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第二話「鏡の顔」
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しおりを挟むこんなこと、口に出したくはないが、一人で抱えているのも無理だった。
「わざとか無意識か知らないけど、高遠のいじめっこへの恨みがその辺の霊を引き寄せて、人に怪我をさせるぐらいになった」
大透と文司は目を丸くして顔を見合わせた。
「なんでそんなことわかるんだ?」
「夢を見た……鏡から出てきた黒い手が背中を押したんだ……」
「鏡……もしかして、さっき師匠が落ちたのも……」
踊り場の鏡を思い浮かべたのか、文司が顔を青くした。
「でも、なんで倉井まで……いじめっこに復讐したかったんなら、倉井は関係ねぇじゃん」
「わからねぇ……前にトイレで顔を合わせた時に、何か恨みを買ったのかも……」
「いや、ティッシュあげて親切にしてたじゃん。あれで恨んでたら相当被害妄想だろ」
大透が納得いかないように眉を跳ね上げるが、稔だってなんで自分が狙われたのかわからない。大透が言うように、高遠に恨まれるようなことをした覚えはないのだが。
しかし、文司は少し考えるように首を傾げた後、ぽつりと口を開いた。
「……親切に、したからかもしれません」
「え?」
「高遠は、師匠に親切にされて、見ず知らずの人に親切に出来る師匠の優しさとか勇気を羨んだのかも。自分にはないものを持っている相手を羨む気持ちは、相手への称讃であると同時に、相手に対する嫉妬でもあります。「羨ましい」って気持ちに潜んだ僅かなマイナス感情にも、霊は敏感に反応したんじゃないでしょうか」
「なにそれ。そんなので反応されてたら、高遠がちょっとでも誰かに対して何かマイナスなこと思ったら皆襲われちゃうってことじゃん」
文司の仮説に大透が頭を抱える。
「そんなの、放っておいていいのかよ?」
「たぶん、もう終わる。黒い手が、高遠を捕まえるのが見えたから」
そう言って、稔は重苦しい息を吐き出した。鏡から出てきた黒い手は、高遠の憎い相手を攻撃して、最後に憎しみの源である高遠に手を伸ばしたところだ。おそらく高遠も怪我をするだろうが、それで霊は満足してまた散り散りになるだろう。
「それ、放っておいていいのかよ」
「いいだろ。自業自得だ」
三人も大怪我させたのだ。いくらいじめられていたといっても、高遠だって何らかの代償は支払うべきだと稔は思う。
「怪我……だけで済みますよね?死んだりとか……」
文司が戸惑いを浮かべて言い募る。
「ちょっと、様子を見に行った方がいいんじゃ……怪我してるなら、助けた方がいいし」
「そうだよ。もう学校にはほとんど人いないんだからさ。トイレで怪我して倒れてるかもしれないんだろ」
大透も文司に同意する。だが、稔は首を横に振った。
「俺は嫌だ。あそこにはもう足を踏み入れたくない」
冷たいと言われるだろうが、稔はもう関わりたくなかった。高遠が残っていることは山久が知っているのだし、教師陣が探せばそのうち見つかるだろう。
さっさと帰ろうとする稔に対し、大透と文司は躊躇いを見せる。
「自業自得だけど、さすがに放っておくのは……」
「もしも大怪我してたら……」
「うるさいなっ!俺には関係ないっ」
稔は罪悪感を振り払うように叫んだ。この二人だって霊の恐ろしさは嫌というほど知っているだろうに、どうして様子を見に行こうなんて言えるんだ。関わらないのが一番なのに。
「……わかった。倉井は帰れ。俺はやっぱりちょっと様子見てくる」
大透がそう言って、踵を返して廊下を走って行った。稔は思わず止めようとしたが、それを文司が制する。
「師匠。俺も一緒に行ってみますよ。大丈夫。俺は高遠に会ったこともないし、恨まれてませんから」
文司が笑顔でそう言って、稔を押し留めて大透の後を追った。
稔は呆然として二人が消えた廊下の奥を見つめた。
(なんで、よく知らない奴を助けに行こうなんて思えるんだ)
まるで自分が特別冷血な人間だと言われているように思えて、稔はぐっと唇を噛んだ。
(……俺には関係ないんだ。帰っちまおう)
とにかく、自分には関係ないのだと言い聞かせて、稔は靴を履きかえて玄関から出ようとした。
だが、玄関の前に立って、稔は動きを止めた。ほんの一押しするだけで、扉はなんなく開くのに、扉にかけた手に力を込めることが、稔にはどうしても出来なかった。
浮遊霊はきまぐれだ。誰も襲わないかもしれないし、だれかれ構わず襲うかもしれない。今回はたまたま、高遠の憎しみにつられて大量の浮遊霊が集まって来たから、高遠が憎いと思う人間が襲われた。このまま放っておけば、霊たちは元の通りに散り散りになって、なんの危険もなくなるだろう。
だが、霊がまだ一つの場所に集合している時にちょっかいを掛けたりしたら、きまぐれな霊が何をするか……
自分でも気づかないうちに、稔の足は南校舎に向いていた。
(危険だったら、見捨てて逃げるからな)
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