タンブルウィード

まさみ

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三十四話

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「おっせーぞ、待ちくたびれた」
「じゃあ待たずに先行きゃよかったろ、律義か」
昼下がりの悪運の法廷バッドラックコートには穏やかな時間が流れている。
ホットドッグやチュロス売りの屋台が商い、乳母車を引いた主婦や仲睦まじい恋人たちが憩う噴水広場じゃ鳩の群れが呑気に餌を啄む。
ここに来ると数日前の体験が嘘のようだ。
「ぐだぐだぬかすな」
「ぅおっと!?」
俺のケツを蹴ってスワローが催促。
「きりきり歩け、札束の山が俺を待ってる」
「……にしても、なんだって懸け主んちに行くんだ?保安局で手続きできねーのか」
「向こうさんたっての要望でどーしても会いたいんだと」
「なんで?」
「知るか」
「うまいもん用意してねぎらってくれんのかね」
「ダドリーに相当な恨みがあンなら顔見てじきじきに感謝してえってのもわからなかねェ。俺たちゃコヨーテアグリーショーをぶっ潰した立役者だからな、今じゃ取材がわんさか押し寄せる時の人よ。ヘタレ童貞はお口チャックでひきこもってたが」
「勘弁しろよ、目立ちたかねーんだ……」
「よっく言うぜ、俺たちに後始末ぶん投げて雲隠れしやがったくせに。パパラッチ巻くの大変だったんだぞ」
「の割にはノリノリだったじゃん、ギャラ弾まれたのか」
「俺様ァ顔よし腕よしの人気者だから世間がほっとかねーのよ」
「記事じゃ随分盛ってたが……なんだよ、『俺は一瞬にしてコヨーテ・ダドリーの背中をとった』って。テメェ一人の手柄か、連携の勝利だろ。他にも言いてーこたァ山積みだ、『仲間を先に逃がしてコヨーテ・ダドリーとタイマン張った』って……こっちの身の安全なんかちっとも考えねえで下水道で大暴れやらかしたくせに大嘘吐きが」
「大衆はわかりやすいヒーロー憚を求めてんだ、色付けたってバチあたらねーだろ」
悪運の法廷で待ち合わせ、連れだって歩き出す。
スワローはコロッと態度を変えて上機嫌だ。心は今やこれから手に入れる報酬へと飛んでいる。
対する俺は、普段と勝手が違って困惑している。
賞金首を倒すと懸賞金が下りる。
通常は保安局の窓口を介して申請するが、今回は懸け主の強い希望で直接受け取ることになった。

