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ダイヤとツリー
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今年の冬はフジマとクリスマスツリーを観に行くことになった。
「駅前のショッピングモールにでっかいツリーがあるんだ。色んな装飾されててキレイなんだ、見に行かないか巧」
「えーツリー?ツリーってただの樅だろ、しかも作り物」
「夢がないな……」
「寒くてだるくて億劫」
「バイトで埋まってるのか。今年もケーキの街頭販売するなら手伝うよ」
「じゃなくて」
ダチとお手て繋いでスツリー見物もなんだか恥ずかしいのだ、わかれよ複雑な男心……別に手を繋ぐ必要はないのだが、ちょこっと願望が入った。見逃せ。
「いいじゃないかたまには」
クリスマスだしねと付け加える幼馴染の横顔は、淡く滲んだイルミネーションに縁取られて輝いて見える。光背効果だろうか?
緑と赤で飾り立てられた街には絶え間なくクリスマスソングが流れ、マフラーを巻いたカップルや家族連れがはしゃいでいる。
クリスマス一色に染め上げられた12月上旬の街角を眺め、隣を歩くフジマが白い息を吐いて尋ねる。
「何歳までサンタ信じてた?」
「8歳かな。お前は?」
「12歳」
「遅っ。え、初耳。中学の一歩手前まで信じてたんだ?」
可愛いとこあるじゃんとニヤ付く。
何をやらせても一歩二歩先を行くスカした幼馴染が、小6までサンタクロースの存在を信じてたとは。
フジマは照れ臭そうに肩を竦めてごまかす。
「当時は純真な子供だったんだよ。夢は願えば叶うと信じてた」
「何願ったんだ。ゲーム機?スマホ?」
「内緒」
「真実を知ったきっかけは?」
「まあ……思春期の入口だしね、色々あるだろ。小学校低学年まではハチミツ入りホットミルクにジンジャーブレッドクッキー添えて出してたよ、サンタさんへどうぞ召し上がれって書いた手紙と一緒に」
「親孝行じゃん」
「回り回ってそうなるね」
純真なエピソードに微笑ましさを感じ、頬を緩めてズレた感想を述べる。
大人になりかけた俺たちはサンタはいないともう知っている。大学生にもなってサンタの実在を信じてるヤツは天然記念物だ。
今はまだ余裕かましているが、来年になりゃ就職の事も真剣に考えなきゃいけない。卒論のテーマ選びも頭が痛い。
ダウンジャケットのポケットに手を突っ込み、さりげなくフジマに聞く。
「お前さー、就職考えてる?」
「ぼちぼち」
「手堅い企業でも受けんの」
「それも考えてるけど……」
フジマが照れ臭そうに言い淀む。俺は首を傾げる。
「待って!」
そこへ冬でも元気に生足さらすミニスカートに女子高生二人組が駆けてくる。逆ナンか?どっちもまあまあかわいい。主に下心から来る淡い期待を裏切り、見知らぬ女子高生はフジマを挟み撃ちする。
「フジマくんですよねモデルの!」
「やばっ、生で見るとマジかっこいい!握手してください、よければサインも!」
「どわっ!」
女子高生がさげたスクール鞄が鳩尾に入り、コントみたいな悲鳴を上げてたたらを踏む。
「巧」
「ででで……いーってほっとけ」
フジマが心配して歩を向けるのが視界に過るが、片手を立てて大丈夫のジェスチャー。しょうもないぶざまをさらしたってのに、フォローされたら惨めさが増す。
「今月号もちょーかっこよかった!」
「フジマくん何着ても似合うから羨ましい、カレに見習わせたい」
「ありがと」
「近所に住んでたんだ、全然知らなかった」
「友達に自慢しちゃおー」
サインペンを押し付けられ、女子高生がこぞってさしだすルーズリーフにサインするフジマ。
やたらしゃれた字の崩し方……実に手慣れている。
「はい」
「わーーーーフジマくんのサインゲット感激、一足先にクリスマスプレゼントもらっちゃった!」
「一生の宝物にするね」
ルーズリーフを返したのち交代で握手をすれば、女子高生たちは白い吐息に映える頬を潮させ、フジマの手を激しくぶん回す。「やば!やば!」と感嘆符を連呼するのも忘れない。
「じゃあねフジマくん」
「お仕事がんばって、次も絶対買うから」
ハイテンションJKが5メートルごとに振り返り、その都度手をぶん回して雑踏に埋もれたあと、注意深くフジマに歩み寄る。
フジマから即座に微笑がかき消え、過保護な恋人の顔に戻る。
「大丈夫か、鳩尾に角入ってたぞ」
「なんとかな。今のって……」
「うーん」
何故か即答せず顎先をマフラーに埋め、隣のコンビニのガラスを親指の腹で指す。
ガラスの向こうには雑誌の陳列棚が面していて、若い子向けのファッション誌が一冊、表紙をこちらに向けていた。
フジマがいた。でかでか表紙を飾っている。
「雑誌は定位置に戻さなきゃね」
今冬のトレンドファッションに身を包み、自然体のカメラ目線で街角にたたずむフジマ。知っているようで知らない顔。
「モデルの仕事?こないだ差し入れ買ってったよな」
「お世話になってる人たちにね」
「すげえじゃん、こんなにでっかく」
フジマは中坊の頃から読者モデルとして活躍していた。
大学生になった今も、ちょくちょくオファーを受けて雑誌のページを飾っているのは知ってたが、そんじょそこらの女子高生に顔と名前が知れ渡るほど人気が上がっていようとは……
