タンブルウィード

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hanky-panky

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「よく聞けピジョン、テメェにセイキョウイクしてやる」
突然スワローがそんなことを言い出した。
「頼んでないよ」
ピジョンは露骨に迷惑がる。
当時ピジョンは11歳、スワローは9歳。ふたりは煤けた街にきていた。
この時代景気がいい町などめったにない。中央保安局がおかれ栄えるアンデッドエンドは別として、母がトレーラーハウスを転がし立ち寄る場所にはどこも娼婦と孤児とゴロツキがあふれていた。石を投げればろくでなしに当たる、そんな裏寂れた町だ。
二人が今いるのは大陸の西、砂漠の真ん中にできた町の廃車場。有刺鉄線を張り巡らした敷地内、平たく均された地肌には点々と雑草が生え、周囲には圧縮された廃車や危険物を入れたドラム缶が積み重なっている。中にはドアや天井が抜けて骨格のみになった車もあり、子供の遊び場というには荒廃が過ぎた観を呈す。
「車の墓場に連れてきてどうしようってのさ、お前が友達に会わせたいってゆーからきてやったんだぞ」
「ずるずる引っ張られてきたくせに上から目線で恩ふっかけんのやめろ」
「お、おれはただ兄さんとして、お前と仲良くしてくれる子に一言よろしくっていいたくて……」
「は?誰がダチって?」
スワローが喧嘩腰でまぜっかえす。ピジョンは顔に疑問符を浮かべる。
「会わせたいヤツがいるって言ったじゃないか。お前と仲良くしてくれるなんて天使のように心が広い子にちがいない、失礼がないようにちゃんと挨拶しとかないと。母さんが仕事してる間はおれが親代わりなんだから」
スワローに「会わせてェヤツがいる」と切り出された時、弟に初めて友達ができた嬉しさとおいてけぼりにされる寂しさを味わった。
喜びと喪失感は表裏縫い合わされていたが、地元の子と喧嘩しかしてこなかったスワローにめでたく遊び友達ができたなら、兄として祝ってやりたい。
「お前どこでも喧嘩ばっかで、友達なんていたことなかったじゃないか」
「群れんのが嫌ェなだけだ、ヘタレぼっちと一緒にすんな」
「ヘタレぼっちはひどくないか」
「事実じゃん」
ひ弱で泣き虫な上心優しく反撃できないピジョンは、どこへいってもいじめの標的になる。
地元の子の遊び仲間に入れてほしい気持ちはあれど、娼婦のててなし子にしてよそ者の二重苦を背負った彼は石もて追われる宿命だった。
そのたびスワローがまっしぐらに飛んできて兄を小突き回すいじめっ子をこてんぱんに叩きのめしてくれるのだが、そのせいで彼まで孤立する悪循環だ。
スワローに友達ができたと知らされた時は寂しいけど嬉しかった。
スワローはなにをやらせても楽々こなす天才肌で、かけっこも木登りも今じゃどんなにピジョンが頑張ったってかなわない。
早晩スワローがなにもかも自分に劣る兄と遊ぶのに飽きる覚悟はしていた。
弟に見切りを付けられた内心は複雑だが、いい加減弟離れをせねばと一方で自覚しており、故にピジョンはスワローの友達の友達になりたい願望を秘めていた。
だぶだぶで裾が地を擦るモッズコートのポケットをあさり、透き通ったガラスの破片を取り出すピジョン。
「お前の友達にプレゼントしようとおもって持ってきたんだ、気に入ってくれるといいけど……これ、おれのコレクション。酒瓶の破片、怪我しないようにやすりで角を落としたんだ」
「まだンなもん集めてんのかよ」
「こっちはビー玉、光に透かすときらきらして綺麗だろ。それとも紙飛行機がいいかな、バンチのページを破いて折ったんだ。ポケットに入れてきたからへたっちゃったけど、翼を折り直せば結構飛ぶよ。きっと気に入る」
スワローが完全にあきれているのも気付かず、ポケットから次々がらくたを取り出しては見せびらかす。ピジョンはわくわくしていた。
