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十七話
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「頃合いだな」
黒背景に真っ赤な文字で浮かび上がる不吉なサイト名。首を落とされなお鳴き続ける悪趣味な羊のアニメーション。
「RED RUM」に殺人動画を投下したのはただの気まぐれ。あんまり上手く撮れたから、独り占めしておくのが惜しくなったのだ。
フェアリー・フェラーはインターネットに詳しい。海外サーバーを複数経由すれば身元を特定される心配もない。
こと日本警察のサイバー犯罪への取り組みは先進的とはいえず、検閲をくぐりぬけるのは容易だった。
今日もファンとアンチがスレッドで激論を戦わせている。
『演技が大袈裟すぎ』『嘘臭いんだよあな』『特殊メイクだろ?』『写ってるヤツ、一年前に奥多摩で見付かったヤツじゃないか』『パパ活家出少年の?』『じゃあUP主って……』『数時間監禁・拷問されたんだろ』『警察に報せた方がよくね?』『サイトごと潰されるぞ』『フェアリー・フェラー様万歳!第四弾全裸待機!』
無限に増殖していくツリー。枝葉末節、脈々と伸びていくスレッド。
フェアリー・フェラーは相好を崩し、仄暗い愉悦に酔って常連たちのやりとりを眺める。
馬鹿どもの注目を浴びるのは快感だ。皆仕掛け人の手のひらの上で踊っている。
新作を公開するたび本物か偽物か論争が巻き起こり、愉快に炎上するのだから笑いが止まらない。
あるスレッドではフェアリー・フェラーに試してほしい拷問具の名前が挙げられていた。
『鉄の処女』『ファラリスの雄牛』『スコールド・ブライドル』『ガローテ』『親指ねじ締め』『異端者のフォーク』『クロコダイルの大バサミ』
「さすがに入手困難」
マウスを滑らし画面をスクロール、マニアックなリクエストを眺めて独りごちる。
一人目の時は立ち回りの要領が悪くさんざんな仕上がりだったが、三人目ともなれば場数を踏んだぶん余裕が出てきて、刺したり抉ったり焼いたり剥がしたり色々できた。
そして四人目。
今度もまた行きずりの若者を拾い、フェアリー・フェラーの神業を披露する予定だった。
「RED RUM」を閉じ、寝る前の日課として被害者の名前を検索窓に打ち込む。
三人目……一年前に殺した間宮春人の名前で検索をかけた所、洗練されたデザインのホームページに飛ばされた。
『バー「rabbit hole」主催 故・間宮春人追悼イベントのお知らせ』
トップには故人の略歴と共に簡潔な悼辞が記されていた。
『春人君は2002年3月24日 大阪府A市生まれ。幼稚園の頃は足が速く運動会で活躍。小学校の得意科目は国語、苦手科目は算数。公立A高校を卒業後東京で一人暮らしを始めるも、2021年に奥多摩の山林で遺体となって発見された。犯人は未だ見付からず、知人や警察が情報提供を呼びかけている』
Enterキーを押して入室。
アルバムには出生時から十八歳に至るまで、喜怒哀楽様々な春人の表情を切り取った写真が展示されていた。
純白の産着にくるまれた赤ん坊、鼻の頭に絆創膏を貼った幼稚園児、黒いランドセルを背負った男の子、ぶかぶかの学ランに着られた少年。
ラストを飾ったのはバー「rabbit hole」で撮られた写真で、春人は大勢の仲間とじゃれあい笑っていた。
さぞかし同情を引くに違いない、感傷的な写真の数々に失笑を漏らす。
出来心でTwitterに飛んだ瞬間、トップに固定された動画から流れ出した曲に息を飲む。
今、地下室に流れているのと同じ曲。
それは「フェアリー・フェラーの神業」をBGMに、春人の写真を編集した動画だった。
この動画を作ったヤツは、フェアリー・フェラーが間宮春人を殺したことを知っている。
再びトップに立ち返り、数行程度の悼辞に目を通す。
『来たる10月17日、春人君が生前通っていた新宿歌舞伎町二丁目のバー「rabbit hole」にて追悼イベントが催される。故人を偲んで思い出を語り合い、遺された人々の心を癒すのが主旨の会だ。当日「rabbit hole」は18時以降貸し切りとなる。飛び入り歓迎。未成年にはアルコール提供不可、ノンアルコール可。文責 風祭遊輔』
風祭遊輔……コイツが発起人?
