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第三話「土の中」

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「みくり!」

 なだらかな斜面を登りながら、奈村が娘の名を呼ぶ。

「みくり!どこだ!?」

 夜の空気に、土と木の匂いが漂っている。湿った森の匂いだ。

「みくりを返せ!お前の狙いは私なんだろ!」

 懐中電灯の明かりを動かして辺りを探していた大透が、「あ」と声を上げた。
 木々の間に、ぐたりと倒れているパジャマ姿のみくりが見えた。

「みくり!」

 奈村が駆け寄って娘の体を抱き起こす。泥のついた頬を拭い、必死に呼びかける。

「みくり!しっかりしろ!」

 稔もそちらへ駆け寄ろうとして、ーーー漂ってくる厭な匂いに足を止めた。

 あの匂いだ。湿っていて、生々しく、何かが腐ったような、土の匂い。

 匂いとともに、厭な気配が、奈村のすぐ側ーーー足下の地面から漂ってくる。

「奈村さん!」

 稔が叫ぶのと同時に、奈村の片足が突然地面に沈み込んだ。

「!?」

 膝まで埋まった足を見下ろした奈村は、穴の底から這い出てその足にしがみついてニタリと笑う少女の顔を目にした。



 ***



 カッと見開かれた澱んだ目と目が合って、奈村は言いようのない激しい嫌悪感に身を捩った。

「離せっ!!」

 奈村は梨波を振り解こうと足で蹴る仕草をした。靴底で土ががしゃりっと音を立てた。ーーーいや、それは土ではなかった。

 小さな穴の底、大して深くもない穴には、大量の虫の死骸と何かの小さな骨がぎっしりと詰まっていた。

 奈村は靴底で潰れる乾いた感触に吐き気を覚えた。

 異常だ。生きている頃から、異常だった。

 奈村は、どうすれば良かった?優しく丁寧に接したせいでこんなことになってしまった。だが、生きていた頃、まだただの少女だった頃から、異常な人間だと罵って手酷く排除すれば良かったとは、今でもまだ思えない。

 でも、それなら一体、どうすれば良かったのだ。

 わからない。奈村には、わからなかった。

「奈村さんっ!」

 大透が奈村に駆け寄った。

「私はいい、みくりをっ……」

 奈村にみくりを渡されて、大透は戸惑いながらも気絶した少女を肩に担いだ。重みでよろよろしながら斜面を下ってきて、稔の隣に立ってみくりをそっと木の陰に座らせた。

「倉井、どうすれば……」

 不安そうに尋ねてくる。文司も稔の傍らに寄ってくる。木々がざわざわと音を立てる中で、奈村は自分の足を掴んで這い上がろうとしてくる少女を睨みつけていた。



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