男性ファッション誌に疎い俺は、フジマのモデル活動の実態をさっぱり知らなかった。
「実は事務所入らないか誘われてる」
「お前は?どうなんだよ」
「考え中。ちょうど楽しくなってきたとこだし、正直惹かれる提案ではあるんだけど来年は就活だろ?コレ一本で食べてくのはしんどいよ。本気でそっち進むなら親とも話し合わなきゃいけないし。せっかくカネ払って大学まで行かせてくれたのに、なんか言い出しにくくて」
フジマが苦笑いで俯いてマフラーをキツめに巻き直す。俺はガキっぽく口を尖らせ不満を訴える。
「お前さ、なんで」
「え?」
「……なんでもね」
ダウンジャケットのポッケに手を突っ込んでそっぽを向く。フジマの顔に浮かぶ疑問符はシカト。
一応恋人なんだから、悩んでるなら話してほしいというのは贅沢だろうか。
馬鹿で鈍感な俺はフジマの進路に全く無関心で、どうせコイツも俺と同じお気楽キャンパスライフを送ってると決め付けていた。
「よく話してたもんな、撮影で知り合ったスタッフの事。いい人たちみてーだな」
「みんな良くしてくれて頭が上がらない。難易度上がる要求にこたえて、新しいことに挑戦してくのは面白いよ」
フジマはとても気配り上手だ。
売れっ子モデルだからってちっとも鼻にかけず、撮影期間ともなれば俺のバイト先のケーキ屋に立ち寄り、シュークリームだのマカロンだのしばしば差し入れを買っていく。
休憩時間にスタジオの皆と分けるから紙皿やフォークを用意する必要がない、手掴み一口サイズの洋菓子を買うのだと言っていたっけ。
そりゃあまわりに愛されるわけだとやっかむ。
フジマは気恥ずかしそうに頬をかき、やけに生き生きと業界の話を明かす。
「髪型とか服とか気を遣うのはもちろんだけど、顔や目線の向きだけでがらりと印象変わるんだ。どの角度でどうすれば一番映えるのか、そもそもどう見せたいのか常に念頭におかなきゃ」
「カメラマンと衝突することあんの?」
「たまにね。こっちのほうがいい、いやこっちだって言い争いで試行錯誤の繰り返し。俺が折れて引く時もあれば意見が通る時もある」
「へー。ケーキと一緒だな」
「え?」
「うちのケーキも一番美味そうに見える位置や角度にこだわりぬいて並べてんだ。もちっと右がいい、いや左だ、新作はやっぱ正面で推したいって店長と言い合いになってお互い譲らず……忘れてくれ」
とぼけた同意にフジマが吹き出し、仕事仲間に対する尊敬のまなざしを正面に注ぐ。
「照明や小道具も大事。スタッフの人たちと一緒になって最高の物を作り上げてく、手ごたえを感じるよ」
俺の知らないフジマがいる。
俺の知らない人たちに囲まれ、知らない人間関係を築き上げ、一足先に大人になる。
「よっしゃ!」
暗澹たる思いを吹っ切り毅然と顔を上げる。フジマが目を見開く。
「ツリー見に行くか」
「え、いいの?」
「お前の提案だろ」
俺が仕切るのは珍しい。フジマは面食らうものの、嬉しそうに歩く速度を上げる。
きらびやかなイルミネーションが点滅する街を足早に通り抜け、駅前のショッピングモールに来る。
回転扉を抜けてすぐ視界に隆起する威容に圧倒。
ガラスケースにブランド物のバックだのベルベッドの小箱に鎮座する指輪だのが陳列された一階正面玄関を過ぎると、吹き抜けの開放的なホールに綺麗な円錐形のシルエットが盛り上がり、スマホをかざした人だかりが二重三重に取り囲む。
「でけー!」
ホールの中央に巨大な樅の木が聳えている。
金や銀の星に十字架に松ぼっくり、カラフルなボールやリース、雪だるまやサンタクロースのミニチュア人形など、数々のオーナメントで盛られた木はただでさえでかいのに嵩増しされて見える。
手庇でてっぺんを見上げて感嘆する。
「フィンランドから移植したの?」
「さわればわかる」
「やっぱプラスチックじゃん」
「綺麗ならどっちでもいいじゃないか」
「……だな」
「こっち来いよ、オーナメントの飾り付けできるって」
フジマがそばに設営されたブースに行き、担当の係員に「どうも」と会釈してオーナメントの星をとる。
「なあフジマ」
「どうしたのさ」
「だって……大学生の野郎が二人で」
「また出た、すぐ人目を気にする悪い癖。幸せを満喫するのに大忙しで誰も見てないよ」
フジマに促されて周囲を見回す。
なるほど、カップルやファミリー限定って訳じゃなさそうだ。女子高生や女子大生のグループの他にも悪ノリした野郎どもが好き勝手にオーナメントを結び付けていく。
「俺はコレ!サイズから見ててっぺんに輝く一番星だなきっと」
フジマが持ってるのよりでっかい黄金の星を選んで得意がれば、横顔に視線を感じる。
振り向く。誰もいない。さらに視線をさげる。いた。
幼稚園位の女の子が物欲しそうに指をくわえ、俺が吊り下げたお星さまを潤んだ上目で見詰めている。
「えーと……」
手の中の星といたいけな幼女を見比べ、訊く。
「欲しい?」
女の子が小さく頷く。微妙な沈黙。幼女の上目遣いに心が折れた俺はその場にしゃがみ、ふっくらした手のひらにニセモノの星をのせる。
「どうぞ」
「……いいの?」
「レディーファーストが様式美なんだ」
女の子の名前が呼ばれ、血相変えた母親が駆けてくる。
「こら、勝手にどこか行っちゃだめって行ったでしょ!すいませんうちの子が……」
「いいんです、気にしないでください」