顔は自然とにやけて声は弾み、手にかざした紙飛行機を右に左に操ってみせる。
「おこぼれめあてかよ」
「どういう意味だよ」
「賄賂くれてやりゃ自分とも遊んでくれっかもしんねーって思ってんだろ」
ピジョンはぎくりとする。
「別にそんなんじゃ……せっかくだから3人仲良く遊べたらなって」
「図星かよ情けねェ」
「いいじゃないかケチケチしなくたって、遊ぶんなら大勢のほうが楽しいだろ」
「テメェがいても足手まといになるだけだ、かけっこだってドべだろうが」
「今回は頑張るよ、足引っ張らないって約束する」
「テメェの頑張るはコケる時でも前のめり、膝すりむく前に頭からいくって意味だろーが」
「そこまで運動音痴じゃないよ、なんにもない場所で転んだりしない」
「転ばねーように足元ばっか見てっから遅れんだよ」
ピジョンはコートの裾をいじくりへどもど言い訳する。
仲間外れはなれっこでも、たまには弟以外の子と遊びたい。
スワローに大人しく従ったのは彼の友達に興味があるのと兄として挨拶したい使命感故だが、あわよくば自分もまぜてくれるかもしれないと期待したのは否めない。
軽蔑の視線にいたたまれなくなり、ピジョンはそそくさ話題を変える。
「どこにいるんだその子、名前位教えてくれたっていいだろ」
「あのなあ勘違いしてるぜピジョン、お前に会わせてーのはダチなんかじゃねえ、しいていうならセンセイだよ」
「センセイって、勉強教えてくれるの?」
ピジョンは首を傾げる。スワローの友達とやらは年上なのか。勉強を教えてくれるならそれはそれで歓迎だ。
母の馴染みにたまに読み書きを教えてもらうだけで、ちゃんとした学校に通った経験すらないピジョンは、学習意欲に燃えていた。せめて本一冊、自力で読み通せる程度の知識は付けたい。
「センセイになってくれるのは有り難いけど、ただで教えてくれるのか?授業料とかかかるんじゃ……そーゆーのはちゃんと母さん通さないと、いたっ何すんだよ!?」
「耳に豆でも詰まってんの?」
「詰まってないし叩いたって反対側からでてこないよ、いたっいたたっ、やめろって!」
スワローが唐突に兄の片耳を叩きだす。ピジョンが半べそで痛がれば叩くのをやめ、生意気に親指を立てる。
「最初に性教育って言ったろ?」
「冗談じゃなかったのか」
「あたぼーよ」
スワローが軽快に指を弾くと、廃車場の片隅に積み上げられたゴムタイヤの影から1人の男の子が歩いてくる。外見はピジョンと同年代、浅黒い肌に黒い目をした、人懐こい風貌のヒスパニックの少年だ。
「そっちが前に言ってた兄貴?」
「ああ」
「おれはニル。スワローとはちょっとした知り合いなんだ」
「スワローの兄さんのピジョンです。コイツがお世話になってます」
ニルと名乗る少年が気さくに握手を求めてくるのに、緊張気味に応じる。
「スワローの兄貴とは思えない礼儀正しさだね」
「言っとけ」
ニルとスワローがじゃれあうような軽口をかわす。
スワローがニルに意味深な一瞥を投げてよこし、親指の腹で無造作にピジョンをさす。
「で、コイツ売れそ?」
「そうだね……ちょっと落ち着きないのがひっかかるけど、こーゆーおどおどしたのが好きってお客もいるし案外イケそうだよ。世間ずれしてないっていうか初々しいっていうか」
「ふうん」
お客?イケる?何の話をしてるんだ。
「あの、二人はどこで知り合って」
「早速頼むぜ」
「りょーかい、あっちに待たせてるから」
ピジョンが見ている前でスワローが紙幣を一枚ニルに渡し、ニルがあっけらかんと返す。ピジョンは仰天する。
「あっちで待たせてるって誰を?何を?お前いまカネ渡したよな、あれどーゆー」
「どうでもいいだろ」
「よくないよ!」
「賭けポーカーで稼いだはしたカネだ、どう使うも自由ってな」
要領を得ない返答に、不安と不審が漠然と募り行く。
「どこ行くんだよスワロー」
