6 / 23
6.君はいずこに
しおりを挟む――何でいないんだよ。
帝司は口をへの字にして、パソコンに向かう。
午前中、事務仕事。午後、取引先と打ち合わせ、その後直帰。今日はもう階段を使わない。
顔見せ会で見つけられなかった、階段の君。
土日悩んだ末に、今日会えたら声をかけようと意気込んで出勤した。階段で少し、待ってもみた。だけど結果は見事に空振り。ますます正体がわからなくなる。
会えないと会いたくなるのは、逃げられると追いたくなるのと同じ心境なのだろうか。
顔も名前も知らないのに? 階段で会えなきゃ、追う事も出来やしない。
もやもやとそんな事を考えているうちに、午前の仕事が終わった。
昼食をさっと済ませ、午後に必要な書類を確認する。
そんな時、先輩から声がかかった。
「帝司! 使いっぱしりで悪いんだが、これ十ニ階に持っていってくれないか!」
渡りに船。というのはこういう事をいうのだろう。
帝司は気分良く返事をして、席を立った。
ガラス扉を出て、続く階段を見上げる。
深呼吸した。まるで新入社員のようだ。
十ニ階にはたぶん、階段の君がいる。
そう考えると緊張した。
顔見せ会で見つけられなかった以上、階段以外で見つけられる気はしない。それでも相手に自分の存在が認識されるのだと思うと、ヘンに胸がドキドキ騒ぐのだ。
帝司はもう一度だけ深呼吸をして階段を登り始める。
十一階を超え、十ニ階へ向かう最後の階段を登り始めた時だった。
「そうそう。ちょい惜しいイケメン君だったよね~」
上から聞こえた声に、階段を登る足が凍りつく。
『ちょい惜しいイケメン』
それは高校大学時代、自分に対してよく使われていた呼称だった。
顔は良いけど、背が低すぎるんだよね。
……そんな事言われても、どうしろって言うんだ。
帝司は急に居た堪れなくなって、慌てて階段を降りた。
頭上では足音が止まって、ポーンとエレベーターの到着音が響く。
移動しがてらしゃべっていたのだろう、もう人の気配はない。
何やってんだ俺は……。
逃げる必要なんてないだろう? 堂々としていればいいじゃないか。
社会人になって、身長の事でからかわれる事はぐっと減った。学生の頃よりみんな、大人になったからだ。それでも会話の中で出てくる事が無くなった訳ではないし、たとえ出てきてもさらりとかわせるまでにはなっていた。それが、なんで、今更。
理由は単純だった。
帝司は自分が気になっている相手に、身長の事を触れられたくなかったのだ。
情けねえな。
くしゃりと前髪を潰す。
ガキじゃあるまいし、それぐらいどうしたっていうんだ。
もし、そういう事を気にする相手なら、こっちから願い下げじゃないか。
眉根に力を入れて、再び階段を登る。
高峰文具。そう書かれた扉をノックする前に、再びエレベーターがポーンと音を立てた。
「……あれ? 滝川さん?」
出てきたのは顔見せ会で二番目に名乗っていた高花理衣沙だった。
帝司は愛想よく笑い、持っていた書類を手渡した。書類は誰に渡してもよかったから。
敵前逃亡。
そんな言葉が浮かんだが、足はそのままエレベーターに乗り込み、ペコリと頭を下げた。
降りる距離、僅か二階。
そんな短い距離、初めて乗った。
◇◆◇
理衣沙が戻って来て、浩太が犬みたいに駆け寄った。
「リイサちゃん! 手作り弁当作って下さい!!」
「意味分かんない。佐奈や歩美にお願いしたら?」
「もう玉砕してます!」
あぁ、お馬鹿。何故それを言う。
理衣沙の眉がピクリと動くのを見た佐奈は、歩美と顔を見合わせて溜息をついた。
「……もっと真剣にお願いしたら、作ってくれるかもよ」
「お願いします!! リイサちゃん!」
「もう! 私じゃないでしょ!」
そこからは「お願いします!」と「嫌!」の繰り返し。いつものことだが、いちゃいちゃしているようにも見えなくもない。「もう付き合っちゃいなよ!」という意見が少なからずあるのも納得だ。
しかしこの流れは浩太の負け決定だろう。
案の定、願いを一蹴された浩太は泣き真似で部屋を飛び出し、理衣沙はぷりぷりしながらこちらへ向かってきた。
「もう! あれなんとかなんないの!?」
「一回弁当作ってやりなよ、そしたら変わるかもよ?」
「なあに? 歩美は浩太の味方? それなら歩美が……」
「私が作っても意味ないよ」
わかってるくせに、と言う歩美に、理衣沙は膨れる。
その手には小さなポシェット鞄と、行きには持っていなかったファイル。
気がついた歩美が「なに、お昼仕事してたの?」と話題を切り替えた。理衣沙は首を振った。
「違う違う。今、もらったの。高山さんのとこから」
「ああ、なるほど」と返す歩美に、「滝川さんだったよ」と理衣沙が続ける。
見知らぬ名前に、佐奈はついていけない。
やっぱり顔見せ会に参加できなかったのは痛かった。なかなか一気に集まって、自己紹介する機会なんてないのに。
しょぼくれた佐奈に歩美がフォローをくれた。
「これからちょくちょく行き来が増えてくるだろうから、早く顔見せしないとね」
――三日後。
佐奈は『滝川さん』を見かけた。
大きな声で同僚に呼ばれて振り返ったのは、あの、ファイルの彼。
隣で「あれが前言ってた可愛い系イケメンだよ」と歩美が教えてくれる。
ファイルの彼、可愛い系イケメン――滝川さん。
佐奈の中で掴み切れていなかった彼が、初めて実態をもって目の前に現れた。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編
タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。
私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが……
予定にはなかった大問題が起こってしまった。
本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。
15分あれば読めると思います。
この作品の続編あります♪
『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
【完結】夫もメイドも嘘ばかり
横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。
サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。
そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。
夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!
ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる