上 下
13 / 26

13

しおりを挟む





「はあっ……はあっ……」

 玄関に飛び込んで、足がもつれて床に倒れ込む。すぐ後ろから、嫌な気配が迫ってきた。

『ツカマエタ……』

 黒い影が私に覆いかぶさるように伸びてきて、あたしはぎゅっと目をつぶった。

 ヒュンッ

 空気を切る音がした。

 あたしを捕まえようとしていた黒い影に、ナイフやフォークが襲いかかった。
 もちろん、霊にはそんなもの刺さらないが、黒い影はひるんだように後ろに下がった。

 あたしと黒い影の間に、小さな男の子の霊が現れる。

「マコトくん……」

 マコトくんからは光るオーラのようなものが発されていた。おそらく、すごく怒っている。
 黒い影はマコトくんの怒りのオーラにおされて、呻き声を上げて遠ざかっていった。

 バタンッ

 黒い影を外に追い出して、玄関の扉がひとりでに閉まった。

 あたしはほーっと息を吐いて全身の力を抜いた。

「ありがとう、マコトくん……」

 マコトくんはちょっと振り返ると、Vサインをしてからふっと消えた。

 薄暗い洋館の中で、あたしは床に座って膝を抱えた。まだ外にはあの黒い影と女の人がいるかもしれない。まだ、しばらくはここにいた方がいいだろう。

 ここに悠斗がいれば、携帯を持っているから助けを呼べるのに。

「うちでは「携帯は中等部に進学してから」だもんね。涼も初等部を卒業したら買ってもらうって言っていたし」

 自分を元気づけるために、わざと大きく声に出した。

「あーあ。今頃、サボったって思われてるかなぁ……涼のこと「サボり魔」って呼べなくなっちゃうよ」

 涼と悠斗はどうしているかな。あたしが登校しないから、不思議に思っているかもしれない。

(ああ、あたし、涼に謝るつもりだったのに……)

 抱えた膝に顔をうめて、あたしは涼か悠斗が探しに来てくれることを祈った。
 そうするうちに、洋館の中が薄暗いせいか、必死に走って疲れ切ったせいか、だんだん頭がぼんやりしてきて、そのまま眠ってしまった。




『大丈夫だよ。あの霊にさわってごらん』

 男の人に肩を押されて、五歳のあたしはこわごわと前に進んだ。

 部屋の真ん中には、優しそうな笑顔を浮かべた青年の霊が立っていた。

『彼は我々に協力してくれる良い霊なんだ。だから、君の能力測定も手伝ってくれるんだ。だから、怖がることはないよ』

 そうだ。これは、霊が見えるとうったえて泣くあたしを、おかあさんが能力測定に連れていった日の記憶だ。

 あたしはすごく怖かったけれど、今まで見てきた霊とは違って優しい笑顔を浮かべる青年を見て「だいじょうぶなのかな?」と思った。
 だから、勇気を出して言われた通りにした。
 まず左手で霊にさわった。少しヒヤリとしたけれど、普通の人をさわるのと変わらない感触だった。

『きみは、見えるだけではなくて、さわることもできるんだね。霊能系は数が少ないし、見えるだけでさわれない人も多いんだ。きみの能力は将来役に奴よ』

 男の人がそう言ってくれたので、あたしはうれしくなった。
 そして、調子に乗ったあたしは、左手で握った霊の手に、右手まで重ねたのだ。
 次の瞬間、青年の手がぼろぼろと崩れだした。
 あたしが触れたところから、青年の体が崩れて消えていく。青年が驚いた表情であたしを見た。

 あたしは何が起きたかわからず、目を丸くしてただ青年が跡形もなく消えていくのを見ていた。

 目の前にいた青年が消えて、あたしはへたりとその場に座り込んだ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

高貴な血筋の正妻の私より、どうしてもあの子が欲しいなら、私と離婚しましょうよ!

ヘロディア
恋愛
主人公・リュエル・エルンは身分の高い貴族のエルン家の二女。そして年ごろになり、嫁いだ家の夫・ラズ・ファルセットは彼女よりも他の女性に夢中になり続けるという日々を過ごしていた。 しかし彼女にも、本当に愛する人・ジャックが現れ、夫と過ごす夜に、とうとう離婚を切り出す。

処理中です...