ポケットから出した資料を広げ、懸賞主の氏名を検める。
「ドク・ハウザー……聞いたことあるか?」
「知ーらね。いちいち賞金稼ぎと会いたがるなんて相当な物好きだな、にっくきコヨーテ・ダドリーを倒した恩人の顔拝みてェのか野次馬根性まるだしの暇人か……カネさえ入りゃどうでもいいけど」
「同感」
大半の賞金稼ぎはいちいち懸け主の身元など洗わない、重要なのは賞金首を仕留めて報酬を手に入れることでそれを出す側の情報はどうでもいい。
どのみち賞金首なんてやりたい放題やらかして世間の恨みを買ったクズの集まり、殺したいほど憎んでやるヤツを数え上げたらきりがねえ。
道すがらなにげなく聞く。
「身体の調子はどうだ」
「ぴんしゃんしてる」
「禁断症状もねーの」
「今んとこは」
「どうなってんだよお前の身体……一回医者に診てもらえよ」
「テメェのような軟弱モヤシとは造りからして違うんだ」
「鍛えてどうにかなるもんでもねーだろ」
あるいは元から耐性ができていたのか……
得意げなスワローを盗み見、声をひそめて確認。
「お前、ダドリーが獣化したこと言ったか」
「あーそれな」
「どこにも載ってなかったぞ」
「記事になんなかったんだよ」
「なんで?」
「こっちが知りてェよ」
スワローがあくびを噛み殺す。
「スラムにゃいろんなドラッグが蔓延してる、中にゃヤバい混ぜもんしてるのもあるだろ。もしダドリーの獣化の原因がホントにドラッグならジャンキーがパニックおこす、下手すりゃ暴動に繋がりかねねー。成分を検出して見定めねーうちは当局だって事実の公表にゃ及び腰よ、調査は慎重にやんねーとな」
「……お前頭いいな」
言われてみりゃもっともだ。
マスコミが下手に騒ぎ立てりゃアンデッドエンド中にパニックが広がる。ミュータントの関与が疑われれば迫害のエスカレートも懸念される故、伏せておくのが吉だ。
それ位一般人のミュータントに対する忌避感情は根強い。
スワローの頭のキレに感心してると、じきにデカいテントが見えてくる。
「あれがドク・ハウザーの家?」
「サーカスの団長かよ」
天幕の中からうるさい声がする。聞き飽きた犬の鳴き声だ。
周囲には鉄格子を嵌めた檻が点在し、赤・茶・灰・黒・白、いろんな毛並みの犬が徘徊してる。
ダドリーの敷地で見た光景がフラッシュバックするが、ここで飼われてる犬どもはずっと清潔で健康そうだ。
鼻も黒々湿って毛艶もよい。
「ダドリーの仕打ちにブチギレた真の愛犬家なら、大口の懸け主でも筋は通るが」
「畸形を売り付けられて破産した金持ちじゃねーの?」
檻ン中の犬どもは人懐こい。
俺とスワローを見るなり、鉄格子に前脚をかけ甘えてくる。
歓迎されてんのか?
腰をかがめて軽くなでてやれば、てのひらをべろべろ舐めまわされる。
スタジャンのポケットに手を突っ込み、胡乱げにあたりを見回してたスワローが驚く。
「おい劉」
「あ?」
振り返り、絶句。
背後で上がった一声に続き、何かがトコトコやってくる。
足を引きずって小走りにやってきたのは、やけに見覚えのある犬。
ダドリーにけしかけられて俺を襲い、スワローにナイフで切り付けられ、ドギーに救われたあの犬だ。
「お前……なんでここに?」
最後に見た時はほとんど瀕死だったが、一週間経った今は自分の脚で歩けるほど回復してる。
とはいえ、まだ歩みは覚束ない。胴体に巻かれた包帯は痛々しいが、ちゃんと俺とスワローを覚えているらしく、嬉しそうにしっぽをふってみせる。
「死んでなかったのか……」
我知らず声に安堵が滲む。
コヨーテ・ダドリーの身柄拘束後、下水道および敷地に置き去られた犬たちは犯罪の証拠品として当局の一時預かりとなったが、詳しい処遇は聞かされちゃいなかった。
犬たちの自由意思じゃないにしろ、犯罪に加担した事実上最悪殺処分もあると危惧していたが、一週間ぶりに会ったワン公は無邪気に俺の腕の中にとびこんでくる。
