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第2章 『手繰り寄せた終焉』

第21話 『甲の薬は乙の毒』

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 金縛りにあったかのように、何故か身体を思うように動かせない。
 この感覚は確か以前にも経験していた。
 重い瞼を開くと、霞んではいるものの、案の定暗闇の中に目立つ白い騎士団服が見えた。

「……シルヴァ……さん……」

 そう発声すると、その騎士団服は徐々に徐々に少女の方へ迫ってきていた。
 離れてほしいのだが……意思が伝わっていないらしい。
 しかし、無理やり手を動かそうとしても、ぴくりとも動くことはない。
 そうして、目覚めたばかりの少女も次第に察していく。

 ──何かがおかしい。

 自分の体勢をよく確認してみると、そもそも横たわってすらいなかった。コンクリートのような硬い壁に凭れかかり、長座の姿勢を取っている。
 猫背を整えることも、腰まで垂れ下がった腕を上げることも叶わない。
 何より、ここは自分が元いた筈のフレイムの部屋ではない。

「……思ったよりも目覚めが早い。随分と優秀なガードがいたのね」

 聞こえたのは確かな女性の声だった。
 優秀なガード……とは、誰のことだろうか。
 思考もままならない状態で理解できたことは、目の前には紫髪の女性が立っていたことのみだった。

「もうしばらくそんな感じでふわふわしてると思うけど、少し経てばすぐ逝けるから安心して」

 彼女が何を言っているのか分からなかった。
 なぜ自分は動けないのか。
 この人物は誰なのか。
 フレイムはどこにいるのか。
 分からなかった。全て分からなかった。

「耳は聞こえるでしょ? 私は貴方が死ぬまで見てなきゃいけないし、貴方も死ぬまで暇でしょうから、色々話してあげる」

 彼女はそう言うと、少女から3歩程距離を置いてその場に座り込んだ。

「私は『十の聖剣クロス=グラディウス』勲三等、『毒刃』のヴェノム。名前くらいはどうせシルヴァから聞いてるんでしょ? 初めましてがこんな挨拶になっちゃったのは、私も悲しい」

「……ヴェノム……さん……」

 そういえばその名前を直前に聞いた記憶がある。
 確か、フレイムにシルヴァの行方を聞いた時だ。

のせいで記憶も飛んでるかもしれないね。フレイム君、かっこよかったよ? 私の奇襲にちゃんと反応して、投げた大量の麻酔針の殆どを彼が身体で庇ってさ」

 ヴェノムの言葉と共に、記憶が蘇る。
 あの後突然、フレイムの「伏せろ!」の叫び声が聞こえた。
 何が起こったのかも分からないまま、気づけばフレイムの身体が自分の目の前を覆っていたのだ。

「そのせいで、貴方の身体には2本しか刺さんなかった。まあ1本でも刺されば誰であろうと気絶するんだけど。物理攻撃には気をつけろってテンペストから言われてたから警戒してたけど、その意味がついさっき分かった」

 ヴェノムが自分の隣を指差すと、そこには大量の砕石が散らばっていた。

「ここ廃墟で、中にもいっぱい石が転がってたから、試しに寝てる貴方に投げてみたけど、全部変なのが直前で粉砕してた。だから最初起きてるのかと思ったけど。……無意識であんなの出せるのね」

「……良かっ……た……」

 少女の言葉に、当然疑問を浮かべるヴェノム。
 しかし、早合点でヴェノムは語る。

「そうね。勝手に身を護ってくれるなんて、便利な術を──」

「……殺してなくて……良かった……」

 唖然とするヴェノムに、更なる疑問が深く根付いた。

「……どういうこと? 言ってる意味がまるで分からないけど」

 少女の安心の理由は、単に自分の命が護られたことによるものなどではない。
 少女の中の黒蜘蛛が、新たなる殺人を犯さなかったこと。それが何よりの気休めである。

「貴方はこの国に崩壊を齎す。これが紛れも無い事実なのだから、今更善人ぶっても遅いけど……? それに、もう毒を入れてあるから、どんな命乞いをされてももう助けようがないの」

 今度ヴェノムが見せたのは、騎士団服から取り出した注射器だった。
 少しずつ頭が落ち着いてきた今なら理解できた。確かに単純な話である。
 剣や槍で攻撃された場合、当然黒蜘蛛は反応する。それが明らかな攻撃だからだ。
 しかし、注射や針などの小さな外傷にまでも、黒蜘蛛が過敏に反応する筈がない。

「これから死ぬっていうのに、随分落ち着いてるのね。実感が湧いてないだけ? それとも、死ぬのは怖くないの?」

 死ぬのが怖くないかと聞かれれば、当然怖い。
 実感が湧いていないのも事実だが、それ以前にもっと大きな理由がある。
 自分は黒蜘蛛に生かされ続ける。自分は『死ぬ』まで死ぬことを許されない。そう高を括っていた。
 しかし今、目の前に死の可能性が出来上がると、何とも不思議なものである。釈然として、死を受け入れられる気がしている。

 ただ……それでも心から消えてくれない言葉がある。

 ──お前が自分のこと悪人だって勝手に決めつけて、勝手に死のうとするのは許さねえ!

 ──絶対に……護るから……!!

 自分を生かす存在が黒蜘蛛だけではないことに、漸く気づかされたばかりなのだ。
 他人に人生を穢されるのはもう懲り懲りだと、漸く1歩を踏み出したばかりなのだ。

「──私は……生きます……!」

 少女の決意の眼差しがヴェノムを貫くと同時に、廃墟の床をが貫いた。

「──偉いねぇ……ミズカちゃん。」

 聞き覚えのある声と、見覚えのある等身。それは、ヴェノムにとっても同じであり、彼女の登場にはかなり驚愕していた様子だった。

「さあて……ヴェノム。アタシの秘蔵っ子に毒入れた罪は重いわよぉ? ──覚悟して……!!」
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