チューベローズ

まさみ

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興信所は仕事熱心だ。契約に従って定期的に報告を上げる。俺は見ました、尾行の成果の写真を。兄さんが加瀬や客と密会する都度、ホテルの内外で淫らな行為に耽る写真をいやってほど見せ付けられた。路地の壁に押し付けられてキスされる兄さんも、跪いてフェラチオする兄さんも……
兄さんを助けたかった。
なのに気付けば、兄さんに奉仕させる加瀬や上客を自分とすりかえていた。
俺はおかしくなってたんですよ。小説の続きにとりかかろうとしても、指が打ち出すのは兄さんの痴態です。
四六時中兄さんの痴態に呪われてるせいで、書くもの全部兄さんが主人公のポルノに成り下がっちまった。担当に渡せるわけない、汚らわしい欲望の産物に。
どうすれば兄さんを真っ当な道に戻せるか。どうすれば兄さんを他の男に抱かせずにすむか。
ひらめいた。一緒に住めばいい。俺は小説家だから基本一日中家にいます。だから一緒に住んで、朝も昼も晩も一日中兄さんを監視すればいい。
生前の叔母さんがしたように、この家に縛り付ければ。
……皮肉だと思いませんか、結局叔母のやり方をまねするしかないなんて。
兄さんに言いました、アパートを引き払ってこっちにこないかって。そうすると兄さんはやんわりはぐらかす。絶対に「うん」とは言ってくれない。頷いてくれるだけで良かったのに……今の俺はあの頃とちがってなんでも持ってるのに、みんなにちやほやされる小説家になって叔母さんの遺産を継いでなんでもできるのに、兄さんの為に兄さんの欲しがるもの全部用意してあげれるのに。
兄さんが承諾してくれないのにむきになって、気付けば一日十本ニ十本メールを送り付けた。引かれるのはわかってたのに、理性のブレーキが利かなくなってた。
束縛。独占欲。二度と兄さんが兄さんを安売りしなくていいように、俺の印税全部ぶちこんで、幸せにしてやりたかった。
空回る俺から兄さんは次第に遠ざかって……また疎遠になる兆しがして……
あの日、兄さんはすごく体調が悪そうだった。食事中も上の空、三回もカテドラリーを落としました。大丈夫って聞けば大丈夫って生返事をする。全然大丈夫じゃないくせに……そういうとこは意地っ張りだった。
兄さんの体調不良を見かねて、会食を切り上げてタクシーを呼びました。肩を貸した時、例の忌まわしい音がしました。兄さんの身体は熱く火照っていて、汗びっしょりで、苦しそうに息を荒げていました。ああ、今夜も……
誰に会いに行くんだよ。
何されに行くんだよ。
店の前で待ってるタクシーに兄さんを押し込んで見送った。兄さんはシートに伸びてぐったりしていた。ガラス越しの顔は赤く染まって、子どもの頃とは立ち位置が逆転してました。あの時は俺が車内で、兄さんは外に立っていた。
妙な胸騒ぎに駆り立てられ、別のタクシーを拾って尾行を頼みました。俺の予想が外れてりゃいいって、狂おしく願いました。なのに……
記憶は一部途切れてます。気付けば男をボコボコにしていた。興信所が盗撮した写真の男、以前兄さんとキスしていた……血まみれの右拳に折れた前歯が刺さって痛かった。兄さんが縋り付いてこなきゃ殴り殺してた。
路地裏に這い蹲って男のモノをしゃぶってた兄さん。ケツにローター突っ込んでよがってた兄さん。ワックスでテカる革靴をまずそうになめてた兄さん。
半殺しにした男を捨てて、タクシーに乗り込んだ。兄さんの住所は把握してたんで、すぐに言えた。到着した先は築五十年はたってそうなボロアパートで、二階の右端が兄さんの部屋だった。
兄さんを引きずって、パーカーの鍵でドアを開けて、家探ししました。薬を探してたんです。殺風景なワンルームでした。玄関入って右手に浴室のドアがあって、洗面所の戸棚にあるんじゃないかって、開けたのが間違いだった。
洗面所の棚に犇めく悪趣味な大人の玩具の数々。巨大な男根を模した黒いバイブ、卑猥な形状のディルド、滑らかなピンクのローター、アナルパール、プラグ、チューブ入りローション、箱詰めコンドーム。兄さんの商売道具の数々。
来るんじゃなかったって後悔した。見るんじゃなかったって呪った。
思い出が、打ち砕かれた。
「軽蔑したろ」
浴室の床に崩れ落ちて、背中をうなだれる俺に、玄関に倒れ込んだ兄さんが自虐した。
