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薬指のヴィクテム
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1.賞金首
「だれか捕まえてくれ、宝石強盗だ!」
「おいありゃ賞金首の……」
「名前はえーとなんだったか忘れちまったが、先月銀行強盗やらかして指名手配されてるヤツだよな?」
「金の分配で仲間と揉めて殺し合った生き残りの?」
「他にも色々やらかしてんだろ、強盗・恐喝・暴行・詐欺・殺人・露出……」
「性懲りもなくまあ~たやったのか、今度は宝石店か」
露出は濡れ衣だ。それ以外は当たってやがる。
俺は札付きの悪党だ、ガキの時分から犯罪で生計立ててきた。よそからちょろまかした品を売りさばいて小金を稼ぎ、生意気なガキを脅して財産巻き上げ、うるさい女をブチ犯してきた華々しい前科がある。
そんで気付きゃあポスターに顔を刷られてばら撒かれる、賞金首としてそこそこの知名度を獲得していた。
「!しまったっ、」
小脇に抱えた鞄から分厚い札束と大粒のダイヤを嵌め込んだネックレスがとびだす。
「見ろダイヤだ!」
「お宝だ!」
「しっしっ寄るんじゃねぇ、落としもんの所有権は早いもん勝ちだ、すなわち俺様の総取りだ!」
路上に宝石がブチ撒かれ、光り物に目がねえ連中がはらぺこの鳩のごとく群がる。
道を転がるダイヤにルビーにサファイアにアメジストにパールがけたたましい旋律を奏でて跳ね、犇めく足の合間を転がっていく。
絢爛な光の乱舞、極彩色の滝の波頭。
一面に散乱した貴金属の乱反射に行き交う連中が足を止め、我も我もと手を伸ばす。
「そのパールは私のよ!」
「嘘よアタシのよ引っ込んでな売女!」
「男に媚びてたんまり貢がせてんだから譲りな!」
「ふざけんじゃねえ、そりゃ全部俺のもんだ!!」
キャットファイトを演じる女どもから力ずくでブツをぶん取り返しジッパーを上げ直す。
戦利品を詰め込んだ鞄はぱんぱんに膨らんで結構な重量だ、持って走ると嵩張るがおいてくわけにゃいかねえ、これがいまんとこ俺の全財産、命に代えても……は言い過ぎだが、片腕と引き換えて死守すべき最後の切り札だ。
ずっしり重たい鞄を抱え、こめかみに青筋たて怒鳴る。
「見世物じゃねーぞどけどけてめえら道連れにされてーか!」
道を塞ぐ連中が邪魔くさい、特に真っ昼間っからさかってるバカップル。男が女に被さって仰け反る首筋にキスしてやがる。露出度がやけに高いドレスは商売女の特徴だ。一瞬豊満な乳房に視線を持っていかれかけ慌ててひっぺがす。乳首が勃ってた。ノーブラか?完全に誘ってやがる。俺を見て微笑んだ気がしたが気のせいか?乳操りあうならよそでやれ。
「いたっ、あそこだ!」
「賞金稼ぎはいねえのかだれか捕まえろ、保安局に引っ立ててきゃ褒美がでるぜ!」
「畜生ンないっぱい持ってんなら一個くれえよこしたってバチあたらねーだろ、ダイヤの原石でいいから恵んでくれ!」
色めきだつ通行人を突き飛ばし駆け抜けて、執念深く追い縋る男を笑い飛ばす。
「ダイヤが欲しけりゃお袋の遺灰を固めな、いっとうきれいな石っころができるぜ!」
アンデッド・エンドは犯罪天国だ。石を投げれば半分は賞金首に当たる。もう半分は賞金稼ぎだ。
「ひっ」「きゃっ」「いやあっ!」鬼気迫る凶相にびびった通行人が急いでとびのく。ぎょろ目をひん剥いた男が全速力で突っ込んでくるときちゃ自然な反応だ。
「くそっくそっくそっ、この金は俺の金だ、だれにも絶対渡さねーぞ!」
じゃなきゃ死んだ仲間も浮かばれねェってなもんだ。まあ俺が殺したんだけど。
猛然と鼻息荒げネオン瞬く歓楽街を暴走する。
猥雑な街並みを行くのは酔っ払いに娼婦に男娼、目付きがイッちまってるのは麻薬中毒者か売人か両方か。
死なずの行き止まり―この掃き溜めに流れ着いた時点で土台まともな人種じゃねえ、みんな仲良く世間様に後ろ指さされる行状持ちだ。わかりやすく言や同じ穴の狢、蟻地獄の道連れだ。
手に手をとって駆け落ちした男女、借金を踏み倒し夜逃げした一家、故郷に嫌気がさして家出してきたガキども、差別のない楽園を夢見て巡礼するミュータント、売られた女に買われた男……ここはそんなワケありが集う地獄への通過点だ。
アンデッド・エンドは犯罪者の潜伏先としちゃ格好の条件が揃ってる。住民は互いに無関心で不干渉、あちこちに廃墟やスラムがあってねぐらに事欠かない。灯台下暗しのならいでお上のお膝元にゃ死角ができる。この街には賞金稼ぎ崩れの賞金首がわんさかいて、いかに崖っぷちから転落するのが簡単かシビアな現実を思い知らせてくれる。
腕っぷしの強さしか取り柄がねえからとりあえず賞金稼ぎになっちゃみたが道を踏み外す輩はとても多い。所詮暴れるっきゃ能がねえ半端者の集まりだ。ちょっと見てくれがいいからと都会に出てモデルをめざすが夢破れて娼婦に身を落とすのと同じ理屈だ。芽がでるのは十人に一人、いや二十人に一人ってとこか。生存競争が激しい過酷な業界なのだ。
表通りの人ごみを抜けてかっとばす。息が上がって肺が苦しいがスピードは落とせない。鞄の中身を売っ払えば晴れて億万長者だ。
「何から話せばいいのかしら……生い立ちから?物好きね、長くなるわよ?親は酒浸りだった。真っ昼間っから飲んだくれちゃもっと買ってこいって子供に当たり散らしてたわ。いまどき珍しくもない、底辺の崩壊家庭出身。両親が揃ってたって両方クズならいないほうがマシ。私の両親はお酒に溺れて人生と社会から逃げた負け犬、最低の落伍者。二人とも実の娘をトロい使い走りくらいにしか思ってなかった。角のお店まで、酷いときは一日三往復もさせられたわ。両手に重たい酒瓶をぎっしりぶらさげて……持ち手が食い込んで痛かった。手首が真っ赤に腫れたわ。ガチャガチャ鳴ってうるさいの……あの音。まだ耳に残ってる、私の足に合わせて酒瓶が唄う歌。そうそう、空き瓶をお店に持ってくとお駄賃をくれるの。回収してリサイクルするんですって。ふふ、あなたも?地道にコツコツ続けると結構お金になるのよね、継続は力なりよ。酒屋通いで習い覚えた唯一のいいこと。たまにおまけしてもらえると嬉しくてね……ちびでやせっぽち、痣だらけの子供に、お店の人も察してくれたんでしょうね。どん底から抜け出したくて、毎日せっせとお金を貯めたわ。親に見付かるとお酒に替えられちゃうから絶対バレないよう用心して、一箇所取り外せる床板の下、お菓子の缶に入れておいたの。反面教師っていうのかしら……からっぽの瓶を逆さに振って、一滴でもいいから舌の上に落ちてこいって念じる父親と、そっくり同じことをする母親を見て育てばいやでも堅実になるわ。本当に似たもの夫婦だった……浅ましくて、惨めで、汚らしくて。癇癪おこして瓶を放るのまでトレースするの。酒瓶のかけらを拾い集めながら、あんな大人にだけはなりたくないって軽蔑してた……酔い潰れて粗相した父の世話をしながらね。そこらに垂れ流すから臭くって……笑えるでしょ、便所と部屋を間違えて角っこで立ちションするの。あら、片親?なんだかごめんなさい。でも取り消さないわ、いないほうがマシな親は絶対いるもの。父親でも母親でもね……あなた達は愛されて育ったのね。顔を見ればわかるわ、いいお母さんだったのね……」
俺は走る。走って走って走って走る。
いや、正しくは逃げるか。何から?決まってる、地獄の亡者よりおっかない賞金稼ぎどもからだ。
「!ッ、」
足元を銃弾が穿ちたたらを踏む。思わず振り向きゃすぐ後ろに悪相の野郎どもが詰めかけている。捕まったら袋叩き……いや、もっと悪い。俺のヴィクテムは更新頻度が高い。でかいヤマを踏むたびに、被害者やその家族が懸賞金を上書きする。今のヴィクテムは先月銀行からぶんどった現ナマだ、コイツに手を付けずそっくり返しゃ命だけは見逃してもらえるらしい。
「やなこった、コイツは俺の金だ、仲間をブチ殺して独り占めしたんだ!」
立て看板を蹴倒し進路妨害、懐のピストルで応戦。
巻き添えくった野次馬が鋭い悲鳴を上げてその場に伏せるが知ったことか、タマでタマとられたテメェのツキのなさを呪え。
生憎こちとら修羅離れしてる、逃げ足の速さにゃ自信がある。だてに二十年来追跡を巻いてねえ。
「往生際悪いぞテメエ、とっととブツ返しやがれ!」
「こんだけの人数相手にして逃げきれるわけねーだろ!」
「てめえがブチ殺した強盗仲間の一人が俺の従兄弟だ、そのド汚ェ脳天ぶちぬいてリックの仇討ってやる!」
リック。
先頭の男が口走った名前が脳裏にひっかかる。瞼に浮かんだのは、だらしないニヤケ顔の小男。
「あ~……思い出した、あのヘタレ野郎か。上首尾だったのにアイツが警備員と揉めたせいで無駄に騒ぎがでかくなった、こっちこそ詫び入れてもらいてえな」
「~~~~こんの腐れケツ穴野郎がッッッッ!!」
俺の背中まで手を伸ばせば届く距離に迫っていたスキンヘッドが憤激に駆り立てられ腕を振り抜く、背中へ打ち込まんとした拳を横に跳んで躱し路地へ舵を切る。
表通りからほぼ直角に折れ、建物と建物の峡谷の合間に潜り込めば、先を争って殺到した野郎どもが「押すなばか窒息する!」「アホか俺が先だ!」「アイツは従兄弟の仇だ、この手でブチ殺してやんなきゃ気が済まねえ!」と押し合いへし合いエゴ剥き出しのコントを繰り広げる。
「ははははははははッ、ずーっとそうやってろ!悪党に仲間もダチもあっか、利用される方が悪いんだよ!!」
「待ちやがれ、ぶっ殺す!!」
「おおっと銃ぷっぱなすなら気を付けろ、こんな狭っ苦しい路地でドンパチしたら跳弾で自滅だ見ろよ配管だらけだろ!」
それを見越してこの路地を選んだのだ、入り口で突っかえる上に跳弾をくらうとありゃ致命的だ。
役立たずは切り捨てる。間抜けは使い潰す。
裏切り、だしぬき、だましあい、これまでずっとそうやって生きてきた。
これしか生き方を知らない。今じゃこれ以外の生き方ができなくなってる。
青空を細く区切る峡谷に太い哄笑が響く。圧されて歪む顔の滑稽さに笑いが止まらねえ。そのまま勢いに乗り、複雑に入り組んだ路地を無軌道に走りまくって敵を攪乱する。
ここら一帯は廃棄区画に近く人けがない。
無計画な開発工事のせいで、完成を見ず放棄されたビルやら道やらが沢山ある。
足音が錯綜する方角を一瞥、十分距離があると確認後に、脇のダストボックスの蓋を開ける。
足音が大挙して戻ってきて合流、右に左に徘徊しつつ忙しない話し声が飛び交う。
「いたか?」
「いねえ」
「野郎どこに逃げた!?」
「俺はこっちをさがす」
「じゃ俺たちゃこっちだ、なめたまねしやがって、必ずとっ捕まえてヤキ入れてやる」
舌打ち、散開。暗がりで身を丸め息を殺し、殺気だった野郎どもをやり過ごす。足音がすっかり遠ざかったのを確かめて腕を突っ張る。
暗闇に一条切れ目が走り、視界が上に開けていく。
新鮮な外気が肺を洗って息を吹き返す。
「ぺっ」
咥えていたにんじんのしっぽを吐き捨てる。ダストボックスに身を隠しているあいだも鞄だけは手放さなかった自分をほめたい。それはそうと全身に染み付いた生ゴミの悪臭が不快だ。試しに袖の匂いを嗅いでおもいっきり顔を顰める。
追っ手は去った。服に付いた野菜くずの切れっ端をはたきおとし、のんびりと来た道を引き返して行き止まりの金網に至る。むこうにゃ廃墟のアパートが不景気に佇む。鞄にキスして対岸へ放ってから金網に飛び付き、器用によじのぼっていく。
アホどもは巻いた。あとはお宝としっぽりやるだけだ。
「家を出たのは14の頃。よくもったほうだと思うわ。なけなしの貯金を握り締めて、行き着いたのは場末の街。そこのいかがわしいお店で働いた。女の子はみんなワケありでね……ろくでなしの親に売られた子、ろくでなしの男に貢がされてる子、いろいろいたわ。お互いキズをなめあって、身を寄せ合ってやってたの。お店の居心地は案外悪くなかった、あの家に比べたらずっとマシよ。初めて体験する自由……もうお酒買ってくるのが遅れたからって鼻血でるまで殴られなくていいのよ。仕事はちょっと辛かったけどじきに慣れたわ。あなたたちが14の頃はどうだった?女の子と遊んだ?そっちの彼は……でしょうね、そのルックスじゃ娘盛りがほっとかない。随分泣かせたんじゃない?そんなことない?あっちからよってくるんだって……本気で恋したことないのね。ああ、貶してるんじゃないの。炎上しない程度の火遊びは楽しいものね、色男の嗜みよ。あなたは……意外、経験ないの?本当に好きになった子としかしたくないって……いまどき珍しいタイプ、セックスに真心を求めるなんて。でも好きよ、そういう子。抱いた途端に自分の女と勘違いして、お店で暴れる男をたくさん見てきたから好感もてる。おべんちゃらを真に受けて、すっかりのぼせあがっちゃうのよね。好きな子に恥をかかせるのが連中の愛情表現なのかしら?こっちは仕事だもの、そりゃお世辞を言うわ。もらったお金の分だけ体も心も気持ちよくさせなきゃ……あの店の子はみんなどこかしらに痣があった。お客にやられた子、恋人にぶたれた子、オーナーに口ごたえしておしおきされた子……私も例外じゃない。顔は見逃してもらえたの、大事な商売道具だから。でも家にいた頃より辛くない、それが救い。ご飯はちゃんと食べさせてもらえたし、愚痴を言い合うともだちもできた。優しくしてくれる常連さんも何人かできた。もちろんただぼうっとしてるだけじゃ常連なんて付かない、女所帯の常で裏じゃ足の引っ張りあいもすごかったし……おいてかれないよう必死でテクを磨いたの。仕事が終わったあとも張り形で『練習』してね……努力は報われたわ。お店じゃミス・ディープスロートって呼ばれてたのよ、私。意味は……わかるでしょ、優男と色男の兄弟さん。激しく愛されるのは弟さんで長く愛されるのはお兄さんね、きっと」
変だ。様子がおかしい。
ねぐらに帰ってすぐ異状に勘付く。暗闇に待ち受ける人の気配がする。反射的に鞄を庇ってあとじされば、前方の暗がりから軽薄な声が放ってよこされる。
「おかえりキドニー」
一瞬ぎょっとする。
名前を知ってること自体は不思議じゃない、手配書で出回ってる。ここに俺以外のだれかがいる―……その事実が端的に指し示す、この後の展開が不吉だ。
声の主は若い男。せいぜい二十前後か、からかうような調子にたちの悪い嗜虐癖が覗く。敵でも味方でも厄介な人種だが、敵なら輪をかけて最悪だ。
まんざら虚勢と侮りきれない、年不相応の余裕と殺気が滲んでいるなら特に。
廃墟のアパートのエントランスホール、割れた窓から斜にさす光のトンネルの中で、埃のプランクトンが緩慢に循環する。
塵と埃が沈殿する床を掃き清める日差しの向こうに、一人の若者が座っている。
「賞金稼ぎか」
片膝立て木箱に腰かけた男はまだ若い。
外見年齢は十代後半。派手なスタジャンを羽織り下はタンクトップ一枚、胸元から銀に光るドッグタグをぶらさげている。ダメージジーンズを穿いた脚は羨ましくなるほど長い。まだガキだが、とんでもない色男だ。野性的な笑みからただよう危険な香りは女が放っておかないだろうと思わせる。
若造が弄ぶ刃物に目が吸い寄せられる……鋭利なナイフが指の間を滑らかに旋回、白銀の残像を曳く。
「待ちくたびれて新しい技開発しちまった。見る?」
若造がニヤリと笑い―と思った時には、垂直に投げ上げられたナイフが落下。
「!?っ、」
板を貫通する乾いた音が響く。
木箱の上、五指を広げて置いた手。
人差し指と中指の間に見事ナイフが刺さり、衝撃で揺れている。
もうちょっとズレていたら根元からざっくりだ。
命知らずの若造だ。傍で見ているだけの俺さえ肝を冷やしたってのにぴんしゃんしてる。
「よっしゃ成功」
たったいま目の覚めるような芸当を披露した若造が、すこぶるご機嫌にナイフを抜いて切っ先に息を吹きかける。
「拍手とアンコールは?おひねりでもいいぜ」
ナイフを抜く一動作に伴ってスタジャンの袖がめくれ、燕の刺青が手首に覗く。細部まで色鮮やかな、躍動感にみちあふれたタトゥー。
「野良ツバメ!!」
我知らず叫んで身を翻す。
野良ツバメは蔑称だ。本名は忘れちまった。
最近なりあがってきた若手の注目株で、ここ数年来のルーキーん中じゃとびぬけた強さを誇る。
凄腕のナイフ使いでステゴロも並以上にこなすが、なによりその俺様全開の傍若無人ぶりで忌み嫌われている。
協調性がなくて孤立してるって噂はホントだったか。
「なんだよ何もでねえよのかよシケてんな。だったら鞄の中身おいてけよ、かわりに換金してやっからさ。故買屋に駆け込む前でよかったぜ」
全財産の詰まった鞄を抱いて駆け出す俺の背後、悠揚迫らぬ靴音が近付いてくる。
情報屋がネタ掴ませたのか?
誰かが売った?
俺がここにいることは誰にも言ってねえ知られてねえはず……
アパートの玄関から勢い飛び出しかけ、靴裏で床を滑り急制動。
正面に男が立っている。こっちも若い、さっきのガキと殆ど変わらねえ。せいぜいはたちかそこらだ。
「アイツの仲間か!」
「仲間っていうか……まあ一応間違ってはないか。うんそうだね、そういうことで」
何故だか煮え切らない口調で呟き、微妙な表情で頷く。
仲間扱いが心外そうに見えるのは気のせいか?伊達か洒落か黄色い丸眼鏡をかけ、年季の入ったモッズコートを羽織っている。
一見して線が細い優男の風貌だが野良ツバメのツレなら油断はできねえ。物騒なことにスナイパーライフル背負ってやがる。
「そっちいったぞ捕まえろピジョン、挟み撃ちだ!」
「だってさ。せっかちで悪いね」
背後で怒号が破裂、突如として床を蹴って詰めてくるツバメ野郎。行く手を塞ぐ男も心得たもんで一気に疾駆、俺の腕をとってねじ伏せようと狙う。
そうはいくか。
俺はあっさりと方向転換する。二人がかりじゃ分が悪い、挟み撃ちは不利だ。体当たりでなんとか抜けたところで、敷地を囲む金網を越えるあいだに追い付かれる。片割れはスナイパーライフル所持ときて、一歩見通しのよい外に出りゃ撃ち放題だ。
「馬鹿、上に行くぞ!」
「馬鹿っていうな馬鹿、お前が変なパフォーマンスしてるから悪い!余興ぬきにして最初から全力でいけよそれか物陰から不意打ちとかさ、こっちは毎度尻拭いで大変なんだぞ目立ちたがり屋め!」
「あ゛~うるせェな、ちょっとしたおちゃめってか遊び心だよ!こんだけ待たされてサクッといったらツマンねーじゃん、仕事に箔が付かねー。愉快な口上でザコ転がす色気出したっていいだろ別に」
「ホント悪趣味だな」
「せっかくおしゃべりで引き付けてんだからうしろっから撃てよ!背中もドタマもがら空きでびびってんじゃねーよ、気ィきかせたお膳立てが台無しだ!」
「屋内は暗くて狙いが付けにくいんだ、位置関係も把握し辛いし……ちょっとでもズレたら真っ直ぐ飛んでお前に当たるぞいいのか!?」
頭を働かせりゃすぐわかる、何も自分から好き好んで狙撃の的になってやるこたあねえ。
老朽化した階段を全速力で駆け上る足元で、賞金稼ぎコンビがやかましい口論を繰り広げる。屋内は死角と遮蔽物が多くスナイパーライフルの出番はねえ。
「なんでバレた、どいつが売った?!」
先月襲った銀行の支配人?半身不随にした博打仲間?一粒種の娘をキズモノにされてブチギレた高利貸し?心当たりが多すぎて一つにしぼれねえ。
「こんなゴミ溜めで終われっか!!」
「!スワローあぶなっ」
「頭ひっこめろ!」
階段を三段飛ばしで駆け上がりがてら銃を引っ張り出して後ろに発砲、踊り場にさしかかった連中にハードラックとダンスさせる。
「ほれどうしたどてっ腹にお見舞いしてやっからたらふく喰いな、野良ツバメといやァ俺でも知ってる若手の出世頭、随分あこぎな手でノシしてんだってな?エモノの横取りは朝飯前、賞金首から取り上げた盗品を流して荒稼ぎするわすっげェ評判悪いぜ」
間一髪ツバメ野郎の袖を引いて射線から引かせた片割れがピストルを構えて応戦、飛び交う銃声が耳を劈く。
「そんなことしてたのかよ、恨み買って当然だ」
「ワルのモノは俺のモノ、殺さなかっただけ恩の字。盗まれた時点で因果含みのケチが付くんだ、褒美にネコババしたってバチあたらねー」
ツバメ野郎もそれにならい水平に寝かせた銃を続けてぶっぱなす。
どうでもいいが、道徳観が死んでる。銃声が轟き渡る中で平然と会話できる神経の図太さにびびる。
「横にしたら当たらない、ちゃんと両手で構えて撃て!」
「どんくせえ駄バトと一緒にすんな、クールなセンスとハッタリで切り抜けるのが俺様のスタイルだ!」
「漫画の読みすぎだろ、基本疎かにしたっていいことないぞ!」
「その漫画を古本屋でしこたま仕入れたなァてめえだろ、壁中べたべたポスター貼ってたの忘れたのか!?」
「すぐフィクションに影響されるの直せよ、こないだ見た映画の主人公が銃口寝かせてバンバンやってたからってさ!」
「こーゆーのは気合で当てんだよ!」
「精神論をもちこむとややこしくなるからよせ、万一当たったらただの運だ!」
どうやら長い付き合いらしい、腐れ縁の凸凹コンビか。
ナイフの腕前はすごいが射撃はたいしたことねえ。後方に鉛弾をばらまきがてら後ろ向きに階段を上がり……
「!!ッぐ、」
銃弾が頬を掠めて皮膚を裂く。
「見たかピジョン、今の惜しかったろ」
まさかのまぐれ当たりにツバメ野郎が有頂天、指を弾いてはしゃぐ相棒の傍らでモッズコートが立ち尽くす。
馬鹿にしやがって。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
野太い雄叫びを上げ、猛然たる勢いで疾駆。あんな若造ども恐れるにたりねェ、この鞄は絶対渡さねェ。俺の大事な切り札だ。
「お店で働きだして三年が過ぎた頃、帰り道に倒れてる男がいた。厄介事にかかわりたくないからスルーしてとっとと行こうとおもったんだけど……もにゅもにゅ寝言を言ってるのが通り過ぎざま聞こえて、うっかり耳をそばだてたら……腎臓にいいのもらった、子猫ちゃんはどこいったって……思い出してもわらっちゃう。だからぽろっと言っちゃったの、寝言で韻踏むなんて器用ねって。返事があるとは思わなかった……男は半目だけ開けてすぐ力尽きた。見捨てたってよかった、関係ない人だもの。路地裏で倒れてるなんてどうせろくでなしよ。なのに……どうして拾っちゃったんだろ。すごいお酒臭くて、捨てていこうか何度も悩んだわ。でもね、さっきの寝言の続きがすごい気になりだして……腎臓と子猫にどんな関係があるの?一体どんなキテレツな夢見てたの?そう聞きたくてたまらなくなった。親切なんかじゃない、好奇心に負けたの。体を拭いて手当てしてあげたら、次の日にはもうぴんしゃんしてた。酔い潰れて隣で呑んでた男に絡んでからの記憶がないって……ほら、ろくでなしでしょ?あきれたわよ勿論。おまけに寝言も覚えてない、拾い損運び損。でもね……すっごい感謝してくれたの。酔っ払いの世話を焼くのは初めてじゃない。最初は親、次は同僚、それに恋人……当然のようにしてきたけど、あの人ほど感謝されたことはない。あんたがいなけりゃ道端で野垂れ死んでた、恩に着る、この礼は必ず……そんな口約束、信用したわけじゃない。でも……ちょっとだけ嬉しかった。それまでずっとだれかの世話を焼くのが当たり前だとおもってた。親も恋人も……世話を焼かれるほうも当たり前なカオでながしてた。だれかの世話をするのが私の人生で、それだけが生まれてきた意味だって、あきらめていたの。だけど……あの人には全然『あたりまえ』じゃなかった。だれかに助けてもらうなんて、人生でめったに起きない『特別』だったのよ」
思い返せば人生は災難続きだ。生まれてからずっとそうだった。
酒浸りのろくでもない親。暴力と貧困。助けてくれるヤツはだれもいねえ、頼みになるのは自分だけ。相手を裏切っても心が痛まねえのは、相手に信用されてねえのがわかるからだ。
強盗仲間をブチ殺して現金を横取りした時もそうだ。襲撃が成功した夜の祝宴、いい感じにみんな酔っ払った頃合いにピストルでずどん、もいちどずどん。仲間割れというほどの修羅場もなく、覚悟していた以上にあっさり終わった。その時手に入れた現ナマと、さっきぶんどった宝石を売っぱらって、どん底から再出発する資金にあてるのだ。
階段をすっとばしてだだっ広い屋上にまろびでる。頭上には乾いた青空が広がっている。
アンデッド・エンドはクレーターの街だ。
ここは空が遠い。
屋上に辿り着いて……それからどうする?追い詰められた?馬鹿言え、ちゃんと考えてる。ヤサにすると決めたとき、廃墟の上から下まで調べ尽くしたのだ。抜け道や裏口はちゃんと頭に入れてる。
屋上の際に歩み寄ってのぞきこめば、壁面にダストシュートが取り付けられてる。
あのチューブにぶらさがって滑り降りゃ連中をまける。せっかく苦労して上り詰めたのに惜しいが、贅沢は言ってられねえ。
屋上に続く階段から性懲りなく諍う声が響き、勝利の愉悦に頬がゆるむ。
「あばよ、賞金稼ぎさん。せいぜいいねえ俺をさがして迷子になれや」
野良ツバメもまったくたいしたこたねえ。買いかぶりだったか。
頭の中で逃亡計画をおさらいする。
地上におりたらまず真っ先に物陰に隠れ、連中を欺く。それから裏手に回ってトンズラだ。頭の上が吹きっさらしで狙い放題だが、固い宝石をたんまり詰めた鞄で庇えばイケる。
安全な隠れ家を断腸の思いで放棄して、さあダストシュートに手をかけ……
「だれ?」
ガキの声に振り向く。男の子がいた。年の頃は十歳程度。
だれ?こっちが聞きてえ。
「ガキ、どっから沸いた!?」
大音声の恫喝にヒッと竦み、早くもべそかいて奥の給水塔をゆびさす。
「かくれんぼしてたけどだれも見付けにきてくれなくて……おじさんはここのひと?」
ガキの質問に混乱する。近所の子供が敷地内に出入りしてるのは知っちゃいたが、害はないだろうとほうっておいたツケが回った。
「鉄砲の音うるさい……だれかくる?」
