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十三話
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クリスマスが押し迫ったある日、更衣室のロッカーに制服を吊って帰り支度をしてたら夏見さんに声をかけられた。
「南ちゃん、このあと暇?」
「あー……どうですかね、バイトは入ってませんけど」
「実はね、皆でクリスマス忘年会しようって話になって」
「ちょっと待って、聞いてませんけど。そういうの何日か前にお知らせするんじゃないですか?」
「何日か前に知らせたらシフト入れて逃げるでしょ」
図星だ。
「みんな唄って騒いでパーッとストレス発散、どお?店長の愚痴も言いたい放題の無礼講、他のメンツは既に駅前のカラオケボックスで待機済み。メンバーは内山田さんと緒方くんと凛ちゃんと」
「このあとですかー……冷蔵庫の残り物片付けないと」
「そんなこといって、バイト帰りに廃棄弁当ゲットしてるでしょ」
ばれてた。
「ずっと思ってたのよね、南ちゃんパッと見愛想いいけどなーんか壁あるっていうか」
「ないですよ」
「誘ってもちっとも乗ってくんないし」
「洗濯物取り込み忘れてたり冷蔵庫に賞味期限切れのトマトが入ってたり、ホントたまたま都合悪くって」
「最近仕事中も上の空でミス連発だし、悩み事でもあるんじゃないの?」
夏見さんがふくよかな頬に手をあてる。問い詰められた私はたじたじ。
夏見さんが親切で誘ってくれてるのはわかる。
わかるけど、事故物件に幽霊が出なくなって悩んでるなんて相談できる訳ない。
「えーと……実は副業が行き詰まって?」
「副業?してたんだ!?」
「声大きいですlって!」
「ダブルワークってヤツ?若いのに大変ね~」
「いやー、がんばんないと食べてけないんで」
「ご実家を頼ればいいじゃない、娘さんが帰ってきたら喜ぶでしょ」
何も知らない夏見さんの提案に、優柔不断な苦笑いを返す。
「ウチ、親がいないんで」
「えぇ?」
夏見さんが目をまるくする。初耳だもん、そりゃ驚くよね。
「いないってどうして……不躾かしら」
仕方ない。
事情を説明する。
話を聞いた夏見さんはすっかりしおれてしまった。
「無神経なこと聞いてごめんなさい」
「全然。ともあれそんな訳で、頼る実家も頼れる親もないんで、日々節約節約で自分の食い扶持稼がなきゃダメなんです。冷蔵庫のトマトだって煮るなり焼くなり悪あがきしたいし」
叔母さんに泣き付けば援助してもらえるだろうけど、三十近くにもなって甘えられない。
親がいない事、そしてその理由が原因とは思いたくないけど、専門を卒業して挑んだ企業の面接は全部不合格だった。
今じゃコンビニバイトと事故物件クリーナーでほそぼそ食い繋ぐ日々だけど、高望みさえしなければ別に不自由もない。
「だから……」
夏見さんが頷く。
「ずっと言おうか迷ってたんだけど、南ちゃんが今住んでるのっていわゆるその、事故物件でしょ」
「知ってたんですか」
「噂でね。今年の8月だっけ、大学生の子がベランダで転んで死んだとか。ごい安いんでしょ」
ずけずけ聞いてくるなあ。
「まあ安いですよ、その点は助かってます……なんて言ったら罰当たりだけど」
「やっぱお家賃で選んだ感じ?」
夏見さんの詮索にロッカー扉を閉めて向き直り、事情を話す。
最後の方には神妙な顔になった夏見さんは、私の背中を景気よく叩いて送り出してくれた。
「わかった。そういうことなら早く帰ってあげなさい」
「ありがとうございます」
深々一礼して店を出た時には夜9時を回っていた。
「うっかり話しこんじゃったな……」
そういえば、人に身の上話をするのは初めてかもしれない。強引なトコが叔母さんに似てるせいかな、夏見さんにあれこれ聞かれても嫌な気はしなかった。
叔母さん、どうしてるかな。
「……いい加減電話しなきゃ」
ずっと先送りして逃げてる訳にもいかない。大事な身内と仲違いしたまま、27歳のクリスマスを迎えるのは嫌だ。
とはいえ叔母に投げ付けられた悪罵を思い出すとはらわたが煮えくり返り、一旦出しかけたスマホをポケットに突っこみ、大股にアパートへ帰る。
