260 / 295
BirdBabel(馴れ初め2)
しおりを挟む
「この街がなんでバードバベルっていうか知ってっか?」
窓框に座った少年が陽気に尋ねる。
「知りたくもないね」
ベッドに腰かけ愛銃の整備をしながら、ナイトアウルはそっけなく受け流す。
スナイパーライフルの構造を完璧に理解し尽くした淀みなく滑らかな手付きには、愛撫するような優美さと細心が備わっている。
一連の動作は至極手慣れたもので、目を瞑っていても容易にこなせる。賞金稼ぎになってから何百、何千とくりかえしてきた儀式。洗練の極みに達した精密作業。
黒光りする銃身が冴えない顔を映す。
これといって特徴のない平凡な顔立ち、見た端から忘れられる存在感のなさはこの仕事では最大の強みとなる。
一方、窓辺の少年は露骨に悪目立ちする容姿。
ベリーショートに刈りこんだ髪をド派手なショッキングピンクに染め、冗談みたいにデカいサングラスをかけている。
年の頃はせいぜい15・6、ナイトアウルと同年代。身長はさほどでもないが、鞭のように引き締まった体躯は一切の贅肉を削ぎ落とした俊敏さを秘めている。もっと異様なのは薄緑の鱗に覆われたその肌で、一目で蛇の因子を宿すミュータントとわかる。
ナイトアウルのツレない反応を、蛇の少年はさも大袈裟に嘆く。
「ん~だよ~ノリわりぃぞアウルちゃんよ~。こちとら暇してんだちったァ構ってくれよ」
「勝手に部屋に転がり込んできた疫病神と仲良くする義理毛頭ないね」
「お前の部屋ったって宿だろーが、ケチケチすんな」
「なら他あたれよ」
ため息を吐き、だるそうに首の後ろで手を組む。
「そーやってイジワルすんの大人げないぜ」
「正論しか言ってないぞ」
「この街にミュータント泊める宿屋がどんだけあるって思ってんだ」
「ここもイレギュラーお断りなんだけど」
「こっそり窓から出入りしてんじゃん」
会話が成立しない。
ベッドに敷いた布の上に、黄金に輝く銃弾を並べ終えたナイトアウルは、苛立たしげに少年に向き直る。
「……お前さ、本当出てってくれないかな。冗談じゃなくて本当に。一名でチェックインしたのに他人あがらせたのバレたら二人分ぼられて大損だ」
彼の名はラトルスネイク、ナイトアウルの腐れ縁だ。
事の発端は一週間前、ナイトアウルはとあるケチな悪党を追ってこの街に流れ着いた。
首尾よく賞金首を始末し報酬を手に入れたはいいものの、不測の事態が出来して宿屋に足止めをくっている。
不測の事態、即ち砂嵐。
大戦後に頻繁に見られるようになった自然災害の一種で、砂漠で起きる大規模な地盤沈下と広域の砂嵐をさす。
現在彼が滞在する街は砂漠の真ん中に位置していたため、もろに煽りを食って道が寸断された。
復興はどう急いでも最短一か月後。
再び道が通るまでは娼婦を買うか麻薬を買うかしかない辺鄙な街で暇を潰すしかない。まさしく周囲と分断された陸の孤島と化したのだ。
「映画館もねーなんてイマドキ珍しい。どんだけ田舎だよ」
ラトルスネイクが躁的な笑いをたて、窓の向こうに広がる煤けた街並みを茶化す。育ちが悪いせいかゲスな笑い方をさせたら天下一品だ。
窓框に陣取り、行儀悪く足を崩した姿はいっぱしの無頼漢きどりだが、喜怒哀楽の表現がダイレクトな稚気あふれる表情のせいかどうにも憎めない。
「てゆーかさ、ここのヤツらテレビも見たことねえって信じられる?よく退屈死しねーよな、ラジオだって電波悪くてノイズだらけだしよ。カウボーイが馬飛ばしてた頃で時間が止まってやがんの」
「本でも読めよ」
「お前のオールタイム推薦図書の聖書か?やなこった」
「……嫌がらせの為に押しかけたのかよ」
ナイトアウルの勘繰りをラトルスネイクは嘲る。
「はっ、自信過剰だねェ。言ってんだろ仕事だって、この街にウチの金庫番が逃げ込んだのさ。月〆の売り上げガメてオンナと駆け落ち、三流ソープオペラだ。兄貴分の愛人に手ェ付けたら見せしめで嬲り殺されるに決まってんのに」
「マフィアの使い走りは長生きしないよ」
「賞金稼ぎとどっこいだろ」
「どうしても帰りたきゃ視界ゼロの砂嵐を突っ切れよ」
「自殺教唆はよせよ、300マイルふぶいてんだぜ?」
「500マイルって聞いたぞ」
「誤差だ誤差、どのみち天国と地獄くれェの距離間だ」
輪をかけて最悪なことに、数百マイルに渡り街の周囲に吹き荒ぶ砂嵐のせいでラジオの電波もろくに届かず、現地の人間には工事の進捗状況すら伝わってこない。
そのせいか決して大きくない街全体に息苦しい閉塞感と緊張が張り詰め、神経をすり減らす。
ラトルスネイクのでかい独り言はまだまだ続く。
「シケた街。眺めてるだけで気が滅入る」
「アンデッドエンドに比べればね」
「おまけにオンナも買えねーときた」
「出禁?なにしたんだ」
「ナニもしてねーよ、しいていやコイツのせい」
ラトルスネイクが自らの手を日に翳す。
菱形の鱗が浮いた薄緑の肌を透かし、エメラルドの陽射しが落ちる。
「…………」
辺境ほどミュータントへの差別は根強い。そこへいくとアンデッドエンドは随分マシな方だ。
「女好きなお前が禁欲なんて珍しいこともあると思ったけど」
「おっかねー用心棒が睨みきかせてっからおちおち敷居も跨げねー」
「……路地裏で襲うなよ」
「カタギに手ェ出すかよ面倒くせえ、俺ァ商売女が好きなんだ。カネさえ払やなんでもやれっし」
ラトルスネイクは万事が万事この調子、言うことなすこと人の神経を逆なでするふざけたヤツだ。露悪癖のかたまり。
ナイトアウルの忸怩たる胸中を読んだか、ラトルスネイクが皮肉っぽく片頬笑む。
「蛇の肌はひやっこくて気持ちいいのに。食わず嫌いは損だぜ」
「ゲテモノ食いだね」
「エグみが癖になるとさ」
ナイトアウルに目配せし、分かれた舌がちろちろ踊る。
「二股のクンニも絶品」
「女に現抜かす前に仕事しろよ、金庫番は見付かったのか」
「ぼちぼちさがすさ、どーせこの街からでられねーんだ。袋のネズミはぱくんと丸呑みごちそうさまってな」