「黙って付いてきな」
先に立ち歩き始めたニルに続き、大股に廃車場の奥をめざすスワローを追えば、スクラップにされた廃車とゴムタイヤの塔を迂回しどん詰まりに行き着く。
嫌な予感がざわめくものの弟をほうっておけず、好奇心が勝って最後尾に付いてきたピジョンは、そこで待ち伏せていた大人の男性に驚く。
「え……誰」
皆まで言わせず衝撃がくる。スワローがピジョンに足払いをかけて押し倒したのだ。
「いきなりなんだよ重いはなれろ!」
「聞こえちまうから黙ってろ」
男の視界に入る寸前、あちらからこちらが死角に入る位置を計算し、ピジョンもろともひしゃげた車の下に転がりこむスワロー。
「う゛ーーーーーう゛ーーーーーーーっ!?」
濛々と砂埃を蹴立て引きずり込まれた車下の暗闇、下手に動けば脳天が底部に激突しそうでおっかない。
スワローは慎重に首を伸ばして外をうかがい、なにやら交渉中のニルと男の反応を観察する。
「よし、バレてねえな」
「スワロー一体……いたずらだとしても度がすぎるぞ!」
「しっ、声がでけえ」
再び口を塞がれる。驚きに見張ったピジョンの視線の先、ニルがこっそり振り向いて親指を立てる。スワローが親指を立て返す。
互いの鼓動が伝わる距離で密着し、息苦しさにもぞ付くピジョンの耳朶を吐息が湿らす。
「ねんねの兄貴に男同士のやりかた教えてやる、今からはじまることよく見とけ」
スワローの後頭部を掴まれ、車と地面の手狭な隙間に突っ伏す。
ピジョンが固唾を飲んで見守る先、見知らぬ男がニルの身体をいやらしくまさぐりだす。
「な……、」
むさ苦しい男の手が、自分とさして年の変わらない少年を愛撫する光景を目の当たりにし、ピジョンは衝撃を受ける。
助けなきゃ。
咄嗟に飛び出そうとしたピジョンの裾をスワローが引き戻す。
「はなせよスワロー、はやくいかないとニルが」
「仕事を邪魔すんな」
「仕事って」
「ウリだよウリ。男娼なんだアイツ」
それで合点がいった。さっきはピジョンがいくら稼げるか、品定めしていたのだ。
「そんな……」
ピジョンとて娼婦の子、性的知識は備わっている。
売春が性別問わず稼げる職業であることも、男同士の性行為が可能な事もとうぜん知識としては知っていたが、自分と同年代の少年が実際にそれで稼ぎ、しかも現場に立ち会うはめになるとは想像だにしなかった為に理解が遅れたのだ。
この頃のピジョンは、到底娼婦の子とは考えられぬほどにうぶだった。
「今さら泡くうな、野郎同士でデキることはとっくに知ってんだろ」
「ばかにするな、母さんとお客の3Pは見慣れてる」
「ありゃ母さんが挟まれてるだけで男同士で繋がるんじゃねーかんな」
「だってニルはおれと同じ位で、なのにあんな」
刺激が強すぎる光景にピジョンは慄く。母が男たちに嬲られる光景は何度も見てきたが、それとは別の衝撃だ。
スワローが兄の耳元でねっとり囁く。
「男同士でヤるときゃどの孔に挿れっかわかるか」
弟の指がズボンの割れ目を滑り、圧をかけて肛門に食い込む。
「ここだよ。クソひる場所だ」
「スワローやだやめろ……バレる……」
「じっとしてりゃバレねーよ。わざわざ授業料弾んで見学させてもらってんだ、集中しろ」
スワローがニルにカネを渡した理由が判明、弟にはじめて友達ができた事を無邪気に喜んだ自分の愚かさを呪うも時すでに遅し。
身動きできないピジョンの目の前で、男と少年の行為はどんどん熱が入りエスカレートしていく。
「あっはァ、もっそこォ」
「ガキのくせにいい声出すじゃん、口を使って楽しませてくれよ」
熱っぽく喘ぐニルの頭を男が片手で押さえ、無理矢理跪かせる。ニルが男のベルトを外してズボンを下げ、半勃ちのペニスを含む。
「っ!」
「顔背けんな。目ぇかっぴろげてちゃんと見ろ」
スワローが首をねじ切るように兄の顎を掴んで固定、正面に向かせる。
「でっかくなってる……興奮しちゃった?」
ニルがしたたかに笑って男のペニスを吸い立てる。
