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第94話
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離宮の建物を背に、庭に足を踏み入れる姿が、パメラの生み出した炎に照らされて浮かび上がる。
ダークブロンドに琥珀色の瞳の青年、秀麗な顔の左半分には醜い黒い痣が刻まれている。
「ヴェンディグ様……」
ゆっくりと歩み寄ってくるその姿に、レイチェルの目に涙が浮かんだ。
「シャリージャーラ。蛇の王はここにいる。レイチェルを放せ」
パメラは冷たく目を細めて笑った。
「ナドガルーティオ。あなたの大事な宿主とその婚約者を守りたければ、潔く私に殺されなさい」
ヴェンディグが歩みを止めると、その胸元から黒い影が吹き出して、漆黒の大蛇が頭上に現れた。
「ひっ……」
レイチェルを押さえていた兵士が悲鳴を上げた。シャリージャーラに操られていた彼だが、目前に現れた強い恐怖に本能が反応して、レイチェルを放して足をもつれさせながら逃げていった。
もがいている内に手首を縛る縄が緩んだ気がして、レイチェルは縄をほどきながらヴェンディグに駆け寄ろうとした。
だが、パメラがレイチェルの首に手をかけて動きを止める。
「動かないでちょうだい。新たな王の誕生の瞬間なのよ。厳かにしたいわ」
「……っ、蛇の王は、ナドガしかいないわっ」
レイチェルが言うと、首にかけられた手に少し力が込められた。
「あまりうるさいとこのまま燃やしてしまうわよ。喋れなくなれば静かになるわよね」
パメラが脅すように言い、ヴェンディグが顔を歪めて足を踏み出そうとした。
その時だった。
突然横から走り出てきた人影が、パメラに飛びかかった。
「なっ……」
「パメラ! もうやめるんだ!!」
腕を掴み、レイチェルから引き剥がす。信じられない想いでパメラは口を開いた。
「ダニエル……っ」
「パメラ! お前は何かに取り憑かれて操られているんだろう!? 守れなくてごめん! でも、助けるから! 今度こそ、必ず……っ」
ダニエルは涙ながらにパメラを抱き締めようとした。
だが、その前にパメラの腕がダニエルを振り払った。――生み出した炎を、腕にまとわせて。
ダニエルが悲鳴を上げた。焦げ臭いにおい。ジュウッという焼ける音。苦悶の声。
「……え?」
ダニエルは顔を押さえて地面に倒れ込んだ。ぶすぶすと煙が上がる。
「…………え?」
赤毛が縮れて焦げて、酷い匂いが鼻につく。
パメラはダニエルを見下ろして、立ち尽くしていた。
レイチェルは倒れたダニエルに駆け寄り、火傷の具合を確かめた。助け起こそうとするが、ダニエルは苦痛に喘ぎながらも、パメラに手を伸ばした。
「パ……メラ……」
「あ……」
パメラの顔色が、真っ白になっている。
様子がおかしいことに気づいて、レイチェルとヴェンディグもパメラに目をやった。
パメラの頭の中で声が響いた。
(パメラ、どうしたの!)
「あ……」
(パメラ、なぜ動かないの? 早くこいつらを焼いてしまいなさい! 大丈夫、ナドガルーティオは私が倒すから。心配いらないわ)
「あ、あ……」
頭の中で声がする。いつもなら、その声を頼みにするのに。逆らう気など起きず、安心して身を委ねているのに。
パメラは頭を抱えて、髪をかき乱した。その瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれでる。
「ダニエルっ……!!」
パメラには、ダニエルを傷つけるつもりなどなかった。
シャリージャーラの言うことは絶対で命令に服従することを厭わなかったパメラだが、誰よりも身近で大事な幼馴染であるダニエルを、恩人であるシャリージャーラが傷つけるだなんて思ってもいなかったのだ。
パメラは動揺した。
動揺は、シャリージャーラに抑制されていたパメラの意志を揺り動かした。
ずず、と、パメラの白い肌に赤い鱗が浮かぶのを、レイチェルは確かに目にした。
一瞬、ほんの一瞬だけ、パメラの意志がシャリージャーラの支配を上回った。
そう感じたレイチェルは、咄嗟にポケットに手を入れていた。
そして、取り出した瓶の蓋を開け、中身をパメラめがけて投げつけた。
「!?」
ぱしゃっ、と瓶の中身がかかり、パメラは顔を伏せた。夜の闇に混じる、甘い匂い。
ふわりと漂う、ラベンダーの匂い。
「あ……あああああああっ!!」
パメラが絶叫した。
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