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第11話
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***
王妃はレイチェルの姿を見るや涙を流した。
「大丈夫なの? 昨夜はちゃんと眠れた?」
挨拶するより先に駆け寄って来られ、体調が悪くないか心配される。一国の王妃に親しげにされて、レイチェルは緊張で固まった。
「ごめんなさいね。いきなり呼びつけて」
「いえ、あの……」
どちらかと言えば謝らなければいけないのは自分ではないかと思い、レイチェルは腰を折りかけた。だが、その前に王妃が憂いを含んだ表情で溜め息を吐く。
「あの子は呪われているといっても、痣以外はどこにも問題がないのよ。けれど、見た目が他人を恐れさせるからと、離宮から出てこないの」
レイチェルは昨日初めて会ったヴェンディグの態度を思い返した。肌にくっきりと刻まれた赤黒い蛇の鱗の痣が目立つ他は、長年呪いに蝕まれているようにはとても見えなかった。
王妃の指示で侍女達がてきぱきとお茶の準備をする。王妃と向かい合って茶を飲むなんて昨日までは想像すらしていなかった。レイチェルはカップを持つ手が震えそうになった。
「だから、あの子に婚約者をというのは諦めていたの。なんとかしたかったのだけれど、あの子自身が離宮に他人を入れるのを嫌がったから」
レイチェルはごくりと喉を鳴らした。その嫌なことを無理強いさせてしまったという罪の意識がちくちくと胸を苛む。
「私、ご迷惑を……」
「いいえ。私も陛下も喜んでいるのよ。どんな理由であれ、あの子が自分の傍にライリー以外の人間を近寄らせようと決めたのだから。お礼を言わせてちょうだい。貴女には感謝しているのよ」
「そんな……勿体ないお言葉です」
レイチェルはしどろもどろになって顔を伏せた。自分は感謝されるような人間ではない。レイチェルのしたことは
「呪われた公爵閣下」を利用しただけなのだから。
「いいのよ。事情はどうでも。あの子に婚約者が出来たというだけでも私達には十分なの」
王妃は優雅に微笑み、レイチェルの事情を聞こうとはしなかった。しかし、おそらく大体のことは把握されているだろう。レイチェルが家でどんな扱いを受けていたかなど、調べようと思えばすぐに調べられる。
「さて、それじゃあ始めましょうか」
「え?」
急に王妃が立ち上がると、ぱんぱんと手を打ち鳴らした。
すると、大きな荷物を抱えた侍女達とにこやかな婦人が部屋に入ってきて、レイチェルを見るなり「まあ!」と声をあげた。
「これは腕のふるいがいがありますわ!」
婦人はレイチェルを立たせると、侍女から受け取った布を次々にあてていく。レイチェルは目を白黒させた。
「ヴェンディグに頼まれたのよ。貴女のドレスを作れって」
「えっ?」
レイチェルはぎょっとした。
「そんな、私は……」
置いてもらえるだけでもありがたいというのに、これ以上何かしてもらう訳にはいかないとレイチェルは慌てたが、王妃はうきうきと婦人と相談を始めてしまう。
「デイドレスと、ナイトドレスも必要ね!」
「落ち着いた色も似合いますが、こちらの華やかな布もお顔が明るく見えてお似合いですわ!」
「私はこの色が好きだわ! どう?」
盛り上がる王妃と婦人と侍女達に口を挟めずにあたふたしていると、王妃がレイチェルに向かってにっこり微笑んだ。
「カーリントン公爵は婚約者を着飾らせることも出来ないなんて言われては王家の名折れだわ。ね?」
そう言われてしまえば、レイチェルには何も言えなくなってしまう。古臭いドレスを着た野暮ったい女が公爵の婚約者だなんて名乗ったら、恥を掻くのはヴェンディグと国王夫妻なのだ。
何も言えなくなったレイチェルは、盛り上がる女達の真ん中で立ったり座ったりくるくる回されたりを繰り返して、いったい何着のドレスが出来上がるのかすらわからないまま、解放されるまでの長い時間を耐えることになったのだった。
王妃はレイチェルの姿を見るや涙を流した。
「大丈夫なの? 昨夜はちゃんと眠れた?」
挨拶するより先に駆け寄って来られ、体調が悪くないか心配される。一国の王妃に親しげにされて、レイチェルは緊張で固まった。
「ごめんなさいね。いきなり呼びつけて」
「いえ、あの……」
どちらかと言えば謝らなければいけないのは自分ではないかと思い、レイチェルは腰を折りかけた。だが、その前に王妃が憂いを含んだ表情で溜め息を吐く。
「あの子は呪われているといっても、痣以外はどこにも問題がないのよ。けれど、見た目が他人を恐れさせるからと、離宮から出てこないの」
レイチェルは昨日初めて会ったヴェンディグの態度を思い返した。肌にくっきりと刻まれた赤黒い蛇の鱗の痣が目立つ他は、長年呪いに蝕まれているようにはとても見えなかった。
王妃の指示で侍女達がてきぱきとお茶の準備をする。王妃と向かい合って茶を飲むなんて昨日までは想像すらしていなかった。レイチェルはカップを持つ手が震えそうになった。
「だから、あの子に婚約者をというのは諦めていたの。なんとかしたかったのだけれど、あの子自身が離宮に他人を入れるのを嫌がったから」
レイチェルはごくりと喉を鳴らした。その嫌なことを無理強いさせてしまったという罪の意識がちくちくと胸を苛む。
「私、ご迷惑を……」
「いいえ。私も陛下も喜んでいるのよ。どんな理由であれ、あの子が自分の傍にライリー以外の人間を近寄らせようと決めたのだから。お礼を言わせてちょうだい。貴女には感謝しているのよ」
「そんな……勿体ないお言葉です」
レイチェルはしどろもどろになって顔を伏せた。自分は感謝されるような人間ではない。レイチェルのしたことは
「呪われた公爵閣下」を利用しただけなのだから。
「いいのよ。事情はどうでも。あの子に婚約者が出来たというだけでも私達には十分なの」
王妃は優雅に微笑み、レイチェルの事情を聞こうとはしなかった。しかし、おそらく大体のことは把握されているだろう。レイチェルが家でどんな扱いを受けていたかなど、調べようと思えばすぐに調べられる。
「さて、それじゃあ始めましょうか」
「え?」
急に王妃が立ち上がると、ぱんぱんと手を打ち鳴らした。
すると、大きな荷物を抱えた侍女達とにこやかな婦人が部屋に入ってきて、レイチェルを見るなり「まあ!」と声をあげた。
「これは腕のふるいがいがありますわ!」
婦人はレイチェルを立たせると、侍女から受け取った布を次々にあてていく。レイチェルは目を白黒させた。
「ヴェンディグに頼まれたのよ。貴女のドレスを作れって」
「えっ?」
レイチェルはぎょっとした。
「そんな、私は……」
置いてもらえるだけでもありがたいというのに、これ以上何かしてもらう訳にはいかないとレイチェルは慌てたが、王妃はうきうきと婦人と相談を始めてしまう。
「デイドレスと、ナイトドレスも必要ね!」
「落ち着いた色も似合いますが、こちらの華やかな布もお顔が明るく見えてお似合いですわ!」
「私はこの色が好きだわ! どう?」
盛り上がる王妃と婦人と侍女達に口を挟めずにあたふたしていると、王妃がレイチェルに向かってにっこり微笑んだ。
「カーリントン公爵は婚約者を着飾らせることも出来ないなんて言われては王家の名折れだわ。ね?」
そう言われてしまえば、レイチェルには何も言えなくなってしまう。古臭いドレスを着た野暮ったい女が公爵の婚約者だなんて名乗ったら、恥を掻くのはヴェンディグと国王夫妻なのだ。
何も言えなくなったレイチェルは、盛り上がる女達の真ん中で立ったり座ったりくるくる回されたりを繰り返して、いったい何着のドレスが出来上がるのかすらわからないまま、解放されるまでの長い時間を耐えることになったのだった。
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