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第一話「白い手」
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しおりを挟む土曜日は十二時半で図書室が閉められてしまう。だから急ごうと背中を押されて、稔は嫌々図書室に足を踏み入れた。図書室の中にはカウンターに図書委員が一人座っているだけで、他に生徒はいなかった。
「で、どうすんだよ」
「霊視霊視!」
「出来ねえよ!」
入り口でぼそぼそと囁き合っているのが不審だったのか、図書委員がこちらに胡乱な目を向けてくる。稔はとりあえず大透を本棚の奥に引っ張り込んだ。
「そもそも、樫塚に取り憑いてるのが図書室の霊とは限らないぞ」
吐き捨てるようにそう言うと、大透は目を丸くして稔の顔を見た。
「何言ってんだよ。図書室以外のどこで取り憑かれたってんだよ」
霊が出ると噂の図書室に行った直後に取り憑かれているのだから、大透が文司に取り憑いているのが図書室の霊だと思い込むのも無理はない。稔だって、あの映像を見るまではそう思っていた。
だが、文司に取り憑いているのは女の霊なのだ。文司の右腕に縋りつくように取り憑いていた少女。そう、右腕に——
(あれ? でも、そういや左腕に取り憑いているのは何なんだ?)
稔は授業中に文司が突然左側に倒れたのを思い出して首を捻った。
文司は怯えているように見えた。ひょっとしたら、彼も何かを目にしているのかもしれない。青い顔で右腕を押さえていた文司を思い出して、稔はふと、おかしなことに気づいた。
文司は右腕を押さえていた。倒れたのは左側だったのに。
左腕を引っ張られて倒れ込んだのならば、左腕を押さえるのが自然のような気がする。文司が右腕を押さえていたということは、左腕よりも右腕の方に気になる異変があったのだろうか。
難しい顔をして黙り込んだ稔に、大透はデジカメを向けて言う。
「なあ、なんか気づいていることがあんなら教えてくれよ。俺にだって何か出来るかもしれねえし。倉井に除霊が無理なら、樫塚説得してお祓いに連れてった方がいいだろ」
お祓いに連れて行くというのは名案かもしれない。
「そうだよな。それが一番手っ取り早いよな」
お祓い案に心が傾く稔だが、問題はどうやって説得するかだ。文司を、というよりは、文司の親を。
文司自身の説得は、あの様子を見るにそう難しくはない気がする。だが、お祓いに行くとすれば子供達だけでは無理だ。どうしたって親の了解がいる。
文司の両親がどういう人なのかは知らないが、いきなりクラスメイトが訪ねてきて「息子さんに霊が……」とか言っても信じてもらえないに決まっている。下手すりゃ学校に連絡されてしまう。
(でも、あそこなら、もしかしたら……いや、そこまで深刻な話じゃないかもしれないし)
稔は考えかけた内容を打ち消した。
「まあ、お祓いは最終手段として、樫塚がどこで何して女の霊に取り憑かれたか調べてみるか」
出来れば関わりたくないことに変わりはないが、どうせ解決するまで大透は自分を引きずり回すだろうと、諦めた稔はお祓い前の事前調査を申し出た。
「何? 樫塚に取り憑いてんのって女の霊なの? なんで? イケメンだから?」
てっきり図書室の霊だと思ったのに……と、大透は肩をすくめてみせた。
「じゃあ、俺達には全然関係ないところで取り憑かれたのかあのイケメン野郎は。紛らわしいなあ。それとも幽霊にもモテるなんて流石イケメンと褒めるべき?」
「イケメンて言い過ぎだろ。イケメンだけどさ」
文司に取り憑いているのが図書室の霊ではないと知った大透は、もうこの場所に用はなくなったと言わんばかりにさっさと踵を返した。稔もそれに続こうとして、一歩踏み出しかけてギクリと足を止めた。
本棚の陰からこちらを見つめる人影があった。稔達と同じ中等部の制服。全体的に輪郭がぼやけているよう顔もはっきりしない。だが、こちらを見ているということはわかる。
図書室の霊だと稔は悟った。あの日、ガラスに映っていた少年に違いない。
稔はゴクリと喉を鳴らした。嫌な汗が流れる。大透は何も気づかないらしく、すぐ横を顔を上げずに通り過ぎていく。
(落ち着け、落ち着け。気づかない振りをしろ)
稔は動揺を押し隠して、自分に言い聞かせた。
見えていることに気づかれてはならない。大抵ろくなことにならないからだ。
「倉井? 帰ろうぜ」
幸い稔は一人ではない。本棚の陰から顔を覗かせて稔を呼ぶ大透が一緒だ。何も気づかない振りで、顔を伏せて、大透の声を頼りに、通り過ぎればいい。
自身にそう言い聞かせ、目をつぶり一歩踏み出そうとした。
その時、両側の本棚から数冊の本が落ちてきて、バサァッと音を立てて床に広がった。
「……え?」
大透が唖然として呟くのが聞こえた。稔も床に落ちた本を呆然と眺めた。
自然な落ち方ではなかった。六冊もの本が、それも別々の場所から同時に落ちるなどということがあるものか。
「え? 何、今の。倉井の念力?」
「んなわけあるかっ!」
大透の呟きに思わず突っ込んで顔を上げてしまった稔は、霊が姿を消していることに気づいた。
「えー、倉井がやったんじゃないなら何なんだよ? あ、もしかしてこれがポルターガイストってやつ?」
初めて見た。と呟きながら、大透は床に落ちた本の一冊を拾い上げた。
ずいぶん古い本のようで、埃がパラパラとこぼれ落ちる。大透は頁をめくって眉をしかめた。
「なんかの小説みたいだけど、全部英語だぜ。こんなの借りる奴いねーだろ」
大透の言葉を聞いてよく見てみると、床に落ちている残りの本もすべてタイトルが英語だった。
(今の奴の仕業なのか?)
自分の前に姿を現した少年の霊。彼が本を落としたとしか考えられない。だが、何故。
稔は首を捻った。
「お。でも、一人借りてる奴がいるぞ。つか、今時まだ図書カードなのかよ。時代に取り残されすぎだろ」
本の最終ページから図書カードを引っ張り出して、大透が目を丸くする。
「24・4・21、竹原昌一。……24って、平成24年か。8年も前じゃん」
八年間誰も借りないような本、捨てちまえよなー。と、ぼやきながら本を拾い集める大透。稔は何か違和感を感じて、大透の手の中の一冊を取り上げた。裏表紙をめくって図書カードを抜き取る。
“24・5・3 竹原昌一”
稔の手元を覗き込んだ大透が怪訝な顔をして他の本の図書カードも抜き取った。すべて書かれている名前は同じだ。竹原昌一。
「偶然落ちた本が、偶然同じ奴にしか借りられていないってのは、ありえないよな」
若干不気味そうに言う大透の意見に、稔も賛成だった。
竹原昌一。それがあの少年の霊の名前なのか。八年前に、図書室で死んだ少年。
自分の名前を教えるために本を落としたのか。何故、何が目的だ。
(わかんねえ)
稔は頭を掻いた。図書室には八年前に死んだ少年の霊がいる。だが、文司に取り憑いているのは女の霊だ。それなのに、少年の霊はこちらに干渉してくる。
「なあ、倉井」
図書カードを本に戻しながら、大透が言った。
「これってもしかして、図書室で死んだっていう生徒の名前かな?」
「……たぶんな」
稔は低い声で同意した。
「でも、樫塚に取り憑いてんのは女なんだろ? 図書室と女の霊ってどう繋がるわけ?」
「……知らねえ」
大透の疑問に答えて溜め息を吐いたところで閉館の時刻となり、二人は不機嫌そうな委員に図書室から追い出された。
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