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第74話
しおりを挟む不自然な大量購入がどうにも気になって、朝一番に先触れを出し午後になってから友人を訪ねるために家を出た。
離れて暮らしているとはいえ、国王夫妻が息子が苦手なラベンダーを大量に王宮に入れようとするだろうか。王宮でパーティーがある予定も聞かないし、城中を匂いで包み込めるぐらいの量のラベンダーの精油や生花など何に使うのだろう。
「レイチェルが何か知っているかしら?」
友人の顔を思い浮かべながら馬車の外に目をやったマリッカは、とぼとぼと歩く人影をみかけて眉をひそめた。
「リネット?」
今まさに思い浮かべていた友人の、ちょっと複雑な関係の妹が一人で街を歩いていた。
「何しているの?」
馬車を止めて尋ねると、リネットは何故か胸を張って言った。
「お父様とお母様と喧嘩してきたのよ。お姉様みたいにかっこよく家出したかったんだけど、やっぱり私じゃお姉様みたいな迫力がないみたい」
「そんなことまでレイチェルの真似をしなくてもいいじゃないの」
マリッカは呆れた。
「どこに行くつもりなの?」
「お姉様に報告に行こうかなって。使用人達のことを心配していると思うから」
何があったのかわからないが、目的地が一緒らしいのでマリッカはリネットを馬車に乗せた。王宮へ向かう道中でレイチェルの監禁の顛末を聞かされたマリッカはもう何度目か数え切れない、レイチェルの両親への憤りを覚えて扇を握り締めた。
「何を考えているのかしら……」
レイチェルは既に王城の住人だと言うのに、侯爵家に監禁して問題が起こらないと思ったのだろうか。実家に行った婚約者が戻ってこなければヴェンディグが不審に思わないはずがないではないか。つくづく異常な両親だ。両親に引きずられていたリネットがそこから抜け出しつつあるのは喜ばしい。パーシバルの尽力が偲ばれる。
「それにしても、クレメラ子爵令嬢ね……確かに、最近話題になっていたわね」
ごく普通の少女が、出会ったばかりの男を虜にしてしまうという噂は聞いていた。まるで魔女だと令嬢が嘆いているのを見かけたことがある。
「彼女がどうしてレイチェルの友人なんて名乗ってアーカシュア家に乗り込んだのかしら」
「あの人、なんだか不気味だったの……」
思い出したのか、リネットがぶるっと震えた。
「不気味って?」
「なんか、上手くいえないけれど……彼女の中に、彼女の他に誰か別の人がいるみたいな……」
リネットは「うーん」と首を捻った。
「なんにせよ、レイチェルが心配ね」
やがて王城が近づいてきたが、辺りが騒がしいのに気づいてマリッカは外の様子を窺った。
怯えた表情の人々が空を指さしたりしながら何か言い合っている。それを城の兵士が蹴散らそうとしている。
「何かしら?」
邪魔にならない場所に馬車を止めて、マリッカとリネットは騒ぎに近づいた。
「俺は見たんだよ! 本当に」
「黒い、大きな蛇が飛んでったんだ」
ざわめく人々は口々に自分が見たものを話している。何があったのかを尋ねようとマリッカがそばの人に話しかけようとした時、王城の門が開いてきらびやかな鎧をつけた一団が陸続と姿を現した。人々は脇に避け、物々しい一団を見送る。
「いったい、何が……」
「リネット!」
人混みの中から、一人の青年がこちらへ向かって走ってきた。
「パーシバル! お姉様は?」
リネットが駆け寄って尋ねると、パーシバルは困ったように眉をしかめた。
「レイチェルを王城の門まで送り届けて、俺は一度家に帰ったんだが……どうも城の方が騒がしかったような気がして、少し心配で様子を見にきたんだよ。そしたら、この騒ぎだ」
状況がわからず立ち尽くす三人の周りで、人々が声高く言い合っている。そのうちに、誰かの声がはっきりと響いた。
「あれは、公爵様に取り憑いているっていう蛇なんじゃないか?」
その言葉に、一瞬の沈黙の後、皆が一斉に喚き出す。
「そうだそうだ! あれが呪いの蛇だったんだ!」
「じゃあ、誰かが邪悪な蛇を城から追い出したのか!」
「おい! 蛇は男と女を捕まえて逃げたらしいぞ!」
「人質か……それで騎士団が追っていったんだな」
「蛇に捕まったってことは、呪いをかけられていた公爵様とその婚約者の令嬢なんじゃねぇの?」
その言葉に、立ち尽くしていた三人は顔を上げた。
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