「辛いんだ、らくにしてくれ」
縺れる舌で、火照った顔で、震える手で頼まれた。兄さんを布団に引きずってって、服を脱がせた。ローターの音がうるさくなる。下着ごとジーパンを脱がすと、ピンク色のコードが尻の窄まりからたれていた。ぐっとコードを掴んで、一気に引き抜く。
「何時間入れてんだよ」
「ッぁぁッ」
ちゅぽん、間抜けな音がしてローターが排泄された。使い込まれたアナルは赤い媚肉が開いて、てらりと透明に光る、濃厚なローションが伝っていた。
「食事中もずっとかきまぜられてたのか。サラダやステーキ噛みながら、ケツでイきまくってたのか」
どうりで上の空なわけだ。凶暴な衝動に駆り立てられ、長時間ローターに犯され抜いて弛緩しきったアナルに、三本指を突き入れる。ぐちゃぐちゃとローションをかき混ぜて前立腺をいじめれば、淫らに蕩けきった顔で兄さんがねだってきた。
「亮、抱いて」
「その前に教えろよ。これ、あんただよな」
スマホを操作して『チューベローズ』のサイトを呼び出す。キャストとして一番目に掲載されている男娼は、トレードマークの眼鏡を外し、上半身裸にジーパンのみの兄さんだった。
どこで撮ったんだろうか。赤い壁紙を背景にしたベッドの上で、両方の乳首にリングピアスをし、鎖骨にチューベローズのタトゥーを彫った兄さんが、コンドームを咥えて挑発的に微笑んでいた。
「よく似た他人じゃないか」
兄さんは嘘吐きだ。
布団に仰向けたまま口角の片端を上げ、俺の顔に緩く手をさしのべ、囁く。俺は兄さんを組み敷き、パーカーの胸元を掴んで広げる。鎖骨に咲く純白のチューベローズ。
「知ってるか、兄さん。『チューベローズ』の花言葉」
危険な関係。戯れ。快楽。官能。
「先輩が言ってたっけ」
「『チューベローズ』のキャストは、みんな身体のどこかに彫られてるんだろ」
「よく調べたな」
俺は兄さんに欲情していた。目の前の兄さんは淫乱な本性を露わに熱っぽく潤んだ瞳を細め、俺の顔を手挟み、唇を啄む。
「ご褒美欲しかったんだろ」
ずっとあんたをさがしてた。いなくなってから毎日必死にさがし続けて、やっと会えて、これから幸せにできると思った。めでたしめでたしで結んで、ハッピーエンドで終われると思ったんだ。
俺の目をまっすぐ見詰め、男娼が告げる。
「鎖骨を希望したのは俺。脱いだら客が悦ぶ」
「やめろ」
「脱がせる方が好きな奴もいる。俺みたいに地味なのが見えない所に彫ってると、やたら興奮する変態がいるんだよ。で、いたぶるのに夢中になる」
「やめてくれ」
「ヤッてる最中タトゥーまわりの皮膚が赤くなって、チューベローズが燃えてるみたいで」
絶叫を上げた。聞きたくもないお喋りを止めさせるには、幼稚な挑発に乗るしかない。男を抱くのは初めてだったけど、兄さんが上手にリードしてくれたからちゃんと最後までできた。
「あッ、ぁぁっ、亮そこっ、イっ、奥まで当たってる、すげえ気持ちいい」
暗くて狭くて汚い部屋、薄っぺらい布団に仰向けた兄さんがシーツを蹴ってよがり狂い、チューベローズが幻の香りをふりまく。俺は泣きながら兄さんを犯した。兄さんを抱いてる最中にぶり返したのは苦い初体験の記憶。俺は13、相手は叔母だった。
叔母が兄さんを捨てたのは、弟と愛人契約を結ぶのに不都合だから。
「兄さん、ッ、締まる」
あの人の言うことならなんでも聞いた。俺がいい子にしてれば兄さんを引き取ってくれるっていうから、その言葉を信じて尽くした。

兄さんと一緒に暮らしたかったから。
救いたかったから。
なのにこの人は壊れて、俺も壊れて、兄と弟でヤッている。

「どうしてあとちょっと我慢してくれなかったんだよ、待っててくんなかったんだよ」
「亮、ぁンっあイくっ、ぁッふぁっあ」
「俺が迎えにいくはずだったのにッ、なんでッ」
涙が止まらなかった。兄さんの中は熱くうねって、ドクドク脈打って、夢中で腰を打ち付ける。
チューベローズが燃える。鎖骨にタトゥーを彫った男娼が、とめどない快楽に堕ちて喘ぐ。
「ぁ―――――――――――――――――ッ……」
仰け反り射精する兄さんを抱き締め、チューベローズのタトゥーにキスをする。
……数日後、兄さんが越してきました。
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