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第87話 イベリスの衝撃発言

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「うおおおおっ!」

 かけ声と共に馬鹿みたいにまっすぐ突進してきた少年をひらりとかわし、背後に回った少女が少年の背中に全体重をかけて地面に倒す。
 背中に乗った少女はすかさず腕を少年の首に回した。
 そのまま締め上げれば、少年が苦悶の表情を浮かべる。
 首に絡められた細い腕、背中に押しつけられるやわらかい胸、腰のあたりに座られているためえもいわれぬ感触が――

「アダム選手ダウン! はい! ワン・ツー・スリー! アウトー! 勝者イベリス・レモニー!!」

 私がカウントをとって勝者を宣言すると、倒れたアダムの上に座っていたイベリスが立ち上がって片腕を上げた。

「さすがだわ!」
「イベリス様、すごいです!」

 見物していたフアナとエリーナが惜しみない拍手を贈る。

 イベリスがあまりにも無防備にアダムに寝技をかけて密着するものだから、私の提案でスリーカウント制を導入させてもらった。
 いや、三秒以内なら密着してもいいというわけではないんだけれども。
 でもまあ、スリーカウントで離れれば、アダムも感触を堪能する余裕はないだろう。

「ぐ……くそ……俺はまだ戦えるぞ! 所詮女の力はこの程度か! 俺を倒すためにはもっと力を込めてぎゅーっと」

 アダムの野郎、最近イベリスに密着されるのに味を占めてない? むっつりすけべが。

「アダム! 大丈夫か? 鼻血が出ているぞ!」
「倒れた時に打ちつけたのか」

 殿下とバーナードがアダムに駆け寄って助け起こした。
 その鼻血、ほんとに床に打ちつけて出たものでしょうね?

 やっぱり、そろそろ技をかけるのはやめさせた方がいいかもしれない。アダムの様子を見るに、もはや女に負ける屈辱より助平心の方が勝っているような気がしてならないのよ。

「イ、イベリスさん。その……いくら婚約者といえど」
「胸を押しつけたりお尻を乗せたりはよくないと思いますの……」

 授業が終わった後の教室で勝負が始まったため、見物する羽目になったカナリアとマーゴットがおずおずとイベリスにもの申す。そう。私もそれが言いたかったの。

「でも、私がアダム様を押さえ込むには、全身の力を使わねばなりませんの」
「ですから! 何故押さえ込まねばなりませんの?」
「イベリス様、はっきり申しましてアダム様はその……押さえ込まれることにいかがわしい喜びを感じていらっしゃるのではないかと」

 きょとん、とするイベリスを必死に説得しようとするカナリアと、アダムの方を薄汚いものを見るような目で睨むマーゴット。

 そうなのよ。二年生になって、アダムは背が伸び始めて体つきもがっしりしてきている。イベリスに簡単に押さえ込まれることはなさそうなのに、毎回あっさりやられているものだから、イベリスに密着されたいがためにわざと負けてるんじゃないかと疑ってしまう。

「ご心配いただきありがとうございます。でも、大丈夫です」

 イベリスはカナリアとマーゴットを安心させるようににっこりと笑った。

「私がこうやってアダム様に勝てるのは、今だけですから」

 イベリスの声音には少し寂しげな調子が混ざっていたが、それに気づいたのはこの場の女子だけだった。
 鼻血をぬぐって立ち上がったアダムは偉そうに胸を張って言う。

「その通りだ! 俺は日々肉体を鍛えて着実に強くなっている! お前などすぐに俺にかなわなくなるとも! ざまあみろ!」
「ええ。だから、私がアダム様に負けたら、婚約を解消していいですよ」

 負けたくせに勝ち誇るアダムに、イベリスがさらっと重大なことを告げた。

「えっ……?」

 アダムが間抜けな顔で固まった。
 イベリスはそれ以上アダムにかまわずにフアナとエリーナと談笑を始める。

「ステラ。こっちにエリーナ来てない?」
「あ、コリン様。ごめんなさい、一緒に勉強する約束でしたね」

 エリーナを迎えにきたコリンが顔を出し、ふたりが仲良く教室を出ていくのを見送った後も、アダムは固まったままだった。




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