もう一度

ろにい

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蜜柑の香り

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 これは、わたしが小さい頃、夏休みに友達の真希ちゃんと2人でわたしのおばあちゃんの家に行った話です。


 おばあちゃんの家に行くと季節を問わずどこからか蜜柑の爽やかな香りがします。
 わたしはその香りが妙に落ち着き、それもあってよくおばあちゃんの家に入り浸っていました。

 おばあちゃんの家はわたしの住んでいる町からはだいぶ離れていて、車を走らせても30分はかかる山の中にあります。
 だけど、わたしは車が嫌いです。父の運転は荒く、すぐに気分が悪くなるのです。くねくねと蛇のように曲がる山道を通ってくるせいもあるけれど、それにしても乗り心地はとてもいいものとは言えません。
 毎回わたしと一緒に来る真希ちゃんは、なんともない顔をしていますが、どうすればそんなに平気で居られるのか、不思議でたまりません。

 とは言ってもおばあちゃんの家に来る手段はこれしかないので、仕方ないと思うことにしています。


 そして今日もやはり、わたしはおばあちゃんの家に入り浸っています。今日で3日連続です。いくら春休みだからと言って迷惑かけちゃ駄目でしょう。そうママには言われていたけれど、パパは連れて行ってくれます。そう、パパは甘やかすのです。教育方針がちょっとママとズレているようだと思いました。



 おばあちゃんの家に着くやいなや、することはまず、おばあちゃんの元へ駆け寄ることです。そしておばあちゃんの気を引いて、ちゃっかり日当たりの良い縁側へと誘導します。
 そこでおばあちゃんの柔らかい太ももの上にちょこんと座り、話を聞きます。真希ちゃんも横に座っています。

 おばあちゃんが蜜柑をむき始めると、爽やかなあの香りが鼻の奥を刺激し、心地いい気分になります。
 おばあちゃんは毎回、わたしに蜜柑を食べるかと勧めてきますが、わたしは蜜柑を食べることに関しては専門ではないのです。
 しかし、おばあちゃんは何度そうわたしが主張しても覚えてはくれません。わたしが太ももの上に座るのが好きなのは覚えているくせに。
 
 真希ちゃんは良いのです。蜜柑が好きだから。
 おばあちゃんが爪の中まで黄色くした親指を突っ込んで剥く蜜柑を、次々と口へ入れていきます。


 わたしはふと、庭にある発泡スチロールで飼育されているメダカの存在が気になって、おばあちゃんの上から降りました。

「あら、どこへ行くの。」

 おばあちゃんがそう声をかけてきたのがわかったけれど、振り返らずにメダカの元へ向かいました。
 
 やっぱり、冬に来たときよりも丸々と肥えています。

「ねぇ、おばあちゃんエサあげすぎだよお。猫かカラスに食べられちゃうよ。」

 真希ちゃんはここへ来る度にそう忠告していましたが、

「いっぱい食べさせてあげたほうが、メダカさんも幸せなのよ。」

 そういってちゃっかり自分もふくふくと肥えています。

「それに、ここは猫もいないし。食べられる心配があるのはあなたたち2人が来た時くらいよ。」

 おばあちゃんは笑うが、冗談じゃありません。
 わたしはメダカなんて食べません。そんなものよりもっと美味しいものを知っているし、メダカを食べるほど飢えてはいません。



 しばらくメダカを見つめ、その後いつものように真希ちゃんと2人、庭を一通りくまなく探索し、ダンゴムシを集め、蝶を追いかけ、泥だらけの手を洗って、2人でお昼寝をしました。至福のひとときです。

 お昼寝から覚めると、おばあちゃんは台所で夕飯の準備をしていました。
 わたしは大きく伸びをして、おばあちゃんの元に行きました。

「あら、起きたの?もうすぐでできるから、真希ちゃんも起こしてあげて?」

 そう言われて、真希ちゃんの元へ向かいます。寝返りを打ったばかりの頬には畳の後が、スタンプを押したかのようにくっきりついていました。
 
「まーきちゃん」

 わたしは耳元でそう囁きました。
 
 しばらくして、真希ちゃんは目を擦りながら起きてきました。まだ、眠そうです。

「きゃぁ!」

 いきなり真希ちゃんが声をあげました。
 何があったのかと、その視線の先を追うと、そこには灰色の毛皮を纏った小動物ーーーネズミだ!

 わたしはすかさず追いかけました。と、いうより本能とでも言うのでしょうか。体が勝手に動きます。




 ーーー仕留めた!


 
「あら、ミカンちゃん、よくやったわね。」

 おばあちゃんに自慢したくてそれを口に咥えて見せにいくと、その柔らかい手で頭を撫でられました。

 その手からはまだ蜜柑の爽やかな香りがしていました。
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