「南ちゃん、このあと暇?」
「あー……どうですかね、バイトは入ってませんけど」
「実はね、皆でクリスマス忘年会しようって話になって」
「ちょっと待って、聞いてませんけど。そういうの何日か前にお知らせするんじゃないですか?」
「何日か前に知らせたらシフト入れて逃げるでしょ」
図星だ。
「みんな唄って騒いでパーッとストレス発散、どお?店長の愚痴も言いたい放題の無礼講、他のメンツは既に駅前のカラオケボックスで待機済み。メンバーは内山田さんと緒方くんと凛ちゃんと」
「このあとですかー……冷蔵庫の残り物片付けないと」
「そんなこといって、バイト帰りに廃棄弁当ゲットしてるでしょ」
ばれてた。
「ずっと思ってたのよね、南ちゃんパッと見愛想いいけどなーんか壁あるっていうか」
「ないですよ」
「誘ってもちっとも乗ってくんないし」
「洗濯物取り込み忘れてたり冷蔵庫に賞味期限切れのトマトが入ってたり、ホントたまたま都合悪くって」
「最近仕事中も上の空でミス連発だし、悩み事でもあるんじゃないの?」
夏見さんがふくよかな頬に手をあてる。問い詰められた私はたじたじ。
夏見さんが親切で誘ってくれてるのはわかる。
わかるけど、事故物件に幽霊が出なくなって悩んでるなんて相談できる訳ない。
「えーと……実は副業が行き詰まって?」
「副業?してたんだ!?」
「声大きいですlって!」
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「いやー、がんばんないと食べてけないんで」
「ご実家を頼ればいいじゃない、娘さんが帰ってきたら喜ぶでしょ」
何も知らない夏見さんの提案に、優柔不断な苦笑いを返す。
「ウチ、親がいないんで」
「えぇ?」
夏見さんが目をまるくする。初耳だもん、そりゃ驚くよね。
「いないってどうして……不躾かしら」
仕方ない。
事情を説明する。
話を聞いた夏見さんはすっかりしおれてしまった。
「無神経なこと聞いてごめんなさい」
「全然。ともあれそんな訳で、頼る実家も頼れる親もないんで、日々節約節約で自分の食い扶持稼がなきゃダメなんです。冷蔵庫のトマトだって煮るなり焼くなり悪あがきしたいし」
叔母さんに泣き付けば援助してもらえるだろうけど、三十近くにもなって甘えられない。
親がいない事、そしてその理由が原因とは思いたくないけど、専門を卒業して挑んだ企業の面接は全部不合格だった。
今じゃコンビニバイトと事故物件クリーナーでほそぼそ食い繋ぐ日々だけど、高望みさえしなければ別に不自由もない。
「だから……」
夏見さんが頷く。
「ずっと言おうか迷ってたんだけど、南ちゃんが今住んでるのっていわゆるその、事故物件でしょ」
「知ってたんですか」
「噂でね。今年の8月だっけ、大学生の子がベランダで転んで死んだとか。ごい安いんでしょ」
ずけずけ聞いてくるなあ。
「まあ安いですよ、その点は助かってます……なんて言ったら罰当たりだけど」
「やっぱお家賃で選んだ感じ?」
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最後の方には神妙な顔になった夏見さんは、私の背中を景気よく叩いて送り出してくれた。
「わかった。そういうことなら早く帰ってあげなさい」
「ありがとうございます」
深々一礼して店を出た時には夜9時を回っていた。
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そういえば、人に身の上話をするのは初めてかもしれない。強引なトコが叔母さんに似てるせいかな、夏見さんにあれこれ聞かれても嫌な気はしなかった。
叔母さん、どうしてるかな。
「……いい加減電話しなきゃ」
ずっと先送りして逃げてる訳にもいかない。大事な身内と仲違いしたまま、27歳のクリスマスを迎えるのは嫌だ。
とはいえ叔母に投げ付けられた悪罵を思い出すとはらわたが煮えくり返り、一旦出しかけたスマホをポケットに突っこみ、大股にアパートへ帰る。
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