄が妹を犯す。
ベッドがうるさく軋んで弾み、痛ましい悲鳴が嬌声に代わっていく。
「ッ、めっちゃ締まる」
ダークとゴーストが滅茶苦茶に腰を打ち付ける。ミリアムと呼ばれた姉の目から透明な涙がこぼれ、グウェンと呼ばれた妹が玩具みたいに揺さぶられながら、ゴーストに縋り付く。
「おね、がい、ぁあっ、ミリアムだけは、んッふ、たすけて」
「ほならお前一人で相手してくれるんかい」
グウェンが悩ましげに目を瞑り、頷く。
「グウェン、ぁんっ、ふぁッあ」
「ね、さッ、あっあ」
隣り合ったベッドで辱められる姉妹。
ダークがせっかちにネグリジェを剥き、柔い尻を揉みしだく。アナルにねじこまれたミリアムが絶叫を上げ、グウェンが精一杯手を伸ばすも届かず、ゴーストにあっけなく裏返される。
「あンぅ、んっぐ、ぁあっあっ」
震える指で首元をまさぐり、シルバーのロケットを握り締め、ミリアムが啜り泣く。
嗜虐をそそる痴態に昂り、奥の奥に射精する。
今度は交代し、ゴーストがミリアムに、ダークがグウェンに跨る。
「ねえさ、ごめん、ぁあっ」
「ごめんねグウェン、ひっぐっ」
「神様なんで」
「にらめっこしとらんで腰振れや」
「ひぁッん」
ダークがグウェンの脚をこじ開け、繋がったまま立ち上がる。
ベッドでやるのに飽きたらしい絶倫ぶりにあきれ、心を手放したミリアムに突き入れる。
グウェンの尻が机の角に乗り上げ、ダークが乳を揉みしだいて首筋にしゃぶり付く。
次の瞬間、低い呻きが漏れる。
後ろ手に抽斗を探ったグウェンが、ペーパーナイフをダークの背中に突き立てたのだ。
「ぐ、は」
「ありがと、体位をかえてくれて」
両手で握り締め、根元まで深々沈める。
行為中オスは無防備になる。ダークは完全にグウェンを侮っていた、身も心も屈服させたと思い込んでいた。だから隙を見せた、復讐の機会を与えてしまった。
「こんな所で足踏みしてちゃだめ。ちゃんとステップを踏まなきゃ」
でしょ、ミリアム?
汗と涙に塗れた顔に不敵な笑みが浮かぶ。

可哀想な子ヴィクテムで終わる気さらさらないの、私」
どうしようもない悪党が、一瞬見とれてしまうほど綺麗な笑顔。

「ホントは刀を狙ってた、けど、どうあがいても届かないから、妥協」
ゴーストは行為中も得物を離さない。素人に奪われるような隙もさらさない。グウェンは双子の違いをよく見極め、ダークの方が軽率で御しやすいと踏んだのだ。
「ダーク!!」
ゴーストが飛び起きざま跳躍、鞘を払って刀を一閃。
シルクのネグリジェが斜めに切り裂かれ、グウェンがその場に崩れ落ちる。
後を追うように傾いだ弟を片腕で抱き止めるや、ダークが目を見開く。
「!ッ、」
咄嗟に突き飛ばされた。
続いて銃声が炸裂、凄まじい轟音と衝撃が部屋を揺るがす。
「げはっ、」
シャンデリアが光の粒を撒いて墜落し、金とクリスタルの燭台がダークを背中から串刺しにする。
部屋の隅に蹲ったミリアムが、ベッドの下に隠してあった護身用ピストルを握り直す。
「よくもグウェンを」
泣きながら狙いを定める女に、ゴーストが紙一重で銃弾を躱して走る。
「妹を返してよ!」
刀で胸を貫く。まだ気がすまず切り付け切り刻む、踏み付けて何度も突き刺す。オーバーキル。止まらない。
「ビッグ、ブラザー」
ただちに駆け戻り、メリケンサックを嵌めた手を掴む。血脂でぬる付いて落としかけ、さらに強く掴む。
外道に湿っぽい最期は似合わない。ドジを踏んだら嗤って送り出そうと決めていた。
「ダーク。このあかんたれ」
「女にやられてもた……しょうもな……」
「すぐ闇医者へ連れてったる」
手がどんどん冷たくなっていく。目の焦点がブレ、光が消えていく。
「子猫かと思たら、ライオンみたいな女やったな」
「しゃべるな」
「メリケンサック……一緒に……」

闇から生まれたけだものが闇に還る。
どこへも逝けない亡霊、ただ一人を残して。
ずっと二人で狩りをして獲物の肉を分け合ってきた。これからは一人だ。

首をうなだれた弟を無言で背負い、部屋を出る。
階下から物音がした。見れば車で待ってるはずのフェニクスが、家中荒らし回っている。
「遅ェから迎えに来たぜ。死んでんのソイツ」
「……ああ」
「だっせえ」

フェニクスの暴言に何も感じない。
胸の奥底が無感動に冷えきっている。

「ミリアム……」
「グウェン……」
ゴーストが背を向けた寝室の中、引き裂かれた姉妹が互いに手を伸ばし、指と指を絡め合い、詫びる。
「ごめ、んね」
「血だらけ……」
「大好き」
ロケットが落ち、蓋が開く。丸い額には淑やかに微笑むミリアムの写真が入っていた。
瀕死の妹の告白に弱々しく笑い、縺れた髪を優しくかき上げて、姉が囁く。
「お気に入りの靴、勝手に履いてごめんね」
「うん」
「私のほうがお姉さんなんだから、入らなくて当然なのに癇癪おこして」
「もういいよ」
「許してくれる?」
「ん……」
「いい子」
舌足らずに答えるグウェンをひとなでし、ミリアムが逝く。
グウェンも力尽きて瞼を下ろす。
姉妹の最期を見届けたゴーストは階段を下り、フェニクスと合流して屋敷を後にする。
ダークの片腕が頼りなくたれ、弛緩しきって揺れる。
後部シートに死体を放り込んで助手席に座り、ドアを閉ざす。運転席に滑り込んだフェニクスが念を押す。
「資料は?」
「回収済み」
「お手柄だな。検問は賄賂掴ませっからイイとして、後ろのアレはどうするよ」
毛布で覆ったダークの死体を親指の腹でさすフェニクスに、胸がざわめく。
「賞金首として売れてんなら保安局にもってきゃカネに」
「あてはある」
「へえ?」

涙は一滴もでない。
目も心も乾いている。
胸の奥底に居座った喪失感が膨らみ、冷えた虚無が心臓を蝕んでいく。

こんな時が来ると覚悟はしていた。
心中でもしない限り、一緒に逝く事はできない。

「イくなら一緒がよかったってか」
見透かす男に殺意が爆ぜ、胸ぐら掴んだ拍子に唇を塞がれた。
不意打ちのキス。
至近距離に迫る赤錆の瞳に魅入られる。
「慰めてやるよ」
「……はよ出せ」
フェニクスがアクセルを踏み、車を出す。一家全滅した屋敷が闇の彼方に遠ざかっていく。
「長く組んでたのか」
「ぼちぼち」
「なんで死んだの」
「ヤッとる最中に背中をひと刺し」
「情けねえ」
「とどめにシャンデリア落とされた」
「やるねその女、惚れそうだ」
女どもシスターズ、な」
運転中、フェニクスが振ってきた話題に上の空で返す。
賄賂を掴ませたおかげで検問は無事突破し、ダウンタウンからボトムへ移動する。深夜の路地を抜けた先に、高い塀を巡らした教会が見えてきた。
「お祈りでも上げてもらうのかよ」
「裏へ回れ」
殺風景な塀に沿って回り込むと、錬鉄の柵で遮られた墓地が出迎える。荷台にシャベルが積まれてるのは好都合だ。
「木を隠すなら森の中、死体を隠すなら墓地の中か」
「ボトムのおんぼろ教会なんて人来んやろ」
「序でに墓暴いて副葬品頂戴するか」
「墓ずらしたらバレるやろ。ここの神父目だけはええねん、せやから断罪区画に埋める。付いてこい」
ゴーストがダークを背負い、フェニクスがシャベルを担いで墓地へ立ち入り、断罪区画を掘り返す。途中で出てきた人骨は野良犬の餌だ。
シャベルの先端を突き立て、体重かけて押し込むフェニクスの傍ら、ダークの手から外したメリケンサックを嵌め、力一杯地面を殴り付ける。
「非効率的だな」
「ジブンの得物で寝床掘ってもろたら本望やろ」
「もっとマシなやり方ねェの」
「骨まで残さず食ったれて?賞金首は悪運尽きたら野垂れ死ぬさだめじゃ、墓に葬ってもらえるだけツイとる。どのみちこない荷物しょってけん、アンタんトコが引き取ってくれはるなら別やけど」
「もうちょい綺麗なナリなら考えたんだが、うちのマッドはメンクイなんでね」
メリケンサックで大地を削り、土を掻き出す。
「肉はすぐ腐る。おかんがそうやった」
連れ帰っても持て余すだけ。ならば腐る前に埋める。シャベルに凭れて休んだフェニクスが訊く。
「ここを選んだ理由は?アップタウンにもっと豪華な霊園あったのに」
「いやがらせ」

『あンのクソ神父奥歯ガタガタ言わせてやる、ケツの穴洗て待ってろよ、リベンジじゃ』

まだ元気だった頃の口癖を反芻し、メリケンサックを嵌めた手で穴の底に寝かせ、瞼を下ろす。
「ライオンが眠るんは死ぬ時じゃ」
かくして闇は闇に還り、亡霊は独り生き残る。
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