「アレが男同士でやるフェラチオ。ションベンする場所吸うんだぜ」
「洗わないのか?」
「びんびんに勃ちまくってのにンな暇ねーだろ、切れが悪ィとションベンの味すっかもな」
おえ、と大袈裟に吐く真似をするスワロー。ひとかけらも悪びれず舌を出す態度はいっそあっぱれだ。
男同士のフェラチオを見るのは生まれて初めてだ。
母が男にするのは何べんも見てきたが、自分と同年代の男の子が地面に跪かされ、大人の男のペニスを咽喉深く咥えこむ光景はおそろしく背徳的に映る。
「ぐ……、」
自分がアレをやるとしたら……出来心の想像だけでもえずいて気分が悪くなる。
しかしスワローは兄が俯くのを許さず、顎を掴んで顔を上げさせる。
「んっはァ、しょっぱ、んっおっき、口入んない」
ニルが甘ったるい声で媚び、男のペニスを両手で捧げ持って亀頭をしゃぶる。唾液と先走りに塗れたペニスは赤黒くグロテスクにテカり、男が恍惚とした表情でニルの頭をなでまわす。
「なかなか上手ぇな……もっとぐぽぐぽ下品な音たてろ」
ニルが言われた通りにする。口一杯に詰め物されたような圧迫感を我慢し、体積を増したペニスを咽喉の奥へ迎え入れ、前後に動いて出し入れする。近くに隠れる兄弟を横目で見るあたり、まだ余裕がありそうだ。
「気持ちいい……のか?」
ピジョンが呆然と独りごちる。
彼の目にはニルが苦しげに見えたが、苦しいだけじゃなく気持ち良さそうでもある。
酸欠で上気した頬、微熱に潤んだ瞳、じれったげに動く腰……
自分と同じ男の子なのに、フェラチオにのめりこむニルからはベッドでよがる母とおなじ色気が感じられた。
「ためしてみるか」
「!んっ、ぐぅ」
スワローが背中にのしかかり、ピジョンの口に指をねじこむ。
「ニルのまねしてみな」
「んっぅう゛っん゛っ」
こじ開けられた口から唾液が滴り、スワローの指が濡れそぼる。頭を振り拒もうとも指が閊えてえずき、さらなる苦しみをもたらす。
よだれと生理的な涙を垂れ流すピジョンの視線の先、男がニルを抱え上げる。
「頃合いだな」
廃車とニルを向い合わせ、ボンネットに手を付かせる。後ろ向きになったニルのズボンが乱暴に剥かれ、尻穴へ怒張があてがわれる。
「ん゛―――――――――――っ!?」
やめろ!
スワローに組み敷かれてさえいなければニルを助けにかけだしていた。
心の中で狂おしく叫ぶピジョンの抵抗むなしく、男はニルを犯す。
「ァああっあッ、ンあっ、あっあっすごっ、ぁあっあ」
二人の動作に合わせて廃車がギシギシ揺れ、ニルが感極まった嬌声を放ち、雌犬のように腰を振りまくる。
「野良犬の交尾そっくりだろ。ぶちこんじまえば男も女も一緒、気持ちよすぎてなんも考えられなくなる」
いやだ。見たくない。
ギュッと目を瞑っても耳は塞げず、ニルが張り上げる喘ぎ声と行為の軋み音が響いてくる。
「このあたりにゼンリツセンってのがあって、ペニスで突っ付くとめちゃくちゃ気持ちいいんだと」
「んっぅ、うぅ!?」
スワローがピジョンの口を犯すのと反対の手で、彼の尻の上のほうを揉む。
見たくない聞きたくない、なのにニルの喘ぎ声に身体が反応して熱くなる、股間がジンと痺れて上手くモノを考えられなくなる、恥ずかしいことはするのもされるのも大の苦手で嫌いだ、ましてや人のセックスの覗き見を強制されるなんて
「あっイくっいイっすごくいっ、ぁあっもっと奥っそこっ、あたるっ!」
艶っぽい声と吐息。
「もっ……どけ……」
スワローがぐちゃぐちゃ兄の口をかきまわす。人さし指中指薬指、三本指を抜き差し柔く敏感な粘膜を蹂躙する。根元まですっかり唾液に濡れそぼったその指をピジョンの頬に擦り付け、今度は膝頭でぐりぐりと股間を押す。
「すはろおゆるひへ……」
「目ェ開けろ。よそ見したら殴んぞ」
度が過ぎた悪戯、あるいは悪趣味なお仕置き。
「んっぐ、ぅっん゛っ、ァぶ」
抜き差しの速度を上げて粘膜をぐちゃぐちゃを捏ね回す。固さを増した股間を尻の割れ目に押し付け、膨れた会陰をぐりぐり押す。
哀れっぽく懇願するピジョンの姿が嗜虐心を焚き付け、膝でリズミカルに会陰を圧迫する傍ら身体をまさぐる。
「あっ、あっ、あっ」
喘いでいるのはニルじゃない、ニルとピジョンだ。
「あんっあふッ、ァァっ、やっ、変っに」
「あッあん、ァああッふああっあ、もっやっイくっ気持ちいいっあァっ」
ボンネットを傾がせ昇り詰めるニルの痴態とスワローが強制的に注ぐ快楽が絡まり合い下肢が痙攣、声変わりもしてない二重の喘ぎが鼓膜を犯す中、熱い迸りが尿道を駆け抜ける。
「あっすあろっ、ンっああっあ、ふあッァ、あろ、ぁっあ、でるっ……」
「ァあっあイくっあ、だめっもっァっ、ぁっイっ、イく――――!」
ニルとピジョンの声が完全に被り、二人同時に達する。
精通済みのニルが白濁をピュッピュッと零す一方、精通がまだのピジョンは幼く未熟な包茎ペニスをヒク付かせじょぼじょぼ放尿する。
ズボンの股間に染みを広げる尿とアンモニアの刺激臭、虚脱感と恥辱に火照る顔。
「……はぁ……はぁ……」
「あーあ、もらしちまったばっちい。いい年して母さんになんて言い訳すんだ」
「ちが……だってお前が押すから、なんかむずむずして」
「白いのの代わりにションベンでたな」
恥ずかしさで死にたいピジョンとスワローの視線の先、事を終えたニルと客が手を振りあって別れる。
鼻歌を口ずさみ、上機嫌で去る客と入れ代わりに車から這い出たスワローは、ポケットに手をひっかけて無造作にニルに寄っていく。
「おかげ様でベンキョーになったぜ」
「まざってくれてもよかったのに」
「お荷物がいっから遠慮しとく」
おどけて肩を竦めるスワローのあとから、コートの裾をかきあわせ、ズボンの染みを隠すように出てきたピジョンが呟く。
「その……えと……」
気まずさと後ろめたさでニルの顔をまともに見れない。覗き見は合意の上だとしても、売春の現場に立ち会ってしまったのだ。
「スワローお前……なんでこんな」
「ウブい兄貴に世間の厳しさとセックスの仕方、序でに母さん譲りの生計の立て方を教えてやったのさ」
「頼んでない」
少しでも気をゆるめると悔し泣きしてしまいそうで、震える唇を噛んで立ち尽くす。スワローもスワローならコイツの取引にのっかるニルもニルだ。
潤んだ目を怒りで尖らせ、わななく拳を握りこんでニルと対峙。
「きみはどうして」
「こんなことやってるの」と続けかければ、甲高い歓声と軽い足音が遮る。
「「おにーちゃーん!」」
「リンダ、トミー。むかえにきたのか」
まっしぐらに駆けてきた男の子と女の子が、屈託ない笑顔を咲かせたニルの胸元へジャンプでとびこむ。
男の子はせいぜい6歳、女の子は4歳ほどか。浅黒い肌と利発そうな顔だちがニルによく似ていた。二人を抱き止めたニルは照れくさげに笑み、かわるがわる頭をなでてやる。
「いいって言ったのに……」
「お兄ちゃんが迷子になっちゃったらやだもん」
「ね、ね、これ見て!リンダねー、がんばっていっぱい集めたの!こんなに沢山あればお金になるよね、お母さんのお薬買えるよね、ねっ?」
「手柄をひとりじめするな、ぼくだって集めたんだからな!」
「リンダだっていっぱいいーっぱい集めたもん!聞いておにいちゃん、トミーってばひどいんだよ、重たいのリンダだけに持たせるの、妹はいうこと聞かなきゃだめだって!」
前歯が欠けた女の子が袋の口を広げ、回収した空き瓶を見せれば、ニルにじゃれ付く男の子も張り合って地団駄踏む。
「ほーら、喧嘩しない。トミーも意地悪いわずリンダを手伝ってやんなきゃだめだぞ、お兄ちゃんなんだから」
「……ごめんなさい」
「謝る相手がちがうだろ」
「……リンダごめん」
「しょうがないなー」
兄に窘められたトミーが俯きがちに詫び、リンダが威張って許す。
