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第三話「土の中」

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「倉井?」

 肩にぽんっと手を置かれ、稔ははっと我に返った。
 途端、暗い森の光景が消え、綺麗な廊下が目の前に広がる。

「どうかしたか?」
「いや……ああ……」

 首を傾げる大透に曖昧な返事をする。額からつーっと汗が流れた。

(今のは……)

 もの凄く厭な、恐ろしい穴だった。何が入っているのかは見えなかったが、とにかく人が触れてはいけない何かがあった。

(……いや、人が埋められてはいなかった)

 一瞬だけ浮かんだ考えを否定する。十歳の子供を埋められるような穴ではなかった。小さすぎる。

 では、あの穴は何だ?

 思わず頭を抱えた稔は、鼻をすん、と動かした。もう、臭いはしない。

「えっ?」

 稔の横で、大透が声を上げた。稔はびくりと肩を震わせてしまった。

「ど、どうした?」
「いや、今……」

 大透はパソコンに駆け寄った。さっきまで調べ物をしていたパソコンの画面にはニュースサイトが開きっぱなしになっていて、そこに最新のトップニュースが表示されていた。その中の見出しの一つに、大透は見覚えのある名前を見つけていた。

『昨夜遅く、前ーー市議の小野森耕三氏(70)が自宅で倒れているのが発見され、病院に救急搬送されましたが死亡が確認されました。死因は明らかになっておらず……』

「これって……」
「どうしたんだよ?」

 愕然とする大透の様子に、文司が立ち上がる。

「これ、あの人だよ。パーティーに来ていた……奈村さんの前の議員の爺さん!」

 稔と文司も目を丸くした。




 ***



 知らせを受けて、奈村は即座に小野森の自宅に駆けつけた。
 小野森の自宅前には数人の記者が張り込んでいて奈村を見つけるやまとわりついてきたが、それを振り払って門の中に飛び込んだ。

「ああ、奈村さん……」

 小野森の妻が憔悴しきった様子で出迎えた。

「奥様、いったい何が……」
「昨晩はね、いつも通りに元気だったのよ」

 小野森の妻は着物の袖でそっと目元を押さえた。

「きっと……怒らせてしまったのね」
「え……?」
「あの人が倒れているのを見つけた時、土の匂いがしたの」

 奈村は息を飲んだ。

「それは……っ」
「あの人は、ああいうものを怖れる人ではなかったから、きっと、立ち向かったのだと思うわ。そういう人だもの」

 ふふふ、と困ったように笑う小野森の妻に、奈村は声もなく立ち尽くした。

「あの人、今日は緑城町の神社を訪ねると言っていたわ。みくりちゃんのことで、力になろうとしていたのに、こんなことになってしまって……」

 奈村は膝を折って地に頭を擦り付けた。

「申し訳ないっ……」

 とうとう、とうとう、犠牲者を出してしまった。あの、悪霊のせいで。

 小野森は何も関係ないのに。彼はただ、奈村に関わっただけなのに。

「よしてちょうだい。あの人はやられたんじゃないわ。戦ったのよ。だから、後悔などしていないでしょう」

 小野森の妻はきりっと眉をつり上げ、凛とした佇まいで奈村を叱咤した。

「貴方はしっかりとみくりちゃんと潔子さんを守りなさい。そうしなければ、小野森は許しませんよ」

 奈村は頭を下げたまま、ぼろぼろと涙をこぼした。




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