7 / 104
第一話「白い手」
7
しおりを挟む***
神妙な顔の大透が校門で待ちかまえているのを目にした途端、回れ右をして帰りたくなった稔だったが、今日は土曜日、午前中だけの辛抱だと自分に言い聞かせて前に進んだ。
内大砂では土曜日に補習授業がある。一応自由参加ということになっているが、特に用事がない限り生徒は皆不平を言いつつ参加しているようだ。その代わり、夏・冬の長期休みに補習授業や登校日はないと稔はこの学校の卒業生である兄から聞いた。
帰っていいなら帰りたいと思いつつ、稔は渋々大透に声をかけた。
「なんか用かよ」
おはようの挨拶よりも先にそう尋ねた稔に、大透は神妙な顔を崩さぬまま「ちょっと付き合ってくれ」と言った。気が進まないながらも、大透に従って校舎裏に行くと、大透は鞄からお馴染みのデジカメを取り出した。
「また没収されるぞ」
呆れながら忠告する稔を無視して、大透は語り始めた。
「昨日、家に帰ってから、今までに撮った映像を見直してたんだよ」
そしたら、妙なものが映ってるのに気づいたんだ。
そう言って、大透は稔の前にデジカメの画面を差し出した。
嫌々ながらも覗き込むと、夕日を背景に歩く背の高い少年が映っている。昨日、文司が帰るところを廊下の窓から撮ったものだ。
「ここ、樫塚の右腕のところ、よく見てくれ」
見なくとも樫塚が腕をぶら下げていることは知っている。今更よく見るまでもないと、稔は画面から目を逸らして溜め息を吐いた。
「ちゃんと見ろって! ほら、ここだよ! 樫塚が校門を出て右に曲がるところ!」
食い下がってくる大透に、稔は仕方がなく画面に視線を戻す。文司が校門をくぐり、右の道へを姿を消す瞬間、文司の右腕に被さるように人影が映った。
「……!」
「な? なんか一瞬、影みたいなものが映るだろ? なんだろこれ? 俺にはなんとなく人影っぽく見えるんだけど、倉井はどう思う?」
普段霊だ何だと騒いでいる割には、こういった映像を即心霊現象と決めつけるわけではないらしい。皆に見せびらかしたりもせず、まず稔に相談してきた辺り、思っていたよりも冷静な部分があるのかもしれないと、稔は大透の印象を改めた。
しかし、大透には「何となく人影っぽく見える」程度の影だが、稔にははっきりと人の姿に見えた。だが、その姿が稔を混乱させていた。
(どういうことだ?)
「なあ、うちの学校って男子校だよな?」
「あ? 今さら何言ってんだ?」
大透が首を傾げる。稔は頭を抱えた。
(樫塚に憑いているのは図書室の霊だと思ってたのに……違うのか?)
図書室で稔が見た霊は確かに男子生徒だった。だが、今見た映像に映り込んでいた影、文司の右腕を覆うように映った影は、髪の長い女性らしき姿だった。ほんの一瞬しか映っていないが、間違いない。文司に取り憑いているのは女に霊だ。
「なあ倉井? どう思う? これって霊だと思うか?」
大透が問いかけてくる。
「……霊だって言ったら、どうするつもりだ?」
「え? どうって……そりゃ、決まってるだろ。全力で倉井の除霊を手伝うよ」
「やらねえよ! 俺は除霊なんて!」
「ええ? じゃあ樫塚はどうなるんだよ?」
知らねえよと答えそうになったが、さすがにそれは冷たすぎる気がして口に出さなかった。しかし、稔にはどうしようもないというのは事実だ。
「まあ、何事もないんならこのまま放っといてもいいけどさ。樫塚に何かあったら寝覚め悪いじゃん」
デジカメを仕舞いながら大透が言う。
「その映像は公開しないのか?」
念願の心霊映像が撮れた割には大透に嬉々とした様子は感じられない。それを意外に思いながら尋ねると、大透は目を閉じて肩をすくめた。
「解決してから公開するよ。同級生が取り憑かれてる真っ最中にはしゃぐほど馬鹿じゃねえよ。こんなもん、本人に見せるわけにもいかないしな」
予鈴が鳴ったので小走りで教室に向かいながら、稔は図書室で見た霊の姿を思い出した。あれは確かに男子生徒だった。でも、文司に憑いているのは女の霊だ。
一体、文司はどこであの霊に取り憑かれたのだろう。取り憑かれたのが図書室に行った翌日だったのは偶然だろうか。
稔はちらりと大透を見た。単なるミーハーなオカルトマニアだと思っていたが、案外周囲のことも考えているらしい。文司のことも本気で心配しているようだ。
(俺だって何とかしたほうがいいと思うけど……でも、俺には何も出来ないし……)
稔とて別に鬼ではない。何とかしてやりたいと思わないではないが、下手に手を出せばこっちが危険である。
「なあ、倉井」
走りながら、大透が静かに言う。
「お前、本当はあの日何か見たんだろ?」
稔はしばらく迷った後、無言のまま小さく頷いた。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
闇に蠢く
野村勇輔(ノムラユーリ)
ホラー
関わると行方不明になると噂される喪服の女(少女)に関わってしまった相原奈央と相原響紀。
響紀は女の手にかかり、命を落とす。
さらに奈央も狙われて……
イラスト:ミコトカエ(@takoharamint)様
※無断転載等不可
電車内では邪魔なモノは折り畳め
蓮實長治
ホラー
穏当に、そう言っただけの筈なのに……?
「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」に同じモノを投稿しています。
ゴーストバスター幽野怜
蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。
山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。
そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。
肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性――
悲しい呪いをかけられている同級生――
一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊――
そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王!
ゴーストバスターVS悪霊達
笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける!
現代ホラーバトル、いざ開幕!!
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
岬ノ村の因習
めにははを
ホラー
某県某所。
山々に囲われた陸の孤島『岬ノ村』では、五年に一度の豊穣の儀が行われようとしていた。
村人達は全国各地から生贄を集めて『みさかえ様』に捧げる。
それは終わらない惨劇の始まりとなった。
呪配
真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。
デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。
『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』
その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。
不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……?
「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる