鳥葬学園

まさみ

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二十二話

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唐突に風が凪いだ。
「来る」
茶倉が短く断言。カラスの群れが羽ばたき、夕闇が空を支配する。俺は茶倉の片手に頭を押さえ込まれていた。
『私のやや子……』
鳥葬の丘に流れる悲愴な嗚咽。相次いで百姓たちの体が弾け、霧散する。俺たちが今まで見ていたのは過去の残像、実体を共わない幻影だった。
「あ……」
「ァあぁあ」
地面に縫い止められた魚住と板尾が、極限の恐怖と苦痛に顔を引き攣らせる。丘が低く鳴動し、風もないのにススキがざわめきだす。一体、二体。ボロボロの端切れを纏った骸が起き上がる。鳥葬の丘に打ち捨てられた屍が、朽ち果てた骸骨の群れが、あちこちで覚醒する。
「ういが操ってんのか!?ネクロマンサーとか反則だぜ!」
「鳥葬の巫女の権能かいな!」
申し訳に腐肉を纏わせた屍が、既に白骨化した屍が、一歩また一歩とジリ貧背中合わせの俺たちの方に詰め寄ってくる。鳥葬の丘のど真ん中、追い詰められ孤立する俺と茶倉。
『壱の贄……弐の贄……まだ足りない……』
脳裏で真っ赤な閃光が爆ぜた。
「おいうい、聞こえてるか!お前が大昔に酷ェ目に遭ったのはわかった……なんて軽々しく言えねえけど、今の話で大体察した」
ういの事情を知った上で、まだ疑問が残る。
魚住と板尾。何も知らないコイツらが何故先祖の罪を負わなきゃいけなかったのか、先祖の分まで報いを受けなきゃいけなかったのか?
俺の言葉は届かない。叫びは無力だ。説得は虚しいだけ。ういがどんな惨い仕打ちを受けたか知った上で正論を吐けるほど、俺は清く正しい人間じゃねえ。
百姓たちの外道な会話を聞いちまった今じゃ、ういの復讐に正当性さえ感じている。
「―ッ、ごめん、なさい」
何を言えばいいかわからず、結局何も言えず、ギュッと目を瞑って謝罪を絞り出す。地べたに寝転がってる魚住と板尾の分まで謝り、狂おしく命乞いする。
「泣き落としは通じんで」
背中越しの声が冷え込む。言われなくてもわかってる。学ランの袖で涙と鼻水を一緒くたに拭い、真っ赤に腫れた目を瞬く。
「言いたかったら、言った。それだけ」
はなから許してもらえるなんて思っちゃねえ。それでも面と向かって謝らなきゃ、前に進めない。茶倉の背中から伝うぬくもりに勇気を奮い立て、きっぱり宣言する。
「でも、参の贄になる気はさらさらねえ」
それが答えだ。
ういと赤ん坊に同情する気持ちは確かにあるが、かといって身をもって先祖の罪を償うほど殊勝にはなれねえ。
「お前を犯したクズの子孫、全員殺しゃあ満願成就か?この学園が滅びりゃ満足かよ?」
ういが生きていたのが室町時代だとして、男たちの子孫がどれだけ増えて散らばっているかわからない。赤ん坊が生きてるなら、魚住と板尾にその血が入ってる可能性だって否定できねえじゃんか。
篠塚高には俺のダチがたくさんいる。好きな先生もいる。皆殺しなんて当然許せねえし認めらんねえ。
俺はういを止める。どうすりゃいいかさっぱりわかんねえけど、今ここで食い止めなきゃもっと酷ェことが起きる。
ひび割れた数珠をはめた左手で茶倉の手をまさぐる。一瞬びくりと強張った手が、おずおずと握り返してきた。右手と左手の指を絡め合い、数珠を擦らせ、続ける。
「リーチと練チャンの無敵コンビをなめんな」
「しまらんキメ台詞」
茶倉が苦笑気味に脱力する。次の瞬間、激しい縦揺れが襲い足元をすくわれる。四肢に絡み付く強靭な髪の毛。
「うぐっ!」
ギリギリと手足を締め上げられ振り向く。全裸の女が起き上がり、黒髪で俺を束縛していた。
「やめろうい!」
叫んで駆け寄ろうとした茶倉を髪の鞭で薙ぎ払い、至近距離に迫ったういが淫猥に微笑む。
「!っが、」
急激に滑空してきたカラスに右肩を抉られた。今度は反対側から飛来、左肩の肉を削がれる。
やめろと叫ぶ。無駄だ。
俺の頭上で円を描き、かと思えば死角を急襲し、体中の肉を啄んでいく。
「ァッ、ァあっ痛ッぐ」
脇腹を裂かれた。熱い。傷口からはみ出た腸を鋭いくちばしが引っ張る。片方の膝が砕けるも、両腕に巻き付いた髪の毛が倒れるのを許さない。
「理一から離れろクソ女!」
ああ、やっと名前を呼んだ。待て、さっきも呼んだ?どさまぎで聞き漏らしたかも。朦朧とする頭で茶倉が制す声を聞く。冴えた激痛が神経を燃え上がらせる。
「ひゃふ、はァ、ん゛ッぐ」
呂律が回らねえ。束縛がさらに強まり、固く鋭いくちばしが腹腔にねじこまれる。ぐちゅぐちゅと腑をかき回され、ぐちゅぐちゅと中身を食い荒らされる。気持ちいい。気持ち悪い。不規則な痙攣。瀕死の発作。絶頂と地獄が交互に来る。
俺の体はどうしちまった。答えはすぐにでた。霊姦体質。この厄介な体質のせいだ。反吐がでる。だって今、俺が気持ちいいのは
「ンうっ、ぐっ」
瞼の裏で爆ぜるおぞましい映像。小屋の床に押し倒されたういが裸に剥かれ凌辱されている。男たちに尻を引き立てられ、あるいは股をこじ開けられ、かわるがわる犯されている。カラスが腸を引きずりだすたび、肉を引きちぎり持ち去るたび、嘗てういの身に起きた悪夢を追体験させられる。
「~~~~~~~~~~ァッ、ぁ―――――――――ッ」
硬い。
固い。
肋に、恥骨に、ゴツゴツ当たる。
奥の奥まで暴かれて、深く深く抉られて、激しく仰け反り絶頂する。激痛、恥辱、そして快感。痛いのに苦しいのに感じてるのを否定できず、身も心も堕とされていく。
『泣け。叫べ。狂え』
狂気の哄笑が遠く近く渦巻く。カラスの嬲りものと成り果てた俺の耳を、嘲笑が叩く。
「お門違いの逆恨みやん」
茶倉。
「なあうい、知っとるか?幽霊の寿命は平均四百年らしいで。天下分け目の関ケ原合戦で死んだ落ち武者かて成仏する頃合にどんだけ粘っとんねん、地縛霊ギネスにでも挑戦するん?しかもなんや、魚住と板尾がデキたから妬いたんかい?コイツらがしょーもないバカップルなんは否定せんけど、女の嫉妬は醜いで。それともアレか、私生児孕んだ自分と違て幸せそーさかい、憎らしゅうなったん?」
端正な顔がニィイと歪む。
「可哀想ォに。慰めたろか、俺が」
下卑た笑みを顔一杯に浮かべた茶倉が大股にういに歩み寄り、両手で乳房を掴み、揉みしだく。
「ええ乳。Eか」
刹那、標的が変わる。ういの髪の毛が風切る唸りを上げて茶倉の四肢に巻き付き、限界まで引き伸ばす。
「!ぐっ、」
「ちゃくら、おまばっ、アホたれ!?」
「黙っとれ!」
俺を一喝する表情は鬼気迫っていた。髪の毛でギチギチに締め上げられた茶倉の方へ、屍が群がっていく。すかさず顔面に髪の毛が這い、視界を覆い隠す。
「やめろ、どけろ、何する気だ!」
髪の毛で目隠しされた向こうで茶倉が喘ぐ、暴れる、もがく。しめやかな衣擦れ、荒々しい息遣い、ぐちゅぐちゅと何かを捏ね回す音。
「ァあああ゛ッ~~~~~~~~~~~~」
再び激痛が爆ぜた。
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