タンブルウィード

まさみ

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Black Widowers1

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アンデッドエンドの北北西80キロに位置する街、ノイジ―ヘブン。
往来に面したガラス張りのショーケースでは娼婦たちが科を作り、その媚態を通行人たちが品定めする。
「ねえお客さん寄ってかない、安くしとくわよ」
「私は後ろもOK」
「フィストもイケるわ」
「経産婦はいかが?特濃母乳飲み放題よ」
「ツイてますね旦那、今なら処女とファックできますよ。あそこで爪の手入れをしてる娘です、ご覧の通り猫のイレギュラーですぜ。マタタビの香を焚きゃイチコロでさあ」
ショーケースの向こうで見せ付けるように着替える女たち。ストッキングを引っ張りセクシーな脚線美を強調したかと思いきや、肉感的な唇に濃いめのルージュを塗りたくり、蓮っ葉な投げキッスをよこす。
レースで縁取られたブラから零れる豊満な乳房や下着が食い込んだ尻は、露骨なまでのセックスアピールをふりまいている。
もちろん女だけではない、男もいる。特定の店に属さない娼婦や男娼は街頭で客をとり、モーテルへと消えていくのがお決まりだ。
うるさい天国ノイジ―ヘブンの名前どおり、この街はあらゆる客層のあらゆる欲望にこたえている。
「あッ、ァあっ、ンっは」
「やぁあっきもちっ、ぁッは、もっとずぽずぽ激しくしてェっ!」
今宵も一軒の店の前に人だかりができていた。ショーケースの内では雌猫のミュータントがふたり絡んでいる。双子もしくは姉妹だろうか、生意気そうな顔立ちがよく似ていた。
猫科のしっぽは長くしなやかで自在に操れる。女たちは互いのしっぽをじゅぽじゅぽ出し入れし高め合っていく。
「ふにゃあンっ、そこいいっイイのォ~当たるゥ!」
「ぁッ、あっ、すごっもっと奥までッ、エッチなしっぽでかき回してェ」
愛液で濡れそぼったしっぽが先細り、いやらしい雫をたらす。客寄せを兼ねた演技なのか本気で感じているのか、本人たちもわかってないのかもしれない。
彼女たちが嬉々として人前で演じてみせるのは見世物のセックスだ。
「ぁッは、気持ちいいっイッちゃ、ぁっだめえっそんなにしたら壊れちゃうっ、やっぁ」
「しっぽバイブじゅぽじゅぽ気持ちいっ、もっと中までぐちゃぐちゃにしてっぁあっ」
蕩けた顔と声で喘ぐ雌猫たち。しっぽの抜き差しが速さと激しさを増していき、ガラスに手を付いて見入る男たちが辛抱たまらず生唾を呑む。
「ぁッ、あッ、ぁあっ」
「んぅっ、ぁっ、ふぁあッ」
仰け反り乱れる娼婦たちを最前列でガン見するのは、薄汚いモッズコートを羽織ったハタチ前後の青年。ライフルケースの肩紐を掴む手は力の込めすぎで白く強張っている。耳まで真っ赤に染めた横顔は歓楽街には場違いなうぶさ。
上り詰める娼婦たちをよそに青年がもぞもぞ身じろぎする。窮屈そうな前屈みは勃起を隠すためか、コートの襟をかき合わせて俯く。
「スワローのヤツ……ちゃんと来るんだろうな」
本当にろくでもない弟だ、よりにもよってこの店を待ち合わせ場所に指定するとは。おまけに大遅刻ときた。かれこれ三十分ほど待ちぼうけを食らったピジョンは、所在なげに視線を揺らしてからまた戻し、些か刺激の強すぎる絡みを見物するしかない。
肝心のスワローはノイジ―ヘブンに着くなり「野暮用がある」と告げて消えてしまった。初っ端から別行動するはめになるとは誤算だった。仕方なく一人でぶらぶら見回っていたが、行けども行けどもその手の店しかないので萎えてしまった。
普通に観光したいだけなのに、そんなささやかな望みすら叶えられないのか。
うんざりため息を吐くピジョンの背後に気配が立ち、尻に手が触れた。
「ッ!?」
次いで内腿に移り、前へと回り込んでくる。振り向かなくても誰かわかった。股間を捏ね回す手を抓り、ピジョンが呟く。
「やめろスワロー。兄さんに痴漢を働いて楽しいか」
「しっかり勃ってんじゃんムッツリスケベ。ミュータントのレズプレイに興奮したか」
「お前がこの店指定したんじゃないか」
「真ん前に陣取ってやがったくせに。ボクサーパンツ湿ってねえか調べてやる」
「ちょっと待て人前だぞ!」
コートの中に忍んで来るだけじゃ飽き足らず、ジッパーを下げにかかる手を掴んで制す。スワローが口笛を吹く。
「すっげえ蒸れてる」
言われなくてもわかってるし知ってる、ピジョンは濡れやすい体質だ。とはいえ、野次馬が詰めかけた店の前でさかるわけにいかない。しかも相手は血を分けた弟だ。背中にのしかかられ、既に周囲の視線が痛い。
「さっさと行くぞ」
「最後まで見てかねえでいいの?」
「待ち人が来たからな」
「寸止め好きとかマニアックだな」
弟の揶揄は完全スルーで足早に歩き去る。スワローはニヤニヤ笑いながら付いてきた。黒いタンクトップの上に燕の刺繡入りスタジャンをひっかけたカジュアルなスタイルは、世間の不条理に中指立てる家出少年の風情を漂わせている。半分だけしか血が繋がってないせいか、ピジョンとはまるで似てない。
リトル・ピジョン・バードならびにヤング・スワロー・バード、通称バーズは賞金稼ぎだ。本格的に活動を始めて2・3年、まだまだ駆け出しの部類だが主にスワローの働きによってそこそこ名が売れている。
現在、二人はノイジ―ヘブンに滞在していた。
「アンデッドエンドの歓楽街とは比べ物にならない規模だね」
「まるごと街一個無節操なカオス。天国っていうにゃ俗っぽすぎるぜ」
スワローはどうでもよさげに肩を竦める。
「さっきんとこで4Pやってもよかったのに」
「今夜の宿も決めてないのに娼婦を買おうって神経が理解できない」
「とかなんとかいっちゃって、粗チンで満足させる自信ねーだけだろ?」
「俺のナニはしっぽより太い。チュロスよりも太い」
「食い物と比べんじゃねえよいやしんぼ。ある意味食いもんだけど」
傍目にはのんきに猥談してるだけだが、女を買うだけならアンデッドエンドで用が足りる。
バーズがノイジ―ヘブンに赴いた目的は、高額賞金首・黒後家蜘蛛の討伐に他ならない。
「劉から聞いた話だとこの街のどこかに潜伏してるはず」
「また死体がでたらしいぜ、現場のモーテルは酷い有様だとか」
隣に並んだスワローが突き付けるタブロイドをとり、読む。紙面には被害者の写真も掲載されていた。年の頃は二十代前半と若い。ピジョンの顔が苦渋に歪み、新聞紙に皺が寄る。
「早く捕まえなきゃな」
「先こされたくねーもんな」
「殺人鬼が野放しじゃみんな安心して暮らせない」
「序でにあと2・3人おっ死にゃ懸賞金レートが上がる、どうせならたんまりぶんどりてえ」
「前から思ってたけど、俺たちって会話が成立してないよな」
「誰かさんががぶり寄りの姿勢を見せねえからな」
「歩み寄れよ」
「『うんそうだね賢いスワローの言うとおりだよ』って頷きゃすむ話じゃね?」
「俺はキャッチボールがしたいんだよ、暴投するな。他人の死を願うなんてもってのほかだ」
「バチが当たるってか?」
スワローが形よい唇をねじりせせら笑い、ピジョンは無言でライフルケースの紐を掛け直す。夜を迎えた表通りは人でごった返していた。ちらほら見覚えある顔がまじっている。
「同業者がきてる」
黒後家蜘蛛は久しぶりに現れた大物だ。バーズ同様、アンデッドエンドから出張してきた賞金稼ぎは多い。どうりで界隈が殺気立ってるはずだと納得、表情を引き締める。
「とりあえず拠点を決めないと。長丁場になりそうだし、じっくり腰を据えて準備を整えたい」
「そういうだろうと思って見繕ってきたぜ。こっちだ」
スワローが先に立って鼻歌まじりに歩き出す。連れていかれた先には平屋建てのモーテルがあった。外壁はけばけばしいピンク色に塗られている。