お気楽極楽太平楽、何がそんなに楽しいのかヒャヒャヒャと笑い転げるラトルスネイク眺め、ナイトアウルは憮然と呟く。
「お前を送り込むなんて蟲中天も見る目ない」
「そんだけ買われてんだよ」
「厄介払いだろ、デスパレードエデンの抗争じゃ味方まで巻き込んで……っていうか、あそこって虫系ミュータントの派閥だろ?爬虫類は肩身狭そうだ」
「蛇も長虫 虫のうち」
ナイトアウルのツッコミに唄うような節回しで返し、鋭い犬歯を剥いて大あくび。
「爬虫類も昆虫類も大して変わんねーよ、どっちも世間様に煙たがられる嫌われもんだ。食い詰めもん同士集まって粋がってんのさ」
「上司には聞かせられないセリフだな」
「哥哥にゃ秘密な。ヤキ入れられんのはご勘弁」
サングラスの奥、白茶けた街並みへ馳せた眼光がスゥと細まる。
「……それはそれとして、なーんかきな臭えの」
「わかってる」
ナイトアウルも肌にぴりぴり感じている。
この一週間というもの地元の住民のみならず、外から来た旅人も殺気立ち、よるとさわると小競り合いをおこしている。
きっかけはささいなこと。
すれ違いざま肩が当たった足を踏んだ踏まれた、釣り銭をごまかした。
そんなくだらない理由である者はナイフを抜き、ある者は銃をぶっぱなし、ある者は素手で殴り付け、毎日のように死者が出る。
現に今も乾いた銃声が炸裂し、通りをちんたら歩いていた女が路地裏へ引っ張りこまれる。
ひとびとのあいだに不満が燻っている。
「こんなシケた街に一週間も押し込まれちゃキレたくもなるか」
ストレスの内圧が高まって、弾ける時を待っている。
路地裏で爆ぜる甲高い悲鳴に、ナイトアウルが剣呑な眼光を帯びる。
スナイパーライフルを握り締め、今しも窓框に駆け付けるのを妨げたのは、おもむろに突きだされたラトルスネイクの足。
「どけよ」
「余計なおせっかいだよ」
ラトルスネイクがウンザリする。
「女子供にお優しいのは結構なこったがな。いちいちきりがねー、弾丸の無駄遣いだ」
「レイプされるのをほっとけってのか」
「一人を助けたら二人目、三人目と延々続く。しまいまで面倒見きれねーのに、いっときのお情けで希望のおこぼれ与えンのはかえって酷だ」
悲鳴が響く路地裏を透かし見るラトルスネイクの横顔は、酷く冷たい。
「一回助けられたらひょっとして次もって期待しちまうよ。で、何人目、何回目に切り上げる?お前の好みでそれ決めんの、助けるヤツと助けねぇヤツに手前勝手に線引きして?街の治安を守りてェなら自警団に入れば?テメェの仕事は何だ、賞金稼ぎだろーが。ボランティアで人助けしてーなら免許返せよ」
「…………」
人心が荒みきり、悪徳にまみれた街では、当たり前のように女子供が犯されて人が死ぬ。
ラトルスネイクが無関心に顎をしゃくる。
「行きずりに同情すんな。俺たちゃよそもんだ、この街がどんな腐った場所だってそこにはそこのルールがある」
「一人でボンヤリ歩いてるあの人が悪いって?」
「レイプされるほうに非がある、なんて理屈はどうでもいい。俺がテメェを止める理由は笑っちまうほど単純、まずまず居心地いいこの部屋を追い出されたかねーからよ。もしレイプ野郎が地元ギャングの端くれだったら弔い合戦の泥沼だ、連中よそものに恥かかされるの大嫌ェだもんな。宿に鉛弾ぶちこまれりゃ結局もっと大勢死ぬ」
利己的な主張をふりかざすラトルスネイクを押しのけ窓から上体を出したナイトアウルは、路地裏の悲鳴が徐徐に艶っぽい喘ぎ声に変わっていくのを聞く。
ラトルスネイクが唇をねじる。
「ほらな?」
「…………」
ほれ見たことかと両手を広げるラトルスネイクを睨み付け、ナイトアウルは気付く。
建物と建物の峡谷の路地に、無気力に座り込む人々。そばには折れた注射器が転がっている。
ラトルスネイクが手庇を作ってひょいと乗り出す。
「ジャンキーだ」
「見ればわかる」
「俺様ちゃんの仮説聞きてェ?ゴーストタウンができるわけ」
ナイトアウルと並んで窓辺にもたれ、ラトルスネイクが話し出す。
「ゴーストタウンができる経緯って、砂に呑まれてよそに引っ越すんじゃないの」
「だけじゃねーさ」
サングラス越しの視線が廃人と化した路地裏の男女を薙いでいく。
「砂嵐で外との行き来が断たれたら当然ドラッグの供給も止まる。ドラッグの供給ルートが寸断されて困るのは売人とジャンキー。禁断症状が出たジャンキーがとち狂って殺しあったら……」
「全滅」
「そしてだれもいなくなる」
ラトルスネイクの結論を先取りし、ナイトアウルが息を吐く。
「マザーグースの積み上げうたみたいだな」
「何それ」
「これはジャックが建てた家、これはジャックが建てた家にある麦芽、これはジャックが建てた家にある麦芽を食べたネズミ、これはジャックが建てた家にある麦芽を食べたネズミを殺したネコ……そうやってどんどん続いてく。別名きりなしうた」
この街では絶望が連鎖している。
死者に死者を積み重ね、どんどん地獄の底が深まっていく。
「なーるほど。あれはヤク中、あれはヤク中が使った注射器、あれはヤク中が使った注射器とクスリを流した売人、あれはヤク中が使った注射器とクスリを流した売人を殺したヤク中……ってか」
「振り出しに戻る」
くく、とラトルスネイクが笑い、ナイトアウルは諦念の表情をきめこむ。
「この街はそうならないことを祈りたいね。で?」
「『で?』って」
「なんでバードバベルっていうの」
「教えねえ」
「は?」
「『は?』はこっちのセリフだ、俺様ちゃんがせっかくご親切にネタふってやったのにシカトかましやがって、いまさら愛想売ったって手遅れだよぶァあぁ――――か」
ナイトアウルは絶句。
「お前……びっくりするほど大人げないな。ビブラートで肺活量使い果たしたろ」
「知りたきゃお願いしろ」
「いや別に。どうでもいい」
すぐさま興味をなくすナイトアウルに、今度こそカチンときて何か言いかけて……
「いてっ」
その額に紙飛行機の尖った先端が突き刺さる。
