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第61話 殿下と孤児達

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「殿下。そろそろ帰りませんと」
「む。もうそんな時間か」

 無心で葉っぱを刻んでいたらあっという間に時間が経ってしまったらしい。バーナードに声をかけられて、僕は手を止めた。

「ジュリー、帰っちゃうの?」
「また来てね」
「泊まっていってくれないなんてツレナイオトコね……うふふ。そんなヒドイオトコも嫌いじゃないわよ……」

 いつものように子供達が別れを惜しんでくれて、マリーがしなだれかかってくる。
 ここの子供達は僕相手にも物怖じせずのびのび育っていて実にいいと思う。

 マリーを腕にぶら下げたままバーナードと会話していると、孤児院の扉がばーんと開いて子供がひとり駆け込んできた。

「マリー!」
「きゃあ、フレデリック!」

 マリーが華やいだ声をあげる。

「おまえは俺というものがありながら、またこんな男と浮気を!」
「やだあ、妬いてるの? うふふ、馬鹿ねえ」

 近所の食堂の息子、フレデリック(9)はマリーと相思相愛の幼馴染らしい。毎回、僕をだしにしてイチャついている。
 あっさり僕から離れたマリーはフレデリックにぴったりくっついてご機嫌な様子だ。

「殿下が甘くするのでみんな調子に乗っているじゃないですか」
「貴族相手には舐められないように傲慢さも必要だが、平民の、ましてや孤児相手に威張り散らす必要などないだろう」

 僕がそう言うと、バーナードは肩をすくめた。

 父上も平民には慈悲深くしろっておっしゃっていたからな。
 なんでも、父も若い頃は平民のことなど顧みない王子だったらしいが、グリーンヒル公爵にその根性を叩き直されたらしい。なにをされたかは青ざめるだけで教えてくれないのだが。
 国外に叩き出された第二王子に比べればマシとは言っていたが。

 そんなグリーンヒル公爵に育てられたステラが平民の健康を気にかける優しい淑女になったのは当然だな。

「まったく。鬱陶しいからさっさと結婚して持っていってほしいよ」

 イチャつくマリーとフレデリックを見て、トマスがうんざりした口調で言う。

「フレデリック出禁にしちゃおうよ」
「そしたら食堂でイチャついて客に迷惑かけるだろ」
「ルナ姉みたいにこっそり夜中に抜け出してデートされたら困るしね」

 子供達が溜め息を吐く。

「ルナ姉?」

 知らない名前が出てきたので首を傾げると、ポーラが昔孤児院にいた子だと教えてくれた。

「二年前に子供のいない夫婦にもらわれていったの」
「商人の子供と仲良しで、ここにいる頃からもう結婚の約束しててさあ」
「確かジュリーと同じ年じゃなかったかな」

 むう。僕だってグレイの妨害がなければ、二年前にステラと婚約できていたはずなのに。

「そういや、こないだ遊びにきた時、ルナ姉なんか変だったよな」

 トマスが首を傾げた。

「コカナの葉をたくさん保管しておけ、なんてさ」
「そんなにたくさん刻んでも、売れないし邪魔だよねえ」

 護衛達がしびれを切らした様子だったので、僕とバーナードとアダムは子供達に別れを告げて馬車に乗り込んだ。

 馬車から外を眺めると、平民居住区は最初に訪れた時よりきれいになったように見える。平民の生活改善に取り組んだことで父上にも褒めていただいた。

 そうだ。今度はステラも孤児院に連れていって、子供達に紹介しようか。
 本物の公爵令嬢を見たら子供達も喜ぶだろう。
 グレイには邪魔させないぞ!



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