上 下
6 / 13

6.心のオアシス

しおりを挟む
 


 休み時間になるとワッと子供達が中庭へと飛び出してきた。
 子供達の手にはボールや縄跳び、そして空き缶などの遊び道具が握られており、この時間を待ちわびていた事が分かる。
 そんな子供達の元気な姿を見て顔をほころばせていると、皆もあたし達を見つけてくれて「あー!!」と、声をあげた。

「ビアンカお姉ちゃん!!」
「ビアンカ先生!」

 いろんな敬称で呼ばれ、あたしはニコリと微笑む。

「みんな、元気にしてた?」

「「「うん!」」」

 溢れんばかりの声が一斉に返ってきて、ますます顔が綻ぶ。

 ああ。やっぱりいいわね……この太陽のような笑顔。
 暖かくてぽかぽかして、嫌な事もぜーんぶ吹き飛ばしてくれる。
 さすが、あたしの最高の子供達オアシスだわ!

 あたしはこのサイコーな笑顔を見たであろうフェイスリート様を盗み見る。
 きっとこの笑顔を見たらイチコロに違いない。……と、思ったのに、事もあろうかフェイスリート様は横を向いていた。

 あたしは頭を抱えたくなった。
 いや、正確にいえば子供達がいなければ間違いなく抱えていただろう。

(なんてもったいない!!)

 子供達の百点スマイルを見逃すだなんて! 絶対後悔しますよフェイスリート様!!
 心の中でそう叫びつつあたしは、彼の袖口を軽く引っ張った。

 今ならまだ、見れますよ! 太陽スマイル!
 そんなつもりで引っ張ってみると、フェイスリート様はこちらを見た。そして、あたしと目が合う。

 ……いや、こっちじゃなくて……ね?
 たしかに袖口を引っ張ったのはあたしだけど、そうじゃなくって、ね?

 あたしはくいっと首を少し動かし、『子供達を見て』と、うながす。
 しかしフェイスリート様はあたしの目をじっと見ているだけで、顔を動かそうとしない。

 ……鈍感なのか、この人は。
 そんなにあたしを見てもなんにも出てきやしないよ。
 でもいっそのこと、ビックリ箱みたいになんか飛び出せばよかっ……?

(……使えるわね、これ)

 あたしは密かに自身に仕込む仕掛けを思いついた。
 今度、ジッと見つめる子供がいたら試してみよう。

「あー!! 見つめ合ってる!!」
「姉さんの周りに花畑が!」
「恋人―!?」
「わぁ、お兄さん遊ぼう!!」

 この状況に様々な感想を持ち、子供達があたし達を取り囲んだ。
 突っ込みを入れたい内容もあったが、ここは聞き流そう。
 側に来た子供達はドレスを掴んだり、腕に纏わりついたり。そしてフェイスリート様にも子供達がすり寄っていた。

 一瞬、あの冷めた目を子供に向けやしないかと心配がよぎったが、杞憂きゆうだった。
 笑顔を振りまく様な事はなかったが、嫌な顔もしていない。
 子供嫌いを公言している状態で、この反応なら文句はなかった。


 ……いや。
 ウソ言いました。あたし。
 本当はにっこり笑ってほしかった。
 なんかこう、ね? 自然に笑みが出るとか、そんな事を期待していたのだが。

(……本当に子供が嫌いなのね……)

 自分にとって子供達は癒しオアシスだから、その気持ちは理解できない。
 やっぱり悲しい誤解があるだけだと思う。……というか、思いたかった。

 子供達が遊ぼうとせがんできた。
 こちらとしてもそのつもりなので、ニッコリ笑ってその願いにこたえる。

 最初はなわとびをして遊んだ。
 人数が多かったので長いロープの端を二人で持って回し、その中にタイミングをみて入り、そして出て行く。
 もちろんあたしとフェイスリート様がロープを持ち、子供達に飛んでもらっていた。

 子供同士なら引っ掛かった時点で持ち手と交代だろうが、あたしたちに交代は必要ない。だからずっと回していたのだけど、突然、一人の子があたしと交代すると言いだした。
 すると、「僕も!」と、そう言って、別の子がフェイスリート様と交代した。

「じゃあ今から何回飛べるか挑戦でーす!」

 持ち手を変わると言いだした、ミリアが言った。

「大人は難易度を上げる為、二人同時に入ってね」

 ええ!? と、あたしは心の中で悲鳴を上げた。
 もちろんフェイスリート様と飛ぶのが嫌な訳じゃなくて、今日のあたしはドレス。それも縁談用の。
 汚れるとかそういった野暮やぼな話じゃなくて、飛べるか心配だったのだ。

 こういっちゃあなんだけど、あたしは結構負けず嫌いの見栄っ張り。
 子供達の前でロープに引っ掛かるわけにはいかないし、かと言って、出来ないなんてもっと言えるわけがない。

「じゃあ、はじめるよー!」と、その声を合図にロープが勢いよく回り始め、あたしとフェイスリート様は一番後ろについた。

「ビアンカ嬢、大丈夫ですか?」

 少し声のトーンを落として語りかけてくるフェイスリート様に、「フェイ、敬語いらない」と短く返す。すると彼は「……大丈夫か?」と、律義りちぎに言いなおしてくれた。
 しかしあたしは彼を見る事なく、「二人で入って出るだけでしょ? だから問題ないわ」と返す。今、あたしはロープの動きに集中しており、自身の目は上から下へとロープのみを追いかけていた。

 後ろから小さなため息が聞こえた。
 でもそんな事は気にせず、あたしは自分の番が回ってきたと同時にダッシュでロープへと飛び込む。

 やると決めたからには、やりきって見せるわ!

 そう思ったのだが。

                 

(た、助けてー!!)

 あれからあたしは見事にロープから出る事が出来なくなっていた。
 ちなみにフェイスリート様はすでにロープから出ていて、飛び続けているのはあたし一人。
 子供たちからは「がんばれ!」とか「早く出てきて!」とか「あと百回!」とか、応援となんだかわからない声があがっていた。

 あたしはドレスの裾を持ち上げなんとか飛び続ける。
 このままじゃあロープに引っ掛かるのは時間の問題で、事実、足はふらふらで。
 もしここでロープに引っ掛かったら同時に転んでしまいそう。

(いやー!! 子供達の前でそんなの!!)

 大人の矜持きょうじ……というか、あたし個人的に無理!!
 ロープから出る事も叶わず、かといって転ぶ事も許容できないあたしは追い詰められていた。すると突然、フェイスリート様がロープの中へと戻ってきてしまった。

「フ、フェイ!! 貴方、場所、なる!」

 貴方が来たら場所が狭くなる!
 そう切れ切れに言ったら、彼は「抱き上げるから手を首に」と返してきた。
 足はもう限界を迎えている。だからあたしは迷わずフェイスリート様にしがみつくように抱きついた。

 フェイスリート様はあたしが空中に浮いた瞬間、腕をひざ裏に差し入れ抱き上げる。そして、せまりくるロープを飛び越え、あっさりと外に出た。

 わあっと子供達から歓声があがった。

「あ、ありがとう……フェイ」
「貴女は無茶をしすぎだ」

 あたしをそっと降ろしたフェイスリート様はあっという間に子供達に囲まれてしまった。
 すでに足が疲れ果てていたあたしは、少し離れて木陰に腰かける。
 子供達に囲まれるフェイスリート様は、戸惑ってはいるけれど嫌な顔をしておらず、先程より堅さが取れ、ほんの少しだけど柔らかい表情をしていた。

(これは、なかなかいい感じなんじゃない?)

 図らずとも子供からの人気を得たフェイスリート様。
 あんなに慕われたら、きっと好きになるにちがいない……。

 あたしはふぅと息をつき、木の幹に頭を預けた。
 その仕草に反応を示してくれる人はいない。


 そう。今あたしは一人ぽっち。


 みんなフェイスリート様に夢中で、あたしのところには来てくれないのだ。

 ……いいんだもん。別に寂しくないんだからねっ!
 目の端にウルリと塩水が出てきたが、これは涙じゃないもんね。

 とまあ、あたしがボッチに浸っていると、「ビアンカ様」と、声がかかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【1/23取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

どうやら旦那には愛人がいたようです

松茸
恋愛
離婚してくれ。 十年連れ添った旦那は冷たい声で言った。 どうやら旦那には愛人がいたようです。

女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。 偶然にも居合わせてしまったのだ。 学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。 そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。 「君を女性として見ることが出来ない」 幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。 その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。 「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」 大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。 そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。 ※ ゆるふわ設定です。 完結しました。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

めぐめぐ
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。魔法しか取り柄のないお前と』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公が、パーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー短編。 ※思いつきなので色々とガバガバです。ご容赦ください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。 ※単純な話なので安心して読めると思います。

処理中です...