どうする?たかがガキ一匹ほっとけ、チューブを伝って逃げろ。いや待て、コイツがチクったら?俺がどうやってどこに逃げたか全部見ていたら……
「おじさん汗びっしょり。どっか悪いの?」
葛藤に脂汗が滲む。
人懐こいガキが心配そうに纏わり付くのを突き飛ばし、一歩を踏み出す。
「悪いことして追っかけられてるの?」
俺はもう人殺しだ。いまさらガキ一匹なんだ。足音はもうすぐそこまで迫ってやがる、脱出の時間もねえ、くそ、くそ、くそ……
不思議そうに俺を見上げるガキの顔に猛烈な既視感が騒ぐ。
何だ?どっかで会ったような……
足音が屋上に到着した瞬間、覚悟を決める。
「え?」
鞄を小脇に手挟んだ姿勢で、もう片方の手にもった銃をガキのこめかみにえぐりこむ。
出入り口の開け放たれた鉄扉に向き直り、俺はふてぶてしく言ってやった。
「ようお前ら。遠路はるばるご苦労様、とっとと引き返せ」
「二度目は偶然、あの人がお店にたずねてきたの。お互いびっくりしちゃった……もちろん、フツウにお客としてきたのよ。ロビーで客待ち中の私を見て、一目であの時の恩人だってわかったんですって。それからはしばしばやってくるようになった……一週間に一回だったのが三日に一回、毎日になって、気付けば深入りしてたわ。私も……正直悪い気はしなかった。その時は独り身だったし。アレで優しいところもあるのよ。気が小さくてお調子者だけど、私を笑わせるのは得意だった。他の子に言われたわ、アイツはやめとけって。よその店で暴れて出禁になったって。まだ殺しはしてないけど、手配書が出回るのは時間の問題だって。ほかにも悪い噂は山ほど……手遅れだった。子供ができたの。お店じゃ避妊してたけど……あの人と一緒のときは使わないこともあった。悩んだ末に打ち明けたら、一緒に逃げようって言われた。ぜったい無事に連れ出すからってかき口説かれて……私はただの小娘よ。初めての妊娠、不安でいっぱいだった。堕ろす気になんてとてもなれない。あの人は、子どもは嫌いじゃないって言ってたわ。ずっとひとりぽっちだったから家族がほしいって……それを信じてみることにしたの。どのみちオーナーにバレたら無理矢理……彼の手引きでお店から逃げ出して、隠れ家に身を寄せた。埃っぽい廃墟だったけど、ふたりで過ごす日々はたのしかった。彼はよく笑って、私も笑って……お腹の子も、きっと笑ってた」
屋上に躍り出た若造どもが、ガキに銃を突き付ける俺にぎょっとする。
「でも結局、あの人は悪党をやめられなかった。ねっからのろくでなしだった」
「ガキがブチ撒けた脳漿浴びたくなきゃ下がりな!」
「泣いて頼んでも悪さをやめなくて……欲しい物は盗む、だれかからぶんどる発想がぬけなかった。そのうち喧嘩をくりかえすようになって、あの人はお酒を飲んじゃ私を殴るようになった。それでもお腹だけは殴らないでくれた……ふふ、そんな顔しないで。あなたのほうが辛そうよ。優しいのね……でもいいの、同情は。そんな男に惚れた私の自業自得よ。彼は言ったわ、じゃあどうするんだ、盗んだネックレスを売らなきゃガキのおしめ代も稼げねえぞって。私は言い返した、ネックレスを売ったあとはどうするの、よその赤ちゃんがはいてるおしめを奪うの、その子が風邪から肺炎こじらせて死んでもいいの?あの人はよそのガキなんざどうでもいいって答えた、どうせ俺の種じゃねえからなって。瞬間、何かがプツンと切れた。彼が思い描く幸せは、私が思い描いた幸せとちがった……」
2.賞金稼ぎ
青空の下、行き止まりの屋上に追い立てられた賞金首がぎらぎら顔をてからせる。
「落ち着けキドニー、距離的に見て脳漿浴びるのはお前だ」
「そういう問題じゃない、人質とられたんだぞ!?」
「場を和ませようとしたんだよ」
スワローとピジョンが場違いなボケツッコミをかまし、子どもをひきずってあとじさる男と対峙。
キドニーは卑屈に顔面を歪め、虚勢を張ってがなりたてる。
「俺の賞金額なんざたいしたことねえだろ、見逃せ」
「どうだかな」
スワローがナイフをくるくる回す。
「子どもをはなせ」
ピジョンが慎重ににじりよる。
「下がれっていってんだろ!!」
「ひッ!!」
銃口を押し込まれて子どもが泣き喚く。恐怖で口もきけないようだ。
手汗でずり落ちる鞄を抱え直し、気も狂いそうな焦燥に駆り立てられて怒鳴れば、相方が悔しげに顔を歪めて足を引く。
「よし……そのまま一階まで降りろ。いや、そうだ、いいこと考えた。階段なんて使うこたねえ、直で降りな」
容易くへし折れそうな細首に腕を巻き付け、自分の方へと引き寄せる。
キドニーの言葉が意味するところを悟り、スワローとピジョンは顔を見合わせる。
廃墟は八階建てだ。落ちたら当然死ぬ。
脅迫の効果は絶大と見て途端に態度がでかくなったキドニーが、醜悪な笑みに顔引き攣らせ、屋上の向こうの空へ顎をしゃくる。
「どうした、早くしねえとガキが天使になるぜ」
その時だ。
キドニーと腕の中の子どもを退屈げに眺めていたスワローが、ナイフの回転を止めてたずねる。
「……気付かねェの?」
「はあ?」
「あー……やっぱいいや。今のなし、忘れろ」
何言ってんだコイツ。意味わかんねえ。
もう興味を失ったとでもいうふうに肩を竦めるスワローの隣で、歯痒そうなピジョンがごく小さく独りごちる。
「本当にわからないのか……」
その呟きは小さすぎて、追い詰められたキドニーの耳に届かない。
「もうだめだ。これ以上はやっていけない。こっぴどく殴られた晩、私はお店にもどった。みんな驚いてた……お店から逃げた子はたくさんいるけど、自分の意志でもどってきたのは私ひとりだけだって。物好きねってあきれる子もいた。他に行くとこも帰るとこもなかったんだからしょうがないじゃない、ねえ?……計算はあったの。その頃には安全に堕ろせる時期をとっくに過ぎてたから、オーナーも渋々認めざるえなかった。自分でいうのもなんだけど、若い頃は結構な売れっ子だったのよ?私がこれから稼ぐ分とこれまで稼いだ分を秤にかけて、お店においてやろうって寛大な処置をくだしたの。なんて、あっさりいってるけど……もちろんおしおきされたわよ、キッツイのをね。それから……月が満ちて赤ちゃんが生まれたわ。元気な男の子。あの人にそっくりの、ふてぶてしい面構え。嬉しくて嬉しくて……なんだかすごい泣けてきた。なんでかしら……赤ちゃんの顔を見たら、やさしくされた思い出ばっかぶわっとよみがえってきちゃって。やなことだってたくさんあったのに、いえ、そっちのほうが多い位なのに……たとえば、あの人がくれた指輪。安っぽいエンゲージリング。宝石店を何軒も襲って、高い宝石をいっぱい盗んで……でもね、あの人が私にくれたのは……最初で最後の贈り物は、自分のお金でちゃんと買ってくれた、露店の指輪だった……」
芋虫めいて太く醜い指に、褪せた指輪が嵌まっている。
その手はいま拳銃を握り締め、油断なく引き金を矯めている。
「宝石と札束は魅力的だけどな」
スワローが飄々と嘯き、頭の後ろで手を組む。
「俺達が欲しいのは、もっと大事なものだ」
相方が哀しそうな表情で静かに答える。
極度の緊張と興奮に乾いた唇を舐め、キドニーが返す。
「てめえら―……ヴィクテムがめあてか?」
ヴィクテムとは命を見逃す代わりに賞金首の何かを奪う制度だ。
強姦魔に去勢を施し、泥棒の腕を切り落とし、詐欺師の口を縫い付けるなり喉をかっさばくなりして「声」を取り上げ……そうやって二度と悪さができない、致命的な裁きをくだす。
賞金首が己のヴィクテムを知るには手配書を見るか直接保安局に出向くしかないが、後者は自殺行為で、前者も頻繁なチェックがかなわない者とのあいだに行き違いがおきる。
キドニーが良い例だ。ここ数か月というもの目的の店を襲うほかはじっと隠れ家に潜んで、世間とまるきり交渉を断ってきたせいで最新のニュースに疎い。
この場所を知っているのは俺の他にだれも……
本当にそうか?
何か忘れてないか?
「ヴィクテムの更新はいつだ」
「昨日」
「今度はだれだ?先月襲った銀行のハゲ支配人か、宝石店のデブオーナーか、娘をキズモノにされたヒステリー親父か……いや、何を賭けた?札束と宝石は渡さねェぞ、こりゃ俺のもんだ。親父の方はイチモツ切り落としゃ満足かよ、可愛い娘をさんざんオモチャにしたカタキだもんな。ハッ変態野郎が、スケベまるだしな目でテメェのガキ見てやがったくせに!先越されて悔しいならそう言えよ、テメェの娘はとんでもねえスキモノだって教えてやったのに!」
唾飛ばして喚きたてるキドニーを、腕の中の子供がきょとんと見上げる。
純粋な疑問の眼差し。
「お店に戻ってからあっというまに月日がすぎた。私は前にも増して働いた……あの人によく似た子どもの成長だけを心の支えにがんばった。そんなある日、ジプシーの占い師と出会ったの。帰り道で声をかけられて……不思議なおばあさんだった。なんでも見通すような深い目をしてた。占ってもらったのはほんの気まぐれ。彼女はまじまじと私の顔を見て告げたわ、『薬指が幸運を運んでくる』『石を隠すなら腹の中』って。最初はどういう意味かわからなかった。わかったのは後日……お店によく来るお金持ちの指輪がなくなったの。大事にしてた薬指の結婚指輪……奥さんの誕生石をあしらったオーダーメイドで、途方もなく値が張るだろうってみんな噂してた。お店の子、総出でさがしたわ。本人はひたすらおたおたしてた。娼館通いは奥さんに内緒、立場上公けにできない。一方紛失した指輪をほっとけない、奥さんに聞かれたら困る。しまいには誰かが盗んだんじゃないかって疑い合って喧々囂々、阿鼻叫喚……そこでふと思い出したの、おばあさんのお告げを。石を隠すなら腹の中。アレはなにを意味してるのかしら?わたしは考えた。考えて考えて……まさか、っておもった。半信半疑でその紳士に耳打ちしたの……今夜のプレイにフィストファックは入ってませんでした?って。恥ずかしくてカオ真っ赤よ、ね、笑っちゃうでしょ。おばあさんの占いは見事的中、紳士の指輪は彼の相手をした女の子のお尻からでてきた。拳を突っ込んだ時、もとから緩んでた指輪がすっぽぬけてそのまま……気付かなかったのかって?でしょうね、プレイに夢中で……女の子のほうは知ってて知らんぷりしたのかもしれない。体内に忘れられたリングをしめしめネコババしたとして、まさかバレるなんて思わないでしょ?さて、そんなわけで紛失騒動は一件落着。私はよく機転が利くって紳士にほめられて、オーナーの覚えもめでたくなった。そこから全てが上手く転がり出した……天涯孤独のオーナーは、死に際にお店をのこしてくれた。お金持ちの紳士は、なにかと私に恩を感じて融資をしてくれた。心強いパトロンを得て、お店はどんどんおっきくなった。私は一生懸命経営を学んだ。これはと見込んだ女の子を積極的にスカウトして、紳士の人脈で気前よくお金をおとしてくれる客筋を掴まえて……いまじゃあちこちに分店を出せるほど経営は上向き。おばあさんのいうとおり、薬指が幸運を運んでくれたの」
「撃てば?」
「スワロー!」
「俺達たァさっぱり関係のねェガキが目の前で脳漿ぶちまけようがどうでもいい、こちとら痛くも痒くもねえ、ちょっとばかし服が汚れるだけだ。なあアンタ、さっきも言ったな。俺の悪い噂さんざ聞いてんだろ。血も涙もねえ無頼漢、女子供だろうが容赦しねえ、一旦キレたら手が付けられねえ、走り出したら止まらねえ。そんなこの俺様が、見ず知らずのガキを盾にしていきがるザコを見逃す理由はねえよな?」
「ぐ……、」
ごもっともだ。
「はやまるなよスワロー、挑発してどうする、頭を冷やせ」
「てめえも言ってやれよピジョン、なげえ階段のぼらされて頭にきてんだ。おいキドニー、てめえの腎臓は何色だ?さぞかし可愛いピンク色なんだろうな、それとも破廉恥にまっかっか?」
「ヴぃ、ヴィクテムは腎臓か?それが狙いか!?」
みっともなく声が裏返る。
唇を不敵にねじりナイフをもたげ、銀に光る切っ先でキドニーをさす。
言葉よりなお雄弁な処刑宣告。
「~~くそったれが!!」
忍耐力が切れて引き金にかけた指を引く。
否……引こうとした。
キドニーは左利きだ。故に左手で拳銃をもっている。
引き金を絞る間際、薬指の古い指輪に目が行き……
その向こうで呆然とする子どもと、まともに目をあわせる。
無意識に舌打ち。
「!あっ、」
引き金を引く代わりにおもいきり突き飛ばす。
屋上の縁から虚空へ、後ろ向きに倒れゆく子供が絶望の表情で凍り付く。
「銃を使うのはやめだ、弾がもったいねえ」
子どもが屋上から転落する間際、場違いに甲高い女の悲鳴がすぐ近くで爆ぜ、キドニーが振り向こうとした数瞬に事態が動く。
甲走った悲鳴の方角に首をねじった隙に乗じ、素晴らしい瞬発力で肉薄したスワローが鋭い呼気と共に腕を振り抜く。
まさしく飛燕の如し身ごなし。
「ぐあァあああああぁああああッあああッあ!?」
「悪評リストの頭に手癖の悪さはピカイチって付け加えとけ」