二人ともちびで痩せっぽち、着る物はみすぼらしく栄養失調気味。ゴミ捨て場で拾ってきたのだろうか、男物の革靴は寸法がまるで合わず爪先が破れている。
ピジョンは思い出す。
男のゴツい手でシャツを捲られたニールの胸板は、痛々しいほど肋が浮いていた。
リンダの手から重たい袋を取り上げたニルが、現実ではしたカネにしかならない、自分が一回ウリをして得る稼ぎにすら足らない、弟たちの働きぶりを褒める。
「えらいぞリンダ、トミー。お前たちが集めてくれた瓶をカネにかえて薬を買えば、母さんもきっと元気になる」

兄さん故に弟と妹に手柄を譲り、兄さん故に弟と妹を守る。
ニルがなんで身体を売っているのか、この光景を見ればいやでもわかる。

リンダが先にピジョンとスワローに気付き、不躾に指さしてくる。
「お兄ちゃんこの人たちだれー」
「兄ちゃんのともだち?」
リンダとトミーが目をぱちくりしてピジョンたちを見上げる。
ピジョンが説明のために口を開くのを待たず、リンダが舌足らずに聞く。

「それともお客さん?」

この子はきっと、意味もわからず言っている。
兄を買いにくる「お客さん」が実際なにをするのか、自分たちが大好きな兄をどう扱うのか知らず。

「あァ゛?ざけんな俺たちゃただの」
「友達だよ」
「はアあぁあ??」
「なんでこんな事してるの」と喉元までこみ上げた疑問を嚥下、不器用に安心感を与える笑顔で回答する。
ピジョンの答えが意外だったのか、目をまるくするニルの前に立ち、コートのポケットに手を突っ込む。
「あげる」
「なに……ガラス?」
「スワローの友達にあげようとおもってたんだ。お近付きのしるしにね……うすい翠色が綺麗だろ?光に透かすとキラキラして、てのひらや地面にオーロラが波打って、ちょっとだけ得した気持ちになれるんだ」
やすりで角をとったガラス片をニルに渡し、「いらなきゃ捨てていいよ」とこっそり付け加える。
「お兄ちゃんだけずるい!」
「ぼくも欲しい!」
兄をうらやましがって欲しい欲しいと騒ぐリンダとトミーに対し、だしぬけにしゃがみこんでプレゼントを渡す。
「そういうと思った。はいどうぞ」
「ビー玉だあ!」
リンダが安っぽく透き通ったビー玉を摘まむ。
「やった、紙飛行機!」
かっこ悪くへたった紙飛行機をトミーが青空に翳す。
「ありがとー」
リンダとトミーが口々に礼を述べる。
片手にのっかったガラス片が光を弾くのを見詰め、ニルが無表情に呟く。
「……へんなヤツ」
その後ピジョンに向き直るや、年相応にあどけない笑顔を浮かべる。
「けど、大事にするよ」
男に犯されていた時とは別人のように弟たちと手を繋ぎ、「じゃあまた」と去っていく。
ニルの背中を見送ったスワローが、てんでこりない兄のお人好しぶりに苛立って吐き捨てる。
「なんでやっちまうんだ、テメェの宝もんだろ」
「破片ならまた拾えばいいし紙飛行機は折ればいい。ビー玉だってどっかにおちてるさ」
「かわいそがってんの?」
冷やかすスワローに身体ごと向き直り、きっぱり断言。
「あの子はおれよりずっと大人でずっと偉い、家族を守るために身体を売れるんだから」
力強い眼差しでニルを認める兄にたじろぐものの、ピジョンごときに気圧されたのが大いに癪にさわって、スニーカーで尻を蹴り上げる。
「ションベンたれのピーピーピジョンが、ズボンに恥ずかしい染み作ったまんまかっこ付けんな」
「痛いってスワロー痛いっ、もとはといえばお前がへんなとこいじくりまくるからじゃないか、車にかくれんぼしてる時だってバレそうでヒヤヒヤしたぞ!こーゆー騙し討ちもうやめろよ、心臓もたないから。母さんに服汚した言い訳するのだって大変なんだ」
「くせえ。寄んな」
兄の嘆きをうざったげに一蹴し歩きだすスワロー。
「おい待て、おいてくなよ!」
コートの裾を閉じてズボンの染みをひた隠し、ピジョンは家に帰るのだった。
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