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第二章:ハンセル帰郷編
8.あってはならないもの
しおりを挟む違法薬物ラミディア。
媚薬の一種ではあるが、単体で世に出回る事はほぼなく、別の薬の素材として使われる事が多い。意識と神経に作用させる薬の素材となるので、我が王国では使用不可となっている――。
エックハルトは馬を走らせながら、フレアの抱える小箱を見る。
まさか、そんなものが出てくるなどとは思わず、不用意に開けてしまった事を後悔した。
女男爵も、イノーブ爺も中身には気がつかなかったのが幸いだ。
これは地方貴族が処理するには荷が重すぎる。エックハルトはすぐ王都に伝令を出そうと決めた。
監視の詰所に着くと、フレアから小箱を受け取り建物に入った。
通常なら一人は詰めているはずなのに、誰もいない。おそらく巡回の人出が足りなくて駆り出されているのだろう。田舎だからといって、監視と巡回を兼任させるのは考えものだ。
短く息をつき、入口から外を見れば、賑わう市場が良く見える。
そろそろ朝市が終了する時間帯。価格も最終値になっているので、人がまた増えているようだった。
「なんで一人で行っちゃうのよ」
ぷりぷりと怒りながらフレアが入ってきた。
「すまない」と謝罪して視線を落とせば、腕に付いた痕が目に入る。
怖い思いをさせたと、今更ながらに気がついた。
「腕、痛くないか? 怖かったよな?」
「別に怖くはなかったわよ」
強がっているのかなと思うと、彼女のツンとした口調も可愛く思える。
「無理しなくていいんだぞ?」
「怖くなかったのは本当よ。アナタがいたし」
「俺の腕、信用されてるんだ?」
「扉に頭ぶつけるぐらいどんくさいけど、運はいいみたいだしね」
「まあ、ね」
言われている言葉は「どんくさい」とか「運はいい」だの、ひどい内容だけど。なにか、懐かしいような会話に自然と笑みが浮かぶ。
罵られる事が好きな訳でもないのにと思えば、会話の相手がフレアだからという理由に行き着いて。自分の気持ちが、どんどん吸い寄せられているのだと改めて気がついた。
エックハルトはようやく自分の気持ちをしっかりと認識した。
今更、と自分でも苦笑しつつも、気がついた想いは温かい。
これがもっともっと深くなれば、きっと心にその痕をつけるのだろう。そしてそれは、幸せな夢の糧になる。幸福とは、こういった小さな幸せの積み重ねなのだと、ふと頭に浮かんだ。
本当は、思う存分フレアと話をしていたい。……だが、状況はそれを許さない。
エックハルトは自分の荷物から紙とペンを取り出し報告書を作る。監視が戻ったら、すぐに出せるようにと。
その間、フレアは暇そうに小箱を眺めていた。
小箱は良質だし、組み紐もキツイ色とはいえ、美しいといえば美しい。紐の先端の飾り石はいくつもついていて豪華で目を引く。
綺麗な物が好きな女性なら、見ていて飽きないだろう。
エックハルトはそんな風にのんびり思っていた。この様子なら、こっそり買っておいたあの品も喜んでくれるはずだと。
――が、そこで。「あれ」と、フレアが声を上げた。
「ねえ、この紐おかしくない?」
ほら、ここ。といって、指差したのは紐の先端。
幾重にも編み込まれて太さを出している組み紐だが、先端はやや細く五股に分かれていた。
その一つ一つに赤い石がついているのだが、よくよく数えてみたら、右側だけ一つ足りない。解けてしまったというには糸がなく、辛うじて残る端が不自然なまでに揃っている。これは切り取ったと見た方が正しいだろう。
エックハルトは間抜けな運び屋を思い浮かべた。
何らかの事情で手放したもの自分のものだと主張する時、一番分かりやすいのはその品の一部を持っている事だ。それが割符のようにピタリとはまれば、絶対的な証拠になる。
だが同時に、そんな間抜けた事をする者が本当の持ち主とは、到底考えにくい品であるのがこのラミディアだ。
単体では世に出回る事の少ない違法物。素材。
このような良質な小箱に入った品を受け取って不自然ないのは豪商か貴族だろう。運び屋が中身を正確に知っているかどうかは遺失物届けの結果でわかるとしても、本当の持ち主に辿り着ける可能性はかなり低い。
ラミディアの原料になる木は王国の北側の山間部にしか生えていない。
気候条件の問題で、別の場所での自生は難しく、山間部は厳重に管理されている。それは、上位貴族の管理だったはずだ。
(どう考えても、荷が勝ち過ぎている)
それは元王城騎士であり、名ばかりとはいえオークウッドを名乗る自分にすら重いもの。
一刻も早く、アルバティスに報告せねばと思う。
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