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11.弱き人、強き人
しおりを挟む「来るのが遅くなってしまって、すみません。ビアンカ嬢」
「い、いえ!!」
到着が遅れた事を詫びるフェイスリート様にあたしはぶんぶんと首を振る。
まさか来て下さるなんて思ってもみなかったのに、彼があたしに詫びる理由など全くなくて。
「……でも、どうやってこちらに?」
園には大人用の馬は一頭しかいない。
その馬はあたしが乗ってきた一頭だから、実質あたしを追いかけてくる事など出来ないハズなのに。
フェイスリート様の回答は至ってシンプルで。「あらかじめ呼んでおいた馬車の一頭を使った」との事。
そう淡々と話される事柄に、ああ。なるほど。と、一人感心し。そして、ハッとした。
「ウォルト! ウォルトは!!」
「心配ない、先に馬車に乗せて返した」
聞けば、自分を追走させていた馬車へ乗せたそうだ。
その馬車にはスザンヌ先生も乗っているので、問題ないと。
あたしはへなへなと草の上に座り込んだ。
極度の緊張状態から解き放たれた身体には力が入らず、糸の切れた人形のように頭を垂れる。
そして深く息を吐き、目を閉じた。
「よ、よかった……」
もうそれしか言えなくて、また安堵のため息をつく。
ウォルトが無事ならそれでいい。
あたしはそのまま座り込んで、安堵の余韻に浸っていた。
しばらくすると草を踏む音がして。顔を上げれば、フェイスリート様がこちらを見下ろしていて、少し寂しげに瞳を揺らした。
「……どうして、一人で行ってしまったのですか?」
「え……?」
「なぜ、私に声をかけなかったのですか?」
「……それ、は……」
あんな口論した後で、顔を見られなかった。
だって、頼んだって……。
そこまで考えてあたしは首を振った。
もしあの時、助けを求めたらフェイスリート様はきっと助けてくれたハズだ。なのに、あたしは……
「ごめんなさい……」
あたしはバカだ。
後先考えずに飛び出して、ウォルトを助ける事も出来ず、勝手に身を危険にさらした。
フェイスリート様が呆れるのは無理もない――。
あたしは俯いて彼の視線から逃れる。
本当に情けない。園の為に、子供達の為に、そう思っているのに、結局あたしは何の役にも立っていなかった。
そんなあたしの態度を見てフェイスリート様は言う。
「……いや、言い方が悪かった。すまない」と。
彼が謝る必要などどこにもない。
そう思って顔を上げれば、「言い難い状況を作ったのは私だ。だから、貴女が悪い訳じゃない」と、慰めてくれる。
何処まで優しいのだこの方は。
どう考えたってフェイスリート様は巻き込まれただけなのに、その巻き込んだ張本人にまで気遣ってくれるなんて。
あたしはフェイスリート様を見つめる。
すると彼は困ったように笑って、顔を逸らした。そして一呼吸置いて、また、こちらを見る。
「貴女には私の考え方のせいで、危険な選択をさせてしまった。だから……」
話をさせてほしい。どうして私が子供を嫌いだったかを。
そう続いた言葉に、あたしは目を瞬いて。もちろん頷いた。
◇◆
「私は……心の弱い人間です。事が起これば、何かのせいにして、自分を守ろうとする……本当に弱い人間なのです」
フェイスリート様は少しずつ言葉を変えて話してくれた。
何も知らなかった自分が招いた事で家族が傷ついた事。
自分には知らされず、いろいろな事件が起こってしまった事。
そして、それらは子供だった時に起こったという事。
何故、どうして。と、考えるうちに、子供だからいけないのだという事に行き着いた。
「自分のことながら滅茶苦茶なこぎつけだと思います。……でも、そう考えれば『知らされなかったのも仕方がない。だって子供だからいけないんだ』って。それが私の答えでした」
そう考えたら、あの時の事も全部子供が悪いのだ。
だから子供は嫌いだ。……と、答えを出してしまったと言った。
「頭のどこかでは分かっていて、でも、それをはっきりと認識するのが怖かった。嫌いなのは知ろうとしなかった自分で、まだ何も知らない子供たちではないって事を」
あたしはフェイスリート様の話を黙って聞いた。
彼は自身の事をすでに良く分かっていて。それをあたしに話す事で、自分に落とし込もうとしているのだ。
これは本当に弱い方なら出来ない事。
自分の弱さを知り、向き合い、認める事などそう簡単に出来る事ではない。
「……もしあの頃の私が貴女に出会っていたら。知らされなかった事を嘆くばかりじゃなくて、知ろうとする努力はできたかもしれません」
そんな大げさな。
あたしがそんなきっかけになるかもなんて、高く評価しすぎだ。
今回は、あたしが勝手に子供を好きになって欲しくてした事。
幼いフェイスリート様に会ったとしても、そんな諭すような事言えるとは思えない。大方、一緒に遊んで終わりだ。
先程まで遠くを見ながら話していたフェイスリート様が動く。
あたしの正面に立ち、そして、片膝をついた。
「教えてください、ビアンカ嬢。貴女は……貴女は、本当に私を慕ってくれて縁談を申し入れたのですか?」
どうして知らない相手が、いきなり自分に縁談をもちかけて来たのか。
その本当の理由を訊ねられている――……
……でも、あたしが言わなければ、フェイスリート様は嫌な思いをしなくてもすむ。
その考えが一瞬頭に過り、心の中で首を振る。
フェイスリート様は真実を求めている。
気使い、同情、慰め、そういったものはいらない。と。
たとえ求めた答えが、自分を傷つけるものだとしても。
あたしは息を吸いフェイスリート様の瞳をしっかり見つめた。そして一言「違います」と伝えた。
フェイスリート様の瞳が揺れた。
視線は目を伏せるように外され、唇もキュッと引き結ばれる。
「……本当に望んだ相手はフェイリスート殿?」
「…………はい」
どこでわかってしまったのだろう?
そんな疑問が湧き上がってきたが、今はそれを確認する状況ではない。
「わかった……。教えてくれて、ありがとう」
フェイスリート様は目を伏せたままあたしに背を向けた。
話はもう終わり。そういう合図だと直感的に理解して。
「あ、あの!!」
気付けばあたしは声を上げていた。
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