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九十五、
しおりを挟む「俺達はどっちにいこうか」
空を見つめたまま、広隆が呟いた。
「トハノスメラミコトは一体どこにいるんだろうな」
「うん。僕は、きっとトハノスメラミコトは僕らのすぐそばにいると思うよ。兄さん、覚えてる?地下の暗闇で僕の姿を見た時のこと。僕も、森の中で兄さんの姿を見たんだ。幻を。きっとトハノスメラミコトは……」
そこまで言いかけた時、急に背後から強い風が吹き付けて、広也の背中が押された。わずかによろけつつ慌てて振り返った二人の目に入ったのは、風船がしぼむように急速に厚みをなくしていく大蛇の死体だった。
何が起こっているのかを考える間もなく、大蛇の死体はぺしゃんこになっていく。吹き付ける風の正体は大蛇の口から噴出される空気の塊だった。たちまちのうちに大蛇の体は紙のごとき薄さになり大地の表面にぱさりと広がった。吐き出すものをなくしたのか、厚みがゼロになるのと同時に風は止んだ。
あっけに取られてその様子を見守っていた広也と広隆は、風が止んであたりがしんと静まり返るとお互いに顔を見合わせてごくりと唾を飲んだ。まるで打ち捨てられた蛇の抜け殻のようになってしまった大蛇がひどく不気味だった。
「あっ」
広隆が何かに気付いて声を上げた。彼が指さした方に目をやった広也は、低空をふわふわと飛んでくる白い光を見つけた。白い光は二人の目の前をふわっと通り過ぎると、ぺしゃんこになった大蛇の口があった辺りに近寄っていき、そのまま中に潜り込んでしまった。あっと声を上げた二人の前で、大蛇の抜け殻は一瞬白い光の形に膨らんだ後、再びぺしゃんこになって地面と一体化した。
しばらくの間声もなく立ち尽くしていた広也と広隆だったが、やがて観念したように広隆が口を開いた。
「どう思う?」
そう尋ねられて、広也は恐らく広隆も自分と同じことを考えているのだろうと悟った。
白い光はいつも自分達を導くように飛んでいた。今もまた、そうなのだとしたら——
沈黙から広也の答えを察したらしい広隆が、ずかずかと大蛇の抜け殻に近付いた。広也もその後を追う。足下に広がった黒い布のようなそれを見下ろし、一瞬躊躇した後、広隆は思い切った様子で抜け殻の口をがばりと広げて持ち上げた。
あっと短く叫んで絶句した広隆の肩越しに抜け殻の中を覗き込んで、広也もまた小さくあっと叫んだ。
抜け殻の中身は大蛇の体表と同じく真っ黒だった。ただし、どこまでも続いているような真っ黒な空間の奥行き、そのずっと奥に人影が見えた。
真っ黒い空間なのにはっきりと浮かび上がるその姿を見て、広也は確信を持った。
「兄さん……。兄さんには、何が見える?」
広也は真っ黒い空間から目を離さずに傍らの広隆に尋ねた。
「僕には、兄さんが見える。ここにいる兄さんじゃなくて、僕がいた世界の、大人になった兄さんが」
「俺には、俺の弟が見える。俺がいた世界の、小さい弟が」
「幻だよ。あれこそ、幻なんだ」
広也は広隆の手をぎゅっと握った。広隆は少し驚いたふうに広也を見た。広也は抜け殻の奥に向かって叫んだ。
「トハノスメラミコトっ!」
その声が届いたのか、幻はふっと身を翻して、真っ黒い空間のさらに奥へと走っていってしまった。こちらに背中を向ける寸前、かすかに笑みを浮かべたように見えた。
幻の姿が見えなくなって、抜け殻の奥に広がるただの真っ黒になった空間を見つめて広也は言った。
「僕たち、幻を捕まえなくちゃいけないんだよ」
幻か……と、広隆が呟いた。広也は広隆の手を握る手に力をこめた。広隆は一度深く息を吸って、それから力強く広也の手を握り返してきた。
「よし、行こう」
二人は手を握り合ったまま、抜け殻の中に潜り込んだ。
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