「パートナーと感動のご対面だな」
ニヤニヤひやかすスワローを睨めば、またしても思いがけぬ人物が登場する。
「ヴィク!?」
サーカスの天幕をめくり、ひょっこり顔を出したのはヴィクだ。
初対面時は性別も不明だったが、きちんと垢を流して髪を切り、古着のズボンとシャツを身に付けた今は、ハッキリ男の子とわかる。
「あ……フェイさん」
俺とスワローを認め、ヴィクの顔に万感の思いが広がる。
再会の嬉しさと面映ゆさに一抹の戸惑いが綯い交ぜとなった、見てるこっちの胸が詰まっちまうような表情。
どっこい、スワローがせっかくのいい雰囲気をぶち壊す。
「フェイ?劉の源氏名か」
「ちょっ待て、なんでお前がここに?事件の証人として当局に保護されたって」
「聴取はもう済んだけど諸々手続きがあって、一段落するまで俺が預かってんだ」
ヴィクのあとから出てきた醜いあばた面の男が、おどけて片手を挙げてみせる。
「久しぶりだなお二人さん。親愛のあかしにケツ嗅いでいい?」
スワローと同時にあんぐり口を開ける。
忘れもしない。
ヴィクの肩を軽く叩いて立ち塞がる男は、一週間前に共にコヨーテ・ダドリーを倒した賞金稼ぎ……
犬の乳を飲んでデカくなった犬人間、マッドドッグ・ドギーだ。
「え……ってことは、お前がドク・ハウザー?」
「マッドドッグ・ドギーは賞金稼ぎのコードネーム、ハウザーは見せ物小屋で世話んなった優男の姓。営業不振で一座が解散になった話はしたよな?あのあといろいろあって、数年後に再会したんだ。そん時ハウザーは犬専門の移動サーカスの団長をやってた。で、一緒に商売しねえかって持ちかけられた。犬の気持ちがわかって犬と話せる俺が仲間に加わりゃ大当たり間違いなしだって……慧眼だよな」
ドギーは昔懐かしむ目をしてテントを振り仰ぐ。
「そのハウザーも一年前におっ死んじまった。哀しいかな、世の中いい奴ほど先に逝く。俺とハウザーが新たに立ち上げた一座は、人間に虐待された犬を保護して、引き取り手を見付ける活動をしてたんだ。もちろん居残る犬もいるが、大半は信用できるヤツにもらわれていく。引き取り先はいろいろだ。老人ホーム、病院、学校、孤児院……動物愛護団体の施設もな」
俺は大急ぎで頭を整理し、意味なく掲げた片手を振る。
「じゃあ待て……何か?お前はコヨーテ・ダドリーに大口の懸賞金かけた上、他人任せじゃ飽き足らず、体張って仕留めにいったのか」
「ご名答」
ドギーの回答にさらに混乱。
「なんだってンな面倒くせーこと……」
「ジャンクヤードのド外道が子飼いの犬を殺し合わせてるって聞いて、いてもたってもいられなくてよ。とはいえ一人じゃ心もとねえ、俺ァ犬の言葉がわかって話せる犬のエキスパートだが戦闘力じゃ劣る。ダドリーの所業は俺的にゃ断じて許せねェが、スナッフポルノの存在が表に出ねーうちは犠牲者は犬だけだ。罪状が動物虐待じゃ賞金稼ぎは動かねー、もっと派手なクビを狙いにいく。ってなわけで考えたのさ、賞金稼ぎを大動員する手を」
「んで、見事にひっかかったのが俺たちってか」
「かといって口先だけで胡坐をかくのはいただけねえ、同業者を送りだすなら言い出しっぺの俺も当然行くべきだ。ダドリーのクソ野郎にゃこの手で引導渡してやりたかったし」
一連の事件の裏にゃマッドドッグの思惑が潜んでいた。
コイツはあたかも一般の賞金稼ぎを装って俺たちを扇動し、コヨーテ・ダドリー討伐に向かわせたのだ。
「狂犬の異名は伊達じゃねーな。犬の為ならなんでもする、デマカセも吐くし生贄も送り込む」
「捕まった連中にゃ悪いことしたと思ってる」
殊勝にうなだれてから顔を上げ、俺とスワローをきっかり見据える。
「俺ァ犬を助けるためならなんでもやるって決めた。家族を助けるためなら汚え手も使うし、どんな危険な賭けにもでる」