「お星さまもらったの?よかったわね、お兄ちゃんにありがとうは?」
「ありがとうお兄ちゃん」
促された女の子がはにかむように笑い、地上にあってなお明るい、デパートの証明やイルミネーションを反射してぴかぴか光る一番星を両手で包む。
「どういたしまして」
なんだか俺まで嬉しくなって、丁寧に手を振り返す。仕方ない、女子供のおねだりには弱いのだ。
気を取り直して段ボール箱の中をあさるが、余り物の星は全部銀色でフジマと同寸大ときた。
「しゃあねえ、手を打ってやる」
まだサンタを信じてるに違いない女の子のプライスレスな笑顔と引き換えて妥協。銀の星のオーナメントを持って、全部をニヤニヤ見守っていたフジマの隣に行く。
「言いたいことあんならどうぞ」
「好きだよ」
「やかましい」
フジマが自ら摘まんだ黄金の星と、俺の手の中でチープに光る銀の星を比べてみせる。
「おそろい?」
「じゃねえよ。お前は金、俺は銀。格がちげーだろ」
しょせん屑石はダイヤに叶わないから。金剛石の聖なる輝きの前にはくすんじまうのだ。
「交換しようか」
「情けはいらねー」
人を馬鹿にした申し出に鼻白む。
行き過ぎた優しさが空回り、いっそ無神経なフジマにますますもってへそを曲げ、ぶっきらぼうに踵を返す。
「巧……怒ってる?」
「さあな」
俺がふてくされた理由がわからず困惑するフジマはさておき、並んでツリーの根元に歩み寄り、まだ空いてる手近な枝に星を結ぶ。
一人一人が手ずから装飾したツリーを数歩さがって仰げば、鈴生りのオーナメントで枝葉が撓みそうな程着ぶくれしてて、ちょっと笑える。
「壮観だな」
「願い星に何祈る?」
「あててみろ」
「クリスマスはおいしいケーキが沢山食べられますように」
「売れ残りで叶うよ。お前は……待て、言わなくてもわかる」
「残念、言いたかったのに」
フジマがおどけて肩を竦め、黄金の星を俺の隣に結わえ付け、満足げな顔をする。
「ヤドリギがないからキスできないね」
「公共の場所でやるか」
「冗談だって」
「なあフジマ」
「何」
「一人で抱え込まないで、もっと話せよ」
フジマがきょとんとして振り向く。
「モデルになってもならなくても別にいいよ、お前がちゃんと考えて決めた事なら応援するだけだ。どっち選んでもフジマはフジマ、目の上のたんこぶのスカした幼馴染、切っても切れねえ腐れ縁。けどさ、後だしはやめろよ。将来何をどうしたいとか、せめて今一番近くにいる俺には最低限話しとけよ。一人で思い詰めんな。終わったあとに聞かされるのは……」
軽く首を振り、フジマの手をそっと握って自分のポケットに突っこむ。
「……遠くに行っちまうみてえで、不安」
雑誌でカッコ付けてるフジマは、俺の知ってるフジマじゃない別の誰かに見えて、時々たまらなくなる。
見てくれも中身も非の打ちどころなく素晴らしいヤツが、なんで俺なんかの隣にいてくれるのかわからねえ。
「お前は何したって余裕でこなして悩みなんかねえみてえに見えるけど、実際そうかもしれねえけど、腹でモヤってる事あんなら現在進行形で関わらせてほしい。仕事でミスった時は愚痴っていいしテンション上がらねー時はサボったっていい、まわりはどうか知んないけど俺が許す」
「優しいね」
「甘えてるだけなら叱る」
「どっちさ」
フジマが情けなさそうにあきれる。
「場合によりけり。だからちゃんと聞かせてくれ」
口角を不敵に吊り上げ、続ける。
「今なに考えてどうしたいのか、俺に迷惑かけるとか心配かけるとかどーでもいいから、カッコ付けてねーで教えてくれ。んで、手伝えることは手伝わせてくれ」
フジマはハリボテを自称する。
コイツがハリボテなら俺は単なる路端の石だ。
本物の輝きを掴もうと必死にあがくハリボテ王子を応援できないなら、恋人でいる資格がない。
本音を言えば、ちょっとだけ妬いていた。
女子高生と握手を交わすフジマは完璧な笑顔で、徹頭徹尾王子様然としてスマートに振る舞って、俺はただただ間抜けなモブみてえに立ち尽くすしかなかったから。
やりたくねえと思った。
他のだれにもやりたくねえと、胸ん中に折り畳んで知らんぷりしてた独占欲が疼いた。
フジマは黙って俺の言葉を聞く。
限りなく愛しそうに目を細め、感謝をこめてポケットの中の手を握り返す。
「巧がやめろっていうならやめる」
「ンなこと言ってねーだろ一言も」
「俺には巧が一番だから。モデル活動に本腰入れたら一緒にいる時間がなくなる」
本気で言ってるのか。
虚を衝かれて端正な横顔を見上げれば、フジマは虚空に視線を投げ、ツリーにオーナメントを結ぶ人々を眺めていた。
「俺のためと俺のせいをはきちがえんな」
答えを委ねられても困る。
ポケットの中の手を再び強く握る。
「やめろなんて言わねーよ、どうしたいかはお前が決めろ。他人に答えを預けんな」
「他人じゃない、俺は」
「ダチでも恋人でも同じだよ、お前の人生はお前の物、舵取りできんのはお前だけ。幼馴染が売れっ子モデルになりゃ自慢できるしひょっとしたらおこぼれもらえるかもしんねーけど、それは俺の手柄でもなんでもねー。仕事に本腰入れたら遊ぶ時間減るけど、そんなの就職したって一緒だろ?だったらやりたいことやれよ」
コイツがもっと輝けるって、俺は知ってる。
俺だけのフジマでいるのがもったいねえくらいに。
「おいてかれるのが寂しいとか、ごねる位なら付き合ってねェよ」
拗ねて僻んで恨んで、かなわないと落ち込むのはやめたのだ。
屑石にも価値があると他ならぬコイツが教えてくれたから、俺は俺のままで自信が持てた。
殻を破るのは難しい。
ボロボロになるかもしれない。
かまうもんか。
深呼吸で顔を上げ、断固たる決意をこめて宣言。
「遠くに行っちまうのがさみしいからって、むかえにきてほしいなんて思わねえよ」
転がる石に苔は生えないと誰かが言った。
転がるダイヤモンドはなおさらだ。
ニセモノだろうがハリボテだろうが、いずれメッキが剥げてひびが入って砕け散ろうが、接着剤で補修してまたはじめりゃいい。
坂道を転がる速度でボロを出せなくて、何がパートナーだ。
「お前がみんなのフジマになっちまっても、ゴロゴロ体当たりで転がってきゃいいだけよ。屑石のタフさなめんな」
フジマの目を挑むように見据え、キメ角度で微笑む。
「ゆっくりじっくり悩んで決めろ。上手いアドバイスはできねーけど代わりにそばにいてやる、弱音吐きたきゃ聞いてやる。寄っかかりたくなったら太っ腹な巧様が肩でも膝でも貸してやっから、そん時だけは王子様休んでいいぜ」
ずっと王子様でい続けるのはしんどい。
小うるさい女子高生にちやほやされてる間、フジマはまるで綻びのない笑顔をキープしていた。
けど、ほんの一瞬ボロが出た。
道行くファンに捕まっちまった迂闊さを呪い、俺を巻き込んだのを悔やむ表情。
今だって当たり前にサインをねだられるのだから、もっと有名になったらショッピングモール名物のツリーをダチと見に行く、ちょっとしたイベントの行き帰りにもファンサービスが組み込まれる。
フジマに反感しか持ってなかった頃は嫌味きわまりなかったが、コイツのおかげで少しだけ大人になれた今は、常に期待に報いねばならないプレッシャーや王子様でい続ける苦労を汲める。
完璧じゃないフジマが、だからこそ愛おしいんだ。
仰げば天に摩する遥か彼方、どうあがいたところで手の届かない樅の先端でダイヤモンドのごとくきらめく一番星より、俺たちの視線の先に並んで輝く、紛い物の星の方が愛しいのと同じ理屈で。
しゃんしゃん愉快なクリスマスソングが流れる中、雑踏のざわめきから隔てられ停滞した時間の中で立ち尽くせば、フジマがおもむろに小指を立てる。
「わかった、うち帰ったらじっくり話す。迷ったらアドバイスくれ」
「モデルになんなら所属祝い、就活すんなら就職祝いのケーキ予約しとく」
フジマに付き合い、小指同士を絡めて約束を交わす。指きりげんまんはガキの頃ぶりだ。
フジマはほんのちょっと苦笑し、こける時でも前のめりに話を進める俺を眩げに見る。
「気が早いな」
「お前なら大丈夫、どっちに転ぼうとダイヤモンドは割れねーもん」
「ハリボテだよ」
「なおさらラッキーじゃん、砕け散る心配しねえですむ」
「……子供の時さ」
「ん?」
「どうしても手に入れたいものがあって」
脈絡ない発言に戸惑えば、フジマがとびきりの笑顔で向き直り、自分のマフラーを俺の首にかけて横顔を隠す。
「巧が欲しいってサンタにお願いしたんだ。夢ならもうかなってる」
マフラーが頬に触れた一瞬、唇が重なる。
雪の結晶に見立てた豆電球が絡まる枝、視界の至る所を埋め尽くす緑と赤のツートンカラー。
この場に居合わせた誰も不幸にならないと宗教に関係なく空の上の神様が約束する祝祭の雰囲気。
人の願いの数だけオーナメントを実らせた満艦飾のツリーが見守る中、ショッピングモールを行き来する人々はマフラーの内側で行われてる事にちっとも気付かず笑い合い、軽快なクリスマスソングが華やぐ空間を満たす。
キスの口実がもらえるヤドリギの下じゃないけれど、俺がやったマフラーは目くらましの役割を果たしてくれた。
「……観覧車ん時と同じオチじゃん。減点」
頬の火照りを持て余して俯けば、俺の首にマフラーを巻いて離れていくフジマが真剣に告げる。
「俺は巧だけの俺だよ」
皆のフジマじゃない、俺だけのフジマだとひたむきに念を押し、率直な目で目を覗きこむ。
「所有格を使っていいのはお前だけ。他のヤツのものになんて絶対ならないから安心して」
「いいのかよ安請け合い」
「安くない。片想い歴苦節何年だと思ってるんだ、やっと報われたんだ、毎日が奇跡みたいなのに手放すもんか」
不安にさせまいと誠心誠意誓いを立て、俺の手に両手を被せるや息を吐いて暖めにかかる。
「いま巧が欲しいものが俺とおなじなら嬉しいな」
言うまでもねえ。
その後俺たちがどうしたかはご想像におまかせしたい。
サンタが幸せ運ぶきよしこの夜、人工の天に摩するツリーには金と銀の星が仲良く輝くのだった。
「駅前のショッピングモールにでっかいツリーがあるんだ。色んな装飾されててキレイなんだ、見に行かないか巧」
「えーツリー?ツリーってただの樅だろ、しかも作り物」
「夢がないな……」
「寒くてだるくて億劫」
「バイトで埋まってるのか。今年もケーキの街頭販売するなら手伝うよ」
「じゃなくて」
ダチとお手て繋いでスツリー見物もなんだか恥ずかしいのだ、わかれよ複雑な男心……別に手を繋ぐ必要はないのだが、ちょこっと願望が入った。見逃せ。
「いいじゃないかたまには」
クリスマスだしねと付け加える幼馴染の横顔は、淡く滲んだイルミネーションに縁取られて輝いて見える。光背効果だろうか?
緑と赤で飾り立てられた街には絶え間なくクリスマスソングが流れ、マフラーを巻いたカップルや家族連れがはしゃいでいる。
クリスマス一色に染め上げられた12月上旬の街角を眺め、隣を歩くフジマが白い息を吐いて尋ねる。
「何歳までサンタ信じてた?」
「8歳かな。お前は?」
「12歳」
「遅っ。え、初耳。中学の一歩手前まで信じてたんだ?」
可愛いとこあるじゃんとニヤ付く。
何をやらせても一歩二歩先を行くスカした幼馴染が、小6までサンタクロースの存在を信じてたとは。
フジマは照れ臭そうに肩を竦めてごまかす。
「当時は純真な子供だったんだよ。夢は願えば叶うと信じてた」
「何願ったんだ。ゲーム機?スマホ?」
「内緒」
「真実を知ったきっかけは?」
「まあ……思春期の入口だしね、色々あるだろ。小学校低学年まではハチミツ入りホットミルクにジンジャーブレッドクッキー添えて出してたよ、サンタさんへどうぞ召し上がれって書いた手紙と一緒に」
「親孝行じゃん」
「回り回ってそうなるね」
純真なエピソードに微笑ましさを感じ、頬を緩めてズレた感想を述べる。
大人になりかけた俺たちはサンタはいないともう知っている。大学生にもなってサンタの実在を信じてるヤツは天然記念物だ。
今はまだ余裕かましているが、来年になりゃ就職の事も真剣に考えなきゃいけない。卒論のテーマ選びも頭が痛い。
ダウンジャケットのポケットに手を突っ込み、さりげなくフジマに聞く。
「お前さー、就職考えてる?」
「ぼちぼち」
「手堅い企業でも受けんの」
「それも考えてるけど……」
フジマが照れ臭そうに言い淀む。俺は首を傾げる。
「待って!」
そこへ冬でも元気に生足さらすミニスカートに女子高生二人組が駆けてくる。逆ナンか?どっちもまあまあかわいい。主に下心から来る淡い期待を裏切り、見知らぬ女子高生はフジマを挟み撃ちする。
「フジマくんですよねモデルの!」
「やばっ、生で見るとマジかっこいい!握手してください、よければサインも!」
「どわっ!」
女子高生がさげたスクール鞄が鳩尾に入り、コントみたいな悲鳴を上げてたたらを踏む。
「巧」
「ででで……いーってほっとけ」
フジマが心配して歩を向けるのが視界に過るが、片手を立てて大丈夫のジェスチャー。しょうもないぶざまをさらしたってのに、フォローされたら惨めさが増す。
「今月号もちょーかっこよかった!」
「フジマくん何着ても似合うから羨ましい、カレに見習わせたい」
「ありがと」
「近所に住んでたんだ、全然知らなかった」
「友達に自慢しちゃおー」
サインペンを押し付けられ、女子高生がこぞってさしだすルーズリーフにサインするフジマ。
やたらしゃれた字の崩し方……実に手慣れている。
「はい」
「わーーーーフジマくんのサインゲット感激、一足先にクリスマスプレゼントもらっちゃった!」
「一生の宝物にするね」
ルーズリーフを返したのち交代で握手をすれば、女子高生たちは白い吐息に映える頬を潮させ、フジマの手を激しくぶん回す。「やば!やば!」と感嘆符を連呼するのも忘れない。
「じゃあねフジマくん」
「お仕事がんばって、次も絶対買うから」
ハイテンションJKが5メートルごとに振り返り、その都度手をぶん回して雑踏に埋もれたあと、注意深くフジマに歩み寄る。
フジマから即座に微笑がかき消え、過保護な恋人の顔に戻る。
「大丈夫か、鳩尾に角入ってたぞ」
「なんとかな。今のって……」
「うーん」
何故か即答せず顎先をマフラーに埋め、隣のコンビニのガラスを親指の腹で指す。
ガラスの向こうには雑誌の陳列棚が面していて、若い子向けのファッション誌が一冊、表紙をこちらに向けていた。
フジマがいた。でかでか表紙を飾っている。
「雑誌は定位置に戻さなきゃね」
今冬のトレンドファッションに身を包み、自然体のカメラ目線で街角にたたずむフジマ。知っているようで知らない顔。
「モデルの仕事?こないだ差し入れ買ってったよな」
「お世話になってる人たちにね」
「すげえじゃん、こんなにでっかく」
フジマは中坊の頃から読者モデルとして活躍していた。
大学生になった今も、ちょくちょくオファーを受けて雑誌のページを飾っているのは知ってたが、そんじょそこらの女子高生に顔と名前が知れ渡るほど人気が上がっていようとは……
男性ファッション誌に疎い俺は、フジマのモデル活動の実態をさっぱり知らなかった。
「実は事務所入らないか誘われてる」
「お前は?どうなんだよ」
「考え中。ちょうど楽しくなってきたとこだし、正直惹かれる提案ではあるんだけど来年は就活だろ?コレ一本で食べてくのはしんどいよ。本気でそっち進むなら親とも話し合わなきゃいけないし。せっかくカネ払って大学まで行かせてくれたのに、なんか言い出しにくくて」
フジマが苦笑いで俯いてマフラーをキツめに巻き直す。俺はガキっぽく口を尖らせ不満を訴える。
「お前さ、なんで」
「え?」
「……なんでもね」
