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第55話
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夜空を泳ぐ黒い蛇の背に乗り、ヴェンディグは王都の一角に立つ屋敷を睨み据えた。
そこに、探し続けた敵がいる。屋敷の位置を確認した後は、上空をぐるりと旋回して様子を見た。
「ヴェンディグよ」
「あん?」
ナドガが何気なく言った。
「私がいなくなった後も、レイチェルを逃さないようにするといい」
「なっ……」
ヴェンディグが絶句した。
「私はレイチェルが好きだぞ」
何のてらいもなく言ってのけるナドガに、ヴェンディグは「ぐぬぬ」と唸った。
「い、今はそんな話をしている場合じゃないだろ」
「そうか」
ナドガは旋回するのを止め、屋敷を見下ろした。そして、がばりと口を開けると、戦う前に発する鳴き声を屋敷に叩きつけるように発した。
この声は蛇と蛇に魂を蝕まれた者にしか聞こえない。蛇の王の声だ。びりびりと空気を震わせ、辺りの生き物はその圧力に怯えて逃げ出す。人間達も聞こえずとも何かの気配を察知して恐怖に駆られるだろう。長時間聞けば精神が狂うこの声に、シャリージャーラは耐えられてもパメラの体は耐えられない。シャリージャーラは宿主の体を捨てて逃げようとするかもしれない。鳴き声を発するナドガの背で、ヴェンディグは屋敷の周囲に目を凝らした。
だが、次の瞬間、背後から迷惑そうな声で話しかけられた。
「うるさいわねぇ。吠えるのをやめてくれる?」
ナドガは鎌首をもたげ、ヴェンディグも声の主に目をやった。
レイチェルと同じか少し年下ぐらいの、あどけないと言ってもいいような少女が、不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「シャリージャーラ……」
「久しぶりね、ナドガルーティオ」
黒い蛇に赤い目で見据えられても、少女は少しも怯えを見せなかった。
「宿主は……その少女の意識をどうした?」
ナドガが尋ねると、少女はふっと鼻で笑った。
「パメラもちゃんとここにいるわよ。彼女は完全に心から私を受け入れているの。だから、私がこうして彼女の口を借りて喋ることが出来るのよ。ねえ、パメラ」
「ええ」
シャリージャーラに同意を求められ、同じく力返事が発される。
「シャリージャーラ様は私を救ってくださった。だから、私はシャリージャーラ様を脅かそうとする者は許さないわ」
パメラはきっとナドガヴェンディグを睨んだ。
「うふふ。パメラはいい子ね」
今度はシャリージャーラが喋る。
「シャリージャーラよ。その娘を解放して蛇の国へ帰るのだ」
ナドガが言うと、シャリージャーラ——パメラはつん、とそっぽを向く。
「嫌よ。私は永遠に人間達の「欲」を食い続けてやる。男達が向けてくる情欲の視線! 女達が向けてくる嫉妬の視線! 最高のご馳走よ」
パメラはナドガに向かってからかうように言った。
「あなたもせっかく人間の世界に来たのだから、その男を乗っ取って女達の情欲を貪ればよかったのに」
「そんなことをすれば人間達の間に不和が生じる。蛇の世界は人間の世界に干渉しないのが掟だ」
「馬鹿ねぇ。そんなことを言っているから……」
パメラが急にニヤリと笑った。
「私なんかに、負けちゃうのよっ!!」
その声と同時に、パメラの周囲に炎が出現した。
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