反射的に紙飛行機を捕まえ往来を隔てた対岸を見れば、向かいの娼館の二階の窓辺で、金髪の少女が手を振っていた。
下着の上に薄手のショールを羽織っただけのあられもない姿を眼福と愛で、紙飛行機をひねくりまわすラトルスネイク。
顔一杯に下卑たニヤニヤ笑いを広げ、ナイトアウルを突付く。
「カノジョが呼んでんぞ」
「カノジョじゃない。懐かれただけだ」
「一発ヤッたんだろ」
「目当てはあの子じゃない、欲しかったのは部屋。どのみち用済みだしどうでもいい」
「そんじゃ俺様ちゃんもらっていい?お前のお古だからって差別しねえよ、可愛がってやる」
「お好きにどうぞ」
ラトルスネイクが気さくに手を振れば少女娼婦も人懐こく手を振り返す。その光景だけ見れば仲睦まじい恋人同士だ。
からかわれて憮然とするナイトアウルにニヤケた流し目を送り、紙飛行機の先端を二股の舌先でなめる。
「ホントにいいんだな?」
「いいよ」
「こんな田舎にゃもったいねー上玉だぞ」
「…………」
「あの娘恋しさに向かいを借りたんじゃねーかと」
「……ほかに借り手いないし、部屋代も安く浮く」
よく見れば部屋の壁や床の至る所に、拭いきれない血の染みがどす黒く残っている。
それもそのはず、二人が今だべってる部屋こそあの夜アウルが賞金首を惨殺した現場なのだ。
「壁や床汚した責任感じないではないし……ねちねち弁償代たかられる位ならいっそ泊まっちゃったほうがマシ」
天井にまで点々とはねとんだ赤い染みを見上げ、ラトルスネイクが感心する。
「テメェが殺したヤツの部屋に泊まるとかドン引き。イロも結局出ていっちまったんだろ?ああわりーわりー、テメエが追い出したようなもんだよな」
「ちょうどお前が立ってるあたりに脳漿まいたよ、床板の溝に注意しな」
いくら殺人鬼がもてはやされる世の中といえど、鉄錆びた血臭がキツく立ち込める殺人現場に翌日から泊まりたがる物好きはそうそういない。
死体と入れ違いに転がり込んだナイトアウルを除いて。
ナイトアウルもラトルスネイクも血の匂いには慣れている。以前はもっと酷い環境で寝起きしていたのだ。
「あはは見ろ、ハトを手懐けてら!」
ラトルスネイクが無邪気に笑い、対岸の窓を指さす。
例の少女が羽を畳んで舞い降りた鳩に手から直接餌をやってる。
頬に落ちたおくれ毛をかきあげ、てのひらから餌を啄むハトの喉をやさしくくすぐる表情は、少女特有の無邪気さと聖母の慈愛に輝いてる。
綺麗だった。
「すげー人気者じゃん、どーやんのアレ」
「……勝手に出歩けないから窓べに来るハトや軒先に巣作りしたツバメと遊んでるんだ」
「本人に聞いたの?妬けちまうな」
「必死に頼み込んで、日曜へ教会に行くのだけは許してもらったって」
「事実上軟禁、籠の鳥だな」
ハトを飼い馴らす少女とナイトアウルを見比べ、軽薄な口笛を吹いてからラトルスネイクが声を落とす。
「妙なこと考えんなよ」
「たとえば?」
「駆け落ち」
「馬鹿馬鹿しい」
「一目惚れだろ」
「違うって言ってるだろ」
「カオに下心がでてる」
ナイトアウルが険を含んだ顔付きで何か言いかけるのと、ラトルスネイクがシャッとカーテンを閉ざすのは同時。
「ホントにくれんの?」
カーテンの向こうで今もハトと戯れている少女に顎をしゃくり、ニヤニヤ問い質す。
「今から抱きに行っても問題ねーな?」
ねちねちといたぶるような問いに、できるだけ平静を装って切り返す。
「……あの子は高い。お前には釣り合わない」
「出たよ本音が」
天井の中心、レトロな木製扇風機が昼下がりの茹だった空気を眠たげに攪拌する。
ラトルスネイクが大股にベッドに向かい、ぼすんと尻を投げだす。
「じゃあさ。しようぜ」
「……またかよ。ヤることしか考えてないのかお前」
ナイトアウルはげんなりする。ラトルスネイクは正面の虚空に手をさしのべ、にっこり笑って彼を招く。
ナイトアウルは気乗りしない素振りで前に立ち、ラトルスネイクの首の後ろに手を回す。
「オンナ買いに行くよか安上がりだもん」
悪びれもせず言い放ち、慣れた手付きで服を脱がしていく。
ナイトアウルはそれ以上抵抗せず、自らも進んで服を脱ぎ、ラトルスネイクの好きなようにさせる。
天井で扇風機が回る。窓は開けっぱなしで、薄手のカーテンだけが少女の視界を遮っている。
正直な話、ナイトアウルは「コレ」が嫌いじゃない。ラトルスネイクに求められるのは悪い気がしないし、行為自体は気持ちがいい。没頭している間はいやなことや面倒くさいことを忘れられる。
むかし世話になった教会のペド神父にさんざん開発されきった孔が、挿入への期待に狂おしく疼く。
「ん…………」
性急な衣擦れが耳朶をくすぐる。ラトルスネイクの薄緑がかった手が上着を捲り上げ、ピンクの乳首を二股の舌でねぶる。
尖りきった先端を軽く甘噛みし刺激を加え、ナイトアウルの細腰に手を這わす。
「あの子にエロカワイイ声聞かせてやれよ」
「……勘違いしてるよお前、あの子はただの……ぅあッあ」
語尾が甘く蕩ける。ラトルスネイクの肌は冷たく滑らかで、殆ど火照らない。吸い付くような肌触りが気持ちよく、仰け反って声をもらす。
ベッドに縺れあって倒れ込み、互いを夢中で貪りあい、ぐるぐる回って堕ちていく。
ラトルスネイクが彼のジーンズを引きずり下ろし、ペニスを咥える。
「あの子の裸でヌいたの」
「は……、ッ、どうでもいいだろ……」
「よくねェよ、そっちだけいい思いすんの不公平じゃん」
唾液を捏ねる音が淫猥に響く。
ラトルスネイクの舌遣いはとても上手い。フェラとクンニの技巧は一流で、とんでもない場数を感じさせる。
二股の舌先が鈴口をちろちろ突付き、うまそうに亀頭を頬張り、裏筋を丁寧になめあげ唾液を塗布していく。
挑発的なフェラチオ。奉仕されてる感じはせず、ひたすら犯されている感じが強い。
「ッ、ぅう、あッふぅあ」
ナイトアウルは片手で口を塞ぎ、必死に声を抑える。
間違っても彼女に聞かれたくない、聞かせたくない一心で喘ぎを封じ、受け身から攻め手に回る。
