回々団地

まさみ

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十二口目

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ギスギスした空気はどうも苦手。不毛な言い争いからてってけトンズラし、別の意味で修羅場ってるスタッフに合流する。
「すんませーん、手伝うことありますか」
大忙しで立ち働いてた男女が顔を上げる。目には疑問と誰何の色。
「誰?」
「茶倉の助手の烏丸理一っす、休みの人の代わりに入った」
「筒井さんの?」
「プロデューサーが言ってた人か」
話が通ってるぽい雰囲気にホッとし、堂々胸を叩いて宣言。
「体力に自信あるんで力仕事はまかせてください。レフ板持ちます?」
一夜漬けで機材の名前を覚え込んだ俺に、マフラータオルを巻いてアンプの調整をしていたポニテ女子が苦笑い。
「気持ちだけ有り難くもらっとく。素人さんにさわらせるのはちょっと」
「あ」
そりゃそうか、専門知識もねえのに取り扱って高価な機材壊しちまったら大変だ。
万一やらかして弁償する羽目になっても茶倉は絶対貸しちゃくれねえし、貸してくれたらくれたであとが怖え。三日で一割の利息は正気の沙汰じゃねえ上、返済が遅れようもんなら期間限定ダッツを追加で貢がされる。以前断腸の想いで家賃を借りた時は追いダッツを手に入れる為にコンビニ四軒ハシゴした。
気合いが見事に空回りした自称助っ人をチラ見し、背中を向けて相談おっぱじめる男女スタッフ。
「どうする?」
「できることある?」
「プロデューサーの肩揉み?」
「うちわ係は?」
「ハンディファン使え」
俺の存在は扇風機以下か、いたたまれねえ。体育会系ツーブロックの青年が明るく頼む。
「じゃ、クーラーボックスあっちに運んどいてください」
「押忍!」
「演者さんやカメラがコケちゃうといけないから石もよけといてくれると助かる。これ軍手」
「お借りします」
新しい軍手をはめて石ころを取り除き、できる範囲の草を見苦しくねえ程度にむしり、紫外線対策のサンシェードを差し掛け、アウトドアチェアやキャンプテーブルを組み立てていく。
「日陰作ったんで移ってください」
「悪いね」
力石さんが手を挙げて労ってくれた。当然の如く茶倉はシカト、塩対応にゃ慣れてっからへこたれねぞ別に。喜屋武さんはスマホと睨めっこでブツブツ呟いていた。コントのネタ練ってんのかな、だいぶ煮詰まってる様子。能天気な相方とは対照的だ。
なんてことをぼんやり考えていたら矢継ぎ早にオーダーが飛ぶ。
「魔法瓶も出しといてくれるかなー」
「いいともー」
根元に力を込めて草を引っこ抜く。遠くに石ころを投げ捨てる。がむしゃらに働いてるうちに暑くなり、脱いだスカジャンを腰に結び、腕の付け根までシャツをまくる。
引き続きクーラーボックスで保冷剤と飲み物を冷やし、魔法瓶の横に逆さ重ねの紙コップとアルコール消毒のプッシュボトルを安置。
備品の場所はスタッフに聞きゃ教えてくれた。これでも元主将、部員の面倒見んのは慣れっこ。夏の三種の神器、虫除けスプレー・キンカン・蚊取り線香も並べとく。
「バスん中に日焼け止めクリーム忘れちゃった、取ってきてくんない?今マネさんと打ち合わせ中で」
「よしきた」
お安い御用と請け負い、日焼け止めクリームをサナギちゃんに届ける。ご褒美は可憐な笑顔。
「サンキュ。優しいねすまちー」
「どういたしまして」
マフラータオルで顔の汗を拭き、ポニテ女子が寄ってきた。
「ねえねえ烏丸くんと茶倉さんてどんな関係?マネじゃないんだよね」
「バスじゃ隣に座ってたよね」
作業が一段落したオーバーオール女子がそこに加わる。
「十年来の付き合いっすね。高校の同級生で腐れ縁、今は事務所で雇ってもらってます。ちょいワケありで憑かれやすい体質なもんで、厄介なの拾ったらその都度お祓いしてもらったり」
「マブダチなんだ?」
「ユーチューブの動画も俺が企画立案したんですよ、バズりの仕掛け人」
「数珠タピオカの生みの親?すご!」
調子に乗って鼻の下をこする。
「ここだけのハナシ俺がいなきゃな~んもできないんスよアイツ、靴下に飽き足らずパンツまで洗わせる体たらく」
「チャクラ王子のパンツ気になる。どんなのはいてんの」
「ブリーフ?トランクス?ボクサー?」
「黒や灰色のボクサーっすよ、ベッド下の引き出しに畳んでしまってある」
キャーッと黄色い声を上げる二人にやや引く。そんな知りてえネタか?女心はわかんねえ……待てよセクハラじゃねえの?
ちなみにブランド物のスーツはクリーニング行き。俺にまかすと皺になるってのが同居人の言い分だ、自分で洗え自分で。
「住み込みで働いてんの?」
「ルームシェアうらやま~」
「番組出るって決まった時からチャクラ王子いいよねって話してたんだ、かっこいいしお金持ちだし」
「立ち姿シュッとしてモデルさんみたい。両サイドのメッシュもキマってる」
「アレは若白髪」
「嘘っ!?」
「うん嘘」
「なんだあ」
「チャクラ王子なら若白髪でも推せる。ギャップ萌え最強」
「仲良くなったら手相やオーラ診てくれるってホント?私も婚期占ってほしい、同居の親がうるさくて」
「恋愛運高めるパワーストーン選んでもらいたい」
下心込みの噂が大手を振って独り歩きしてる。それはそれとしてチャクラ王子の人気は上々、外面の良さにみんなまんまとだまされてる。しかしまあ、ファンの夢を壊すのも大人げねえので黙っとく。
年格好が似た奴が多いせいか、次第に敬語が砕けてタメ口になってきた。
スタッフの一人、タブレットを操作してた野暮ったいロン毛が聞いてくる。
「あの美人おたくの知り合い?」
視線の先にはピンクのポロシャツにグラサンを掛けた、うさんくさい親父と談笑する操さんが。
「茶倉のセ、元クライアント。会員制のジムとかスパとか手広くやってる社長さんで、芸能界に顔利くんで臨時マネ頼んだんだ。俺にゃそっちのノウハウねえし」
あっぶねえ、セフレ兼パトロンて口走るとこだった。ポニテがいそいそ身を乗り出す。
「成ピーがね、あの人のやってる高級ジムの会員なんだって。週二で絞りに行ってるとか聞いてもないのに話してた」
「なるぴー?」
「ピンクのポロシャツのおっさん、成瀬プロデューサー。人気バラエティーの編成に関わってたやり手」
ポニテが言った番組名は全部知ってる。
「そんなすげー人が低予算の深夜枠受け持ってんだ」
迂闊な失言を悔やむより早く、スタッフたちは声のトーンを絞り、むしろ面白がって教えてくれた。
「左遷よ左遷。ちょっと前に不祥事起こしたって噂」
「具体的に」
好奇心に負けて突っ込んだところ、「そこまで知んない」とあっさり返された。レフ板を傾けていたツーブロックがまぜっかえす。
「駆け出しアイドルに手ェ出したとか?」
「枕要求したり……」
「若い子大好きだもんな~飲み会じゃ毎度愛梨の隣に座りたがるし」
「笑い事じゃない。マジ迷惑」
「ごめんて」
不機嫌にむくれるポニテにツーブロックが手を合わせ謝罪。
「女子アナと不倫してんのバレたとか」
「情報漏洩とか」
結局真相はわかんねえ、話半分に聞いといた方が無難か。憶測入り交じる陰口などいざ知らず、いかにも業界人らしい娑婆っ気感じさせる成ピーは茶倉と握手を交わす。
「いや~茶倉センセにご足労いただけて本当ツイてました、ダメもとで当たってみるもんだ」
「こちらこそ、数々のヒット番組を世に送り出したご高名なプロデューサーさんにお目にかかれて光栄です」
「同期の連中がうらやんでましたよ、今をときめくチャクラ王子をよく引っ張ってこれたなって。てっきりテレビはお嫌いだと」
「機会に恵まれなかっただけですよ」
ケツがかゆくなる世辞の応酬をよそに、ポニテはきびきびケーブルを巻き取っていく。
「何ヶ月か前の飲みで視聴率さえ良けりゃゴールデンタイムに返り咲ける、撮れ高バッチリな大物口説き落とすぞって、ぐでんぐでんに酔っ払って息巻いてた」
「まーだ戦線復帰諦めてないんだ?」
「しぶといな~」
「ま、今回特に気合い入ってんのは確か。一般人立入禁止なのにコネとツテのゴリ押しで撮影許可もぎとったんでしょ、じゃなきゃ行政区分の市営団地ロケとか普通オーケー出ないって、あちこち老朽化してて危険だもん」
「口うまいもんねー」
「交渉はお手の物ってか」
スタッフの大半は苦笑を含む呆れ顔、成ピーとやらは結構な野心家らしい。さりげなく話題を変える。
「みんな現場長いの?」
「五年目。同じ制作会社から派遣された」
「どうりで息ぴったり」
「私はまだ半年の新人。ADは3Kってホントだよ、給料安いし残業フツーにあるし」
「パワハラもひでえよな」
「しー」
「同期はほとんど辞めちまった。半分脱落とかザラ」
「厳しい業界なんだ」
間抜けな相槌にガタイのいいカメラマンが含み笑いを漏らす。
「俺のダチが何人か某ドラマの長期ロケに同行したの。行き先は南極。したら帰国後に怒涛のデキ婚ラッシュ、キレイに時期被ってるあたり傑作じゃね?全員種の保存の本能に目覚めちまいましたってオチ、人間もしょせん動物だわなって思い知らされた」
「結婚式掛け持ちかーご祝儀で金欠になっちまうな」
テレビ業界の赤裸々こぼれ話は楽しい。ざっと見た感じスタッフ同士は仲が良く、気さくに話しかけてくれたんですぐに馴染めた。情報収集も捗って好都合。
ぼちぼち頃合と見て切り出す。
「ところでさ、筒井さんてよくサボるの?」
「いんや全然」
即座に否定された。別のスタッフがそれに続く。
「真面目で責任感強い人。現場の取りまとめ役」
「経験長いよね~」
「ベテランだよな」
「ドタキャンなんて一回もなかったのに今日に限って……電話にも出ないっておかしくない?」
一同困惑の表情。迷惑かけられた憤りにも増して安否確認がとれない心配が募っているようで、こっちまで胸騒ぎが伝染する。
俺をほったらかしてスタッフたちが推測を交わす。
「メッセージは?」
「既読付かない」
「うちで倒れてんじゃねえの、事故とか急病とか」
「一人暮らしだよね」
「たしか独身」
「家知ってるヤツ誰かいねえの」
「吉祥寺って聞いたけど」
「だから吉祥寺のどこ」
「キレないでよ」
「筒井さんそういうの言わないじゃん、飲み会誘ってもまた今度ねーって断るし。おうち時間大切にしたい的な?」
「あんま言いたかないけど壁作ってるよねなんか」
「年離れてるからじゃね?」
「若い子とは話合わねえってぼやいてたな。ただの冗談かと思ったわ」
「折り返し連絡くれって留守電に吹き込んだ。あとでもっかい掛けてみる」
ひそひそ声の囁きに取り巻かれ、オーバーオールが言いにくそうに呟く。
「筒井さんさ……ロケハン終わってから変じゃなかった?」
嫌な予感が過ぎり、間合いを詰めて問いただす。
「ロケハンって菱沼団地に?」
「うん、一週間前にスタッフ二・三人で」
「それ思った。顔色冴えないっていうか口数減って悩んでるみたいで」
「全然気付かなかった。言われてみれば思い詰めてる感じしたかも」
「ずっと上の空」
相次いで同意し、閉塞感に満ちた廃墟に気味悪そうな視線を注ぐ。地面にできた影がにわかに濃くなり、沈黙を喰らい尽くすような猛々しさでもって大音量の蝉時雨が鳴り響く。
カメラマンがへにゃりと笑み崩れる。
「取り憑かれた……とか」
「やめて」
「知らねーうちに連れ帰っちまったんだよ団地の霊を。お前の後ろにも」
自分の背後を指さすカメラマンを、まなじり吊り上げたオーバーオールがひっぱたく。
「あんたサイテー!人死んでんのに不謹慎でしょ、それも小さい子が酷い殺され方」
「呪われても知んないぞってか?」
「祟りなんてねえよ馬鹿馬鹿しい。筒井さんが霊感持ちとか聞いたことねえ」
「わかんないじゃん、あの人プライベート謎だし」
「自分のこと話さないよね」
「は?なに信じてんのうけるー、心霊番組なんて全部仕込みとやらせだろ」
「言えてら」
ぎこちない笑いが生まれるものの、顔が強張ったまんまじゃうそ寒い茶番に堕す。
筒井さんは菱沼団地のロケハンに参加した。その時、何かが起きた?
「他にロケハン行った人ー」
挙手で求む。
「俺」
ひょろっこい青年がおどおど手を挙げ、異質な雰囲気を帯びた団地を振り仰ぐ。
「別になんも起きなかったぞ、フツーに見て回って帰ってきただけ」
「ほらな、気にしすぎだって」
「全部の棟回ったんスか」
「一応。踏み外すとヤベえから階段のボロっちくなってるとこ調べたり出入りできる部屋チェックしたり」
指折り数えて神経質に唇をなめる。
「思い出した。帰り際に妙な独りごと言ってたわ、筒井さん」
「どんな?」
「ボンタンアメ」
スタッフ一同ぽかんとする。俺も耳を疑った。
「それってばあちゃんちの菓子鉢レギュメンのボンタンアメ先輩?オブラートに包まれた」
「多分」
でっかい雲が太陽を遮り、団地が急激に陰っていく。銃眼じみた小窓が穿たれた囲いの威圧にたじろぎ、音たてて唾を呑む。
「やめやめ無駄話は、まーたプロデューサーにドヤされる」
「時間ねえし巻いてくぞー」
「「はーい」」
太い号令に応じ、スタッフたちが再び動き出す。
「烏丸くん、クーラーボックスの飲み物演者さんに配ってくれる?」
「わかりました」
「喜屋武さんはさんぴん茶、力石さんはお~いお茶、ナギちゃんはポカリ、茶倉さんは」
「綾鷹っすね」
クーラーボックスの蓋を開け、腕一杯にペットボトルを抱える。最後に取り出した茶倉の分を頬に当て、火照りを冷ましてから駆け寄っていく。
「飲み物持ってきたぜ」
綾鷹を投げ渡された茶倉が嫌な顔をする。
「ぬるい」
「気のせいじゃね」
成ピーはまだ操さんと話してる。俺は茶倉に寄り添い、スタッフからじかに集めたネタを伝える。
「ドタキャンしたスタッフ……筒井さんさ、ロケハン参加してたんだって」
「さよか」
「そん時に悪霊連れ帰っちまったんじゃねーかって噂。茶倉センセの見解は」
「会ってへんさかい何とも言えん」
「だよな」
肩を竦める。茶倉がキャップを外しお茶を呷る。
「一緒にロケハン行ったヤツが独り言聞いたらしい」
「どんな」
「ボンタンアメ」
ほんの一瞬、不吉な兆しめいて蝉の声が途絶えた。飲み口から唇を離した茶倉がまじまじ俺の横顔を見詰める。
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