鋭く研ぎ澄まされたナイフが太腿を薙ぎ払い、勢いよく血がしぶく。
銃と鞄を取り落とし、錐揉み倒れたキドニーと入れ違いに相方が駆け抜け、屋上の際に滑り込んで手を伸ばす。
「間に合わない!」
「テメエの『腕』はその程度か!」
「ご冗談を」
素早く片膝付いて背中のスナイパーライフルを構え、ダストシュートの継ぎ目に狙い定めて発砲。
銃声が全て重なり、一発に聞こえる早撃ち。
もとから劣化して脆くなっていたところに続けざま鉛弾を打ち込まれギギギと軋んで傾いだダストシュートがスローモーションで空中分解、弓なりに撓んだチューブが男の子をひっかける。
撓う管に受け止められ、一命をとりとめた男の子が激しく泣きじゃくるのを確認後、スナイパーライフルをおろして安堵の息を吐く。
キドニーはその全てを、激痛に苛まれて目に焼き付ける。
屋上の際から引き返した若造が、大事そうに男の子を抱いている。
スワローがあっけなくナイフを引き抜き、血糊を払って鞘におさめる。
全身の毛穴が開いて冷たい脂汗がふきだす。
血液と一緒に体温も流れでていく。
極限の苦痛と恐怖に眼を剥き、息も絶え絶えにキドニーが懇願する。
「……たのむ、命だけは……」
「ヴィクテム払えば考える」
「だ、だれのどれだ。宝石か?札束か?盗んだもんなら返す、壊したもんなら弁償する、売っ払っちまったもんは取り戻せねえが……たんま、ちょっと時間をくれ、そしたら絶対取り返す!全部元通りにして返すから!」
「てめえが殺した連中は?ゾンビ召喚の儀式でもやっか?ついでに破れた処女膜も再生しろよ」
銀行の支配人。
宝石店のオーナー。
娘を溺愛する父親とその娘。
自分が傷付けてきた人々の顔が脳裏をぐるぐる回る。
ねばっこい血だまりを這いずってどうにか顎を引き上げたキドニーは、ぼやけた人影を視界に映す。全部で四人。
「なあたのむおしえてくれ、俺のヴィクテムはなんだ、なにを支払えば帳消しにしてくれる……」
「よく聞けぼんくら、ヴィクテムってなあ罪と罰の帳尻を合わせる仕組みだ」
スワローが傍らにしゃがみ、急激に冷え始めた頬をナイフでぺちぺち叩く。
「まだ思い出さないか」
反対側に立ち尽くす相方が苦渋の声音を吐きだす。
「しかたねェ」
ひやり、冷たく硬質な感触が骨までしみわたる。
キドニーの左手薬指の根元にナイフを擬し、プツリと皮膚を切る。
傷口に血の玉が盛り上がる。ナイフの切っ先を濡らす真っ赤な雫を見、唄うような節回しで囁く。
「腎臓《キドニー》にいいのもらった、子猫ちゃんはどこいった」
「?」
「忘れたのか、てめえの寝言だろ」
「あ、頭おかしいのか……」
腎臓にいいのもらった、子猫ちゃんはどこいった。へたくそな歌を口ずさみ、根元にあてがう刃に圧を加える。
スワローと互い違いに乗り出したピジョンが気の毒そうな顔をする。
「お前のヴィクテムは……」
「薬指だ」
コイツらは悪魔だ。
なんたって、これから人様の指を切り落とそうってのに眉一筋動かさない。
逆光に沈んでこっちを覗き込む顔は、そっくり同じ酷薄さだ。
交互に宣言する賞金稼ぎを見上げ、指を切断される激痛に絶叫しー……
キドニーの意識は溶暗した。
暗転する視界が最後にとらえたのは、少し離れた場所で食い入るようにこちらを見詰める女と、その胸に顔を伏せて泣きじゃくる子どもだった。
「だいじょうぶ、どこも痛くない?」
「うん、お兄ちゃんが助けてくれたから……」
「無事でよかった……怖い思いさせてごめんね、ママが悪かったわ。かくれんぼはおしまいよ、おうちに帰りましょ」
「ボクが言うこと聞かずにとびだしてったから負けちゃったの……?」
「そうじゃない、全部ママのわがままよ……」
「約束の品です」
ハンカチに包んで渡された、断面もいまだ赤黒く生々しい薬指を、女は恭しく受け取る。
「ありがとう」
さいわいにして……というべきかなんというべきか、男の子は母に強く抱かれて、肝心の場面の目撃に至らなかった。
すなわち、大の男が指を切り落とされて悶え苦しむ悪夢にうなされる心配はない。今回の件でそれは大きな救いだ。
少なくともスプラッタな光景を目撃し、しばらく食事が喉を通らなそうなピジョンの慰めにはなる。
銀行強盗に宝石店襲撃に婦女暴行に殺人と、細かい余罪を含めれば八十三件にのぼる賞金首はさきほど保安局に突き出してきたところだ。
太腿の傷は見た目と出血は派手だがさほど深くなく、命に別状はないそうだ。
早くもどす黒く乾き始めた血だまりを見下ろし、右手から左手へ、そしてその逆と、ナイフをもてあそんでいたスワローが首を傾げる。
「わっかんねーなァ。そんなに指輪が未練かよ?」
今回スワローとピジョンは、男の昔の女の頼みでヴィクテムを取り立てにきた。
ヤサに先回りできたのも女のタレコミあればこそだ。
ハンカチに包んだ薬指を胸に抱きしめ、女がゆっくりと屋上を見回す。
「私がいた頃のまんま、時が止まったみたい……変わってないのね、ここは」
か細く吐息し、遠い目を虚空に馳せる。
「あの人が逃げ込むならここをおいて他にないって直感したわ、絶対バレないふたりだけの隠れ家だって豪語してたもの。あの時教えてもらった裏口や抜け道が、何年もたってからこんなかたちで日の目を見るなんてね……」
「昔のオンナに売られるなんてアイツもツキがねえな」
「スワロー」
「いいのよ、本当のことだもの」
「お子さんは大丈夫ですか?」
「ええ……怖がってたけどもう落ち着いたわ」
「ちゃんと捕まえてろよ、いきなりとびだして全部おじゃんになるとこだった」
「ごめんなさい」
「子連れは地雷だ。挟み撃ちで屋上に誘導する、アンタは待ち伏せてただ見てるだけって取り決めだったよな」
「ちゃんと押さえてなかったから……母親失格ね」
「過ぎたことはいいだろ、この人だって一杯一杯だったんだ」
「そもそも連れてくるのに反対だった」
「無理を言って困らせたわね……でもどうしても、最後にもう一度だけ会いたくて」
会って確かめたくて。
私を……私達を覚えているかどうか。
言葉にできない思いが胸に沈み、泡と弾けて消える。
ピジョンは痛ましげにハンカチを抱いてたたずむ女を見守る。
事の発端、彼女の方から兄弟に接触してきた。
ある賞金首を捕まえてくれ、隠れ家の情報を提供するという申し出にスワローは大乗り気だったが、ピジョンは彼女の物憂げな顔色が気にかかり、詳しくわけを聞いた。
そして判明した事実。
件の賞金首は彼女が若い頃付き合っていた男で、彼女の子供の父親だった。
「当時もろくでもないひとだったけど……私がいなくなってから、もっとひどくなっちゃった」
まだ落ちるところまで落ちてなかった男との思い出を回想、そっと自らの薬指に触れる。
痩せた薬指に、安っぽい指輪が嵌まっている。キドニーが贈ったエンゲージリング。
甘やかな感傷か断ちがたい未練か、味方にした運を努力で磨き上げて成功者となった女は、綺麗に化粧をほどこした顔に儚い笑みを浮かべる。
彼女には金があった。
オーナ―から継いだ店をパトロンの援助で大きくし、今では大陸中に支店を抱える富裕な経営者。ヴィクテムの更新はたやすかった。
「聞いていいですか?」
「何?」
「なんで大勢の中から俺達を選んだんですか?賞金稼ぎなんてこの街には掃いて捨てるほどいるのに」
「ああ……それね。ごめんなさい、大した理由はないの。そっちの彼はルーキーで一番の注目株、そして実のお兄さんのあなたは堅実な狙撃手。普段は地味で目立たないけど、影でしっかり弟さんをサポートして、着々とキャリアを積んでいく。それにとっても優しくて頼りになるってスイートとサシャが」
「スイートとサシャが!?」
数年前に知り合った風俗嬢コンビの名前をだされ、今日いちばん素っ頓狂な大声を返す。
慌ててトーンを落とし、女ににじりよって問いただす。
「なんであの子たちが……知り合いなんですか?」
「ミルクタンクヘヴンはうちの系列店なの、ふたりとも今は近くの支店で働いてるわ。その気になればすぐ行って帰ってこれる距離」
「知らなかった……」
どこでどう回り回って情報が入ったのか、星の数ほどいる賞金稼ぎの中からさて候補をしぼりこもうと悩む女に、偶然ピジョンとスワローの資料を見るかどうかしたスイートとサシャが、ふたりそろって「激推し!」してくれたのだ。
人の縁はどこでどう結び直されるかわからない。
出会いと別れにはちゃんと意味がある。
「もう一個聞いてもいいですか」
「なんなりと」
「その……どうして指輪じゃなく薬指を?」
「手配書見たでしょ?別れて数年であんなに太ましくなってるなんて悪い意味で衝撃よ。抜けないなら切り落とすしかない、でしょ?」
理屈があってるようであってない。
言い淀むピジョンの隣にのらくら引き返したスワローが、兄を代弁してずばりと切り込む。
「捨てられてたらどうすんだ?何年も前に別れたっきり、まだしてっかわかんねーだろ」
弟の無神経が今回ばかりは有り難い。
続きを促すピジョンの視線を受け、女は丁寧にハンカチを包み直す。
「薬指は幸運のあかしだから」
「いやだから」
「モノがないならなおさら……私とおそろいの指輪があった、薬指だけでも手に入れたかった」
あのひとを取り戻したかった。
たとえ変わり果てた姿になっても、肥満した指から指輪が抜けなくなっても。
嘗て孕ませて引きこんだ女の存在が忘却の彼方に過ぎ去っても、そこにある指輪の存在さえ忘れ去っても……
「薬指は心臓と繋がる指。薬指を手に入れたら心を手に入れたも同然だって、そう思わない?」
血を分けたわが子にとうとう最後まで気付かずとも。
自分の手で引き金を引かず、過去を振り払うように屋上から突き落としたのは……ほんの一瞬、昔の女への未練だか哀惜だかがよぎったからというのは、都合いい話だろうか。
危険を承知で現場への立ち合いを希望したのは、そこへお腹を痛めた子どもを伴ったのは、もしかしたら男が気付いてくれるのではないか、薬指の指輪が引き合って再び幸運を呼び込んでくれるのではと、最後の最後までむなしい期待を捨てきれなかったからじゃないか……
女は賭けたのだ。
男が自分を覚えているかどうか。
一文字に結んだ唇がふっと緩み、伏せた目に寂寥の影が落ちる。
「あの人は覚えてなかったけど」
子どもの名前、一緒に決めようって約束したのに。
恋人の薬指を抱き締めて瞠目する女に、ピジョンが告げる。
「辛いことは忘れようとしたんじゃないかな」
「え」
「自分のせいで大事なものをなくしたら、俺だってそうしないとも限らない」
だれだって、そうしないとは限らない。
さもないと、自分を殺してしまいたくなる。
ピジョンの視線の先にはスワローがいる。
ナイーブな痛みを秘めた眼差しに女はなにかを悟り、くちびるを震わせる。
「……そうね」
そうならいいと心から願う。
愛した女と子どもを忘れても、指輪だけは外せなかった。
なんでそこにあるのか忘れても、なお。
スワローは据わった目で殊勝にうなだれる女を眺めまわす。
「おっかねーオンナ」
お人好しのピジョンはおしまいまで気付かない。
この女は昔の男と腹を痛めたガキを秤にかけて賭けを張った。
『かくれんぼはおしまい』
『全部ママのわがままよ』
ガキを代価にして男を試す……なるほど、母親失格だ。
まあ、そういうしたたかな女は嫌いじゃない。
称賛ともあきれとも付かぬ口笛で送るスワローと、言葉を失って立ち尽くすピジョンに会釈し、扉の近くに待たせた子どものもとへ歩いていく。
「……あの指どうするんだろう」
「食べるんじゃね?」
「洒落にならないこと言うな」
「レア?ミディアム?ウェルダン?」
「悪ふざけがすぎるぞ」
「防腐処置して保存」
「子どもの手の届かないところにおいてほしい。遊んでる最中に指がでてきたら一生のトラウマだ」
「もしくはホルマリン漬け」
「戸棚にしまうの?ホラーじゃん」
綺麗に整った顔を派手に崩し、とびきり下劣な笑みを見せるスワロー。
「知ってっか?薬指も愛人にできるんだぜ」
「……なに考えてるかは聞かないでおく」
ピジョンは処置なしと肩を竦める。
男の子と仲良く手を繋いで去っていく女を並んで見送り、どちらからともなく歩きだす。
「なあピジョン」
「なんだよ」
「指貸して」
「は?」
歩きながらピジョンの手をひったくり、薬指に噛み付く。
「!?痛ッ……おい馬鹿おまえ馬鹿なんで馬鹿!?」
「わざわざ指輪なんざしなくてもコレでじゅーぶん」
歯型ですむなら安上がりだ。
付け根に輪を描く薬指をさすり、ジト目で追及。
「俺の薬指が恋しくなったのか?」
「ジャムがねーと味けねーなやっぱ」
すっとぼける弟の横顔を憮然と睨み、隙を突いて左手を掴まえる。
「お返し」
「あ、ッで!?」
左手薬指の根元に歯を立て、赤いしるしを刻む。
「てめえクソおまえクソなんでクソ!?」
大袈裟に痛がり喚くスワローの左手をさっとはなし、笑いを含んだ目付きで一言。
「な?ペアリングだ」
歯型はいずれ薄れて消える。
それでも消えずに残る痛みが、俺達の誓いの指輪だ。
「だれか捕まえてくれ、宝石強盗だ!」
「おいありゃ賞金首の……」
「名前はえーとなんだったか忘れちまったが、先月銀行強盗やらかして指名手配されてるヤツだよな?」
「金の分配で仲間と揉めて殺し合った生き残りの?」
「他にも色々やらかしてんだろ、強盗・恐喝・暴行・詐欺・殺人・露出……」
「性懲りもなくまあ~たやったのか、今度は宝石店か」
露出は濡れ衣だ。それ以外は当たってやがる。
俺は札付きの悪党だ、ガキの時分から犯罪で生計立ててきた。よそからちょろまかした品を売りさばいて小金を稼ぎ、生意気なガキを脅して財産巻き上げ、うるさい女をブチ犯してきた華々しい前科がある。
そんで気付きゃあポスターに顔を刷られてばら撒かれる、賞金首としてそこそこの知名度を獲得していた。
「!しまったっ、」
小脇に抱えた鞄から分厚い札束と大粒のダイヤを嵌め込んだネックレスがとびだす。
「見ろダイヤだ!」
「お宝だ!」
「しっしっ寄るんじゃねぇ、落としもんの所有権は早いもん勝ちだ、すなわち俺様の総取りだ!」
路上に宝石がブチ撒かれ、光り物に目がねえ連中がはらぺこの鳩のごとく群がる。
道を転がるダイヤにルビーにサファイアにアメジストにパールがけたたましい旋律を奏でて跳ね、犇めく足の合間を転がっていく。
絢爛な光の乱舞、極彩色の滝の波頭。
一面に散乱した貴金属の乱反射に行き交う連中が足を止め、我も我もと手を伸ばす。
「そのパールは私のよ!」
「嘘よアタシのよ引っ込んでな売女!」
「男に媚びてたんまり貢がせてんだから譲りな!」
「ふざけんじゃねえ、そりゃ全部俺のもんだ!!」
キャットファイトを演じる女どもから力ずくでブツをぶん取り返しジッパーを上げ直す。
戦利品を詰め込んだ鞄はぱんぱんに膨らんで結構な重量だ、持って走ると嵩張るがおいてくわけにゃいかねえ、これがいまんとこ俺の全財産、命に代えても……は言い過ぎだが、片腕と引き換えて死守すべき最後の切り札だ。
ずっしり重たい鞄を抱え、こめかみに青筋たて怒鳴る。
「見世物じゃねーぞどけどけてめえら道連れにされてーか!」
道を塞ぐ連中が邪魔くさい、特に真っ昼間っからさかってるバカップル。男が女に被さって仰け反る首筋にキスしてやがる。露出度がやけに高いドレスは商売女の特徴だ。一瞬豊満な乳房に視線を持っていかれかけ慌ててひっぺがす。乳首が勃ってた。ノーブラか?完全に誘ってやがる。俺を見て微笑んだ気がしたが気のせいか?乳操りあうならよそでやれ。
「いたっ、あそこだ!」
「賞金稼ぎはいねえのかだれか捕まえろ、保安局に引っ立ててきゃ褒美がでるぜ!」
「畜生ンないっぱい持ってんなら一個くれえよこしたってバチあたらねーだろ、ダイヤの原石でいいから恵んでくれ!」
色めきだつ通行人を突き飛ばし駆け抜けて、執念深く追い縋る男を笑い飛ばす。
「ダイヤが欲しけりゃお袋の遺灰を固めな、いっとうきれいな石っころができるぜ!」
アンデッド・エンドは犯罪天国だ。石を投げれば半分は賞金首に当たる。もう半分は賞金稼ぎだ。
「ひっ」「きゃっ」「いやあっ!」鬼気迫る凶相にびびった通行人が急いでとびのく。ぎょろ目をひん剥いた男が全速力で突っ込んでくるときちゃ自然な反応だ。
「くそっくそっくそっ、この金は俺の金だ、だれにも絶対渡さねーぞ!」
じゃなきゃ死んだ仲間も浮かばれねェってなもんだ。まあ俺が殺したんだけど。
猛然と鼻息荒げネオン瞬く歓楽街を暴走する。
猥雑な街並みを行くのは酔っ払いに娼婦に男娼、目付きがイッちまってるのは麻薬中毒者か売人か両方か。
死なずの行き止まり―この掃き溜めに流れ着いた時点で土台まともな人種じゃねえ、みんな仲良く世間様に後ろ指さされる行状持ちだ。わかりやすく言や同じ穴の狢、蟻地獄の道連れだ。
手に手をとって駆け落ちした男女、借金を踏み倒し夜逃げした一家、故郷に嫌気がさして家出してきたガキども、差別のない楽園を夢見て巡礼するミュータント、売られた女に買われた男……ここはそんなワケありが集う地獄への通過点だ。
アンデッド・エンドは犯罪者の潜伏先としちゃ格好の条件が揃ってる。住民は互いに無関心で不干渉、あちこちに廃墟やスラムがあってねぐらに事欠かない。灯台下暗しのならいでお上のお膝元にゃ死角ができる。この街には賞金稼ぎ崩れの賞金首がわんさかいて、いかに崖っぷちから転落するのが簡単かシビアな現実を思い知らせてくれる。
腕っぷしの強さしか取り柄がねえからとりあえず賞金稼ぎになっちゃみたが道を踏み外す輩はとても多い。所詮暴れるっきゃ能がねえ半端者の集まりだ。ちょっと見てくれがいいからと都会に出てモデルをめざすが夢破れて娼婦に身を落とすのと同じ理屈だ。芽がでるのは十人に一人、いや二十人に一人ってとこか。生存競争が激しい過酷な業界なのだ。
表通りの人ごみを抜けてかっとばす。息が上がって肺が苦しいがスピードは落とせない。鞄の中身を売っ払えば晴れて億万長者だ。
「何から話せばいいのかしら……生い立ちから?物好きね、長くなるわよ?親は酒浸りだった。真っ昼間っから飲んだくれちゃもっと買ってこいって子供に当たり散らしてたわ。いまどき珍しくもない、底辺の崩壊家庭出身。両親が揃ってたって両方クズならいないほうがマシ。私の両親はお酒に溺れて人生と社会から逃げた負け犬、最低の落伍者。二人とも実の娘をトロい使い走りくらいにしか思ってなかった。角のお店まで、酷いときは一日三往復もさせられたわ。両手に重たい酒瓶をぎっしりぶらさげて……持ち手が食い込んで痛かった。手首が真っ赤に腫れたわ。ガチャガチャ鳴ってうるさいの……あの音。まだ耳に残ってる、私の足に合わせて酒瓶が唄う歌。そうそう、空き瓶をお店に持ってくとお駄賃をくれるの。回収してリサイクルするんですって。ふふ、あなたも?地道にコツコツ続けると結構お金になるのよね、継続は力なりよ。酒屋通いで習い覚えた唯一のいいこと。たまにおまけしてもらえると嬉しくてね……ちびでやせっぽち、痣だらけの子供に、お店の人も察してくれたんでしょうね。どん底から抜け出したくて、毎日せっせとお金を貯めたわ。親に見付かるとお酒に替えられちゃうから絶対バレないよう用心して、一箇所取り外せる床板の下、お菓子の缶に入れておいたの。反面教師っていうのかしら……からっぽの瓶を逆さに振って、一滴でもいいから舌の上に落ちてこいって念じる父親と、そっくり同じことをする母親を見て育てばいやでも堅実になるわ。本当に似たもの夫婦だった……浅ましくて、惨めで、汚らしくて。癇癪おこして瓶を放るのまでトレースするの。酒瓶のかけらを拾い集めながら、あんな大人にだけはなりたくないって軽蔑してた……酔い潰れて粗相した父の世話をしながらね。そこらに垂れ流すから臭くって……笑えるでしょ、便所と部屋を間違えて角っこで立ちションするの。あら、片親?なんだかごめんなさい。でも取り消さないわ、いないほうがマシな親は絶対いるもの。父親でも母親でもね……あなた達は愛されて育ったのね。顔を見ればわかるわ、いいお母さんだったのね……」
俺は走る。走って走って走って走る。
いや、正しくは逃げるか。何から?決まってる、地獄の亡者よりおっかない賞金稼ぎどもからだ。
「!ッ、」
足元を銃弾が穿ちたたらを踏む。思わず振り向きゃすぐ後ろに悪相の野郎どもが詰めかけている。捕まったら袋叩き……いや、もっと悪い。俺のヴィクテムは更新頻度が高い。でかいヤマを踏むたびに、被害者やその家族が懸賞金を上書きする。今のヴィクテムは先月銀行からぶんどった現ナマだ、コイツに手を付けずそっくり返しゃ命だけは見逃してもらえるらしい。
「やなこった、コイツは俺の金だ、仲間をブチ殺して独り占めしたんだ!」
立て看板を蹴倒し進路妨害、懐のピストルで応戦。
巻き添えくった野次馬が鋭い悲鳴を上げてその場に伏せるが知ったことか、タマでタマとられたテメェのツキのなさを呪え。
生憎こちとら修羅離れしてる、逃げ足の速さにゃ自信がある。だてに二十年来追跡を巻いてねえ。
「往生際悪いぞテメエ、とっととブツ返しやがれ!」
「こんだけの人数相手にして逃げきれるわけねーだろ!」
「てめえがブチ殺した強盗仲間の一人が俺の従兄弟だ、そのド汚ェ脳天ぶちぬいてリックの仇討ってやる!」
リック。
先頭の男が口走った名前が脳裏にひっかかる。瞼に浮かんだのは、だらしないニヤケ顔の小男。
「あ~……思い出した、あのヘタレ野郎か。上首尾だったのにアイツが警備員と揉めたせいで無駄に騒ぎがでかくなった、こっちこそ詫び入れてもらいてえな」
「~~~~こんの腐れケツ穴野郎がッッッッ!!」
俺の背中まで手を伸ばせば届く距離に迫っていたスキンヘッドが憤激に駆り立てられ腕を振り抜く、背中へ打ち込まんとした拳を横に跳んで躱し路地へ舵を切る。
表通りからほぼ直角に折れ、建物と建物の峡谷の合間に潜り込めば、先を争って殺到した野郎どもが「押すなばか窒息する!」「アホか俺が先だ!」「アイツは従兄弟の仇だ、この手でブチ殺してやんなきゃ気が済まねえ!」と押し合いへし合いエゴ剥き出しのコントを繰り広げる。
「ははははははははッ、ずーっとそうやってろ!悪党に仲間もダチもあっか、利用される方が悪いんだよ!!」
「待ちやがれ、ぶっ殺す!!」
「おおっと銃ぷっぱなすなら気を付けろ、こんな狭っ苦しい路地でドンパチしたら跳弾で自滅だ見ろよ配管だらけだろ!」
それを見越してこの路地を選んだのだ、入り口で突っかえる上に跳弾をくらうとありゃ致命的だ。
役立たずは切り捨てる。間抜けは使い潰す。
裏切り、だしぬき、だましあい、これまでずっとそうやって生きてきた。
これしか生き方を知らない。今じゃこれ以外の生き方ができなくなってる。
青空を細く区切る峡谷に太い哄笑が響く。圧されて歪む顔の滑稽さに笑いが止まらねえ。そのまま勢いに乗り、複雑に入り組んだ路地を無軌道に走りまくって敵を攪乱する。
ここら一帯は廃棄区画に近く人けがない。
無計画な開発工事のせいで、完成を見ず放棄されたビルやら道やらが沢山ある。
足音が錯綜する方角を一瞥、十分距離があると確認後に、脇のダストボックスの蓋を開ける。
足音が大挙して戻ってきて合流、右に左に徘徊しつつ忙しない話し声が飛び交う。
「いたか?」
「いねえ」
「野郎どこに逃げた!?」
「俺はこっちをさがす」
「じゃ俺たちゃこっちだ、なめたまねしやがって、必ずとっ捕まえてヤキ入れてやる」
舌打ち、散開。暗がりで身を丸め息を殺し、殺気だった野郎どもをやり過ごす。足音がすっかり遠ざかったのを確かめて腕を突っ張る。
暗闇に一条切れ目が走り、視界が上に開けていく。
新鮮な外気が肺を洗って息を吹き返す。
「ぺっ」
咥えていたにんじんのしっぽを吐き捨てる。ダストボックスに身を隠しているあいだも鞄だけは手放さなかった自分をほめたい。それはそうと全身に染み付いた生ゴミの悪臭が不快だ。試しに袖の匂いを嗅いでおもいっきり顔を顰める。
追っ手は去った。服に付いた野菜くずの切れっ端をはたきおとし、のんびりと来た道を引き返して行き止まりの金網に至る。むこうにゃ廃墟のアパートが不景気に佇む。鞄にキスして対岸へ放ってから金網に飛び付き、器用によじのぼっていく。
アホどもは巻いた。あとはお宝としっぽりやるだけだ。
「家を出たのは14の頃。よくもったほうだと思うわ。なけなしの貯金を握り締めて、行き着いたのは場末の街。そこのいかがわしいお店で働いた。女の子はみんなワケありでね……ろくでなしの親に売られた子、ろくでなしの男に貢がされてる子、いろいろいたわ。お互いキズをなめあって、身を寄せ合ってやってたの。お店の居心地は案外悪くなかった、あの家に比べたらずっとマシよ。初めて体験する自由……もうお酒買ってくるのが遅れたからって鼻血でるまで殴られなくていいのよ。仕事はちょっと辛かったけどじきに慣れたわ。あなたたちが14の頃はどうだった?女の子と遊んだ?そっちの彼は……でしょうね、そのルックスじゃ娘盛りがほっとかない。随分泣かせたんじゃない?そんなことない?あっちからよってくるんだって……本気で恋したことないのね。ああ、貶してるんじゃないの。炎上しない程度の火遊びは楽しいものね、色男の嗜みよ。あなたは……意外、経験ないの?本当に好きになった子としかしたくないって……いまどき珍しいタイプ、セックスに真心を求めるなんて。でも好きよ、そういう子。抱いた途端に自分の女と勘違いして、お店で暴れる男をたくさん見てきたから好感もてる。おべんちゃらを真に受けて、すっかりのぼせあがっちゃうのよね。好きな子に恥をかかせるのが連中の愛情表現なのかしら?こっちは仕事だもの、そりゃお世辞を言うわ。もらったお金の分だけ体も心も気持ちよくさせなきゃ……あの店の子はみんなどこかしらに痣があった。お客にやられた子、恋人にぶたれた子、オーナーに口ごたえしておしおきされた子……私も例外じゃない。顔は見逃してもらえたの、大事な商売道具だから。でも家にいた頃より辛くない、それが救い。ご飯はちゃんと食べさせてもらえたし、愚痴を言い合うともだちもできた。優しくしてくれる常連さんも何人かできた。もちろんただぼうっとしてるだけじゃ常連なんて付かない、女所帯の常で裏じゃ足の引っ張りあいもすごかったし……おいてかれないよう必死でテクを磨いたの。仕事が終わったあとも張り形で『練習』してね……努力は報われたわ。お店じゃミス・ディープスロートって呼ばれてたのよ、私。意味は……わかるでしょ、優男と色男の兄弟さん。激しく愛されるのは弟さんで長く愛されるのはお兄さんね、きっと」
