一階からスタート!

大鳥 俊

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22.本音と本音

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 いつまで経っても聞こえてこない声。

 やっぱり、顔を見ないといけない?

 怖い。知りたくない。
 本当は自分と並びたくなかったなんて思われていたら、立ち直れない。

 滝川さんが深い溜息をついた。

「俺、そんなこと言った覚えないけど」
「言わなくたって、だって」
「正直、考えた事もない」
「うそ……」
「ここで嘘をつく意味がない」

 たしかに、そうなんだけど。
 佐奈は顔を上げて、滝川さんの顔を見る。

 口を横一文字に引き結んだ真剣な表情。
 それに、少しの呆れを含んだ瞳。

 その眼差しは、まっすぐに佐奈を射ぬいていて。言葉に偽りはないと語っていた。

 佐奈は驚きと、喜びを持って、その瞳を見つめ返す。
 少しの間、二人は見つめ合った。

 しかしその後、彼は目を伏せ、くるりと背を向けた。

「とにかく俺は本気だったから。迷惑だった事は謝るけど、後悔はしてないから」

 自己完結して立ち去ろうとする滝川さん。
 ハッとして、今度は佐奈が捕まえた。

「なに……?」
「……本気って、誰にですか?」
「この流れで、他の誰かって可能性ある?」
「じゃあ、八階の子は?? 彼女が気になってるんじゃないですか!?」
「八階の子? 誰の事を言ってる?」

 空回り。
 この間と同じように決定的に何かがすれ違っている。

 そう直感した佐奈。しかし、何が違うのか分からない。
 とにかく、八階にある研修施設の誰かだと伝えれば、滝川さんは「むしろ苦手なタイプかも」と眉間にしわを寄せた。

「なにを勘違いしているのか、わからないけど。それは違うから」

 そう言われても、佐奈には証拠があった。
 ……だって、この目で見たのだから。

「じゃあなんで先週金曜日の朝!! 八階でうろうろしてたんですか!?」

 浮かぶ、まだ見ぬ綺麗な女の子。
 それはきっと滝川さんの横にはピッタリな可愛い子で――。

 本当は聞きたくない。
 それでも今を逃せば、もう二度とこの話題に触れられないと思った。あやふやなままでは、もう佐奈は嫌だった。

 滝川さんの顔色がさっと赤く染まる。「!! み、見てた?」

「ほら、やっぱり!!」
「だから、違うって!!」
「何が違うんですか!!」
「その時待っていたのは八階の女じゃない!!」
「じゃあ何階の!?」
「何階のって……。それは、十ニ階の――」

 言われて佐奈は混乱した。
 全然意味がわからない。

「なんでわたし・・・を階段で待つんですか……」
「ほほー。心当たりがないとな?」
「ないですよ。まったくもって全然一ミリも」
「いい度胸。『イエス平地! ノー段差!!』」

 言い慣れた言葉に、背筋が伸びる勢いだった。
 なんでそれを知っているのだと、目線を上げれば、滝川さんはしてやったりの顔をしている。

「誰かさんの、楽しいひとり言を聞こうと楽しみにしてたの」

 一瞬何を言われたか分からなかった。
 えっと、それは、つまり?

 ――理解した瞬間、顔から火を吹くかと思った。

「悪趣味!! いつから!!」
「佐奈だって分かったのはちょっと前」
「最近ですらない!!」

 「気付いたなら教えてくれてもいいのに!」と叫べば、「教えたら聞けなくなる」と滝川さん。事実だけど、あんまりだ。

「ヒドイですよ……もう階段登れない」
「こら、そこ。階段は無関係」

 いやいや、諸悪の根源ですよ。
 そう言いつつも、この勘違いは相手の顔を確認しなかったからだと気が付く。
 でも、わかる? 自社とは別の階で待っている想い人が、階段から登ってくる自分を待っていたなんて。

 言い訳がましい気持ちが次々に沸き起こる。
 最終的には自分の早とちりなのに、つい何かのせいにしたくなってしまったのだ。

 ただ、その前に。
 佐奈は今までのひとり言を全て聞かれていたのかと思うと、もう顔が上げられなかった。恥ずかしすぎる。

 このまま埋もれたい……。

 顔を膝に押し付けて唸る。
 ひとり言は誰にも聞かせるつもりがないからひとり言なのであって。
 他人が聞いていたのなら、もうちょっと、なんか、飾るとか、マシな事を言うとか。佐奈自身、何を言っていたのか細かい事を覚えてないからこそ、余計に恥ずかしかった。大体――……
 
 自己嫌悪の波に溺れていると、肩をちょんちょんとつつかれる。
 ちらりと目線を上げれば、滝川さんはすごく優しい顔になっていて。その表情のまま、「俺、いつも元気もらってたんだけど」と言いだした。

「ちょっと落ち込んでた時、初めて聞いて、なんか面白くて元気出た。本当は顔見せ会で探してたんだけど、見つかんなくてさ。途中から正体が誰でもいいやって思ったんだけど、俺、佐奈に落ちたから。だから、二股みたいな感じは嫌だから、前こっそり姿を確認したんだ。そしたら、階段の君も佐奈だった」

 最高だろう?
 気になった子が同一人物だなんて。

「俺と話す時の佐奈と階段の君はちょっと違っていて。たくさんの顔が見れて嬉しかった。同時に佐奈は、まだ俺に心を許してくれてないって、わかったから、俺は俺で結構頑張ったつもり。まあ、あんまり伝わってなかったみたいだけど?」

 少し拗ねたように言う彼に、佐奈は顔を上げた。

「そんな事無いです!!」
鎖帷子くさりかたびら装備したのに?」
「だって、そんな自惚れ、ないですよ……」

 知り始めた彼の心はとっても甘くて。
 知ったそばから、もっともっと知りたくなる。その心を、一人占め、したくなる。

「どうしてそんなに自信ないかな。こんなに佐奈は可愛いのに」
「可愛くは、ないです」
「じゃあ、こう言う。俺の感性否定しないで」
「ええ……」
「もう一度言う、佐奈は可愛い」
「う……」

 これは佐奈が勝てない案件だ。
 そして、それを嬉しく思う自分がいる。

 滝川さんは優しい笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。

「ねえ、佐奈。どうすれば俺は君に辿り着ける?」

 ――ううん。辿り着きたいのはわたしのほう。

「俺はもっと君を知りたい」

 ――わたしも、もっと、貴方を知りたい。

「佐奈」

 優しく頭に触れる手の感触。
 不意に胸が一杯になって。溢れる想いに、息が出来ない。

「俺は、君が好きだよ」

 答えはもう出ていた。

 佐奈は階段を一段だけ降りて立ち上がる。
 目線はほとんど同じ。互いの顔がお互いの瞳の中に映り込んで、はっきりと認識される。
 それは嘘偽りない姿で。今までどこかすれ違っていた想いが、今ここで初めてぴたりと合った気がした。

 だから、佐奈は自然と言えた。

「……もうずっと、大好きですよ?」

 彼の幸せそうな笑顔に、佐奈は一瞬で虜になった。



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