「服……脱げよ」
ラトルスネイクは行為中も服を脱ぐのを嫌がる。サングラスも外さない。
「いいから。よがってろよ」
「見たいんだ。脱げよ」
重ねてせがみ、フェラチオを中断させる。首筋にそって口付け、シャツの隙間に手を潜らせ捲り上げれば、薄緑の鱗で覆われた素肌が覗く。
それを見て、前戯の激しさに息を荒げたナイトアウルが無表情に呟く。
「お前が脱ぐと女が引くだろ」
「ぶっちゃけちまうと、引かねーのはお前くれぇのもん」
それこそラトルスネイクが出先の娼館を避ける最大の理由であり、ナイトアウルとの火遊びに依存する理由だ。
シャツを脱がされた彼の体には、凄まじい悪意と暴力を一身に受けた痕跡が残っている。どれも完治した古傷だが、火傷に切り傷に鞭打ちの痕と、爛れて引き攣れた皮膚が覆っている。
ナイトアウルの背中にも嘗てたらされた蝋燭のあとが残っているが、ラトルスネイクのそれの比じゃない。
一体どんな惨たらしい仕打ちを受ければこうなるのか……想像の限界を超えている。
ラトルスネイクがジーンズに指を掛けてずらし、じらすように恥骨の丸い火傷を見せる。
煙草を押し付けられたあと。
「コレがそそるってヤツもいる」
「悪趣味だね」
「下も見るか」
「見飽きたよ」
答える代わりに恥骨の突起を吸い立て、赤黒い火傷をなぐさめる。
「……ふ……、」
ラトルスネイクは傷痕を責められると弱い。
「傷痕が性感帯になってるなんてアブノーマルの極みだな」
「るせ……ッあ、」
ラトルスネイクが反撃に出るのを上手く避け、一気にジーンズを引きずり下ろしてペニスを掴む。
「お前が怖がってる顔そそるよ、ラトルスネイク」
どちらが上か下かなんて関係ない、上にもなれば下にもなる両面仕様。
「ッう、ァっは、はは……」
ナイトアウルはラトルスネイクのペニスをいやらしくなめ、ラトルスネイクはシーツを掻いて痙攣し、発情した蛇のように淫らにくねる。
汗みずくでわななく痴態が嗜虐心をそそり、先走りで濡れそぼり糸引く指を、後孔の入口へ近付ける。
「選ばせてやるよ。指と僕の、どっちを挿れてほしい?」
「―――――ふ、ざけ」
「どっちもか。欲張りだな」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッあァあ!!」
しなやかに背が撓い、バックで犯されたラトルスネイクが仰け反る。
窓框に腰かけて尊大に振る舞っていた余裕は消し飛び、エスカレートする行為に虚勢も剥がれ落ちて、手荒く揺すり立てられるごと切ない喘ぎ声が響く。
ラトルスネイクの尻はこなれていて使い勝手がいい。
前立腺をズンズン突きまくれば、締め付けでイきそうになる。
「うあッ、あァっ、あ――――――――――――」
ラトルスネイクの内腿が収縮、のち弛緩。
股間にそそりたったペニスが白濁をぶちまけてもなお構わず抽挿を続け、感度が一層高まって粘膜がうねる中を、サディスティックに責め立てる。
余裕を剥ぎ取られ感極まった苦痛の相で、ラトルスネイクが必死に叫ぶ。
「はッ、も抜け、一回イッたら交代、だろ、あァッ!」
再び弱々しく勃ちはじめたペニスを持て余しての催促を、ナイトアウルは一笑にふす。
「鎌首もたげて威嚇してる。お前の蛇はしおらしくてかわいいな」
「……ッ、……興奮してんの?でかくなってる」
動揺と同時にペニスが抜ける。
すかさずラトルスネイクがのしかかり、さんざん虐めぬかれた仕返しとばかり、ナイトアウルの尻穴に指を入れる。
「やっぱこっちだな。抱かれる方が似合ってるよ、アウルちゃん」
「言ってろ変態、さっきまでシーツかきむしって喘いでたくせに」
「イかせてくれって泣いてせがめよ」
「!!ぅあっ、ぅぐ」
衝撃が来る。
ラトルスネイクがナイトアウルの足を割り開いて挿入、さっき自分がされたのとまるで同じに揺すり立てる。
絶対に声をあげまいと唇を引き結び、荒々しい癖に憎たらしいほどいい所を知り尽くした抽送に耐えながら、ナイトアウルはカーテンの向こうでハトと戯れる少女に心を飛ばす。
「ッあ、ぅッあァっ、あァ――――――」
「教えてやるよ、この街の由来」
見た目はごくごく平凡なくせに、男に抱かれて乱れる姿はぞくぞくするほど色っぽい。
シーツを蹴立ててよがり狂い、這い逃げようとして引き戻され、前立腺を責め抜く快楽に悶える痴態を存分に楽しんで、機嫌を直したラトルスネイクが唄うように語りだす。
「この街は砂漠のど真ん中にあって、街の外れで行き倒れた旅人は鳥の餌食になる。しょっちゅうおきる砂嵐の巻き添えくって鳥の死骸も吹きっさらし。付いた名前が鳥葬の街……死体を啄んだ鳥が日照りで死ぬ街さ」
ここはバードバベル。
空飛ぶ鳥が天国と間違えて墜落する街。
窓框に座った少年が陽気に尋ねる。
「知りたくもないね」
ベッドに腰かけ愛銃の整備をしながら、ナイトアウルはそっけなく受け流す。
スナイパーライフルの構造を完璧に理解し尽くした淀みなく滑らかな手付きには、愛撫するような優美さと細心が備わっている。
一連の動作は至極手慣れたもので、目を瞑っていても容易にこなせる。賞金稼ぎになってから何百、何千とくりかえしてきた儀式。洗練の極みに達した精密作業。
黒光りする銃身が冴えない顔を映す。
これといって特徴のない平凡な顔立ち、見た端から忘れられる存在感のなさはこの仕事では最大の強みとなる。
一方、窓辺の少年は露骨に悪目立ちする容姿。
ベリーショートに刈りこんだ髪をド派手なショッキングピンクに染め、冗談みたいにデカいサングラスをかけている。
年の頃はせいぜい15・6、ナイトアウルと同年代。身長はさほどでもないが、鞭のように引き締まった体躯は一切の贅肉を削ぎ落とした俊敏さを秘めている。もっと異様なのは薄緑の鱗に覆われたその肌で、一目で蛇の因子を宿すミュータントとわかる。
ナイトアウルのツレない反応を、蛇の少年はさも大袈裟に嘆く。
「ん~だよ~ノリわりぃぞアウルちゃんよ~。こちとら暇してんだちったァ構ってくれよ」
「勝手に部屋に転がり込んできた疫病神と仲良くする義理毛頭ないね」
「お前の部屋ったって宿だろーが、ケチケチすんな」
「なら他あたれよ」
ため息を吐き、だるそうに首の後ろで手を組む。
「そーやってイジワルすんの大人げないぜ」
「正論しか言ってないぞ」
「この街にミュータント泊める宿屋がどんだけあるって思ってんだ」
「ここもイレギュラーお断りなんだけど」
「こっそり窓から出入りしてんじゃん」
会話が成立しない。
ベッドに敷いた布の上に、黄金に輝く銃弾を並べ終えたナイトアウルは、苛立たしげに少年に向き直る。
「……お前さ、本当出てってくれないかな。冗談じゃなくて本当に。一名でチェックインしたのに他人あがらせたのバレたら二人分ぼられて大損だ」
彼の名はラトルスネイク、ナイトアウルの腐れ縁だ。
事の発端は一週間前、ナイトアウルはとあるケチな悪党を追ってこの街に流れ着いた。
首尾よく賞金首を始末し報酬を手に入れたはいいものの、不測の事態が出来して宿屋に足止めをくっている。
不測の事態、即ち砂嵐。
大戦後に頻繁に見られるようになった自然災害の一種で、砂漠で起きる大規模な地盤沈下と広域の砂嵐をさす。
現在彼が滞在する街は砂漠の真ん中に位置していたため、もろに煽りを食って道が寸断された。
復興はどう急いでも最短一か月後。
再び道が通るまでは娼婦を買うか麻薬を買うかしかない辺鄙な街で暇を潰すしかない。まさしく周囲と分断された陸の孤島と化したのだ。
「映画館もねーなんてイマドキ珍しい。どんだけ田舎だよ」
ラトルスネイクが躁的な笑いをたて、窓の向こうに広がる煤けた街並みを茶化す。育ちが悪いせいかゲスな笑い方をさせたら天下一品だ。
窓框に陣取り、行儀悪く足を崩した姿はいっぱしの無頼漢きどりだが、喜怒哀楽の表現がダイレクトな稚気あふれる表情のせいかどうにも憎めない。
「てゆーかさ、ここのヤツらテレビも見たことねえって信じられる?よく退屈死しねーよな、ラジオだって電波悪くてノイズだらけだしよ。カウボーイが馬飛ばしてた頃で時間が止まってやがんの」
「本でも読めよ」
「お前のオールタイム推薦図書の聖書か?やなこった」
「……嫌がらせの為に押しかけたのかよ」
ナイトアウルの勘繰りをラトルスネイクは嘲る。
「はっ、自信過剰だねェ。言ってんだろ仕事だって、この街にウチの金庫番が逃げ込んだのさ。月〆の売り上げガメてオンナと駆け落ち、三流ソープオペラだ。兄貴分の愛人に手ェ付けたら見せしめで嬲り殺されるに決まってんのに」
「マフィアの使い走りは長生きしないよ」
「賞金稼ぎとどっこいだろ」
「どうしても帰りたきゃ視界ゼロの砂嵐を突っ切れよ」
「自殺教唆はよせよ、300マイルふぶいてんだぜ?」
「500マイルって聞いたぞ」
「誤差だ誤差、どのみち天国と地獄くれェの距離間だ」
輪をかけて最悪なことに、数百マイルに渡り街の周囲に吹き荒ぶ砂嵐のせいでラジオの電波もろくに届かず、現地の人間には工事の進捗状況すら伝わってこない。
そのせいか決して大きくない街全体に息苦しい閉塞感と緊張が張り詰め、神経をすり減らす。
ラトルスネイクのでかい独り言はまだまだ続く。
「シケた街。眺めてるだけで気が滅入る」
「アンデッドエンドに比べればね」
「おまけにオンナも買えねーときた」
「出禁?なにしたんだ」
「ナニもしてねーよ、しいていやコイツのせい」
ラトルスネイクが自らの手を日に翳す。
菱形の鱗が浮いた薄緑の肌を透かし、エメラルドの陽射しが落ちる。
「…………」
辺境ほどミュータントへの差別は根強い。そこへいくとアンデッドエンドは随分マシな方だ。
「女好きなお前が禁欲なんて珍しいこともあると思ったけど」
「おっかねー用心棒が睨みきかせてっからおちおち敷居も跨げねー」
「……路地裏で襲うなよ」
「カタギに手ェ出すかよ面倒くせえ、俺ァ商売女が好きなんだ。カネさえ払やなんでもやれっし」
ラトルスネイクは万事が万事この調子、言うことなすこと人の神経を逆なでするふざけたヤツだ。露悪癖のかたまり。
ナイトアウルの忸怩たる胸中を読んだか、ラトルスネイクが皮肉っぽく片頬笑む。
「蛇の肌はひやっこくて気持ちいいのに。食わず嫌いは損だぜ」
「ゲテモノ食いだね」
「エグみが癖になるとさ」
ナイトアウルに目配せし、分かれた舌がちろちろ踊る。
「二股のクンニも絶品」
「女に現抜かす前に仕事しろよ、金庫番は見付かったのか」
「ぼちぼちさがすさ、どーせこの街からでられねーんだ。袋のネズミはぱくんと丸呑みごちそうさまってな」
お気楽極楽太平楽、何がそんなに楽しいのかヒャヒャヒャと笑い転げるラトルスネイク眺め、ナイトアウルは憮然と呟く。
「お前を送り込むなんて蟲中天も見る目ない」
「そんだけ買われてんだよ」
「厄介払いだろ、デスパレードエデンの抗争じゃ味方まで巻き込んで……っていうか、あそこって虫系ミュータントの派閥だろ?爬虫類は肩身狭そうだ」
「蛇も長虫 虫のうち」
ナイトアウルのツッコミに唄うような節回しで返し、鋭い犬歯を剥いて大あくび。
「爬虫類も昆虫類も大して変わんねーよ、どっちも世間様に煙たがられる嫌われもんだ。食い詰めもん同士集まって粋がってんのさ」
「上司には聞かせられないセリフだな」
「哥哥にゃ秘密な。ヤキ入れられんのはご勘弁」
サングラスの奥、白茶けた街並みへ馳せた眼光がスゥと細まる。
「……それはそれとして、なーんかきな臭えの」
「わかってる」
ナイトアウルも肌にぴりぴり感じている。
この一週間というもの地元の住民のみならず、外から来た旅人も殺気立ち、よるとさわると小競り合いをおこしている。
きっかけはささいなこと。
すれ違いざま肩が当たった足を踏んだ踏まれた、釣り銭をごまかした。
そんなくだらない理由である者はナイフを抜き、ある者は銃をぶっぱなし、ある者は素手で殴り付け、毎日のように死者が出る。
現に今も乾いた銃声が炸裂し、通りをちんたら歩いていた女が路地裏へ引っ張りこまれる。
ひとびとのあいだに不満が燻っている。
「こんなシケた街に一週間も押し込まれちゃキレたくもなるか」
ストレスの内圧が高まって、弾ける時を待っている。
路地裏で爆ぜる甲高い悲鳴に、ナイトアウルが剣呑な眼光を帯びる。
スナイパーライフルを握り締め、今しも窓框に駆け付けるのを妨げたのは、おもむろに突きだされたラトルスネイクの足。
「どけよ」
「余計なおせっかいだよ」
ラトルスネイクがウンザリする。
「女子供にお優しいのは結構なこったがな。いちいちきりがねー、弾丸の無駄遣いだ」
「レイプされるのをほっとけってのか」
「一人を助けたら二人目、三人目と延々続く。しまいまで面倒見きれねーのに、いっときのお情けで希望のおこぼれ与えンのはかえって酷だ」
悲鳴が響く路地裏を透かし見るラトルスネイクの横顔は、酷く冷たい。
「一回助けられたらひょっとして次もって期待しちまうよ。で、何人目、何回目に切り上げる?お前の好みでそれ決めんの、助けるヤツと助けねぇヤツに手前勝手に線引きして?街の治安を守りてェなら自警団に入れば?テメェの仕事は何だ、賞金稼ぎだろーが。ボランティアで人助けしてーなら免許返せよ」
「…………」
人心が荒みきり、悪徳にまみれた街では、当たり前のように女子供が犯されて人が死ぬ。
ラトルスネイクが無関心に顎をしゃくる。
「行きずりに同情すんな。俺たちゃよそもんだ、この街がどんな腐った場所だってそこにはそこのルールがある」
「一人でボンヤリ歩いてるあの人が悪いって?」
「レイプされるほうに非がある、なんて理屈はどうでもいい。俺がテメェを止める理由は笑っちまうほど単純、まずまず居心地いいこの部屋を追い出されたかねーからよ。もしレイプ野郎が地元ギャングの端くれだったら弔い合戦の泥沼だ、連中よそものに恥かかされるの大嫌ェだもんな。宿に鉛弾ぶちこまれりゃ結局もっと大勢死ぬ」
利己的な主張をふりかざすラトルスネイクを押しのけ窓から上体を出したナイトアウルは、路地裏の悲鳴が徐徐に艶っぽい喘ぎ声に変わっていくのを聞く。
ラトルスネイクが唇をねじる。
「ほらな?」
「…………」
ほれ見たことかと両手を広げるラトルスネイクを睨み付け、ナイトアウルは気付く。
建物と建物の峡谷の路地に、無気力に座り込む人々。そばには折れた注射器が転がっている。
ラトルスネイクが手庇を作ってひょいと乗り出す。
「ジャンキーだ」
「見ればわかる」
「俺様ちゃんの仮説聞きてェ?ゴーストタウンができるわけ」
ナイトアウルと並んで窓辺にもたれ、ラトルスネイクが話し出す。
「ゴーストタウンができる経緯って、砂に呑まれてよそに引っ越すんじゃないの」
「だけじゃねーさ」
サングラス越しの視線が廃人と化した路地裏の男女を薙いでいく。
「砂嵐で外との行き来が断たれたら当然ドラッグの供給も止まる。ドラッグの供給ルートが寸断されて困るのは売人とジャンキー。禁断症状が出たジャンキーがとち狂って殺しあったら……」
「全滅」
「そしてだれもいなくなる」
ラトルスネイクの結論を先取りし、ナイトアウルが息を吐く。
「マザーグースの積み上げうたみたいだな」
「何それ」
「これはジャックが建てた家、これはジャックが建てた家にある麦芽、これはジャックが建てた家にある麦芽を食べたネズミ、これはジャックが建てた家にある麦芽を食べたネズミを殺したネコ……そうやってどんどん続いてく。別名きりなしうた」
この街では絶望が連鎖している。
死者に死者を積み重ね、どんどん地獄の底が深まっていく。
「なーるほど。あれはヤク中、あれはヤク中が使った注射器、あれはヤク中が使った注射器とクスリを流した売人、あれはヤク中が使った注射器とクスリを流した売人を殺したヤク中……ってか」
「振り出しに戻る」
くく、とラトルスネイクが笑い、ナイトアウルは諦念の表情をきめこむ。
「この街はそうならないことを祈りたいね。で?」
「『で?』って」
「なんでバードバベルっていうの」
「教えねえ」
「は?」
「『は?』はこっちのセリフだ、俺様ちゃんがせっかくご親切にネタふってやったのにシカトかましやがって、いまさら愛想売ったって手遅れだよぶァあぁ――――か」
ナイトアウルは絶句。
「お前……びっくりするほど大人げないな。ビブラートで肺活量使い果たしたろ」
「知りたきゃお願いしろ」
「いや別に。どうでもいい」
すぐさま興味をなくすナイトアウルに、今度こそカチンときて何か言いかけて……
「いてっ」
その額に紙飛行機の尖った先端が突き刺さる。
反射的に紙飛行機を捕まえ往来を隔てた対岸を見れば、向かいの娼館の二階の窓辺で、金髪の少女が手を振っていた。
下着の上に薄手のショールを羽織っただけのあられもない姿を眼福と愛で、紙飛行機をひねくりまわすラトルスネイク。
顔一杯に下卑たニヤニヤ笑いを広げ、ナイトアウルを突付く。
「カノジョが呼んでんぞ」
「カノジョじゃない。懐かれただけだ」
「一発ヤッたんだろ」
「目当てはあの子じゃない、欲しかったのは部屋。どのみち用済みだしどうでもいい」
「そんじゃ俺様ちゃんもらっていい?お前のお古だからって差別しねえよ、可愛がってやる」
「お好きにどうぞ」
ラトルスネイクが気さくに手を振れば少女娼婦も人懐こく手を振り返す。その光景だけ見れば仲睦まじい恋人同士だ。
からかわれて憮然とするナイトアウルにニヤケた流し目を送り、紙飛行機の先端を二股の舌先でなめる。
「ホントにいいんだな?」
「いいよ」
「こんな田舎にゃもったいねー上玉だぞ」
「…………」
「あの娘恋しさに向かいを借りたんじゃねーかと」
「……ほかに借り手いないし、部屋代も安く浮く」
よく見れば部屋の壁や床の至る所に、拭いきれない血の染みがどす黒く残っている。
それもそのはず、二人が今だべってる部屋こそあの夜アウルが賞金首を惨殺した現場なのだ。
「壁や床汚した責任感じないではないし……ねちねち弁償代たかられる位ならいっそ泊まっちゃったほうがマシ」
天井にまで点々とはねとんだ赤い染みを見上げ、ラトルスネイクが感心する。
「テメェが殺したヤツの部屋に泊まるとかドン引き。イロも結局出ていっちまったんだろ?ああわりーわりー、テメエが追い出したようなもんだよな」
「ちょうどお前が立ってるあたりに脳漿まいたよ、床板の溝に注意しな」
いくら殺人鬼がもてはやされる世の中といえど、鉄錆びた血臭がキツく立ち込める殺人現場に翌日から泊まりたがる物好きはそうそういない。
死体と入れ違いに転がり込んだナイトアウルを除いて。
ナイトアウルもラトルスネイクも血の匂いには慣れている。以前はもっと酷い環境で寝起きしていたのだ。
「あはは見ろ、ハトを手懐けてら!」
ラトルスネイクが無邪気に笑い、対岸の窓を指さす。
例の少女が羽を畳んで舞い降りた鳩に手から直接餌をやってる。
頬に落ちたおくれ毛をかきあげ、てのひらから餌を啄むハトの喉をやさしくくすぐる表情は、少女特有の無邪気さと聖母の慈愛に輝いてる。
綺麗だった。
「すげー人気者じゃん、どーやんのアレ」
「……勝手に出歩けないから窓べに来るハトや軒先に巣作りしたツバメと遊んでるんだ」
「本人に聞いたの?妬けちまうな」
「必死に頼み込んで、日曜へ教会に行くのだけは許してもらったって」
「事実上軟禁、籠の鳥だな」
ハトを飼い馴らす少女とナイトアウルを見比べ、軽薄な口笛を吹いてからラトルスネイクが声を落とす。
「妙なこと考えんなよ」
「たとえば?」
「駆け落ち」
「馬鹿馬鹿しい」
「一目惚れだろ」
「違うって言ってるだろ」
「カオに下心がでてる」
ナイトアウルが険を含んだ顔付きで何か言いかけるのと、ラトルスネイクがシャッとカーテンを閉ざすのは同時。
「ホントにくれんの?」
カーテンの向こうで今もハトと戯れている少女に顎をしゃくり、ニヤニヤ問い質す。
「今から抱きに行っても問題ねーな?」
ねちねちといたぶるような問いに、できるだけ平静を装って切り返す。
「……あの子は高い。お前には釣り合わない」
「出たよ本音が」
天井の中心、レトロな木製扇風機が昼下がりの茹だった空気を眠たげに攪拌する。
ラトルスネイクが大股にベッドに向かい、ぼすんと尻を投げだす。
「じゃあさ。しようぜ」
「……またかよ。ヤることしか考えてないのかお前」
ナイトアウルはげんなりする。ラトルスネイクは正面の虚空に手をさしのべ、にっこり笑って彼を招く。
ナイトアウルは気乗りしない素振りで前に立ち、ラトルスネイクの首の後ろに手を回す。
「オンナ買いに行くよか安上がりだもん」
悪びれもせず言い放ち、慣れた手付きで服を脱がしていく。
ナイトアウルはそれ以上抵抗せず、自らも進んで服を脱ぎ、ラトルスネイクの好きなようにさせる。
天井で扇風機が回る。窓は開けっぱなしで、薄手のカーテンだけが少女の視界を遮っている。
正直な話、ナイトアウルは「コレ」が嫌いじゃない。ラトルスネイクに求められるのは悪い気がしないし、行為自体は気持ちがいい。没頭している間はいやなことや面倒くさいことを忘れられる。
むかし世話になった教会のペド神父にさんざん開発されきった孔が、挿入への期待に狂おしく疼く。
「ん…………」
性急な衣擦れが耳朶をくすぐる。ラトルスネイクの薄緑がかった手が上着を捲り上げ、ピンクの乳首を二股の舌でねぶる。
尖りきった先端を軽く甘噛みし刺激を加え、ナイトアウルの細腰に手を這わす。
「あの子にエロカワイイ声聞かせてやれよ」
「……勘違いしてるよお前、あの子はただの……ぅあッあ」
語尾が甘く蕩ける。ラトルスネイクの肌は冷たく滑らかで、殆ど火照らない。吸い付くような肌触りが気持ちよく、仰け反って声をもらす。
ベッドに縺れあって倒れ込み、互いを夢中で貪りあい、ぐるぐる回って堕ちていく。
ラトルスネイクが彼のジーンズを引きずり下ろし、ペニスを咥える。
「あの子の裸でヌいたの」
「は……、ッ、どうでもいいだろ……」
「よくねェよ、そっちだけいい思いすんの不公平じゃん」
唾液を捏ねる音が淫猥に響く。
ラトルスネイクの舌遣いはとても上手い。フェラとクンニの技巧は一流で、とんでもない場数を感じさせる。
二股の舌先が鈴口をちろちろ突付き、うまそうに亀頭を頬張り、裏筋を丁寧になめあげ唾液を塗布していく。
挑発的なフェラチオ。奉仕されてる感じはせず、ひたすら犯されている感じが強い。
「ッ、ぅう、あッふぅあ」
ナイトアウルは片手で口を塞ぎ、必死に声を抑える。
間違っても彼女に聞かれたくない、聞かせたくない一心で喘ぎを封じ、受け身から攻め手に回る。
「服……脱げよ」
ラトルスネイクは行為中も服を脱ぐのを嫌がる。サングラスも外さない。
「いいから。よがってろよ」
「見たいんだ。脱げよ」
重ねてせがみ、フェラチオを中断させる。首筋にそって口付け、シャツの隙間に手を潜らせ捲り上げれば、薄緑の鱗で覆われた素肌が覗く。
それを見て、前戯の激しさに息を荒げたナイトアウルが無表情に呟く。
「お前が脱ぐと女が引くだろ」
「ぶっちゃけちまうと、引かねーのはお前くれぇのもん」
それこそラトルスネイクが出先の娼館を避ける最大の理由であり、ナイトアウルとの火遊びに依存する理由だ。
シャツを脱がされた彼の体には、凄まじい悪意と暴力を一身に受けた痕跡が残っている。どれも完治した古傷だが、火傷に切り傷に鞭打ちの痕と、爛れて引き攣れた皮膚が覆っている。
ナイトアウルの背中にも嘗てたらされた蝋燭のあとが残っているが、ラトルスネイクのそれの比じゃない。
一体どんな惨たらしい仕打ちを受ければこうなるのか……想像の限界を超えている。
ラトルスネイクがジーンズに指を掛けてずらし、じらすように恥骨の丸い火傷を見せる。
煙草を押し付けられたあと。
「コレがそそるってヤツもいる」
「悪趣味だね」
「下も見るか」
「見飽きたよ」
答える代わりに恥骨の突起を吸い立て、赤黒い火傷をなぐさめる。
「……ふ……、」