変だ。様子がおかしい。
ねぐらに帰ってすぐ異状に勘付く。暗闇に待ち受ける人の気配がする。反射的に鞄を庇ってあとじされば、前方の暗がりから軽薄な声が放ってよこされる。
「おかえりキドニー」
一瞬ぎょっとする。
名前を知ってること自体は不思議じゃない、手配書で出回ってる。ここに俺以外のだれかがいる―……その事実が端的に指し示す、この後の展開が不吉だ。
声の主は若い男。せいぜい二十前後か、からかうような調子にたちの悪い嗜虐癖が覗く。敵でも味方でも厄介な人種だが、敵なら輪をかけて最悪だ。
まんざら虚勢と侮りきれない、年不相応の余裕と殺気が滲んでいるなら特に。
廃墟のアパートのエントランスホール、割れた窓から斜にさす光のトンネルの中で、埃のプランクトンが緩慢に循環する。
塵と埃が沈殿する床を掃き清める日差しの向こうに、一人の若者が座っている。
「賞金稼ぎか」
片膝立て木箱に腰かけた男はまだ若い。
外見年齢は十代後半。派手なスタジャンを羽織り下はタンクトップ一枚、胸元から銀に光るドッグタグをぶらさげている。ダメージジーンズを穿いた脚は羨ましくなるほど長い。まだガキだが、とんでもない色男だ。野性的な笑みからただよう危険な香りは女が放っておかないだろうと思わせる。
若造が弄ぶ刃物に目が吸い寄せられる……鋭利なナイフが指の間を滑らかに旋回、白銀の残像を曳く。
「待ちくたびれて新しい技開発しちまった。見る?」
若造がニヤリと笑い―と思った時には、垂直に投げ上げられたナイフが落下。
「!?っ、」
板を貫通する乾いた音が響く。
木箱の上、五指を広げて置いた手。
人差し指と中指の間に見事ナイフが刺さり、衝撃で揺れている。
もうちょっとズレていたら根元からざっくりだ。
命知らずの若造だ。傍で見ているだけの俺さえ肝を冷やしたってのにぴんしゃんしてる。
「よっしゃ成功」
たったいま目の覚めるような芸当を披露した若造が、すこぶるご機嫌にナイフを抜いて切っ先に息を吹きかける。
「拍手とアンコールは?おひねりでもいいぜ」
ナイフを抜く一動作に伴ってスタジャンの袖がめくれ、燕の刺青が手首に覗く。細部まで色鮮やかな、躍動感にみちあふれたタトゥー。
「野良ツバメ!!」
我知らず叫んで身を翻す。
野良ツバメは蔑称だ。本名は忘れちまった。
最近なりあがってきた若手の注目株で、ここ数年来のルーキーん中じゃとびぬけた強さを誇る。
凄腕のナイフ使いでステゴロも並以上にこなすが、なによりその俺様全開の傍若無人ぶりで忌み嫌われている。
協調性がなくて孤立してるって噂はホントだったか。
「なんだよ何もでねえよのかよシケてんな。だったら鞄の中身おいてけよ、かわりに換金してやっからさ。故買屋に駆け込む前でよかったぜ」
全財産の詰まった鞄を抱いて駆け出す俺の背後、悠揚迫らぬ靴音が近付いてくる。
情報屋がネタ掴ませたのか?
誰かが売った?
俺がここにいることは誰にも言ってねえ知られてねえはず……
アパートの玄関から勢い飛び出しかけ、靴裏で床を滑り急制動。
正面に男が立っている。こっちも若い、さっきのガキと殆ど変わらねえ。せいぜいはたちかそこらだ。
「アイツの仲間か!」
「仲間っていうか……まあ一応間違ってはないか。うんそうだね、そういうことで」
何故だか煮え切らない口調で呟き、微妙な表情で頷く。
仲間扱いが心外そうに見えるのは気のせいか?伊達か洒落か黄色い丸眼鏡をかけ、年季の入ったモッズコートを羽織っている。
一見して線が細い優男の風貌だが野良ツバメのツレなら油断はできねえ。物騒なことにスナイパーライフル背負ってやがる。
「そっちいったぞ捕まえろピジョン、挟み撃ちだ!」
「だってさ。せっかちで悪いね」
背後で怒号が破裂、突如として床を蹴って詰めてくるツバメ野郎。行く手を塞ぐ男も心得たもんで一気に疾駆、俺の腕をとってねじ伏せようと狙う。
そうはいくか。
俺はあっさりと方向転換する。二人がかりじゃ分が悪い、挟み撃ちは不利だ。体当たりでなんとか抜けたところで、敷地を囲む金網を越えるあいだに追い付かれる。片割れはスナイパーライフル所持ときて、一歩見通しのよい外に出りゃ撃ち放題だ。
「馬鹿、上に行くぞ!」
「馬鹿っていうな馬鹿、お前が変なパフォーマンスしてるから悪い!余興ぬきにして最初から全力でいけよそれか物陰から不意打ちとかさ、こっちは毎度尻拭いで大変なんだぞ目立ちたがり屋め!」
「あ゛~うるせェな、ちょっとしたおちゃめってか遊び心だよ!こんだけ待たされてサクッといったらツマンねーじゃん、仕事に箔が付かねー。愉快な口上でザコ転がす色気出したっていいだろ別に」
「ホント悪趣味だな」
「せっかくおしゃべりで引き付けてんだからうしろっから撃てよ!背中もドタマもがら空きでびびってんじゃねーよ、気ィきかせたお膳立てが台無しだ!」
「屋内は暗くて狙いが付けにくいんだ、位置関係も把握し辛いし……ちょっとでもズレたら真っ直ぐ飛んでお前に当たるぞいいのか!?」
頭を働かせりゃすぐわかる、何も自分から好き好んで狙撃の的になってやるこたあねえ。
老朽化した階段を全速力で駆け上る足元で、賞金稼ぎコンビがやかましい口論を繰り広げる。屋内は死角と遮蔽物が多くスナイパーライフルの出番はねえ。
「なんでバレた、どいつが売った?!」
先月襲った銀行の支配人?半身不随にした博打仲間?一粒種の娘をキズモノにされてブチギレた高利貸し?心当たりが多すぎて一つにしぼれねえ。
「こんなゴミ溜めで終われっか!!」
「!スワローあぶなっ」
「頭ひっこめろ!」
階段を三段飛ばしで駆け上がりがてら銃を引っ張り出して後ろに発砲、踊り場にさしかかった連中にハードラックとダンスさせる。
「ほれどうしたどてっ腹にお見舞いしてやっからたらふく喰いな、野良ツバメといやァ俺でも知ってる若手の出世頭、随分あこぎな手でノシしてんだってな?エモノの横取りは朝飯前、賞金首から取り上げた盗品を流して荒稼ぎするわすっげェ評判悪いぜ」
間一髪ツバメ野郎の袖を引いて射線から引かせた片割れがピストルを構えて応戦、飛び交う銃声が耳を劈く。
「そんなことしてたのかよ、恨み買って当然だ」
「ワルのモノは俺のモノ、殺さなかっただけ恩の字。盗まれた時点で因果含みのケチが付くんだ、褒美にネコババしたってバチあたらねー」
ツバメ野郎もそれにならい水平に寝かせた銃を続けてぶっぱなす。
どうでもいいが、道徳観が死んでる。銃声が轟き渡る中で平然と会話できる神経の図太さにびびる。
「横にしたら当たらない、ちゃんと両手で構えて撃て!」
「どんくせえ駄バトと一緒にすんな、クールなセンスとハッタリで切り抜けるのが俺様のスタイルだ!」
「漫画の読みすぎだろ、基本疎かにしたっていいことないぞ!」
「その漫画を古本屋でしこたま仕入れたなァてめえだろ、壁中べたべたポスター貼ってたの忘れたのか!?」
「すぐフィクションに影響されるの直せよ、こないだ見た映画の主人公が銃口寝かせてバンバンやってたからってさ!」
「こーゆーのは気合で当てんだよ!」
「精神論をもちこむとややこしくなるからよせ、万一当たったらただの運だ!」
どうやら長い付き合いらしい、腐れ縁の凸凹コンビか。
ナイフの腕前はすごいが射撃はたいしたことねえ。後方に鉛弾をばらまきがてら後ろ向きに階段を上がり……
「!!ッぐ、」
銃弾が頬を掠めて皮膚を裂く。
「見たかピジョン、今の惜しかったろ」
まさかのまぐれ当たりにツバメ野郎が有頂天、指を弾いてはしゃぐ相棒の傍らでモッズコートが立ち尽くす。
馬鹿にしやがって。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
野太い雄叫びを上げ、猛然たる勢いで疾駆。あんな若造ども恐れるにたりねェ、この鞄は絶対渡さねェ。俺の大事な切り札だ。
「お店で働きだして三年が過ぎた頃、帰り道に倒れてる男がいた。厄介事にかかわりたくないからスルーしてとっとと行こうとおもったんだけど……もにゅもにゅ寝言を言ってるのが通り過ぎざま聞こえて、うっかり耳をそばだてたら……腎臓にいいのもらった、子猫ちゃんはどこいったって……思い出してもわらっちゃう。だからぽろっと言っちゃったの、寝言で韻踏むなんて器用ねって。返事があるとは思わなかった……男は半目だけ開けてすぐ力尽きた。見捨てたってよかった、関係ない人だもの。路地裏で倒れてるなんてどうせろくでなしよ。なのに……どうして拾っちゃったんだろ。すごいお酒臭くて、捨てていこうか何度も悩んだわ。でもね、さっきの寝言の続きがすごい気になりだして……腎臓と子猫にどんな関係があるの?一体どんなキテレツな夢見てたの?そう聞きたくてたまらなくなった。親切なんかじゃない、好奇心に負けたの。体を拭いて手当てしてあげたら、次の日にはもうぴんしゃんしてた。酔い潰れて隣で呑んでた男に絡んでからの記憶がないって……ほら、ろくでなしでしょ?あきれたわよ勿論。おまけに寝言も覚えてない、拾い損運び損。でもね……すっごい感謝してくれたの。酔っ払いの世話を焼くのは初めてじゃない。最初は親、次は同僚、それに恋人……当然のようにしてきたけど、あの人ほど感謝されたことはない。あんたがいなけりゃ道端で野垂れ死んでた、恩に着る、この礼は必ず……そんな口約束、信用したわけじゃない。でも……ちょっとだけ嬉しかった。それまでずっとだれかの世話を焼くのが当たり前だとおもってた。親も恋人も……世話を焼かれるほうも当たり前なカオでながしてた。だれかの世話をするのが私の人生で、それだけが生まれてきた意味だって、あきらめていたの。だけど……あの人には全然『あたりまえ』じゃなかった。だれかに助けてもらうなんて、人生でめったに起きない『特別』だったのよ」
思い返せば人生は災難続きだ。生まれてからずっとそうだった。
酒浸りのろくでもない親。暴力と貧困。助けてくれるヤツはだれもいねえ、頼みになるのは自分だけ。相手を裏切っても心が痛まねえのは、相手に信用されてねえのがわかるからだ。
強盗仲間をブチ殺して現金を横取りした時もそうだ。襲撃が成功した夜の祝宴、いい感じにみんな酔っ払った頃合いにピストルでずどん、もいちどずどん。仲間割れというほどの修羅場もなく、覚悟していた以上にあっさり終わった。その時手に入れた現ナマと、さっきぶんどった宝石を売っぱらって、どん底から再出発する資金にあてるのだ。
階段をすっとばしてだだっ広い屋上にまろびでる。頭上には乾いた青空が広がっている。
アンデッド・エンドはクレーターの街だ。
ここは空が遠い。
屋上に辿り着いて……それからどうする?追い詰められた?馬鹿言え、ちゃんと考えてる。ヤサにすると決めたとき、廃墟の上から下まで調べ尽くしたのだ。抜け道や裏口はちゃんと頭に入れてる。
屋上の際に歩み寄ってのぞきこめば、壁面にダストシュートが取り付けられてる。
あのチューブにぶらさがって滑り降りゃ連中をまける。せっかく苦労して上り詰めたのに惜しいが、贅沢は言ってられねえ。
屋上に続く階段から性懲りなく諍う声が響き、勝利の愉悦に頬がゆるむ。
「あばよ、賞金稼ぎさん。せいぜいいねえ俺をさがして迷子になれや」
野良ツバメもまったくたいしたこたねえ。買いかぶりだったか。
頭の中で逃亡計画をおさらいする。
地上におりたらまず真っ先に物陰に隠れ、連中を欺く。それから裏手に回ってトンズラだ。頭の上が吹きっさらしで狙い放題だが、固い宝石をたんまり詰めた鞄で庇えばイケる。
安全な隠れ家を断腸の思いで放棄して、さあダストシュートに手をかけ……
「だれ?」
ガキの声に振り向く。男の子がいた。年の頃は十歳程度。
だれ?こっちが聞きてえ。
「ガキ、どっから沸いた!?」
大音声の恫喝にヒッと竦み、早くもべそかいて奥の給水塔をゆびさす。
「かくれんぼしてたけどだれも見付けにきてくれなくて……おじさんはここのひと?」
ガキの質問に混乱する。近所の子供が敷地内に出入りしてるのは知っちゃいたが、害はないだろうとほうっておいたツケが回った。
「鉄砲の音うるさい……だれかくる?」
どうする?たかがガキ一匹ほっとけ、チューブを伝って逃げろ。いや待て、コイツがチクったら?俺がどうやってどこに逃げたか全部見ていたら……
「おじさん汗びっしょり。どっか悪いの?」
葛藤に脂汗が滲む。
人懐こいガキが心配そうに纏わり付くのを突き飛ばし、一歩を踏み出す。
「悪いことして追っかけられてるの?」
俺はもう人殺しだ。いまさらガキ一匹なんだ。足音はもうすぐそこまで迫ってやがる、脱出の時間もねえ、くそ、くそ、くそ……
不思議そうに俺を見上げるガキの顔に猛烈な既視感が騒ぐ。
何だ?どっかで会ったような……
足音が屋上に到着した瞬間、覚悟を決める。
「え?」
鞄を小脇に手挟んだ姿勢で、もう片方の手にもった銃をガキのこめかみにえぐりこむ。
出入り口の開け放たれた鉄扉に向き直り、俺はふてぶてしく言ってやった。
「ようお前ら。遠路はるばるご苦労様、とっとと引き返せ」
「二度目は偶然、あの人がお店にたずねてきたの。お互いびっくりしちゃった……もちろん、フツウにお客としてきたのよ。ロビーで客待ち中の私を見て、一目であの時の恩人だってわかったんですって。それからはしばしばやってくるようになった……一週間に一回だったのが三日に一回、毎日になって、気付けば深入りしてたわ。私も……正直悪い気はしなかった。その時は独り身だったし。アレで優しいところもあるのよ。気が小さくてお調子者だけど、私を笑わせるのは得意だった。他の子に言われたわ、アイツはやめとけって。よその店で暴れて出禁になったって。まだ殺しはしてないけど、手配書が出回るのは時間の問題だって。ほかにも悪い噂は山ほど……手遅れだった。子供ができたの。お店じゃ避妊してたけど……あの人と一緒のときは使わないこともあった。悩んだ末に打ち明けたら、一緒に逃げようって言われた。ぜったい無事に連れ出すからってかき口説かれて……私はただの小娘よ。初めての妊娠、不安でいっぱいだった。堕ろす気になんてとてもなれない。あの人は、子どもは嫌いじゃないって言ってたわ。ずっとひとりぽっちだったから家族がほしいって……それを信じてみることにしたの。どのみちオーナーにバレたら無理矢理……彼の手引きでお店から逃げ出して、隠れ家に身を寄せた。埃っぽい廃墟だったけど、ふたりで過ごす日々はたのしかった。彼はよく笑って、私も笑って……お腹の子も、きっと笑ってた」
屋上に躍り出た若造どもが、ガキに銃を突き付ける俺にぎょっとする。
「でも結局、あの人は悪党をやめられなかった。ねっからのろくでなしだった」
「ガキがブチ撒けた脳漿浴びたくなきゃ下がりな!」
「泣いて頼んでも悪さをやめなくて……欲しい物は盗む、だれかからぶんどる発想がぬけなかった。そのうち喧嘩をくりかえすようになって、あの人はお酒を飲んじゃ私を殴るようになった。それでもお腹だけは殴らないでくれた……ふふ、そんな顔しないで。あなたのほうが辛そうよ。優しいのね……でもいいの、同情は。そんな男に惚れた私の自業自得よ。彼は言ったわ、じゃあどうするんだ、盗んだネックレスを売らなきゃガキのおしめ代も稼げねえぞって。私は言い返した、ネックレスを売ったあとはどうするの、よその赤ちゃんがはいてるおしめを奪うの、その子が風邪から肺炎こじらせて死んでもいいの?あの人はよそのガキなんざどうでもいいって答えた、どうせ俺の種じゃねえからなって。瞬間、何かがプツンと切れた。彼が思い描く幸せは、私が思い描いた幸せとちがった……」
2.賞金稼ぎ
青空の下、行き止まりの屋上に追い立てられた賞金首がぎらぎら顔をてからせる。
「落ち着けキドニー、距離的に見て脳漿浴びるのはお前だ」
「そういう問題じゃない、人質とられたんだぞ!?」
「場を和ませようとしたんだよ」
スワローとピジョンが場違いなボケツッコミをかまし、子どもをひきずってあとじさる男と対峙。
キドニーは卑屈に顔面を歪め、虚勢を張ってがなりたてる。
「俺の賞金額なんざたいしたことねえだろ、見逃せ」
「どうだかな」
スワローがナイフをくるくる回す。
「子どもをはなせ」
ピジョンが慎重ににじりよる。
「下がれっていってんだろ!!」
「ひッ!!」
銃口を押し込まれて子どもが泣き喚く。恐怖で口もきけないようだ。
手汗でずり落ちる鞄を抱え直し、気も狂いそうな焦燥に駆り立てられて怒鳴れば、相方が悔しげに顔を歪めて足を引く。
「よし……そのまま一階まで降りろ。いや、そうだ、いいこと考えた。階段なんて使うこたねえ、直で降りな」
容易くへし折れそうな細首に腕を巻き付け、自分の方へと引き寄せる。
キドニーの言葉が意味するところを悟り、スワローとピジョンは顔を見合わせる。
廃墟は八階建てだ。落ちたら当然死ぬ。
脅迫の効果は絶大と見て途端に態度がでかくなったキドニーが、醜悪な笑みに顔引き攣らせ、屋上の向こうの空へ顎をしゃくる。
「どうした、早くしねえとガキが天使になるぜ」
その時だ。
キドニーと腕の中の子どもを退屈げに眺めていたスワローが、ナイフの回転を止めてたずねる。
「……気付かねェの?」
「はあ?」
「あー……やっぱいいや。今のなし、忘れろ」
何言ってんだコイツ。意味わかんねえ。
もう興味を失ったとでもいうふうに肩を竦めるスワローの隣で、歯痒そうなピジョンがごく小さく独りごちる。
「本当にわからないのか……」
その呟きは小さすぎて、追い詰められたキドニーの耳に届かない。
「もうだめだ。これ以上はやっていけない。こっぴどく殴られた晩、私はお店にもどった。みんな驚いてた……お店から逃げた子はたくさんいるけど、自分の意志でもどってきたのは私ひとりだけだって。物好きねってあきれる子もいた。他に行くとこも帰るとこもなかったんだからしょうがないじゃない、ねえ?……計算はあったの。その頃には安全に堕ろせる時期をとっくに過ぎてたから、オーナーも渋々認めざるえなかった。自分でいうのもなんだけど、若い頃は結構な売れっ子だったのよ?私がこれから稼ぐ分とこれまで稼いだ分を秤にかけて、お店においてやろうって寛大な処置をくだしたの。なんて、あっさりいってるけど……もちろんおしおきされたわよ、キッツイのをね。それから……月が満ちて赤ちゃんが生まれたわ。元気な男の子。あの人にそっくりの、ふてぶてしい面構え。嬉しくて嬉しくて……なんだかすごい泣けてきた。なんでかしら……赤ちゃんの顔を見たら、やさしくされた思い出ばっかぶわっとよみがえってきちゃって。やなことだってたくさんあったのに、いえ、そっちのほうが多い位なのに……たとえば、あの人がくれた指輪。安っぽいエンゲージリング。宝石店を何軒も襲って、高い宝石をいっぱい盗んで……でもね、あの人が私にくれたのは……最初で最後の贈り物は、自分のお金でちゃんと買ってくれた、露店の指輪だった……」
芋虫めいて太く醜い指に、褪せた指輪が嵌まっている。
その手はいま拳銃を握り締め、油断なく引き金を矯めている。
「宝石と札束は魅力的だけどな」
スワローが飄々と嘯き、頭の後ろで手を組む。
「俺達が欲しいのは、もっと大事なものだ」
相方が哀しそうな表情で静かに答える。
極度の緊張と興奮に乾いた唇を舐め、キドニーが返す。
「てめえら―……ヴィクテムがめあてか?」
ヴィクテムとは命を見逃す代わりに賞金首の何かを奪う制度だ。
強姦魔に去勢を施し、泥棒の腕を切り落とし、詐欺師の口を縫い付けるなり喉をかっさばくなりして「声」を取り上げ……そうやって二度と悪さができない、致命的な裁きをくだす。
賞金首が己のヴィクテムを知るには手配書を見るか直接保安局に出向くしかないが、後者は自殺行為で、前者も頻繁なチェックがかなわない者とのあいだに行き違いがおきる。
キドニーが良い例だ。ここ数か月というもの目的の店を襲うほかはじっと隠れ家に潜んで、世間とまるきり交渉を断ってきたせいで最新のニュースに疎い。
この場所を知っているのは俺の他にだれも……
本当にそうか?
何か忘れてないか?
「ヴィクテムの更新はいつだ」
「昨日」
「今度はだれだ?先月襲った銀行のハゲ支配人か、宝石店のデブオーナーか、娘をキズモノにされたヒステリー親父か……いや、何を賭けた?札束と宝石は渡さねェぞ、こりゃ俺のもんだ。親父の方はイチモツ切り落としゃ満足かよ、可愛い娘をさんざんオモチャにしたカタキだもんな。ハッ変態野郎が、スケベまるだしな目でテメェのガキ見てやがったくせに!先越されて悔しいならそう言えよ、テメェの娘はとんでもねえスキモノだって教えてやったのに!」
唾飛ばして喚きたてるキドニーを、腕の中の子供がきょとんと見上げる。
純粋な疑問の眼差し。
「お店に戻ってからあっというまに月日がすぎた。私は前にも増して働いた……あの人によく似た子どもの成長だけを心の支えにがんばった。そんなある日、ジプシーの占い師と出会ったの。帰り道で声をかけられて……不思議なおばあさんだった。なんでも見通すような深い目をしてた。占ってもらったのはほんの気まぐれ。彼女はまじまじと私の顔を見て告げたわ、『薬指が幸運を運んでくる』『石を隠すなら腹の中』って。最初はどういう意味かわからなかった。わかったのは後日……お店によく来るお金持ちの指輪がなくなったの。大事にしてた薬指の結婚指輪……奥さんの誕生石をあしらったオーダーメイドで、途方もなく値が張るだろうってみんな噂してた。お店の子、総出でさがしたわ。本人はひたすらおたおたしてた。娼館通いは奥さんに内緒、立場上公けにできない。一方紛失した指輪をほっとけない、奥さんに聞かれたら困る。しまいには誰かが盗んだんじゃないかって疑い合って喧々囂々、阿鼻叫喚……そこでふと思い出したの、おばあさんのお告げを。石を隠すなら腹の中。アレはなにを意味してるのかしら?わたしは考えた。考えて考えて……まさか、っておもった。半信半疑でその紳士に耳打ちしたの……今夜のプレイにフィストファックは入ってませんでした?って。恥ずかしくてカオ真っ赤よ、ね、笑っちゃうでしょ。おばあさんの占いは見事的中、紳士の指輪は彼の相手をした女の子のお尻からでてきた。拳を突っ込んだ時、もとから緩んでた指輪がすっぽぬけてそのまま……気付かなかったのかって?でしょうね、プレイに夢中で……女の子のほうは知ってて知らんぷりしたのかもしれない。体内に忘れられたリングをしめしめネコババしたとして、まさかバレるなんて思わないでしょ?さて、そんなわけで紛失騒動は一件落着。私はよく機転が利くって紳士にほめられて、オーナーの覚えもめでたくなった。そこから全てが上手く転がり出した……天涯孤独のオーナーは、死に際にお店をのこしてくれた。お金持ちの紳士は、なにかと私に恩を感じて融資をしてくれた。心強いパトロンを得て、お店はどんどんおっきくなった。私は一生懸命経営を学んだ。これはと見込んだ女の子を積極的にスカウトして、紳士の人脈で気前よくお金をおとしてくれる客筋を掴まえて……いまじゃあちこちに分店を出せるほど経営は上向き。おばあさんのいうとおり、薬指が幸運を運んでくれたの」
「撃てば?」
「スワロー!」
「俺達たァさっぱり関係のねェガキが目の前で脳漿ぶちまけようがどうでもいい、こちとら痛くも痒くもねえ、ちょっとばかし服が汚れるだけだ。なあアンタ、さっきも言ったな。俺の悪い噂さんざ聞いてんだろ。血も涙もねえ無頼漢、女子供だろうが容赦しねえ、一旦キレたら手が付けられねえ、走り出したら止まらねえ。そんなこの俺様が、見ず知らずのガキを盾にしていきがるザコを見逃す理由はねえよな?」
「ぐ……、」
ごもっともだ。
「はやまるなよスワロー、挑発してどうする、頭を冷やせ」
「てめえも言ってやれよピジョン、なげえ階段のぼらされて頭にきてんだ。おいキドニー、てめえの腎臓は何色だ?さぞかし可愛いピンク色なんだろうな、それとも破廉恥にまっかっか?」
「ヴぃ、ヴィクテムは腎臓か?それが狙いか!?」
みっともなく声が裏返る。
唇を不敵にねじりナイフをもたげ、銀に光る切っ先でキドニーをさす。
言葉よりなお雄弁な処刑宣告。
「~~くそったれが!!」
忍耐力が切れて引き金にかけた指を引く。
否……引こうとした。
キドニーは左利きだ。故に左手で拳銃をもっている。
引き金を絞る間際、薬指の古い指輪に目が行き……
その向こうで呆然とする子どもと、まともに目をあわせる。
無意識に舌打ち。
「!あっ、」
引き金を引く代わりにおもいきり突き飛ばす。
屋上の縁から虚空へ、後ろ向きに倒れゆく子供が絶望の表情で凍り付く。
「銃を使うのはやめだ、弾がもったいねえ」
子どもが屋上から転落する間際、場違いに甲高い女の悲鳴がすぐ近くで爆ぜ、キドニーが振り向こうとした数瞬に事態が動く。
甲走った悲鳴の方角に首をねじった隙に乗じ、素晴らしい瞬発力で肉薄したスワローが鋭い呼気と共に腕を振り抜く。
まさしく飛燕の如し身ごなし。
「ぐあァあああああぁああああッあああッあ!?」
「悪評リストの頭に手癖の悪さはピカイチって付け加えとけ」
鋭く研ぎ澄まされたナイフが太腿を薙ぎ払い、勢いよく血がしぶく。
銃と鞄を取り落とし、錐揉み倒れたキドニーと入れ違いに相方が駆け抜け、屋上の際に滑り込んで手を伸ばす。
