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第一話「白い手」
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「樫塚? お前なんか顔色悪いぞ」
頬杖をついてうつらうつらしていた文司は、頭の上から聞こえた声に慌てて顔を上げた。
「ああ、石森。朝練ごくろーさん」
「おう。んなことより、お前体調悪いんじゃないのか? 風邪か?」
心配そうに覗き込んでくる石森に、なんでもないとにっこり微笑んでみせる。
「大丈夫だよ。ちょっと眠いだけ」
「本当かよ。具合悪かったら無理しないで保健室に行けよ」
「大丈夫だって」
その時、二、三人の上級生がずかずかと教室に入ってきて、文司の周りに集まった。
「お前か。一年の霊感少年って」
中の一人が小馬鹿にしたような表情で言う。石森が文司を庇うように前に立った。
「なんだよ、お前ら」
「先輩に向かってお前らはないだろ。ちょっと相談があるんだよ」
真ん中の一人が石森を押し退けて文司の前に立つ。文司は不安げな表情を浮かべて石森を見た。周りの生徒も何事かと見守っている。
「実は最近なんか右肩が重いんだよな。なんか取り憑いてるんじゃないかと思ってさ。一ヶ月前に車に轢かれた猫の死体を見たからそのせいかもしんねぇ。霊視してみてくれよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべるその顔から、適当な理由をつけて文司を虐めるつもりだと判断した石森は、無理矢理に間に割って入った。
「樫塚は今具合が悪いんだよ。また今度にしてくれ」
「えー、そんなこと言って、俺が今日の放課後に霊に取り殺されたらどうしてくれるんだよ」
「そうだよ。霊視ぐらいぱっと出来るだろ」
「本当に霊感があるんならさあ」
口々に言う上級生に、石森は文司を背中に庇って睨みつけた。その態度が気に入らなかったのか、上級生はあからさまに喧嘩腰になって石森の胸ぐらを掴んだ。
「なんか文句あんのかよ。だいたいお前には関係ないだろ。俺らはこっちの霊能力者くんに用があんだよ」
「何がだよ。本当は何も取り憑かれていないくせに、適当に因縁つけて樫塚をからかいたいだけだろうが!」
「てっめぇ、生意気だな!」
上級生が拳を振り上げた。
「石森!」
殴られて後ろの机にぶつかって倒れ込んだ石森に文司が駆け寄る。石森は泣きそうな顔をしている文司に大丈夫だと言って殴られた頬を押さえて立ち上がった。これで気が済んで立ち去ってくれればいいのだが。こちらからは手は出せない。喧嘩になれば部を退部になってしまう。
立ち去る様子を見せない上級生に、石森はとりあえず文司を逃がそうと考える。この騒ぎを見て周りのクラスメイトが騒いでいるから、後数分もしないうちに教師がくるだろう。それまでにあと二、三発ぐらい殴られても平気だ。そう思って覚悟を決めた時、
「お~う。ばっちり撮れちゃった。下級生いじめの現場」
戸口から能天気な声が響いた。
おなじみのデジカメを構えた大透と、複雑そうな表情でこちらを睨む稔の姿があった。
「名門内大砂でこんな騒ぎが起きるとは。世の末だねぇ」
「おい。ふざけんな!」
激昂してデジカメを取り上げようとする上級生を避けて、大透は稔の後ろに隠れた。
「やだー、中学生ってこわーい」
「人を盾にしてふざけるな」
稔はうんざりした顔で上級生に向き合った。
「先生が来る前に教室に戻った方がいいと思いますよ」
「脅しかよ。今年の一年は生意気だな」
ぐいっと胸ぐらを掴まれ、稔は上級生を睨みつけた。その視線がすうっと右肩の上に移動して止まる。そこをじっとみつめたまま動かない稔に、上級生が眉をひそめる。
「なんだ? どこを見てやがる……」
「犬……じゃないな。猫、猫だ……」
目の前の相手に聞こえるか聞こえないかの小声でぼそぼそと呟き出した稔は、上級生の右肩の上をみつめたまま続ける。
「黒っぽい……虎猫だ。赤い首輪をしてる」
「何? 何言ってやがんだ。おかしいんじゃねえのか?」
「かなり怒ってる……あんた、何をしたんだ?」
「はあ?」
稔は右肩の上から視線を外して上級生を見据えた。
「猫が右肩に爪を立てている」
上級生の顔が真っ青になった。
「痛むんじゃないのか? あんた、猫を殺したろ。わざとか事故かは知らないけど」
上級生は驚愕に目を見張り、次いでその顔に恐怖が浮かんだ。稔の胸ぐらを掴んでいた手を振り解くと、慌てた様子で逃げるように教室を出ていった。
「なんだこいつ。気味悪ぃ……」
という捨て台詞を残して。
上級生が出ていくのと入れ替わりに担任が入ってきて、教室が騒がしいのに目を丸くする。
「どうした? 何かあったのか?」
「いえ、なんでもないです」
愛想笑いを浮かべつつ、倒れた机を元に戻す。石森と文司が何か言いたそうな顔をしていたが、稔はそれに気づかないふりでさっさと自分の席に着いた。
自分らしくないことをしてしまった。普段なら何が見えようと口には出さないのに、上級生の態度に腹が立ってあんなことを言ってしまった。一応目の前の相手にしか聞こえない程度の声で喋ったが、もしかしたら背中に隠れていた大透には聞こえたかもしれない。
そう思って後ろの席をちらっと振り返ると、大透と目が合った。にっこりと満面の笑みで微笑んでくるので、たぶん聞かれたんだろうなぁと稔は諦めの混じった溜め息を吐いた。
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