マッドドッグ・ドギーあらためドク・ハウザーは、限りない慈愛にみちた眼差しで檻の中の犬を眺める。
その中にゃ下水道で保護された犬たち……スワローのタグを食べた犬もいた。
腱を断たれた傷が癒えてないのか、皆前脚に包帯を巻いているが、ダドリーに虐げられてた頃よりずっとリラックスしてる。
「お前らのおかげで無事コイツらを助け出せたよ」
「下水道にうっちゃられて、よく破傷風になんなかったな」
「すぐ抗生物質を打ったからな」
感心半分あきれ半分のスワローに笑い、声がもどった喉をさする。
「…………あんがとよ。それと、すまなかった」
ドギーはダドリーのもとから犬を助け出す為に俺たちをおとりにした。
けどまあ、過ぎたことはどうでもいい。
沈痛な面持ちで詫びるドギーに舌打ち、そっぽを向く。
「……使い捨ては業腹だが、本人が身を削ったんならチャラにしてやる」
ドギーは片腕にギプスを嵌めて吊っている。下水道で犬たちに噛まれた挙句、獣化したダドリーに殴る蹴るされ肋骨を折ったのだ。
目的を果たすためなら骨身を惜しまない、その根性だけは認めてやってもいい。
スワローは複雑な表情でタグを食った犬のうたた寝を眺めていたが、長いため息で気を取り直し、無造作に片手を突きだす。
「とっとと報酬よこせ」
「おいおいツレねェな、下水道の決死行で絆が芽生えた同士積もる話もなんとやら」
「ケツに花火ぶちこんで空まで飛ばすぞ」
長話は飽き飽きだといった本音を隠しもしないスワローに根負け、ドギーが「へいへい」と天幕の内に引っ込み、紙袋を抱えて出てくる。
「コヨーテ・ダドリーの懸賞金、しめて900万ヘルだ。仲良く山分けしろ」
ぶんどった紙袋をあらため、札束を手掴みして満足げに頷くスワロー。横から一束かっさらおうとすりゃしたたか手の甲をはたかれる。
「貧乏くせえ手でさわんな」
「はァ?独り占めする気か」
「てめェが一体全体なにしたってんだ、ドジ踏んで取っ捕まっただけだろ。殆ど俺一人で倒したよーなもんだ、役立たずがおこぼれ欲しがんな」
「聞き捨てならねーな……一人で暴走したヤツが偉そうに。俺の機転がなきゃ全滅してたろ」
「たまたまうまくいっただけだろ付け上がんな」
「900万ヘルは欲張り過ぎだ半分よこせ、取材のギャラやら何やらでたんまり儲けてんだからケチケチすんな」
「俺がマワされるとこ鼻の下のばして眺めてた見物料だ、タダで人の裸見れると思ったら大間違いだぞ童貞」
「半分、いや三分の一でいい。よーく思い出せスワロー俺だってそこそこ役に立ったろ、車だしたり食い物や煙草買いにパシったり……ちょっとでも人の心があんなら十分の一でいいから払え、せめて張り込み中の煙草代くらいまかなわなきゃ割にあわねー!」
互いの頭と顎を掴み醜い争いをくりひろげる俺たちを、犬どもがきょとんと見詰めている。
ドギーは呆れかえった半笑い、ヴィクはおろおろしている。
「あーそうだ。お前ら、コイツを引き取っちゃくんねーか」
「「は?」」
ドギーがヴィクの肩を掴んで押し出す。
「可哀想に、どこにも行くあてないみたいでよ……俺はホラ、犬の世話で手一杯だしガサツな野郎の一人所帯じゃ悪影響だ。劉、お前はどうよ?面倒見いいし向いてるんじゃねーの、コイツも懐いてるみたいだし」
とんでもない無茶振りにたじろぐ。
ヴィクは不安と期待に揺れるまなざしで、縋るように俺を見てくる。
……そういえば、外に出たらちゃんとした名前を付けてやるって約束したっけ。
俺はガキの前にしゃがみこみ、口はばったく呟く。
「……名前、考えてたんだけど」
「うん」
「……そのー……」
気まずげに目をそらす。
考えていたのは本当だ。
ヴィクと会えずにいた一週間ああでもないこうでもないと暇さえありゃ候補をこねくりまわしていたが、結局しっくりくるのが浮かばず現在に至る。
土台俺みたいないい加減な人間が命名の責任を負うのは重すぎる。

