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第二話「鏡の顔」

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 体育倉庫でタバコを吸っている。
 鏡をみつけて覗き込む。
 鏡の中から黒い手が出てくる。
 前髪を掴まれる。
 引っ張られて鏡を頭に打ちつけられる。

 被服室の窓がひとりでに開く。
 窓の正面にある大きな姿見から、黒い手が二本、ゆらゆらと這い出る。
 窓辺にある植木鉢を、外へ外へと押し出す。
 校舎の脇を歩いていた生徒の上に落ちる。

 信号待ちをしている。
 背後にある鏡張りの柱から、黒い手が伸びる。
 背中を押される。
 車道に倒れ込む。

 階段の踊り場。
 壁一面の大きな鏡から、黒い手が這い出してくる。
 背中を押される。
 階段の下へ落ちていく。

 鏡を見ている。
 何かが映っている。
 自分の顔が映るはずの鏡に、自分ではない何かが映っている。
 見てはいけない。
 それを見てはいけない。だが、目を逸らすことが出来ない。

(いやだ!見たくない!)

 鏡の中から、黒い手が這い出てくる。その手が、眼前に迫る。捕まる。捕まってしまう。動けない。目を逸らせない。いやだ。嫌だ。

(嫌だ!)


 稔はハッと目を覚ました。視界に広がったのは鏡ではなく、白い天井だった。


「あ、起きた!」
「大丈夫ですか」

 ほっとした様子の大透と、心配そうな顔の文司が覗き込んでくる。

「俺……?」
「階段から落ちたんだよ!頭打った?一瞬、気絶してなかったか?」

 頭を押さえて半身を起こす。階段から落ちた稔が頭を打って気絶したように見えて、慌てて階段を駆け降りてきて声を掛けたらすぐに目を開けたと大透が説明した。
 ということは、今見た夢はその短い一瞬で見たのか。夢——おそらくは現実に起きた光景を思い返して、稔は眉を曇らせた。

「起きれるか?保健室行こうぜ」
「大丈夫だ」
「でも、頭打っただろ」
「平気。どこも痛くねぇし」

 そう言って、稔は立ち上がった。階段から落ちたにしてには、どこも痛くない。頭を打ったはずだが、やはり痛みはない。
 それよりも、早く帰りたい。早く、この学校から出たかった。
 だが、帰ろうとする稔を、大透と文司が二人がかりで止めようとする。

「保健室行くぞ」
「頭は怖いんですよ、打ったら」

 一刻も早く帰りたい稔が二人と揉み合っていると、そこへ一人の教師が通りかかった。

「なにやってるんだ、お前ら」

 きょろきょろと辺りを見回しながら現れたのは、養護教諭の山久だった。内大砂では数少ない女性教諭なのだが、見た目に構わない性質なのか、いつも洗いざらしのシャツとジーンズに白衣を羽織った格好だ。その上、常にぼーっとして眠そうな顔をしている。顔立ちはそれなりに整っているし、年齢もまだ三十代の妙齢の女性なのだが、背が高く喋り方も乱雑なため新入生の中には山久を男性だと誤解している者もいる。

「先生、いいところに」

 大透が手招きして山久を呼ぶ。

「こいつ、階段から落ちて気絶したんだ。すぐに起きたけど。病院行かなくていい?」
「どれ」

 背の高い山久は腰を屈めて稔の顔を覗き込んだ。

「めまいや吐き気はない?」
「ないです」
「痛いところは?」
「ないです」
「名前とクラスは?」
「一年柳組。倉井稔」
「ふむ。受け答えははっきりしてるし、大丈夫そうだけど。後からでも具合が悪くなったらすぐに病院に行ってね。一応、すぐには歩かないで。その辺に十分ぐらい座ってなさい。お前ら、見ててやって」

 山久に命じられて、大透と文司が稔の両側から腕を掴んで、階段の一段目に座らせた。

「仲良しねぇ」

 微笑ましそうに見下ろされて、稔は苦虫を噛み潰した表情をした。



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