ラトルスネイクは傷痕を責められると弱い。
「傷痕が性感帯になってるなんてアブノーマルの極みだな」
「るせ……ッあ、」
ラトルスネイクが反撃に出るのを上手く避け、一気にジーンズを引きずり下ろしてペニスを掴む。
「お前が怖がってる顔そそるよ、ラトルスネイク」
どちらが上か下かなんて関係ない、上にもなれば下にもなる両面仕様。
「ッう、ァっは、はは……」
ナイトアウルはラトルスネイクのペニスをいやらしくなめ、ラトルスネイクはシーツを掻いて痙攣し、発情した蛇のように淫らにくねる。
汗みずくでわななく痴態が嗜虐心をそそり、先走りで濡れそぼり糸引く指を、後孔の入口へ近付ける。
「選ばせてやるよ。指と僕の、どっちを挿れてほしい?」
「―――――ふ、ざけ」
「どっちもか。欲張りだな」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッあァあ!!」
しなやかに背が撓い、バックで犯されたラトルスネイクが仰け反る。
窓框に腰かけて尊大に振る舞っていた余裕は消し飛び、エスカレートする行為に虚勢も剥がれ落ちて、手荒く揺すり立てられるごと切ない喘ぎ声が響く。
ラトルスネイクの尻はこなれていて使い勝手がいい。
前立腺をズンズン突きまくれば、締め付けでイきそうになる。
「うあッ、あァっ、あ――――――――――――」
ラトルスネイクの内腿が収縮、のち弛緩。
股間にそそりたったペニスが白濁をぶちまけてもなお構わず抽挿を続け、感度が一層高まって粘膜がうねる中を、サディスティックに責め立てる。
余裕を剥ぎ取られ感極まった苦痛の相で、ラトルスネイクが必死に叫ぶ。
「はッ、も抜け、一回イッたら交代、だろ、あァッ!」
再び弱々しく勃ちはじめたペニスを持て余しての催促を、ナイトアウルは一笑にふす。
「鎌首もたげて威嚇してる。お前の蛇はしおらしくてかわいいな」
「……ッ、……興奮してんの?でかくなってる」
動揺と同時にペニスが抜ける。
すかさずラトルスネイクがのしかかり、さんざん虐めぬかれた仕返しとばかり、ナイトアウルの尻穴に指を入れる。
「やっぱこっちだな。抱かれる方が似合ってるよ、アウルちゃん」
「言ってろ変態、さっきまでシーツかきむしって喘いでたくせに」
「イかせてくれって泣いてせがめよ」
「!!ぅあっ、ぅぐ」
衝撃が来る。
ラトルスネイクがナイトアウルの足を割り開いて挿入、さっき自分がされたのとまるで同じに揺すり立てる。
絶対に声をあげまいと唇を引き結び、荒々しい癖に憎たらしいほどいい所を知り尽くした抽送に耐えながら、ナイトアウルはカーテンの向こうでハトと戯れる少女に心を飛ばす。
「ッあ、ぅッあァっ、あァ――――――」
「教えてやるよ、この街の由来」
見た目はごくごく平凡なくせに、男に抱かれて乱れる姿はぞくぞくするほど色っぽい。
シーツを蹴立ててよがり狂い、這い逃げようとして引き戻され、前立腺を責め抜く快楽に悶える痴態を存分に楽しんで、機嫌を直したラトルスネイクが唄うように語りだす。
「この街は砂漠のど真ん中にあって、街の外れで行き倒れた旅人は鳥の餌食になる。しょっちゅうおきる砂嵐の巻き添えくって鳥の死骸も吹きっさらし。付いた名前が鳥葬の街……死体を啄んだ鳥が日照りで死ぬ街さ」
ここはバードバベル。
空飛ぶ鳥が天国と間違えて墜落する街。
0
お気に入りに追加
147
あなたにおすすめの小説
大親友に監禁される話
だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。
目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。
R描写はありません。
トイレでないところで小用をするシーンがあります。
※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。
部室強制監獄
裕光
BL
夜8時に毎日更新します!
高校2年生サッカー部所属の祐介。
先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。
ある日の夜。
剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう
気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた
現れたのは蓮ともう1人。
1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。
そして大野は裕介に向かって言った。
大野「お前も肉便器に改造してやる」
大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…
3人の弟に逆らえない
ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。
主人公:高校2年生の瑠璃
長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。
次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。
三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい?
3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。
しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか?
そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。
調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる