上 下
12 / 55

第12話 王太子アレン・ハッターツェルグの煩悶

しおりを挟む




「エリザベートが修道院にっ!?」

 アレンがソファから跳ね起きて大声を上げた。

「そうですっ、我が娘は深く傷ついて……くっ、このっ、貴様らのせいでっ!」

 新たな人物の登場に喜んだ毛玉達は我先にと公爵の足にじゃれついている。公爵は屈辱に顔を歪めて毛玉達を睨みつけた。

「くっ……この無礼さで我が娘に迫ったのだな!許さんぞっ!」
「わんっ!」
「きゅーん」
「くん!」

 公爵の怒りに怯むことなく、毛玉達はぴょんぴょんと飛び跳ねたり公爵のローブに噛みついたりとやりたい放題だ。

「公爵。私はエリザベートとの婚約を解消するつもりはない。そう伝えてくれ」
「かしこまりました……しかし、娘はひどく傷ついており……どうぞ殿下には娘の心に寄り添っていただけるよう、お願い申し上げ……くっ、貴様!私の足に登るとはなんたる無礼なっ」
「くんくん」

 エリザベートが婚約を解消して修道院へ行くとまで申し出たことはエリオットにとっても衝撃だった。同じ公爵家として幼い頃から知っているが、彼女の他に王太子妃にふさわしい令嬢などいない。彼女もそのことを知っており、国のために身を捧げる覚悟だと思っていた。
 婚姻まで後一年という時間を残して、全てを捨てて修道院へ駆け込むなど、エリザベートらしくない。

 とりあえず、明日公爵家を訪ねると言付けて、アレンは公爵を帰した。付いてこようとする毛玉に「くっ、悪魔め!」と言いながら公爵が部屋を出た後で、アレンは難しい表情でエリオットに告げた。

「明日は休日だが、一緒に公爵家へ向かえるかクラウスとガイに聞いておいてくれ」
「あいつらも連れて行くのか?なんのために」

 クラウスはともかく、エリザベートを説得するのに脳筋のガイは必要ないと思うのだが。

「ああ。居てくれた方が、心強い……」
「どうした?さっきから、なんだか様子がおかしいぞ」

 いつもの不遜な態度やエリザベートに対する酷薄さがなりを潜めていることに気づいて、エリオットはアレンの顔を覗き込んだ。エリオットの足下で、座り込んだ毛玉も「きゅん?」と首を傾げてアレンを見上げている。

「エリザベートが、あんな顔を……」
「顔?」
「涙目で……頬を赤らめて、あんな弱々しい顔は、初めて見たんだ……」

 アレンが呟いた言葉に、エリオットは目を見開いた。
 確かに、エリザベートのあんな姿はエリオットも初めて目にしたが、アレンのように呆けたりはしない。

「ああ、気丈な彼女が泣きそうな顔をしていたのは気の毒だったな」
「気の毒というか、かわ……いや、なんでもない」

 どうにもはっきりしないアレンの態度に眉をひそめつつも、エリオットは明日からの対策を考えるためにアレンの部屋を辞して家に帰った。

 もしも、そこに居たのが女嫌いのエリオットでなければ、おそらくアレンの抱えたもやもやを一言で表してくれたのであろうが、残念ながら相談相手がポンコツエリオットだったがためにアレンはその夜一晩中、頭から消えないエリザベートの泣きそうな顔に悩まされることになったのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

え?私、悪役令嬢だったんですか?まったく知りませんでした。

ゆずこしょう
恋愛
貴族院を歩いていると最近、遠くからひそひそ話す声が聞こえる。 ーーー「あの方が、まさか教科書を隠すなんて...」 ーーー「あの方が、ドロシー様のドレスを切り裂いたそうよ。」 ーーー「あの方が、足を引っかけたんですって。」 聞こえてくる声は今日もあの方のお話。 「あの方は今日も暇なのねぇ」そう思いながら今日も勉学、執務をこなすパトリシア・ジェード(16) 自分が噂のネタになっているなんてことは全く気付かず今日もいつも通りの生活をおくる。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

断罪されているのは私の妻なんですが?

すずまる
恋愛
 仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。 「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」  ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?  そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯? *-=-*-=-*-=-*-=-* 本編は1話完結です‪(꒪ㅂ꒪)‬ …が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

処理中です...