ダウンジャケットのポッケに手を突っ込んでそっぽを向く。フジマの顔に浮かぶ疑問符はシカト。
一応恋人なんだから、悩んでるなら話してほしいというのは贅沢だろうか。
馬鹿で鈍感な俺はフジマの進路に全く無関心で、どうせコイツも俺と同じお気楽キャンパスライフを送ってると決め付けていた。
「よく話してたもんな、撮影で知り合ったスタッフの事。いい人たちみてーだな」
「みんな良くしてくれて頭が上がらない。難易度上がる要求にこたえて、新しいことに挑戦してくのは面白いよ」
フジマはとても気配り上手だ。
売れっ子モデルだからってちっとも鼻にかけず、撮影期間ともなれば俺のバイト先のケーキ屋に立ち寄り、シュークリームだのマカロンだのしばしば差し入れを買っていく。
休憩時間にスタジオの皆と分けるから紙皿やフォークを用意する必要がない、手掴み一口サイズの洋菓子を買うのだと言っていたっけ。
そりゃあまわりに愛されるわけだとやっかむ。
フジマは気恥ずかしそうに頬をかき、やけに生き生きと業界の話を明かす。
「髪型とか服とか気を遣うのはもちろんだけど、顔や目線の向きだけでがらりと印象変わるんだ。どの角度でどうすれば一番映えるのか、そもそもどう見せたいのか常に念頭におかなきゃ」
「カメラマンと衝突することあんの?」
「たまにね。こっちのほうがいい、いやこっちだって言い争いで試行錯誤の繰り返し。俺が折れて引く時もあれば意見が通る時もある」
「へー。ケーキと一緒だな」
「え?」
「うちのケーキも一番美味そうに見える位置や角度にこだわりぬいて並べてんだ。もちっと右がいい、いや左だ、新作はやっぱ正面で推したいって店長と言い合いになってお互い譲らず……忘れてくれ」
とぼけた同意にフジマが吹き出し、仕事仲間に対する尊敬のまなざしを正面に注ぐ。
「照明や小道具も大事。スタッフの人たちと一緒になって最高の物を作り上げてく、手ごたえを感じるよ」
俺の知らないフジマがいる。
俺の知らない人たちに囲まれ、知らない人間関係を築き上げ、一足先に大人になる。
「よっしゃ!」
暗澹たる思いを吹っ切り毅然と顔を上げる。フジマが目を見開く。
「ツリー見に行くか」
「え、いいの?」
「お前の提案だろ」
俺が仕切るのは珍しい。フジマは面食らうものの、嬉しそうに歩く速度を上げる。
きらびやかなイルミネーションが点滅する街を足早に通り抜け、駅前のショッピングモールに来る。
回転扉を抜けてすぐ視界に隆起する威容に圧倒。
ガラスケースにブランド物のバックだのベルベッドの小箱に鎮座する指輪だのが陳列された一階正面玄関を過ぎると、吹き抜けの開放的なホールに綺麗な円錐形のシルエットが盛り上がり、スマホをかざした人だかりが二重三重に取り囲む。
「でけー!」
ホールの中央に巨大な樅の木が聳えている。
金や銀の星に十字架に松ぼっくり、カラフルなボールやリース、雪だるまやサンタクロースのミニチュア人形など、数々のオーナメントで盛られた木はただでさえでかいのに嵩増しされて見える。
手庇でてっぺんを見上げて感嘆する。
「フィンランドから移植したの?」
「さわればわかる」
「やっぱプラスチックじゃん」
「綺麗ならどっちでもいいじゃないか」
「……だな」
「こっち来いよ、オーナメントの飾り付けできるって」
フジマがそばに設営されたブースに行き、担当の係員に「どうも」と会釈してオーナメントの星をとる。
「なあフジマ」
「どうしたのさ」
「だって……大学生の野郎が二人で」
「また出た、すぐ人目を気にする悪い癖。幸せを満喫するのに大忙しで誰も見てないよ」
フジマに促されて周囲を見回す。
なるほど、カップルやファミリー限定って訳じゃなさそうだ。女子高生や女子大生のグループの他にも悪ノリした野郎どもが好き勝手にオーナメントを結び付けていく。
「俺はコレ!サイズから見ててっぺんに輝く一番星だなきっと」
フジマが持ってるのよりでっかい黄金の星を選んで得意がれば、横顔に視線を感じる。
振り向く。誰もいない。さらに視線をさげる。いた。
幼稚園位の女の子が物欲しそうに指をくわえ、俺が吊り下げたお星さまを潤んだ上目で見詰めている。
「えーと……」
手の中の星といたいけな幼女を見比べ、訊く。
「欲しい?」
女の子が小さく頷く。微妙な沈黙。幼女の上目遣いに心が折れた俺はその場にしゃがみ、ふっくらした手のひらにニセモノの星をのせる。
「どうぞ」
「……いいの?」
「レディーファーストが様式美なんだ」
女の子の名前が呼ばれ、血相変えた母親が駆けてくる。
「こら、勝手にどこか行っちゃだめって行ったでしょ!すいませんうちの子が……」
「いいんです、気にしないでください」
「お星さまもらったの?よかったわね、お兄ちゃんにありがとうは?」
「ありがとうお兄ちゃん」
促された女の子がはにかむように笑い、地上にあってなお明るい、デパートの証明やイルミネーションを反射してぴかぴか光る一番星を両手で包む。