間宮春人はブリティッシュロックに疎かった。クイーンの名前すら知らない故人を悼む動画に「フェアリー・フェラーの神業」が使われたのは犯人に宛てたメッセージに他ならない。
即ち宣戦布告。
『さあ名うての木こり その腕を奮ってくれ』
『木の実に渾身の一撃を 目に物見せてくれないか』
手拍子を交えた軽快な曲調に乗せ、走馬灯を擬して流れる春人の写真が、地下室に隠れ潜む殺人鬼のプライドを否応なく刺激する。
コイツはスナッフフィルムを見たのか?自分が犯人だと知った上で煽っているのか?
真犯人を誘き出す目的で店を抱き込み追悼イベントを仕組んだなら、見事な機転と大胆さに舌を巻く。
のみならず、犯罪者の心理に精通している事実は認めざる得ない。
連続殺人鬼の大半は強い自己顕示欲と病的な臆病さを併せ持ち、事件後も被害者周辺の動向を探り、習慣のように情報収集を続けるものだ。
風祭はそれに賭けた。
遺体発見から丸一年の節目を勝手に時効と解釈し、勲章を見せびらかすようにスナッフフィルムを投稿した犯人なら、遺族や友人の反応を拾って悦に入り、警察の捜査の進捗を確かめる為、絶対に被害者の本名で検索すると考え餌を蒔いた。
画面の向こうから挑戦状を叩き付けてきた怖いもの知らずの敵に触発され、リスキーな好奇心が騒ぎだす。
「随分粋な演出をしてくれるじゃないか」
一体どんなヤツだ?会ってみたい。
フェアリー・フェラーは追悼イベントに参加を決めた。
黒背景に真っ赤な文字で浮かび上がる不吉なサイト名。首を落とされなお鳴き続ける悪趣味な羊のアニメーション。
「RED RUM」に殺人動画を投下したのはただの気まぐれ。あんまり上手く撮れたから、独り占めしておくのが惜しくなったのだ。
フェアリー・フェラーはインターネットに詳しい。海外サーバーを複数経由すれば身元を特定される心配もない。
こと日本警察のサイバー犯罪への取り組みは先進的とはいえず、検閲をくぐりぬけるのは容易だった。
今日もファンとアンチがスレッドで激論を戦わせている。
『演技が大袈裟すぎ』『嘘臭いんだよあな』『特殊メイクだろ?』『写ってるヤツ、一年前に奥多摩で見付かったヤツじゃないか』『パパ活家出少年の?』『じゃあUP主って……』『数時間監禁・拷問されたんだろ』『警察に報せた方がよくね?』『サイトごと潰されるぞ』『フェアリー・フェラー様万歳!第四弾全裸待機!』
無限に増殖していくツリー。枝葉末節、脈々と伸びていくスレッド。
フェアリー・フェラーは相好を崩し、仄暗い愉悦に酔って常連たちのやりとりを眺める。
馬鹿どもの注目を浴びるのは快感だ。皆仕掛け人の手のひらの上で踊っている。
新作を公開するたび本物か偽物か論争が巻き起こり、愉快に炎上するのだから笑いが止まらない。
あるスレッドではフェアリー・フェラーに試してほしい拷問具の名前が挙げられていた。
『鉄の処女』『ファラリスの雄牛』『スコールド・ブライドル』『ガローテ』『親指ねじ締め』『異端者のフォーク』『クロコダイルの大バサミ』
「さすがに入手困難」
マウスを滑らし画面をスクロール、マニアックなリクエストを眺めて独りごちる。
一人目の時は立ち回りの要領が悪くさんざんな仕上がりだったが、三人目ともなれば場数を踏んだぶん余裕が出てきて、刺したり抉ったり焼いたり剥がしたり色々できた。
そして四人目。
今度もまた行きずりの若者を拾い、フェアリー・フェラーの神業を披露する予定だった。
「RED RUM」を閉じ、寝る前の日課として被害者の名前を検索窓に打ち込む。