『いい子ね薫心』
どうかすると、名前は人の一生を左右する。
そうあれかしと定められることで、人生を歪めることすらある諸刃の剣。
そんな重大な決め事を、成り行きでかかずりあっただけの俺が託されちまっていいのか。

煮え切らず助けを求めたスワローにゃ冷たく突き放され、ドギーにゃ笑顔で首を振られ、とうとう追い詰められて伏し目がちに俯く。
「……俺、チャイニーズだから。漢字っきゃ思い付かなくて……読みにくいし、違うのがいいよな?嘘じゃねえよ、ホントちゃんと考えたんだ……なんかどれもしっくりこなくて」
「ヴィクでいい」
はっきりとガキが言い、俺は目を見開く。
「ヴィクがいい」
もう一度、大きな声で意志表示。
「……でもそれ、ヴィクテムからきてる」
「初めてもらった名前だもん。僕、これがいい。結構イケてるし」
ヴィクがはにかむように笑い、同意を求めるように俺とドギーとスワローを見る。
ドギーが温かく微笑み、スワローは鼻を鳴らし、俺はガキに気を遣われた情けなさと恥ずかしさにいたたまれずじんわり微笑む。
「……そっか」

ヴィクはもうヴィクテムじゃない。
だからこそ、その名を名乗れる。

「どっちもダメとなると孤児院頼るっきゃねーがコイツはピンキリだ。信用できるとこさがさねーと……」
「アテはある」
無関心に傍観していたスワローが口を開く。
「兄貴の修行先。孤児院もやってるスラムの教会。世話してんのはミュータントのガキが主だが、人間だってかまやしねーよ」
「マジか」
「今さら一人二人増えたとこでおんなじだ、掛けあってみるさ。セットでワン公も押し付けちまえ、ガキの遊び相手になる番犬欲しがってたし。シツケえパパラッチ追い払うにゃもってこいだ」
「一緒にいけるの?やった!」
ヴィクが弾んだ歓声を上げ、しっぽをふる犬に抱き付く。
見知らぬ孤児院に送られるのは心細いが、ともに死地をくぐりぬけた犬が付いてくりゃ不安もやわらぐ。
あるいは、そこまで見越して提案したのか。スワローは見てないようでよく見ている。
無事報酬を受け取り、ガキの身の振り方も決まったところで解散の運びになる。
「ダドリーの犬たちゃ肉体的にも精神的にもだいぶまいってる。回復にゃ時間がかかりそうだが、気長にやるさ」
「引き取り先は決まってんの」
「バンチのインタビューで募集かけたらアップタウンの愛犬家が殺到したよ。家とメシにゃ不自由しねえ余生が送れんだろうさ」
「それが狙いで取材を受けたのか」
「一人一人に会って見極めるがな」
スワローは居丈高に腕を組む。
「テメェたあ二度と会いたくねェ」
「俺ァまた会いたいね、お呼びかかんの待ってんぜ。いっそチーム結成すんのはどうだ?名前はマッドドギーズ」
「野球かよ死球で死ね」

マッドドッグ・ドギーは虐げられた犬がいりゃどこへでもすっとんでく。
家族が再びそろうその日まで。

ドギーとガキに見送られてテントをあとにした俺たちは、取り分のことで揉めながら賑やかな往来を歩いていく。
「900万ヘル独り占めはガメツすぎ」
「働かざるもの喫うべからず」
「欲の皮突っ張ってんな……そんなに貰って何すんだ」
「バイク買うんだよ、前から欲しかった」
「半分よこせ」
「やなこった」
「賭け麻雀で嵩んだ借金返したいんだよ頼む、期日までに払えねーと臓器バラ売りだ」
「ニコチンタールで真っ黒に汚れた肺が売れんのかよ」
「期間限定の相棒だろ俺たち」
スワローに纏わり付いて拝み倒すが、けんもほろろな対応にいらだち、小走りに正面にまわりこむ。
「取り分よこさねーと俺にしたこと兄貴にぶちまけんぞ」
通行人がぎょっとするが知ったこっちゃねえ、こっちは借金苦で明日をも知れない身の上だ。
「……口止め料ゆするとか上等じゃねェか」
スワローが舌打ち、紙袋に荒っぽく手を突っ込んで一束俺の胸元に投げる。
「ほらよ」
「これだけ?」
「十分だろ」
……仕方ない。
その場に屈んでかき集め、唾で湿した指で一枚一枚勘定をおっぱじめる。
もともとカネが目的じゃないし、おこぼれに預かれただけマシか。と、突然後ろ襟を引っ掴んで、そばの路地へなげこまれる。
「な、」
くそ、金を数えるのに夢中で油断してた。
目の前にスワローがいる。路地の壁を背にした俺の横を靴裏で蹴り付け、威圧的な無表情でにじりよる。
「大人をなめるな……だっけか」
下水道で言い放ったセリフをねちっこく引用し、俺の顎を掴んでじっくり観察。
顎に指が食い込む痛みにも増して、冷めたラスティネイルの眼差しに動悸が早まる。
「劉……テメェ、組合から派遣されたって嘘だろ」
真実を言い当てられ、背筋が硬直する。
「―いきなり何言い出す」
「とーぼーけんな。何週間も一緒にいてわからねェと思った?ただのフリーの賞金稼ぎにしちゃやることなすこと胡散くせえ、ビビりのヘタレかとおもえば妙に根性据わってやがるし……極め付けはあの能力。指から糸だして操るなんて器用じゃん……蜘蛛だなまるで。見た目じゃわかんねーけど、ミュータントか」
イエローゴールドの前髪の奥、鋭く眇めた双眸が敵愾心を帯びる。
「張り込み抜けてどこ行った、だれと繋がってやがんだ。ただの賞金稼ぎならフラチなイタズラされた時点でキレるかとっとと泣き帰ってらァ、コンビ解消できねーやんごとねー事情があったんだろ?」
「勘繰り過ぎだ、俺はカネが欲しくて」
「だったらもっと割のいいネタがある。プッシーキャットにわざわざ会いに行ったのもいただけねえ……ストーカーかよ気持ち悪ィ」
背けた顔に生温かい吐息がかかる。
「俺んこと好きなの?」
スワローの手が、柄シャツの裾をめくって痩せた脇腹をまさぐりだす。
「だ、れが、あッ」
「声たてんな……通りに聞こえる。聞かせてーなら別だが」
スワローが帯封をした札束から一枚抜いて優雅にキス、俺の目の前にもったいぶってかざし、くしゃくしゃに丸めて口に突っ込んでくる。
「欲しいんだろ?食えよ」
「!んッ、むぐ」
「猿轡がわりに噛んどけ」
強引に紙幣をねじこまれる。
息苦しさに涙が滲む。
「なに考えてるかしらねーけど……お前と、お前のうしろにいるヤツに言っとけ」
紙幣を食わされえずく俺と向き合い、片手で口を封じ低く脅す。
『俺たち』birdsに手ェ出したら、ただじゃすまねーぞ」
鳩尾に衝撃が炸裂。
「!!げっ、は」
その場に跪いて唾液まみれの紙幣を吐き出す。
激しく噎せる俺の傍らに大股開いてしゃがみこみ、懐から出した煙草に火を点け一服。とぼけた素振りでひとりごちる。
「……さて。軽く拷問してアンタの後ろにいるヤツの正体を聞きだしてもいいが……」
這い蹲った俺の顎をグイと掴んで引き寄せ、力ずくでこじ開ける。
ジジ、と赤く爆ぜる煙草の先端が接近し、恐怖で頭が真っ白になる。
「……はなへ、やめほ……」
毛穴が開いて脂汗が噴出、キツく目を閉じて懇願。
スワローは俺の顎をがっちり固定して離さない。
「我错了,请原谅!」
唾の嚥下も許されず、舌を焼かれるのを忍ぶしかない恐怖でどうにかなりそうな俺の耳朶に、おそろしく優しい声がふれる。
「楽しみはあとにとっとくか」
ジュッ、と嫌な音が響く。
舌の窪みにたまった唾の表面に煙草の先端が浸り、一瞬で火が消える。口の中に広がる吐き気を催す苦味―ニコチンとタールを凝縮した毒―飲んだら死ぬ。
「またな劉」
意気揚々と去っていくスワローをよそに、日のささない路地裏にひとり残された俺は、致死毒を含んだ唾をくりかえし吐き捨てる。
「……………っげほ」
紙幣を食わされた屈辱と口を灰皿に使われた恥辱も、紙一重で命拾いした安堵に遠く及ばない。
地面にゃびしょ濡れの札が一枚落ちている。
それを両手でひっぱって乾かし、まだひりひりする舌を犬みたいにたらす。

ストレイ・スワロー・バードは厄種だ。
関わるとろくなことがない。
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