「どういたしまして」
なんだか俺まで嬉しくなって、丁寧に手を振り返す。仕方ない、女子供のおねだりには弱いのだ。
気を取り直して段ボール箱の中をあさるが、余り物の星は全部銀色でフジマと同寸大ときた。
「しゃあねえ、手を打ってやる」
まだサンタを信じてるに違いない女の子のプライスレスな笑顔と引き換えて妥協。銀の星のオーナメントを持って、全部をニヤニヤ見守っていたフジマの隣に行く。
「言いたいことあんならどうぞ」
「好きだよ」
「やかましい」
フジマが自ら摘まんだ黄金の星と、俺の手の中でチープに光る銀の星を比べてみせる。
「おそろい?」
「じゃねえよ。お前は金、俺は銀。格がちげーだろ」
しょせん屑石はダイヤに叶わないから。金剛石の聖なる輝きの前にはくすんじまうのだ。
「交換しようか」
「情けはいらねー」
人を馬鹿にした申し出に鼻白む。
行き過ぎた優しさが空回り、いっそ無神経なフジマにますますもってへそを曲げ、ぶっきらぼうに踵を返す。
「巧……怒ってる?」
「さあな」
俺がふてくされた理由がわからず困惑するフジマはさておき、並んでツリーの根元に歩み寄り、まだ空いてる手近な枝に星を結ぶ。
一人一人が手ずから装飾したツリーを数歩さがって仰げば、鈴生りのオーナメントで枝葉が撓みそうな程着ぶくれしてて、ちょっと笑える。
「壮観だな」
「願い星に何祈る?」
「あててみろ」
「クリスマスはおいしいケーキが沢山食べられますように」
「売れ残りで叶うよ。お前は……待て、言わなくてもわかる」
「残念、言いたかったのに」
フジマがおどけて肩を竦め、黄金の星を俺の隣に結わえ付け、満足げな顔をする。
「ヤドリギがないからキスできないね」
「公共の場所でやるか」
「冗談だって」
「なあフジマ」
「何」
「一人で抱え込まないで、もっと話せよ」
フジマがきょとんとして振り向く。
「モデルになってもならなくても別にいいよ、お前がちゃんと考えて決めた事なら応援するだけだ。どっち選んでもフジマはフジマ、目の上のたんこぶのスカした幼馴染、切っても切れねえ腐れ縁。けどさ、後だしはやめろよ。将来何をどうしたいとか、せめて今一番近くにいる俺には最低限話しとけよ。一人で思い詰めんな。終わったあとに聞かされるのは……」
軽く首を振り、フジマの手をそっと握って自分のポケットに突っこむ。
「……遠くに行っちまうみてえで、不安」
雑誌でカッコ付けてるフジマは、俺の知ってるフジマじゃない別の誰かに見えて、時々たまらなくなる。
見てくれも中身も非の打ちどころなく素晴らしいヤツが、なんで俺なんかの隣にいてくれるのかわからねえ。
「お前は何したって余裕でこなして悩みなんかねえみてえに見えるけど、実際そうかもしれねえけど、腹でモヤってる事あんなら現在進行形で関わらせてほしい。仕事でミスった時は愚痴っていいしテンション上がらねー時はサボったっていい、まわりはどうか知んないけど俺が許す」
「優しいね」
「甘えてるだけなら叱る」
「どっちさ」
フジマが情けなさそうにあきれる。
「場合によりけり。だからちゃんと聞かせてくれ」
口角を不敵に吊り上げ、続ける。
「今なに考えてどうしたいのか、俺に迷惑かけるとか心配かけるとかどーでもいいから、カッコ付けてねーで教えてくれ。んで、手伝えることは手伝わせてくれ」
フジマはハリボテを自称する。
コイツがハリボテなら俺は単なる路端の石だ。
本物の輝きを掴もうと必死にあがくハリボテ王子を応援できないなら、恋人でいる資格がない。
本音を言えば、ちょっとだけ妬いていた。
女子高生と握手を交わすフジマは完璧な笑顔で、徹頭徹尾王子様然としてスマートに振る舞って、俺はただただ間抜けなモブみてえに立ち尽くすしかなかったから。
やりたくねえと思った。
他のだれにもやりたくねえと、胸ん中に折り畳んで知らんぷりしてた独占欲が疼いた。
フジマは黙って俺の言葉を聞く。
限りなく愛しそうに目を細め、感謝をこめてポケットの中の手を握り返す。
「巧がやめろっていうならやめる」
「ンなこと言ってねーだろ一言も」
「俺には巧が一番だから。モデル活動に本腰入れたら一緒にいる時間がなくなる」
本気で言ってるのか。
虚を衝かれて端正な横顔を見上げれば、フジマは虚空に視線を投げ、ツリーにオーナメントを結ぶ人々を眺めていた。
「俺のためと俺のせいをはきちがえんな」
答えを委ねられても困る。
ポケットの中の手を再び強く握る。
「やめろなんて言わねーよ、どうしたいかはお前が決めろ。他人に答えを預けんな」
「他人じゃない、俺は」
「ダチでも恋人でも同じだよ、お前の人生はお前の物、舵取りできんのはお前だけ。幼馴染が売れっ子モデルになりゃ自慢できるしひょっとしたらおこぼれもらえるかもしんねーけど、それは俺の手柄でもなんでもねー。仕事に本腰入れたら遊ぶ時間減るけど、そんなの就職したって一緒だろ?だったらやりたいことやれよ」
コイツがもっと輝けるって、俺は知ってる。
俺だけのフジマでいるのがもったいねえくらいに。
「おいてかれるのが寂しいとか、ごねる位なら付き合ってねェよ」
拗ねて僻んで恨んで、かなわないと落ち込むのはやめたのだ。
屑石にも価値があると他ならぬコイツが教えてくれたから、俺は俺のままで自信が持てた。
殻を破るのは難しい。
ボロボロになるかもしれない。
かまうもんか。
深呼吸で顔を上げ、断固たる決意をこめて宣言。
「遠くに行っちまうのがさみしいからって、むかえにきてほしいなんて思わねえよ」
転がる石に苔は生えないと誰かが言った。
転がるダイヤモンドはなおさらだ。
ニセモノだろうがハリボテだろうが、いずれメッキが剥げてひびが入って砕け散ろうが、接着剤で補修してまたはじめりゃいい。
坂道を転がる速度でボロを出せなくて、何がパートナーだ。
「お前がみんなのフジマになっちまっても、ゴロゴロ体当たりで転がってきゃいいだけよ。屑石のタフさなめんな」
フジマの目を挑むように見据え、キメ角度で微笑む。
「ゆっくりじっくり悩んで決めろ。上手いアドバイスはできねーけど代わりにそばにいてやる、弱音吐きたきゃ聞いてやる。寄っかかりたくなったら太っ腹な巧様が肩でも膝でも貸してやっから、そん時だけは王子様休んでいいぜ」
ずっと王子様でい続けるのはしんどい。
小うるさい女子高生にちやほやされてる間、フジマはまるで綻びのない笑顔をキープしていた。
けど、ほんの一瞬ボロが出た。
道行くファンに捕まっちまった迂闊さを呪い、俺を巻き込んだのを悔やむ表情。
今だって当たり前にサインをねだられるのだから、もっと有名になったらショッピングモール名物のツリーをダチと見に行く、ちょっとしたイベントの行き帰りにもファンサービスが組み込まれる。
フジマに反感しか持ってなかった頃は嫌味きわまりなかったが、コイツのおかげで少しだけ大人になれた今は、常に期待に報いねばならないプレッシャーや王子様でい続ける苦労を汲める。
完璧じゃないフジマが、だからこそ愛おしいんだ。
仰げば天に摩する遥か彼方、どうあがいたところで手の届かない樅の先端でダイヤモンドのごとくきらめく一番星より、俺たちの視線の先に並んで輝く、紛い物の星の方が愛しいのと同じ理屈で。
しゃんしゃん愉快なクリスマスソングが流れる中、雑踏のざわめきから隔てられ停滞した時間の中で立ち尽くせば、フジマがおもむろに小指を立てる。
「わかった、うち帰ったらじっくり話す。迷ったらアドバイスくれ」
「モデルになんなら所属祝い、就活すんなら就職祝いのケーキ予約しとく」
フジマに付き合い、小指同士を絡めて約束を交わす。指きりげんまんはガキの頃ぶりだ。
フジマはほんのちょっと苦笑し、こける時でも前のめりに話を進める俺を眩げに見る。
「気が早いな」
「お前なら大丈夫、どっちに転ぼうとダイヤモンドは割れねーもん」
「ハリボテだよ」
「なおさらラッキーじゃん、砕け散る心配しねえですむ」
「……子供の時さ」
「ん?」
「どうしても手に入れたいものがあって」
脈絡ない発言に戸惑えば、フジマがとびきりの笑顔で向き直り、自分のマフラーを俺の首にかけて横顔を隠す。
「巧が欲しいってサンタにお願いしたんだ。夢ならもうかなってる」
マフラーが頬に触れた一瞬、唇が重なる。
雪の結晶に見立てた豆電球が絡まる枝、視界の至る所を埋め尽くす緑と赤のツートンカラー。
この場に居合わせた誰も不幸にならないと宗教に関係なく空の上の神様が約束する祝祭の雰囲気。
人の願いの数だけオーナメントを実らせた満艦飾のツリーが見守る中、ショッピングモールを行き来する人々はマフラーの内側で行われてる事にちっとも気付かず笑い合い、軽快なクリスマスソングが華やぐ空間を満たす。
キスの口実がもらえるヤドリギの下じゃないけれど、俺がやったマフラーは目くらましの役割を果たしてくれた。
「……観覧車ん時と同じオチじゃん。減点」
頬の火照りを持て余して俯けば、俺の首にマフラーを巻いて離れていくフジマが真剣に告げる。
「俺は巧だけの俺だよ」
皆のフジマじゃない、俺だけのフジマだとひたむきに念を押し、率直な目で目を覗きこむ。
「所有格を使っていいのはお前だけ。他のヤツのものになんて絶対ならないから安心して」
「いいのかよ安請け合い」
「安くない。片想い歴苦節何年だと思ってるんだ、やっと報われたんだ、毎日が奇跡みたいなのに手放すもんか」
不安にさせまいと誠心誠意誓いを立て、俺の手に両手を被せるや息を吐いて暖めにかかる。
「いま巧が欲しいものが俺とおなじなら嬉しいな」
言うまでもねえ。
その後俺たちがどうしたかはご想像におまかせしたい。
サンタが幸せ運ぶきよしこの夜、人工の天に摩するツリーには金と銀の星が仲良く輝くのだった。
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