三人目……一年前に殺した間宮春人の名前で検索をかけた所、洗練されたデザインのホームページに飛ばされた。
『バー「rabbit hole」主催 故・間宮春人追悼イベントのお知らせ』
トップには故人の略歴と共に簡潔な悼辞が記されていた。
『春人君は2002年3月24日 大阪府A市生まれ。幼稚園の頃は足が速く運動会で活躍。小学校の得意科目は国語、苦手科目は算数。公立A高校を卒業後東京で一人暮らしを始めるも、2021年に奥多摩の山林で遺体となって発見された。犯人は未だ見付からず、知人や警察が情報提供を呼びかけている』
Enterキーを押して入室。
アルバムには出生時から十八歳に至るまで、喜怒哀楽様々な春人の表情を切り取った写真が展示されていた。
純白の産着にくるまれた赤ん坊、鼻の頭に絆創膏を貼った幼稚園児、黒いランドセルを背負った男の子、ぶかぶかの学ランに着られた少年。
ラストを飾ったのはバー「rabbit hole」で撮られた写真で、春人は大勢の仲間とじゃれあい笑っていた。
さぞかし同情を引くに違いない、感傷的な写真の数々に失笑を漏らす。
出来心でTwitterに飛んだ瞬間、トップに固定された動画から流れ出した曲に息を飲む。
今、地下室に流れているのと同じ曲。
それは「フェアリー・フェラーの神業」をBGMに、春人の写真を編集した動画だった。
この動画を作ったヤツは、フェアリー・フェラーが間宮春人を殺したことを知っている。
再びトップに立ち返り、数行程度の悼辞に目を通す。
『来たる10月17日、春人君が生前通っていた新宿歌舞伎町二丁目のバー「rabbit hole」にて追悼イベントが催される。故人を偲んで思い出を語り合い、遺された人々の心を癒すのが主旨の会だ。当日「rabbit hole」は18時以降貸し切りとなる。飛び入り歓迎。未成年にはアルコール提供不可、ノンアルコール可。文責 風祭遊輔』
風祭遊輔……コイツが発起人?
間宮春人はブリティッシュロックに疎かった。クイーンの名前すら知らない故人を悼む動画に「フェアリー・フェラーの神業」が使われたのは犯人に宛てたメッセージに他ならない。
即ち宣戦布告。
『さあ名うての木こり その腕を奮ってくれ』
『木の実に渾身の一撃を 目に物見せてくれないか』
手拍子を交えた軽快な曲調に乗せ、走馬灯を擬して流れる春人の写真が、地下室に隠れ潜む殺人鬼のプライドを否応なく刺激する。
コイツはスナッフフィルムを見たのか?自分が犯人だと知った上で煽っているのか?
真犯人を誘き出す目的で店を抱き込み追悼イベントを仕組んだなら、見事な機転と大胆さに舌を巻く。
のみならず、犯罪者の心理に精通している事実は認めざる得ない。
連続殺人鬼の大半は強い自己顕示欲と病的な臆病さを併せ持ち、事件後も被害者周辺の動向を探り、習慣のように情報収集を続けるものだ。
風祭はそれに賭けた。
遺体発見から丸一年の節目を勝手に時効と解釈し、勲章を見せびらかすようにスナッフフィルムを投稿した犯人なら、遺族や友人の反応を拾って悦に入り、警察の捜査の進捗を確かめる為、絶対に被害者の本名で検索すると考え餌を蒔いた。
画面の向こうから挑戦状を叩き付けてきた怖いもの知らずの敵に触発され、リスキーな好奇心が騒ぎだす。
「随分粋な演出をしてくれるじゃないか」
一体どんなヤツだ?会ってみたい。
フェアリー・フェラーは追悼イベントに参加を決めた。
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