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第一話「白い手」
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しおりを挟む様子のおかしい文司が気になって、石森は急いで道着を脱ぎワイシャツを羽織った。本人は大丈夫だと口にするが、文司の大丈夫があてにならないことを石森はよく知っていた。小学校の時だって、いつでも微笑みながら「大丈夫」と繰り返していた。
物思いに耽りながら着替えていると、クラスの違う部員が「なあ」と話しかけてきた。
「さっき話してた奴、樫塚とかいう奴だろ? 秀才って噂の」
石森は眉をひそめて相手を見た。
「なんで見学してたんだ? あいつ、空手部に入る気なの?」
「いや、違うけど……」
相手の口調に馬鹿にしているような響きが滲んでいるのに気づいて、石森は不快さを感じながら答えた。
「違うならいいけどさ。あんなひょろいガリ勉が練習についてこれるわけねえし。つーか、あんな暗そうな奴が運動部なんかに入ったらイジメられそうだよな」
「……」
石森は不愉快さを隠さずに相手を睨んだ。何が「暗そう」だ。文司のことを何も知らない癖に、決めつけるように話す相手に腹が立った。
「つーか、なんか性格悪そうじゃね? カッコつけてっし」
バンッと音を立ててロッカーを閉めた石森は、上着を肩に背負って無言で部室を出た。皆が目を丸くしていたが知ったことか。どいつもこいつも。
緑王館での六年間は文司にとっては地獄だった。石森は一年生からずっとそれを見てきた。
文司は何も悪いことはしていない。ただ、一番賢くて、一番大人しかっただけだ。それだけの理由で、周囲は文司を寄ってたかって虐め尽くした。
正義感の強い石森はそれを見る度に止めに入って、一緒に殴られたものだ。その度に文司は申し訳なさそうに眉を下げて石森に礼を言った。
もともと大人しい性格の文司が、イジメのせいでだんだんと人と目を合わせなくなっていくのを、石森は忸怩たる思いで見ていた。
でも、どんなに虐められても、文司は不登校にはならなかった。共働きで忙しい両親を困らせたくなかったのかもしれない。
芯の強い奴なのだと石森は思っていたし、いつまで経ってもそれを見抜けない連中が文司のことを馬鹿にするのが許せなかった。
だから、あんな連中、自業自得なんだ。
石森は体育館の隅にうずくまったままの文司に声をかけようと顔を上げた。
開きかけた口からは言葉が出てこなかった。
力尽きたように顔を俯かせて座り込む文司。その姿を覆うように、ぼんやりした煙のようなものがまとわりついていた。
文司の顔を覗き込もうとしているのか、煙の塊がぞろりと動いた。
よく見れば、それは長い髪が揺れ動くのに似ていた。
「樫塚!」
咄嗟に、石森は文司に駆け寄ってその腕を掴んでいた。文司は一瞬ぎくりとしたように顔を強ばらせたが、石森の姿を確かめるとほっとしたように微笑んだ。
「あ……、何?」
「いや……なんでもない」
石森は文司を立ち上がらせて目を凝らした。煙のような何かは消えていた。
「石森?」
文司が首を傾げる。石森は口を開きかけたが、思い直して言葉を飲み込んだ。
あれはいったいなんなんだ。文司の身に、何が起こっているのだ。
嫌な予感が石森の全身を貫いていた。このままだと、取り返しがつかないことが起こる気がする。
「石森ってば」
不安そうに眉を下げる文司になんでもないと笑って見せながら、石森は自らのうちに湧き上がってくる不安と焦燥を抑えきれずにいた。
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