「間に合わない!」
「テメエの『腕』はその程度か!」
「ご冗談を」
素早く片膝付いて背中のスナイパーライフルを構え、ダストシュートの継ぎ目に狙い定めて発砲。
銃声が全て重なり、一発に聞こえる早撃ち。
もとから劣化して脆くなっていたところに続けざま鉛弾を打ち込まれギギギと軋んで傾いだダストシュートがスローモーションで空中分解、弓なりに撓んだチューブが男の子をひっかける。
撓う管に受け止められ、一命をとりとめた男の子が激しく泣きじゃくるのを確認後、スナイパーライフルをおろして安堵の息を吐く。
キドニーはその全てを、激痛に苛まれて目に焼き付ける。
屋上の際から引き返した若造が、大事そうに男の子を抱いている。
スワローがあっけなくナイフを引き抜き、血糊を払って鞘におさめる。
全身の毛穴が開いて冷たい脂汗がふきだす。
血液と一緒に体温も流れでていく。
極限の苦痛と恐怖に眼を剥き、息も絶え絶えにキドニーが懇願する。
「……たのむ、命だけは……」
「ヴィクテム払えば考える」
「だ、だれのどれだ。宝石か?札束か?盗んだもんなら返す、壊したもんなら弁償する、売っ払っちまったもんは取り戻せねえが……たんま、ちょっと時間をくれ、そしたら絶対取り返す!全部元通りにして返すから!」
「てめえが殺した連中は?ゾンビ召喚の儀式でもやっか?ついでに破れた処女膜も再生しろよ」
銀行の支配人。
宝石店のオーナー。
娘を溺愛する父親とその娘。
自分が傷付けてきた人々の顔が脳裏をぐるぐる回る。
ねばっこい血だまりを這いずってどうにか顎を引き上げたキドニーは、ぼやけた人影を視界に映す。全部で四人。
「なあたのむおしえてくれ、俺のヴィクテムはなんだ、なにを支払えば帳消しにしてくれる……」
「よく聞けぼんくら、ヴィクテムってなあ罪と罰の帳尻を合わせる仕組みだ」
スワローが傍らにしゃがみ、急激に冷え始めた頬をナイフでぺちぺち叩く。
「まだ思い出さないか」
反対側に立ち尽くす相方が苦渋の声音を吐きだす。
「しかたねェ」
ひやり、冷たく硬質な感触が骨までしみわたる。
キドニーの左手薬指の根元にナイフを擬し、プツリと皮膚を切る。
傷口に血の玉が盛り上がる。ナイフの切っ先を濡らす真っ赤な雫を見、唄うような節回しで囁く。
「腎臓《キドニー》にいいのもらった、子猫ちゃんはどこいった」
「?」
「忘れたのか、てめえの寝言だろ」
「あ、頭おかしいのか……」
腎臓にいいのもらった、子猫ちゃんはどこいった。へたくそな歌を口ずさみ、根元にあてがう刃に圧を加える。
スワローと互い違いに乗り出したピジョンが気の毒そうな顔をする。
「お前のヴィクテムは……」
「薬指だ」
コイツらは悪魔だ。
なんたって、これから人様の指を切り落とそうってのに眉一筋動かさない。
逆光に沈んでこっちを覗き込む顔は、そっくり同じ酷薄さだ。
交互に宣言する賞金稼ぎを見上げ、指を切断される激痛に絶叫しー……
キドニーの意識は溶暗した。
暗転する視界が最後にとらえたのは、少し離れた場所で食い入るようにこちらを見詰める女と、その胸に顔を伏せて泣きじゃくる子どもだった。
「だいじょうぶ、どこも痛くない?」
「うん、お兄ちゃんが助けてくれたから……」
「無事でよかった……怖い思いさせてごめんね、ママが悪かったわ。かくれんぼはおしまいよ、おうちに帰りましょ」
「ボクが言うこと聞かずにとびだしてったから負けちゃったの……?」
「そうじゃない、全部ママのわがままよ……」
「約束の品です」
ハンカチに包んで渡された、断面もいまだ赤黒く生々しい薬指を、女は恭しく受け取る。
「ありがとう」
さいわいにして……というべきかなんというべきか、男の子は母に強く抱かれて、肝心の場面の目撃に至らなかった。
すなわち、大の男が指を切り落とされて悶え苦しむ悪夢にうなされる心配はない。今回の件でそれは大きな救いだ。
少なくともスプラッタな光景を目撃し、しばらく食事が喉を通らなそうなピジョンの慰めにはなる。
銀行強盗に宝石店襲撃に婦女暴行に殺人と、細かい余罪を含めれば八十三件にのぼる賞金首はさきほど保安局に突き出してきたところだ。
太腿の傷は見た目と出血は派手だがさほど深くなく、命に別状はないそうだ。
早くもどす黒く乾き始めた血だまりを見下ろし、右手から左手へ、そしてその逆と、ナイフをもてあそんでいたスワローが首を傾げる。
「わっかんねーなァ。そんなに指輪が未練かよ?」
今回スワローとピジョンは、男の昔の女の頼みでヴィクテムを取り立てにきた。
ヤサに先回りできたのも女のタレコミあればこそだ。
ハンカチに包んだ薬指を胸に抱きしめ、女がゆっくりと屋上を見回す。
「私がいた頃のまんま、時が止まったみたい……変わってないのね、ここは」
か細く吐息し、遠い目を虚空に馳せる。
「あの人が逃げ込むならここをおいて他にないって直感したわ、絶対バレないふたりだけの隠れ家だって豪語してたもの。あの時教えてもらった裏口や抜け道が、何年もたってからこんなかたちで日の目を見るなんてね……」
「昔のオンナに売られるなんてアイツもツキがねえな」
「スワロー」
「いいのよ、本当のことだもの」
「お子さんは大丈夫ですか?」
「ええ……怖がってたけどもう落ち着いたわ」
「ちゃんと捕まえてろよ、いきなりとびだして全部おじゃんになるとこだった」
「ごめんなさい」
「子連れは地雷だ。挟み撃ちで屋上に誘導する、アンタは待ち伏せてただ見てるだけって取り決めだったよな」
「ちゃんと押さえてなかったから……母親失格ね」
「過ぎたことはいいだろ、この人だって一杯一杯だったんだ」
「そもそも連れてくるのに反対だった」
「無理を言って困らせたわね……でもどうしても、最後にもう一度だけ会いたくて」
会って確かめたくて。
私を……私達を覚えているかどうか。
言葉にできない思いが胸に沈み、泡と弾けて消える。
ピジョンは痛ましげにハンカチを抱いてたたずむ女を見守る。
事の発端、彼女の方から兄弟に接触してきた。
ある賞金首を捕まえてくれ、隠れ家の情報を提供するという申し出にスワローは大乗り気だったが、ピジョンは彼女の物憂げな顔色が気にかかり、詳しくわけを聞いた。
そして判明した事実。
件の賞金首は彼女が若い頃付き合っていた男で、彼女の子供の父親だった。
「当時もろくでもないひとだったけど……私がいなくなってから、もっとひどくなっちゃった」
まだ落ちるところまで落ちてなかった男との思い出を回想、そっと自らの薬指に触れる。
痩せた薬指に、安っぽい指輪が嵌まっている。キドニーが贈ったエンゲージリング。
甘やかな感傷か断ちがたい未練か、味方にした運を努力で磨き上げて成功者となった女は、綺麗に化粧をほどこした顔に儚い笑みを浮かべる。
彼女には金があった。
オーナ―から継いだ店をパトロンの援助で大きくし、今では大陸中に支店を抱える富裕な経営者。ヴィクテムの更新はたやすかった。
「聞いていいですか?」
「何?」
「なんで大勢の中から俺達を選んだんですか?賞金稼ぎなんてこの街には掃いて捨てるほどいるのに」
「ああ……それね。ごめんなさい、大した理由はないの。そっちの彼はルーキーで一番の注目株、そして実のお兄さんのあなたは堅実な狙撃手。普段は地味で目立たないけど、影でしっかり弟さんをサポートして、着々とキャリアを積んでいく。それにとっても優しくて頼りになるってスイートとサシャが」
「スイートとサシャが!?」
数年前に知り合った風俗嬢コンビの名前をだされ、今日いちばん素っ頓狂な大声を返す。
慌ててトーンを落とし、女ににじりよって問いただす。
「なんであの子たちが……知り合いなんですか?」
「ミルクタンクヘヴンはうちの系列店なの、ふたりとも今は近くの支店で働いてるわ。その気になればすぐ行って帰ってこれる距離」
「知らなかった……」
どこでどう回り回って情報が入ったのか、星の数ほどいる賞金稼ぎの中からさて候補をしぼりこもうと悩む女に、偶然ピジョンとスワローの資料を見るかどうかしたスイートとサシャが、ふたりそろって「激推し!」してくれたのだ。
人の縁はどこでどう結び直されるかわからない。
出会いと別れにはちゃんと意味がある。
「もう一個聞いてもいいですか」
「なんなりと」
「その……どうして指輪じゃなく薬指を?」
「手配書見たでしょ?別れて数年であんなに太ましくなってるなんて悪い意味で衝撃よ。抜けないなら切り落とすしかない、でしょ?」
理屈があってるようであってない。
言い淀むピジョンの隣にのらくら引き返したスワローが、兄を代弁してずばりと切り込む。
「捨てられてたらどうすんだ?何年も前に別れたっきり、まだしてっかわかんねーだろ」
弟の無神経が今回ばかりは有り難い。
続きを促すピジョンの視線を受け、女は丁寧にハンカチを包み直す。
「薬指は幸運のあかしだから」
「いやだから」
「モノがないならなおさら……私とおそろいの指輪があった、薬指だけでも手に入れたかった」
あのひとを取り戻したかった。
たとえ変わり果てた姿になっても、肥満した指から指輪が抜けなくなっても。
嘗て孕ませて引きこんだ女の存在が忘却の彼方に過ぎ去っても、そこにある指輪の存在さえ忘れ去っても……
「薬指は心臓と繋がる指。薬指を手に入れたら心を手に入れたも同然だって、そう思わない?」
血を分けたわが子にとうとう最後まで気付かずとも。
自分の手で引き金を引かず、過去を振り払うように屋上から突き落としたのは……ほんの一瞬、昔の女への未練だか哀惜だかがよぎったからというのは、都合いい話だろうか。
危険を承知で現場への立ち合いを希望したのは、そこへお腹を痛めた子どもを伴ったのは、もしかしたら男が気付いてくれるのではないか、薬指の指輪が引き合って再び幸運を呼び込んでくれるのではと、最後の最後までむなしい期待を捨てきれなかったからじゃないか……
女は賭けたのだ。
男が自分を覚えているかどうか。
一文字に結んだ唇がふっと緩み、伏せた目に寂寥の影が落ちる。
「あの人は覚えてなかったけど」
子どもの名前、一緒に決めようって約束したのに。
恋人の薬指を抱き締めて瞠目する女に、ピジョンが告げる。
「辛いことは忘れようとしたんじゃないかな」
「え」
「自分のせいで大事なものをなくしたら、俺だってそうしないとも限らない」
だれだって、そうしないとは限らない。
さもないと、自分を殺してしまいたくなる。
ピジョンの視線の先にはスワローがいる。
ナイーブな痛みを秘めた眼差しに女はなにかを悟り、くちびるを震わせる。
「……そうね」
そうならいいと心から願う。
愛した女と子どもを忘れても、指輪だけは外せなかった。
なんでそこにあるのか忘れても、なお。
スワローは据わった目で殊勝にうなだれる女を眺めまわす。
「おっかねーオンナ」
お人好しのピジョンはおしまいまで気付かない。
この女は昔の男と腹を痛めたガキを秤にかけて賭けを張った。
『かくれんぼはおしまい』
『全部ママのわがままよ』
ガキを代価にして男を試す……なるほど、母親失格だ。
まあ、そういうしたたかな女は嫌いじゃない。
称賛ともあきれとも付かぬ口笛で送るスワローと、言葉を失って立ち尽くすピジョンに会釈し、扉の近くに待たせた子どものもとへ歩いていく。
「……あの指どうするんだろう」
「食べるんじゃね?」
「洒落にならないこと言うな」
「レア?ミディアム?ウェルダン?」
「悪ふざけがすぎるぞ」
「防腐処置して保存」
「子どもの手の届かないところにおいてほしい。遊んでる最中に指がでてきたら一生のトラウマだ」
「もしくはホルマリン漬け」
「戸棚にしまうの?ホラーじゃん」
綺麗に整った顔を派手に崩し、とびきり下劣な笑みを見せるスワロー。
「知ってっか?薬指も愛人にできるんだぜ」
「……なに考えてるかは聞かないでおく」
ピジョンは処置なしと肩を竦める。
男の子と仲良く手を繋いで去っていく女を並んで見送り、どちらからともなく歩きだす。
「なあピジョン」
「なんだよ」
「指貸して」
「は?」
歩きながらピジョンの手をひったくり、薬指に噛み付く。
「!?痛ッ……おい馬鹿おまえ馬鹿なんで馬鹿!?」
「わざわざ指輪なんざしなくてもコレでじゅーぶん」
歯型ですむなら安上がりだ。
付け根に輪を描く薬指をさすり、ジト目で追及。
「俺の薬指が恋しくなったのか?」
「ジャムがねーと味けねーなやっぱ」
すっとぼける弟の横顔を憮然と睨み、隙を突いて左手を掴まえる。
「お返し」
「あ、ッで!?」
左手薬指の根元に歯を立て、赤いしるしを刻む。
「てめえクソおまえクソなんでクソ!?」
大袈裟に痛がり喚くスワローの左手をさっとはなし、笑いを含んだ目付きで一言。
「な?ペアリングだ」
歯型はいずれ薄れて消える。
それでも消えずに残る痛みが、俺達の誓いの指輪だ。
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