ピジョンはまず最初に窓の配置を確かめ、顎を摘まんで頷く。
「……悪くないな。周囲に高い建物ないし、死角から狙撃される心配もなさそうだ」
「職業病だな」
バーズが宿泊時に最も重視するのは安さと安全性、清潔さや快適さは二の次だ。管理人に鍵を借り一階角部屋へ行く。ドアを開けると安物のカーペットにソファー、ブラウン管テレビとダブルベッドが出迎えた。ピジョンが露骨に安堵する。
「よかった、普通の部屋だ」
「どんなの想像してたんだよ」
「お前が選んだ部屋だから回るベッドとか天井が鏡張りとか……絵の裏マジックミラーになってないか?剥製の目にカメラが仕込まれてたり」
言うが早いか壁の風景画を外して検め、鹿の頭の剥製と睨めっこするピジョン。スワローは疑い深い兄を放置し、持参した紙袋の中をあさる。ピジョンが木製の額縁を抱えて振り向く。
「夕飯か?」
「もうすんだ」
「俺はまだ。一緒に食おうと思って待ってた」
「ふーん」
「それだけ?」
非難がましいピジョンの訴えを無視し、紙袋から出した女物の服や靴、化粧品一式をベッドの上に敷き詰めていく。ピジョンの目に疑問の色が浮かぶ。
「昨日寝た女の忘れ物?」
「お前が女になるんだよ」
意味がわからない。呆然とするピジョンを力ずくで引き寄せ、手挟んだ顔をぶにゅりと潰す。
「アンデッドエンドほどじゃねえとはいえノイジ―ヘブンは広い、端から端までローラー作戦かけたんじゃ埒あかねえ。囮使って誘き出したほうが早ェだろ」
「女装しろって?」
語尾が甲高く跳ね上がる。スワローは笑ってる。ピジョンは冷や汗が止まらない。
「待て待て頭を冷やせ。俺たちまだ来たばっかりじゃないか、まずは足を使って捜そうよ」
「ンなことやってる間に新しい犠牲者がどうする?責任とれんのか」
「ぐ」
「表にゃ賞金稼ぎがうようよしてやがる。敵だって馬鹿じゃねえ、今頃警戒して地下に潜ってるはずだ。下手うちゃまた逃げられる。ラッキーな事にピジョン、お前はマジで可も不可もねえ地味でぱっとしねえ顔立ちだ。化粧で盛りゃ野郎だってバレねえよ」
「娼婦に化けるの?なんで!?」
「狙撃手なんて後方支援っきゃ役に立たねーんだからたまにゃ体張れ。単に面白ェからすすめてんじゃねえよ、ノイジ―ヘブンの男女比考えりゃ女に化けた方が怪しまれねえし釣りやすいって言ってんの」
「面白いってのが一番でっかい理由だろ!」
「否定はしねえ」
「本音がでたな」
「じゃあもっとマシな代案よこせ。取りぶん減んの承知でお仲間と組む?人海戦術?隠れ家もわかんねーのに捕まえられっか」
胡坐でキレ散らかすスワローに言い返せず、ピジョンが唇を噛む。
「いいかピジョン、物は考えようだ。でっけえライフルしょった男はお呼びじゃなくても、よそから流れてきた娼婦が疑われるこたァまずねえ。この街にゃその手の女が掃いて捨てるほどいっから紛れ込むのは楽勝、喉仏はチョーカー、体の線は服装でごまかしゃ上等。コイツあメイクで好きにいじれるモブ顔の上、背景みてーに存在感ねえお前っきゃできねえ仕事だ」
「ペーパーバックの遊び紙程度の存在感はあるよ」
「表紙めくった所にある、あってもなくてもどうでもいいうっすい紙な」
「ひどすぎる」
「連中に聞き込みして黒後家蜘蛛がたらした細っけえ糸の先っぽ掴んでこいよ」
ピジョンが渋々両手を挙げる。
「……OK。わかった」
「よし」
「交換条件。お前もやれ」
「は?」
「女装しろ」
ピジョンは頑として譲らない。スワローの肩を掴み返し、至近距離で覗き込んで持ちかける。
「聞き込みするなら一人より二人のほうが効率いいし、お前の方が絶対美人だ」
「その心は」
「道連れがほしい」
口元だけで笑顔を作り、不服そうな弟に圧をかける。スワローは束の間眉間に皺を刻んで思案し、捨て鉢に両手を挙げた。
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